そこが知りたい家電の新技術

シャープのロボット家電「COCOROBO」が予想を上回る実績を上げている理由

~ソフト・基板・掃除機能の開発者に聞く
by 大河原 克行
シャープのロボット家電「COCOROBO(ココロボ)」

 掃除機能を搭載したシャープのロボット家電「COCOROBO RX-V100」の発売から約2カ月が経過した。立ち上がりは良好で、「当初計画値の3~4倍で推移。予想を大きく上回る実績となっている」と、シャープ 健康・環境システム事業本部ランドリーシステム事業部・阪本実雄事業部長は語る。

 なぜ、COCOROBOは、予想を上回る実績をあげているのか。そこには、先行他社のロボット掃除機とは異なる、シャープならではのこだわりの開発姿勢があったことが見逃せない。シャープのCOCOROBOは、なぜ生まれたのか。改めて開発の現場に踏み込んでみた。

掃除機としての機能にこだわる

 シャープのCOCOROBOの開発チームの名刺には、「A1269プロジェクトチーム」という文字が刷り込まれている。このように英文字と数字の組み合わせによるプロジェクトチームの名称は、シャープが重点製品の開発において認定する、通称「緊プロ(緊急プロジェクト)」であることを示す。

 COCOROBOの緊プロが召集されたのは、2012年6月の発売から約1年前となる2011年3月のことだ。

A1269プロジェクトチーム・井上健一郎主事

 そこに召集された一人が、約10年に渡って掃除機の構造設計に取り組んできたシャープ A1269プロジェクトチーム・井上健一郎主事であった。

 「もともと掃除機は人が操作するもの。吸い残したゴミがあったら、もう一度、そこにノズルを持って行って吸い込めばいい。しかし、ロボットでは、そうしたことも見過ごしてしまう。掃除機としての使い方を想定した場合、まったく違うアプローチが必要になった」と語る。

 フローリングと畳では、掃除機を操作する力加減も微妙に異なる。また、壁に強くぶつかるといったことも避けなくてはならない。ロボット掃除機には、人が操作するこれまでの掃除機づくりとは異なる要素が求められていたわけだ。

 また、一般的な掃除機は、コンセントから電源を取るため、100Vを使った大きなモーターパワーで稼働させることができる。しかし、バッテリーで動作するCOCOROBOは、大きなパワーを持ったモーターを搭載するには限界がある。しかも、バッテリーで動く走行時間とのバランスも取らなくてはならない。

 しかし、井上主事は、モーターはなるべく大きなものを搭載する方向で開発を進めていた。

 「ゴミを集めるのではなく、本当の意味で、ゴミを吸わせることができるロボット掃除機を作りたかった」と、井上主事は語る。

 だからこそ、COCOROBOでは、モーターのパワーにこだわることになったのだ。

シャープ 健康・環境システム事業本部ランドリーシステム事業部・阪本実雄事業部長

 「こんなモーターを載せたいのですが・・・・・・」との、井上主事の提案に、阪本事業部長は、「どんなモーターか見せてみろ」と返事をした。しかし、井上主事の答えは、「いやどこにもないモーターなんです」というものだった。

 井上主事の顔を見返しながら、阪本事業部長は驚きの声をあげた。

 「おい、新しいモーターを作るのか?」

 結果として、井上主事は、COCOROBOにカスタマイズした専用のモーターを開発した。

 「10年間、掃除機の開発に携わってきた経験から、この部分だけは譲れなかった」と井上主事は、モーターへの強いこだわりをみせた。

 これが他社のロボット掃除機との差につながっていると阪本事業部長は自信をみせる。

 「ゴミを吸う力では、COCOROBOが間違いなくナンバーワン。吸い込み能力では先行他社の5~6倍に達するのではないか」と語る。

COCOROBOの裏面。吸いこみ口は本体前方(写真では上部)に設けられている

 また、吸い込み口を進行方向前方に配置したのも、向きを変えたときに吸い残したゴミが残らないような配慮であり、ブラシの毛にナイロン性の素材を使ったのも、畳やフローリングといった日本の住環境に配慮して、もっともゴミを集めやすいものにした結果だ。

 「ブラシは硬いものと柔らかいものの組み合わせや、ゴムのブレードを併用するなど100種類以上の試作品を作った。また、吸い込み口の位置などの裏面のレイアウトに関しては約40種類の試作品を作った」という。

 こうした試行錯誤の結果が、基本機能である掃除能力の向上といった成果につながっている。

 COCOROBOでは、大風量を生み出す高速回転ターボファンを搭載した強力吸じんシステムを採用するとともに、本体前方のサイドブラシと回転ブラシが、かき込んだゴミを、高速回転ターボファンで吸い込み、フローリングの目地に詰まった細かなゴミまでキャッチすることができるようにした。

 「第1号機という点では、満足できるものができたと考えている」と井上主事は胸を張る。

同じ大きさの筐体に他社にない機能を詰め込む

A1269プロジェクトチーム・野入淳一係長

 回路設計を担当したシャープ A1269プロジェクトチーム・野入淳一係長は、与えられた条件の多さと厳しさに驚いた。

 「まず中央部に、ダストカップを配置することが決定していた。また、無線LANやUSBポートの搭載、プラズマクラスターイオンの採用などの他社にはない機能を搭載しなくてはならない。だが、先行メーカーの大きさを上回る訳にはいかない。決められたサイズの中で、いかに効率的な回路設計を行なうのかが課題だった」と振り返る。

 ダストカップを上部中央から引き上げるという仕組みは、「最も手が汚れずゴミを処理できる方法」として、シャープがCOCOROBOの設計当初からこだわったものだ。

 「シャープが投入する掃除機である以上、お手入れが簡単であることは譲れない要素だった」と、阪本事業部長は語る。

 ダストカップの配置が決まった上での設計が大前提となっていたのだという。

 一方、回路の設計において、もう1つの挑戦が、カメラの搭載であった。

 COCOROBOにカメラを内蔵し、部屋の様子を映し出すには、本体前面にカメラを配置しなくてはならない。つまり、掃除中に壁と接触することになるパンパー部に配置することから、それに対応できる強度を持たなくてはならないのだ。さらに、カメラで撮影した画像を処理するための基板も、前面に配置することになり、しかも省スペースに設置するには縦方向に基板を置く必要があった。

COCOROBOのダストカップは上部から取り出す仕組み。これは、開発当初から決まっていたことだという本体前方に配置されたカメラ

 さらに、課題となったのは、アンテナの受信感度を高くできる部分に配置しなくてはならない無線LAN機能の搭載。また、ダストカップを挟んで、前側と後側との回路同士を接続する細かい配線も必要になった。

 実は、野入係長は、これまでに電子手帳やファクシミリの開発に携わってきた経験があった。小型精密が求められる製品での高密度基板や配線には多くの知見を持っている。これがCOCOROBOの効率的な筐体内のレイアウトトの実現につながっている。

 阪本事業部長は、「無線LANやUSBポートなどの機能を持たない下位モデルと、フルスペックの上位モデルとを共通の内部レイアウトにすること、それでいて、上部前方の操作ボタンの配置を2種類用意し、ひと目で上位モデルと下位モデルがわかるようなデザイン変更も行なった。さらに12月時点でUSBポートの追加を提案した。構造担当、回路担当は短期間に、こうしたテーマの解決に取り組んでくれた」と振り返る。

スマートフォン連携機能などが省略された下位機種「RX-V80」(左)。本体サイズは上位機種の「RX-V100」と同じ本体サイズとデザインが同じなため、上位モデルと下位モデルの見分けが付きにくいとして、操作パネルのデザインを変えている。写真は下位機種「RX-V80」ハイエンドモデル「RX-V100」では、操作ボタンを横並びのすっきりとしたデザインを採用

 USBポートの追加に関しては、開発中のCPUがちょうどUSB対応となっていたことで、根本的な部分での変更はなかったが、金型に関してはUSBポートの穴を開けるために作り直しが発生するということになった。

 「レイアウトを見直し、回路基板も変更し、なんとか発売に間に合わせた」と、野入係長は12月以降のドタバタぶり笑いながら振り返る。続けて、「最初に提示されたゴールは困難なものだったが、だからこそ、挑戦のしがいがあった」とも語る。

 こうしたふんばりが、他社製品とほぼ同じ筐体サイズでありながらも、他社にはない数々の機能を搭載することにつながっている。

「後出しじゃんけん」でココロエンジンを搭載

 COCOROBOの大きな特徴が、「ココロエンジン」の搭載である。

 ココロエンジンは、シャープが開発した人工知能であり、電気の充電量や、部屋の温度、掃除の状況、ユーザーの使用状況に応じて、COCOROBOが反応するための「心」の部分を担うものだ。また、COCOROBOに「きれいにして」と呼びかけると、「ワカッタ」などと答え、自動的に掃除をはじめるといった音声認識によるボイスコミュニケーション機能との連携も計っている。

 COCOROBOの緊プロチームが、ココロエンジンの開発に着手したのは、実は2011年12月のことであった。実に発売半年前のことである。その時点では基本コンセプトはあったが、具体的な開発はまだ始まっていなかった。

 ここまでココロエンジンの開発着手を遅らせたのには理由がある。

 「シャープは伝統的にしっかりとした製品を作ってきた。ココロエンジンという『遊びごころ』を持った製品は企画が通りにくい。まずはロボット家電のプロジェクトを推進し、その上で付加価値提案としてココロエンジンの搭載を検討した」と語る。

 阪本事業部長は「後出しじゃんけんの勝利」と笑う。

毎日違う反応と3つの性格づくり

シャープ A1269プロジェクトチーム・妹尾敏弘係長

 12月に開発プロジェクトに参加した、シャープ A1269プロジェクトチーム・妹尾敏弘係長は、「毎日反応が違い、毎日違う動きをすること、人とコミュニケーションを取りながら、生活を楽しくすること。そして、3つの性格を実現してほしいという要求があった」と、当時を振り返る。

 「上機嫌」、「不機嫌」、「普通」というのが3つの性格だ。「上機嫌と言われると作りやすいが、そこに不機嫌、普通という別の性格を作るとなると、それぞれの差別化が難しくなる」と、妹尾係長は苦笑する。

 さらに、ここに「しょっちゅう機嫌が変わる」「機嫌がなかなか変わらない」、「普通」という3つの要素も加えることになった。

 これは対外的にはこれまで明らかにはしていなかったものだが、実は、COCOROBOには3×3で9つの性格が、存在するのだ。

 加えていうならば、阪本事業部長はこんな要求もしている。

 「不機嫌な状態でも、機嫌のいいことを言ってくれるようにしてくれ」

 不機嫌な状況が続くと、利用者自身も不機嫌になる可能性がある。そこで、機嫌のいい言葉を発するように配慮して欲しいというものだった。

 妹尾係長の挑戦は試行錯誤の連続だった。

COCOROBOの機嫌は本体上部のLEDの点滅方法でも表現される

 機嫌を表現するために、COCOROBOのセリフの変化だけでなく、LEDの点滅方法、本体のちょっとした動きなどにも工夫を凝らした。また、「機嫌」を最適化するソフトウェアのチューニングのために、約10人のテスターに協力を仰いだ。しかし、「しょっちゅう機嫌が変わる」ようにチューニングしても、テスターからは「それが感じられない」という回答が寄せられるといった繰り返しだった。

 「変数を用いたり、機嫌が変わる数値の設定を理論通りにやってみても利用者はそれを感じてくれない。ココロエンジンはこうすれば最適であるという『解答』がまっくたない中での試行錯誤だった」と振り返る。

 妹尾係長は、シャープが今から約7年前にロボット掃除機を開発しようとしていたときに、感性工学を学んでいた経緯があった。

 感性工学とは、人間が感じたり、持つイメージなどをもとに、それをモノづくりに反映しようというもので、例えば、開発したロボットが、移動する際に、どのぐらいの大きさのものであれば、このスピードで動いても人は恐怖を感じないといった内容なども含まれる。

 「性格をどこまで変えると、変化したと感じてくれるのか、といった点では、感性工学のノウハウを生かすことができた」と妹尾係長は語る。

 COCOROBOの現在の評価は好評である。その点では、「ココロエンジン」に対する評価も高いといっていいだろう。

 「評価をいただいたという点での達成感はある。だが、ココロエンジンに関してはこれでいいのかという解答がない。まだまだ終わりがないと感じている」と語る。

「進化する家電」の実現を目指して

 COCOROBOは、緊プロによって召集された様々な部門の技術者の英知を集めて開発された製品だ。

 このチームは、引き続き、次の開発に着手している。

 「掃除機能をさらに強化させたい」と井上主事が語れば、「性能の進化はこれからも続く」と野入係長は意欲をみせる。そして、妹尾係長も「終わりのない挑戦が続いている」とさらなる進化に挑む姿勢をみせる。

 阪本事業部長は、将来に向けた1つの考え方として、「COCOROBOとクラウドとの連携」を打ち出す。

 「例えば、豪雨に見舞われた九州地方のCOCOROBOと、猛暑が続いている関東地方のCOCROBOが同じ言葉を発していてもいいのか。地域の状況を捉えたコミュニケーションを行なうことも必要ではないだろうか。クラウドとの連携によって、こうした観点でもCOCOROBOを進化させることができる。

 COCOROBOの開発チームには、様々なアイデアが蓄積しているようである。今年秋には、USBポートを利用した新たな提案も行なわれることになる。

 また、海外の家屋にも最適化した性能を持つ製品の開発にも着手しはじめているという。

 このように、COCOROBOで目指した「進化する家電」であることを証明するような取り組みが、これからも続くことになりそうだ。






2012年7月30日 00:00