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ソニーが万博でレコーディングするのは“料理”? 実はソニー最新技術、会場のあちこちに
2025年9月5日 09:05
実は万博にたくさん技術が登場しているソニー
夏休み期間も多くの人が訪れ、閉幕まであと1カ月強となった大阪・関西万博。万博といえば各国/地域のパビリオンが注目される一方で、企業などが出展するパビリオンでも未来を感じる新しい体験ができることで人気だ。
家電を手掛けるメーカーも多数参加しており、有名なのはパナソニックグループパビリオン「ノモの国」や、 大阪外食産業協会のパビリオン「宴~UTAGE~」にておにぎり専門店を出店している(万博に入るための夢洲駅にある阿部寛さん看板でもおなじみ)象印マホービン、新開発の「ステンレス密封真空断熱パネル」を使ったリーファーコンテナ(冷凍・冷蔵)や保冷ボックスが保冷輸送で活用されているタイガー魔法瓶など。特に大阪や関西に本拠地を持つメーカーが力を入れている印象もある。
そうした中、ソニーも実は様々なパビリオンの“縁の下の力持ち”のような役割でいくつもの技術が活用されている。音楽や映像、ゲームといったエンターテインメント企業の側面でも知られる同社だが、なんと「食」の分野にも研究開発を行なっているとのこと。テクノロジーでどんな未来を見せてくれるのか、万博を取材して聞いてきた。
ソニーが料理の手順をレコーディング? 誰でもプロの味を再現「録食」を体験した
ソニーといえば、カメラやマイクといった撮影や録音に関する製品で長い歴史を持つことで知られるが、これからソニーがレコーディングしようとしているのは“食”だという。いったいどういうことだろうか?
万博で見ることができるのは“録食(ろくしょく)”という技術の提案。簡単に説明すると「料理を作る過程を詳細に記録して、誰でも再現できるようにする」というものだ。具体的には、小山薫堂テーマ事業プロデューサーが担当する「EARTH MART館」(要予約)でその一部を見られる。
料理のレシピや手順といえば、紙の料理ノートで家庭の味が受け継がれる伝統的な方法だけでなく、今ではレシピ共有アプリやYouTube動画などの普及で、誰でも本格的な料理に挑戦しやすくなった。一方で、仕上がりまで毎回うまくいくかといえば、作る人の知識や経験の差、ちょっとしたミスなども影響するため、誰でも毎回うまくいくとは限らないものだ。
分量や手順を見ながら調理を進めるだけならスマホを見ながら誰でもできるが、録食ではIH加熱調理機器とも連動することで、重要な「時間(タイミング)」や「火加減」なども正確なものが再現できるのが大きなポイント。たとえば、モニターを見ながら、指示通りのタイミングでIHクッキングヒーターの鍋に一つ一つの材料を入れて、かき混ぜや煮込みといった過程をクリアするだけで、完成するという内容だ。火加減も自動で調整してくれる。
単に事前の指示通りに実行するだけではない。もし想定よりもかき混ぜが足りなかったり、火の通りが弱かったりすると、その状況をカメラやセンサーなどで把握して、もっとかき混ぜるよう案内されたり、火がちゃんと通るのを待つなど、臨機応変に指示や調整が入るのも、全ての機器が連動しているからこそ実現できるもの。
この技術が完成すれば、有名な料理人などプロが監修したレシピが家で完璧に近い形で再現できるほか、代々受け継いだ家庭の味を正確な方法で次の世代へ伝えるといったことも可能になるわけだ。
今回の万博で展示されているのは、録食のコンセプトムービーと、使用されるIHクッキングヒーターなどの試作機だ。この調理機器の試作機を担当していたのは、業務用の冷凍冷蔵庫や、厨房総合システムなどを手掛ける企業のフクシマガリレイ。
万博では実際の調理体験まではできないものの、どうしてもその内容が詳しく知りたかったため、都内某所にあるソニーの開発拠点で、録食の実際の過程を体験してきた。
文字通り、「音楽や映像の作品ができる仕組みの食バージョン」とのことで、「録食」「編集」「再生」の3つのステップがあり、家で料理をする人が担当する「再生」のパートを体験した。
6月に取材した際に体験したのは、中華料理の脇屋友詞シェフによる「おもてなし麻婆豆腐」。加熱などの調理時間は約8分、16工程で完成するというものだ。
脇屋友詞さんといえば、これまで都内ホテルの総料理長などを務め、「トゥーランドット臥龍居(がりゅうきょ)」や「Ginza脇屋」などのオーナーシェフである、中国料理の重鎮。家でもその味わいが楽しめるのか興味がますます高まる。
調理する人がやるのは、画面に従って材料を投入したり混ぜたりするだけで簡単。まるでリズムゲームのような画面の案内に合わせて、肉を混ぜる、薬味を加えて混ぜる、スープを入れてならす、豆腐を入れる、などの過程をクリアしていく。加熱は過程に応じて自動でコントロールされるため、気にする必要はないし、実際の作業に応じて周りのカメラなどで確認されていて、必要な時は待ってくれるため、急かされるような感覚もあまりなかった。
ほぼ唯一、気をつかったのは豆腐を入れた後に崩さないように混ぜる部分くらい。アドバイスされた通り、ヘラの背中で優しく押し出すようにした。片栗粉でとろみをつけたり、粉山椒などを振りかけて完成。
最後に「再現度スコア」で評価してくれる。食材を一度に投入しきれなかったり、タイミングのズレなどがあったが、100点中96点だったため、大きな問題はなさそうだ。
実際に食べてみると、普段の自分の調理に比べて、食材に火が通り過ぎずにちょうどいい食感が残っていて、絶妙な焦げの具合も香ばしい。大げさではなく、まるでお店で食べたような仕上がりの良さだと感じた。スパイスなども、よく食べているものとは少し違った構成や分量だったためか、新鮮に思えた。
麻婆豆腐は時々自分でも作るが、もう慣れたためか感覚だけで作ると、あまり満足いかない場合もあった。自分で食べるならそれでもいいが、人に提供するなら、なるべく自信をもって出したい。そんなニーズにも、安定しておいしい仕上がりが約束されそうな録食の仕組みの良さを、身をもって体験できた。今回は初めてだったことで少しおそるおそるな部分もあったが、次やるならもっと上手に作りたいというモチベーションにもつながった。
今回体験した再生(調理)の前の段階である「記録」と「編集」については、まず専用キッチンでシェフの調理を記録することから始まる。火加減や食材の投入タイミング、具材の混ぜ方や力加減、水分蒸発量など、調理再現に必要となる情報をカメラやセンサーで高精度に記録する。
そのデータを分析してエンジニアが録食専用のレシピを作成。時には、作成した料理人自身による「編集」も加わり、調理工程を、1秒、1℃、1g単位の正確さで再現できるように、調理ナビゲーションが作られる。そのレシピとナビゲーションを、IHクッキングヒーターと連携した専用アプリで再生しながら調理するという流れだ。
録食のプロジェクトリーダーを務める野元知子さんによれば、この録食の仕組みを作る前に、数多くの料理家たちにインタビューを行ない、違いや共通した部分などのノウハウを積み重ねていったとのこと。
これまで師匠から弟子へ長年をかけて伝えられてきた多くの技術や絶妙な加減などを細かく数値化して、再現できるようにするまで、どれくらいの苦労があったかと思うと気が遠くなりそうだ。実際、中国料理で最初のレシピだった麻婆豆腐を作る際は「2021年~2023年の間に350回も麻婆豆腐を食べた」というほど試作を重ねたという。ちなみに、録食した最初の料理は南インドカレーだったとのこと。
現在では技術が完成に近づいたことで「ほとんどが1回か2回で合格します。10回やり直すことはほとんどないですね」と語る。一方で、レシピを作成する元となる試作を有名シェフに依頼すると、ほとんどが1回で失敗なく成功するとのこと。そうしたプロのすごさにも改めて驚かされる。
大阪万博のEARTH MARTは、「いただきます」をテーマに、食や文化に関わる様々な展示が、過去~現在~未来に渡って体験できる内容となっており、録食は未来の食として紹介されている。
録食の実用化は、企業向けなのか、個人向けなのか、いつどんな形で実現するのかは取材時点では明らかにされていない。しかし、今回体験した限りでは料理の面倒さを大幅に減らしつつ、作りたくなる楽しさ、作ったもののおいしさを実感できるようなワクワクする取り組みだと思えた。
空飛ぶクルマの実現も近い?
未来社会のショーケースとして注目されている「空飛ぶクルマ(Advanced Air Mobility)」。まだまだ先のことと思うかもしれないが、万博会場内の「空飛ぶクルマ ステーション」(要予約)では、複数の企業が出展して様々な空飛ぶクルマの姿を紹介している。
その中の一つ日本航空(JAL)が提供する没入体験型シアター「SoraCruise by Japan Airlines(そらクルーズ)」では、ソニーPCLのイマーシブソリューションが活用されている。
このシアターでは、JALグループの未来想像図「JAL FUTURE MAP」に描かれている空飛ぶクルマを、3DCGで制作したリアルな映像やソニーの立体音響技術、振動により没入感を高めるハプティクス(触覚提示技術)を活用して表現。
これらの技術を組み合わせたソニーPCL独自のイマーシブソリューションにより、まるで空飛ぶクルマに搭乗しているかのような臨場感を提供し、次世代モビリティが創る未来の空を体験できる。
楽しいのは、自分でデザインした空飛ぶクルマが、実際に飛んでいるような映像で楽しめること。遠くの未来に思えたものが、とても身近に感じられるようになる。
体験の前にタブレット端末で、空飛ぶクルマの機体に好きな色を塗ったり文字を書いたりできる。
専用シアターのサイズは横幅が約7m、奥行きが約8m。前と左右の3面が全て大型ディスプレイとなっている。上映が始まると、来場した人たちが描いた空飛ぶクルマが、次々と空に登場。一緒に空を旅するような感覚を味わえる
目の前の映像だけでなく、足元からも振動が伝わってくるのは、ハプティクス(触覚提示技術)によるものだ。音楽ライブなどで音だけでなく振動でも気分が高まるのと似たように、足元からの振動で、空を飛んでいるような臨場感がさらに高まった。
JALによれば、空飛ぶクルマの商用化は意外に近く、再来年2027年だという。動力は電気を使うためガソリンエンジンなどよりも静音で、取材当時の情報では時速240kmのスピードで飛べるとのことだった。
実現の際はバスのような公共交通機関としてなのか、プライベート用なのか、検討されていくとのことで、一般的な旅客機と、ドローンの間のような存在になることが期待されている。災害時には車では入れない場所などにも行けるなど、様々な可能性があるようだ。
残念ながら万博会場でのデモ飛行は実現しなかったものの、シアターでより現実に近いようなイメージを体験できたため、これからが楽しみだ。
日本コンテンツのパビリオンにもソニーの技術が演出に
日本が海外に誇るコンテンツに関連したパビリオンでも、ソニーの技術が各所に活用されている。
バンダイナムコホールディングスが出展する「GUNDAM NEXT FUTURE PAVILION(ガンダムネクストフューチャーパビリオン)」(要予約)では、ソニーの触覚提示技術(ハプティクス)を活用した「Haptic Floor」が導入。ソニーマーケティングが演出に協力している。
床面には「Haptic Floor」が設置され、高精細な新作映像や音響と合わせて、ハプティクスによる振動の演出が体感できる。一例として、軌道エレベーターに搭乗するシーンでは耳で聞こえたエレベーターの機械音に合わせて足元からはその振動が伝わってくるなど、迫力ある没入体験ができる。
そのほか、「マクロス」や「アクエリオン」など数々の名作アニメで知られる河森正治さんがプロデュースしたパビリオン「いのちめぐる冒険」(要予約)においても、SoVeCが手掛けた立体音響ソリューション「音のXR体験」とソニーの先端技術を活用した触覚提示技術が活用されている。
このパビリオンでソニーPCLは超時空シアター「499秒 わたしの合体」と「ANIMA!」を担当。音楽プロデューサーの菅野よう子さんによる音楽制作とディレクションのもと、ソニーPCLのコンテンツ制作チーム、寺坂波操とSoVeC(ソベック/ソニーネットワークコミュニケーションズのグループ会社)により、音と振動による圧倒的なイマーシブな体験が制作された。
開催前から多方面で注目され続けている大阪・関西万博は、10月13日の閉幕まであと少し。何度も足を運んでいる人も、これから初めて参加する人も、日本のテクノロジーやコンテンツについて、様々な視点で楽しんでみると、いろいろな深掘りができそうだ。