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“日本で一番売れた高級炊飯器”の工場に行ってきた!

2013年度一番売れた高級炊飯器

6月に発売になった新モデル「Wおどり炊き スチーム&可変圧力IHジャー炊飯器 SR-SPX4シリーズ」

 パナソニックの炊飯器が好調だ。

 2013年に大幅なモデルチェンジをして以来、売上は前年比142%増を達成。「高級炊飯器」のジャンルで、トップシェアを獲得した。当初の実売想定価格10万円を超す高級な製品にもかかわらず、ユーザーの満足度は高く、6月に発売した2014年新モデルも順調な滑り出しだという。

 そもそも、パナソニックは1988年に国内初のIH式加熱を搭載した炊飯器を発表した炊飯器の老舗メーカーだ。これまでも毎年新しい製品を投入してきているが、モデルチェンジによってここまで売上が増えるのはこれまでになかったこと。というのも、2013年モデルは“パナソニック史上最高傑作”と銘打った製品なのだ。構想3年半というこの炊飯器にどんな秘密が隠されているのか、兵庫県加東市にある生産工場に行ってきた。

2013年に発売したSPX3シリーズが好調で、売上は従来機種の142%を達成したという
こちらは2014年モデルのSPX4シリーズ
パナソニックの炊飯器を作っている兵庫県加東市の加東工場

クリーンで清潔な近代工場でありながら、最後調整は人の手で

 加東工場では、様々な種類の炊飯器を生産しており、その内部はとても近代的。内釜も4tのプレス機であっという間に形が作られてしまうし、内釜の塗装も順序よく、機械が全てやってくれる。しかし、最終的な製品の組み立ては、いくつもの工程からなる長いラインで人が行なっている。

内釜の塗装工程
塗装は全部で5工程。全て自動で行われる
左が最終的な塗装を終えた状態
その後、90分ほどかけて塗装を焼き付けていく
こちらは完成した内釜
最終的な組み立ては人の手で行なう

 今回、撮影が許されたのは一部だったが、中でも印象的だったのがラインの最終工程にあるチェック、テスト工程だ。電力試験や動作確認などはどこの工場でも必ず行なっていることだが、驚いたのは内釜と本体の間を支える「上枠キャップ」を一台一台調整していることだ。

 これは内釜と熱源であるコイルの距離を最適にするために行なうもので、炊飯器内側の深さと、内釜の深さをはかり、その差から上枠キャップを調整しているのだという。上枠キャップは0.2mm刻みで7種類用意されており、担当者が一台一台、最適なものを選び、設置していく。

 高級炊飯器の“こだわり”を強く感じた瞬間だ。

「上枠キャップ」の調整工程
炊飯器の深さを測定する
コイルと内釜の距離を調整するという
上枠キャップは0.2mm刻みで7種類用意されている。最適なものをその都度選ぶ
電力試験なども行なわれていた

目標は“日本人誰もがおいしいと感じるごはん”

 「アプライアンス社 キッチンアプライアンス事業部 加東拠点」という正式名称を持つこの工場では、国内向けの炊飯器はもちろん、海外向け、業務用までパナソニックの炊飯器を一気に引き受ける。田んぼに囲まれたのどかなこの場所で“日本一売れた炊飯器”が産まれたのだ。

加東工場で作られている炊飯器の一部
海外向けの製品も扱う
展示コーナーには、日本で初めての軽便炊事器「EC-21」も展示されている。発売されたのは1953年のことだ
Wおどり炊きのキャラクター「オードリー」と「タッキー」も迎えてくれた
加東工場の周囲は一面田んぼだった
ライスレディの加古さおりさん

 パナソニックの炊飯器の開発は、「ライスレディ」と呼ばれる女性チームが担当している。今回は、そのライスレディの1人、パナソニック キッチンアプライアンス事業部 炊飯器・IH技術グループ 調理ソフトチームリーダーの加古さおりさんにお話を伺った。ライスレディという名称は、実に35年の歴史がある。

 「もともとは、調理科学の側面から炊飯器を作ろうということで、栄養学を学んでいる人を採用したのが始まりでした。そのジャンルを学んでいる人は女性が多かったので。また、女性の方が条件ごとの細かい味の差を見るのには適しているということもあります」

 加古さん自身、20年以上も炊飯器の調理ソフトを担当しており、これまで様々な炊飯器の開発に携わっている。

 「35年以上のデータベースがあるのが何より強みになっています。1つの炊飯器シリーズを開発するために、約3tの米を使っています。また全国50種類以上の産地銘柄米でデータを作っています」

 そんなライスレディたちが理想とするのは「日本人誰もが、おいしいと感じるごはん」だという。

 「誰もがおいしいと感じるごはんといっても、日本人はごはんへのこだわりが強いので難しいところもあるのですが、とりあえずパナソニックの炊飯器で炊いたごはんを嫌いな人がいないというのが目標です」

技術の融合は苦労の連続だった

パナソニックの高速交互対流技術に三洋電機の可変圧力技術を融合させている

 加古さんにとっても、史上最高傑作と謳った2013年モデル「スチーム&可変圧力IHジャー炊飯器 SR-SPX3シリーズ」は、力作だったという。

 同モデルでは、パナソニックが従来から搭載していた追い炊き時に200℃のスチームを噴出する「高温スチーム」や、蓋にもIHを搭載し、全方位から包んで加熱する「6段全面IH」、通電切り替え時間を調節することで泡の熱対流を発生させる「高速交互対流」などの技術に加えて、パナソニックに吸収合併された三洋電機の炊飯器に搭載していた「可変圧力」技術を新たに搭載している。

 三洋電機が持っていた技術を融合――というと、簡単なように聞こえるかもしれないが、実はこれ炊飯器メーカーにとっては一大事なのだ。

 主食である“米”にこだわりの強い日本人、炊飯器を作っているメーカーは大手だけでも片手では足りない。各メーカーで、目指す味があって、哲学がある。火力や、工程はもちろん、内釜の素材までメーカーのこだわりは強く、そのこだわりはちょっとやそっとでは変えられない。

 例えば、三洋電機は圧力を使って炊く炊飯器を初めて作ったメーカーだ。圧力をコントロールして炊くご飯は、甘みが強く、モチモチとした弾力が特徴。高級炊飯器ブームの先駆けとなった。

 一方、パナソニックの炊飯器は、火力の強さと200℃の高温スチームでふっくらとハリのあるご飯が特徴。「ごはんを炊くため」の製品でもアプローチや方法が全く違う。今ある技術に新しい技術を足せば良い、という簡単なことではないのだ。

おどり炊き技術は、圧力をコントロールすることで、米が踊るように動くのが特徴

 「三洋電機のおどり炊き技術は当時から人気がありましたが、その一方で、お米のベタつきがありました。それは良いところでもあり、デメリットでもありました。ベタつきがあるからこそ、甘みが強くなるのですが、お米同士がくっついてしまう。その問題をパナソニックの高温スチームで解決しました。高温スチームで表面の水分を飛ばすことで、お米のハリ、甘みを向上させています。と、今では簡単に言っていますが、実際は苦労の連続で、構想は3年半にも及びました」

 日本一売れた炊飯器は、偶然生まれたわけではない。ライスレディたちの執念とも呼べる研究から作られたのだ。

銘柄で炊き分けることで、さらにおいしさを追求

 2014年6月1日に発売された新モデル「スチーム&可変圧力IHジャー炊飯器 SR-SPX4シリーズ」もさらに進化している。200℃のスチームを噴出するスチーム孔を従来の1つから3つにしたことで、より甘みのあるふっくらとしたごはんを実現しているほか、銘柄によって炊き方を変えられる「銘柄コンシェルジュ」では、20銘柄21品種に対応している。

新モデルではスチーム孔を3つにした
より甘みのあるふっくらとしたごはんを炊けるようになった
昔はおいしいお米といえばコシヒカリだったが、現在は全国で様々な銘柄がある

 「昔は、おいしいお米=コシヒカリで、炊飯器もコシヒカリをおいしく炊けるように調節されていました。それが最近では、コシヒカリ以外の銘柄がどんどんでてきています。味に関してもコシヒカリに寄せているわけではなく、独自のおいしさを追求しています。コシヒカリをおいしく炊く、従来のやり方ではなく、ゆめぴりかならゆめぴりかの特徴を引き出すような炊き方をすることで、科学的においしさを計測する食味点も高くなります。これからはコーヒー豆を選ぶように、お米も好みに合わせて選ぶ時代になるかもしれません」

 10万円を超す高級炊飯器が出てきたのは今から10年以上も前になる。当時は驚きと興味で迎えられたが、それから10年、高級炊飯器というジャンルが今ではすっかり定着している。ということは、開発チーム、そして生産チームが常に最高の技術を追求し、新しい製品を作り続けてきたということだ。

 パナソニックでは、最新モデル「スチーム&可変圧力IHジャー炊飯器 SR-SPX4シリーズ」で炊いたご飯を試食できるイベントを全国各地で開催されるお祭りで行なっている。“日本で一番売れた高級炊飯器”で炊いた米がどんなものなのか、この夏休みに足を運んでみてはいかがだろうか。

阿部 夏子