カデーニャ

スポーツ経験と技術の融合が生み出したソニーのヘッドセット「NYSNO-10」

2017年1月に発売されたソニーのスノースポーツ向けヘッドセット「NYSNO-10」(ニスノ・テン)が、2年目になってじわじわと注目を集め始めています。

ヘルメットマウントワイヤレスヘッドセット「NYSNO-10」

ヘルメットに装着することで最大1kmの距離から3人同時にグループ会話できる性能や、ヘルメットを振動させて音を耳に届けるユニークな仕組みが特徴です。現在、日本国内では3,000台限定でオンライン販売を行っています。

Sony Japan / スノースポーツ専用コミュニケーションギア NYSNO-10

この商品の開発、企画、さらにはマーケティング戦略を指揮するのが、ソニービデオ&サウンドプロダクツ V&S事業部の尾原昌輝氏。ソニー入社以来、ほぼ一貫してオーディオ畑を歩んできた同氏が、スキーで滑っている最中に思いついたというNYSNO-10は、製品として世に出るまで数々の困難に直面してきたと言います。NYSNO-10が生まれた経緯、そして同氏が「ソニー以外では難しいクオリティを実現できた」と自負するその理由について、話をうかがいました。

ソニービデオ&サウンドプロダクツ V&S事業部の尾原昌輝氏

20年関わってきたスキーとエンジニアとしての自分を融合したものづくり

――初めに、NYSNO-10を企画したきっかけを教えていただけますか。

まずその前に自己紹介をした方がよいかもしれません。僕はソニーに1996年に入社して、1999年以降ウォークマンのメカ設計をしていました。メモリースティックウォークマンが始まった頃ですね。

それから2013年になって、当時の所属課の中で設計から企画に新商品を逆提案しよう、という活動がありました。ちょうどそのタイミングで、振動させて音を鳴らす部品のサンプルをあるメーカーからいただいたので、これで何かできないかと考えたんです。

――ウォークマンと連携して音を出す、ということですね。

冷蔵庫の扉に貼り付けたり、クルマのダッシュボードに置いたりして音を鳴らすウォークマン用スピーカーなどをいろいろ検討しました。が、どれも商品性としてのパンチが弱くて、企画担当者からも「もっとぐっとくるものを」と言われてしまいました。

一方で僕は、入社した1996年と同じ時期からスキー選手やスキーの指導者としても活動していました。平日はエンジニアをするかたわら、土日はトレーニングに打ち込み大会に出場する自身の選手活動や、元全日本チャンピオンの恩師と共に全国を巡業してスキーを指導する活動をしていたんです。

――元々スキーとの関わりは長かったんですね。

そうなんです。そうやって20年以上スキーに携わっていくなかで、いつしかスキーをはじめとするスノースポーツ界に恩返ししたいという気持ちが大きく膨らんできました。いずれは、エンジニアとしての自分と、スキーに関わってきた自分を融合(したものづくりを)したいと思うようになったんです。常々そう思っていた矢先の2013年の初夏、山形県の月山でスキーをしている最中に、スキー用ヘルメットにこの部品を付けたら面白いのでは、とひらめきました。

スキー中に音楽を聴くためには、スキー用ヘルメットのイヤーウォーマーの部分にヘッドホンを仕込んだり、インイヤー型のイヤホンを直接耳穴に装着する方法が一般的です。でもこれだと耳を塞いでしまうので、周囲の音が聞こえなくなって危険を伴います。

ところがヘルメットを振動させて音を鳴らす方法だと、耳を塞がずに周囲の音を聞けますし、実際に試作して使ってみたところ、音楽を聴きながら滑ることの高揚感と、周囲の音が自然に聞こえる開放感に、これはいけると実感しました。

それから1年半かけて、ブラッシュアップを繰り返し、商品化の承認を得たのが2014年の終わり。2015年から正式な開発チームを組むことになりました。

発売が2017年1月でしたから、構想から発売まで3年半かかったことになりますね。部署や商品カテゴリの枠を越えて多くの技術者の協力をいただきながら、なんとか発売にこぎつけることができました。

ウォークマンを初めとするソニーの音響技術で音質を追求

――そうやって完成したNYSNO-10ですが、最大の特徴の1つはヘルメットを振動させて音を鳴らすところかと思います。これは具体的にどういった仕組みなのでしょうか。

ヘルメットに装着したNYSNO-10

物体を振動させて音を出す方式は、今や珍しくありません。他のメーカーからもそういった振動スピーカーがいくつか販売されていますよね。ですから、ヘルメットを振動させて音を出すだけなら簡単に作れるかもしれないのですが、NYSNO-10と同じクオリティはマネできないと思います。

というのも、ここにはソニーの音響技術をかなり取り入れているんです。重要なのは振動する物体の周波数特性をコントロールすることです。大まかに言うと音には低音域、中音域、高音域の波があります。そのなかで高音域の波が高すぎるとシャカシャカしてしまいますし、低音域が高すぎると物理的な振動で頭が揺さぶられてしまいます。

ですので、通常のヘッドホンだとその波をある程度フラットにする音質調整を行います。そのうえで低域をしっかり出すとか、ボーカルを強調する、というような味付けをします。NYSNO-10でも同様の音質調整を試みました。

ところが、ヘルメットを振動させて聞こえてくる音は、想像以上にコントロールが難しいものでした。開発に協力してもらった業界的にも有名な社内のサウンドエンジニアにも、「尾原さん、これ、モノにならないかもしれない」と言われるくらいでした。それでも、ソニーがもつさまざまな音響技術を取り入れることで、結果的にソニークオリティの音を実現することができましたね。

中央にある部品がヘルメットを振動させ、音として耳に伝える

――3種類のプリセットイコライザーを備えていますが、これはどのように使い分けるのでしょう。

ヘルメットによって振動特性が異なりますので、それに合わせて選択していただく機能です。ヘルメットといっても無数にありますが、大きく分けるとだいたい3種類くらいに分けられることがわかったんです。比較的重いヘルメット用、標準的な重さのヘルメット用、さらに軽量なヘルメット用、という感じです。

ヘルメットメーカー様に協力していただきながら、多数のヘルメットをサンプルに検証を繰り返しました。

Bluetoothで最大1kmの長距離通信を実現。独自プロファイルで音質も追求

――Bluetoothでありながら、1kmという長距離での3者間グループ通話ができるというのも大きな特徴です。通常のBluetoothはせいぜい数十メートル程度しか届かないんじゃないかと思うのですが。

これには2つポイントがありまして、1つは電波を増幅させるアンプを内蔵していること。もう1つは、アンテナの設計の効率を上げていることです。電波法に準拠しながら約1kmの距離まで届くようにしています。

――日本国内のどこのスキー場でもだいたい同じように長距離通信が可能なのでしょうか。

Bluetoothによる通信技術なので、地形や周囲の電波状況により通信距離に差異は生じることはあります。なお、バイク用の一般的なBluetoothインカムなどでも1km程度の通信を実現していますが、NYSNO-10がそれらと大きく異なるのは、グループ登録の手順のシンプルさと、通話時にグループメンバーの位置の変化への柔軟な対応機能です。

一般的なバイク用Bluetoothインカムでは、まず、グループメンバーの登録順番が重要です。たとえばインカムAとインカムBを接続して、インカムBとインカムCを接続する、という風に順番を意識しながらグループメンバーを登録します。そして、走行中に接続が不安定にならないように、登録した順番に走行することが慣習とされていました。

――バイク用インカムにはそういう制限もあったんですね。

NYSNO-10の構想段階では、この既存のBluetoothインカムの煩わしさを解消したいと考えました。まず、順番を意識しないシンプルなグループ登録を実現しました。

さらに滑走中にお互いの位置関係が変わって、通信が不安定になった場合には、リモコンにあるボタンをワンプッシュするだけで、自動で双方の距離を検知して最適な接続順になるよう再接続する機能を搭載しました。

リモコンの角にあるボタンをプッシュすることで接続が最適化

寒冷地でも安心して使える耐低温性能を追求

――もう1つ気になっているのは耐低温性能です。仕様上の動作環境はマイナス10度〜プラス40度となっていますが、何か耐低温性能を向上させるための工夫は盛り込まれているんでしょうか。

マイナス10度というのは内蔵しているバッテリー単体で保証しているスペックです。

――寒冷地だとバッテリーの持ちも心配になります。

よく、気温の低い場所ではカメラのバッテリーの減りが早く、すぐに撮影できなくなってしまうと言われますよね。ですが、そもそもNYSNO-10はBluetoothによる通信と振動による音の発生のみなので、たとえばカメラのディスプレイを明るく表示させるときのような大きな電力が必要になることはありません。

つまり、Bluetoothは小さな電力しか消費しないので、寒冷地でのバッテリーもちはカメラほどシビアにはならないと思います。使い方にもよりますが、基本的な性能としても、一度満充電すれば2日間丸々使い続けられる想定をしています。週末スキーヤーの方は、金曜日に充電しておけば、土日に目一杯NYSNO-10を使いながら滑れることを目指しています。

メーカーの技術でスポーツ文化の裾野を広げたい

NYSNO-10は自分の子供みたいなもの、と語った尾原氏

――今は米国の拠点で販路の拡大を進めていると伺いました。今後、NYSNO-10で目指すところは何でしょうか。

アメリカでの販売を2018年1月10日から開始しました。スノースポーツ人口が世界一位であり、ヘルメット着用率も高いので、NYSNO-10にとっては、非常に大きな市場だと予想しています。

僕の個人的な想いを言えば、以前は他の人が企画したものを設計するのが僕の役割で、例えるなら、親御さんから預かったお子さんを「出荷」という名の卒業まで育てて見送る幼稚園の先生のような立場でした。でもNYSNO-10は、自分の中から生まれた、本当の我が子のようなもの。これを、周囲の先生たちの力を借りながら、育ててきました。開発を進めている間には、これを世の中に出せないかもしれない、死んでしまうかもしれない、という危機が何度もありました。今はまだ小学生くらいかもしれませんが、これから中学生、高校生と続くよう、大切に育てていきたいですね。

ソニーの企業理念に「技術をもって文化に貢献する」というのがあります。僕としてはスノースポーツ文化に貢献したい。NYSNO-10を使ってコーチからアドバイスを受け、トレーニングした結果メダルが獲れたとか、スキーがもっと面白くなったとか、子供と一緒に楽しめるようになったとか……。アスリートレベルから、初心者まで含めて、スノースポーツ文化の裾野を広げることができれば、最高にうれしいですね。

――ありがとうございました。

この記事は、2018年1月16日に「カデーニャ」で公開され、家電Watchへ移管されたものです。

日沼 諭史

モバイル、ガジェット、エンタープライズ系サービス、旅行、クルマ、バイク、オーディオ&ビジュアルなどなど、なんでも書くライターみたいなことをやっている人。