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スマホで撮って街の安全を守る? 街路灯の予防点検でインフラ事故防止へ

スマホで撮影するだけで点検できるという、新しい取り組みを愛媛県で取材した

全国で話題となっているインフラの老朽化問題。建物や道路など様々なインフラの経年劣化が進むなか、補修が追いつかなかったことによる事故のニュースを見かけてしまうと、自身の身の回りも心配になってくる。

そうしたインフラのひとつが街路灯。その灯りは高いポールの上に設置されているが、台風や地震などの災害時には、劣化の進んだものは倒れてしまう恐れがある。しかし無数にあるポールを、人の手でひとつひとつ検査するのは骨が折れる作業。それにかける資金や人的リソースを確保できないのが、多くの自治体の現実だ。

その現状を変えるための取り組み「LD-Map」が、愛媛県で始まっている。具体的にはスマートフォンで街路灯の写真を撮影するだけで劣化状況をAIが自動判定し、倒壊リスクを事前に察知できるというものだ。

検査結果はクラウド上に送られ、データベースとして一覧化されるため、街のどこに危険があるのかがすぐにわかる。リスクが発見されたら先回りして補修を行なえることから、事故のリスクも下げられる。

2026年度のサービス開始を目指すLD-Mapは、実際どれくらいの省力化を実現できて、社会インフラの維持管理をどう変えるのか。現地で取材した。

スマホ1台、所要時間は3分。誰でもできる点検作業

LD-Mapを開発しているのは、パナソニック エレクトリックワークス社と、そのパートナーであるアルビトだ。パナソニックは、街路灯の製造と販売で国内シェア約40%を占める。同社はこれまで灯具の交換を数多く手がけてきたが、一方でポール部分は交換されずに老朽化が進んでいることに課題意識を持っていた。

一方のアルビトは、インフラ設備の画像撮影から解析、補修に至るプロセス構築の実績を持つ企業で、パナソニックのアクセラレータープログラムを通じて、2023年から両社の共創が始まった。

LD-Mapの実際の点検作業は驚くほどシンプルだ。スマートフォンのアプリを起動し、地図上で点検対象をタップ。街路灯に掲示されている識別番号を撮影したあと、接地面を両側から、支柱全体、灯部をそれぞれ撮り、簡単な質問に答えるだけだ。

1回の点検に要する時間は初心者でもわずか3分程度で、慣れた人なら1分ほどで完了するとのこと。写真と質問の回答内容は、クラウド上のデータベースに自動送信される。

LD-Mapのスマートフォンアプリの地図画面。街路灯がある場所にピンが立っている。この画面から街路灯を指定して、検査を開始する
写真撮影後は質問に答える。内容は選択式で、誰でも簡単に答えられるという

撮られた写真はAIが解析。サビや穴といった劣化の兆候を検知し、危険度を「異常なし」「兆候」「注意」「危険」の4段階で表示する。このAIは、既存の学習済みモデルをベースにしつつ、現地で収集したデータでパラメータをチューニングしており、高い精度での判定ができるという。

ブラウザ上から見たLD-Mapの地図画面。青は点検前、緑は異常なしの街路灯を示している

取材していくと、従来の点検方法では、かなりの手間がかかっていたことがわかった。まず、カメラとホワイトボードを用意し、識別番号を書いたボードと街路灯を一緒に撮影。SDカードをPCに挿してデータを移動、Excelファイルの台帳に検査結果を記入していた。

だが、今回の新しいLD-Mapならすべてがアプリ上で完結し、色分けされた地図や一覧表から劣化状況を一目で把握できる。パナソニックの担当者は「データベース化によるメリットが特に大きい」と語る。

左の写真が劣化の進んだ街路灯、右はLD-MapのAIによる判定画面。赤や黄色に塗られている部分は、そこにサビが検知されていることを示している

新居浜市や八幡浜市での実証実験を経て、10の自治体が関心を示す

LD-Mapの実用性を試す実証実験は、愛媛県で行なわれた。これは、愛媛県のデジタル実装加速化プロジェクト「トライアングルエヒメ」に、LD-Mapが採択されたことによるもの。費用や実験フィールドの提供など、愛媛県からの支援を受けている。

実証実験の場となったのは、同県の新居浜市と八幡浜市。新居浜市建設部道路課の亀井英明課長は「インフラの老朽化は喫緊の課題で、気象災害への対応需要も年々増加している。これまで紙ベースの台帳で対応していたが限界があった」と背景を説明する。

新居浜市の亀井課長は、LD-Mapの正式導入にも意欲を示した

両市では、技術職、事務職、老若男女の様々な職員計25名以上にLD-Mapのアプリを使用してもらい、感想をヒアリングした。その結果、「初めて使ったが、直感的に使えた」「紙ベースに比べ工数が削減できる」といった評価を得たという。新居浜市の亀井課長も、LD-Mapについて「事務系職員でも効率的に点検が進められる手応えを得られた」と評価している。

実験では「撮影時に画面が見にくい」「設備登録/位置情報の修正がしにくい」「撮影後のメモが取れない」といった声も寄せられた。これらの意見を踏まえてアプリのアップデートを行ない、その使い勝手は当初より改善されている。

この実証実験を受けて、愛媛県内では勉強会も開催され、10市町の担当者がLD-Mapに関心を示している。パナソニック エレクトリックワークス社ソリューションエンジニアリング本部の役野善通部長によると「実証は済んでおり、これからは横展開をしていく時期。2026年度にサービスを開始し、2030年には導入する自治体を約50に増やしたい」という。

パナソニックの役野部長。同社は主にLD-Mapの要件定義や実証実験の推進を担当し、パートナーのアルビトがアプリ開発の中心を担った

街路灯から始まる予防保全の波

現在のLD-Mapは主に街路灯を対象にしたサービスだが、パナソニックの役野部長は「今後はガードレールや標識なども管理対象に加える予定」と語る。また「現在のデータ管理・調書作成機能に加えて、工事の発注管理や人材育成サポートまで一気通貫でカバーできるシステムを目指している」という。

現状のインフラ整備は、壊れてから直す「事後保全」がベースだ。だが、LD-Mapが可能にする「予防保全」なら、事故の可能性を未然に防げる。また、省人化も可能にするため、検査にかける予算も抑えられる。

高度経済成長期に一気に整えられた日本のインフラは、一斉に限界を迎えている。街路灯から始まる予防保全の波が、広く波及することを期待したい。