やじうまミニレビュー

昭文社「震災時帰宅支援マップ 首都圏版 2012年版(4版)」

~震災時にどう行動するか考えるマニュアル
by 伊達 浩二


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昭文社「震災時帰宅支援マップ 首都圏版」

 毎年8月にリニューアルされる昭文社の「震災時帰宅支援マップ 首都圏版 2012年版(4版)」(以下、帰宅支援マップ)が8月下旬に発売された。

 帰宅支援マップは、2005年に登場した本で、昭文社が独自に選定した12の帰宅支援ルートを紹介した、「都心から歩いて帰るための」地図だ。都心に通う会社員や学生などが机やカバンの中に備えておき、震災で交通網が止まったときに、この地図を片手に歩くという想定で作られている。

 そのため、片手で持てるように、A5変形版の細長い形をしており、ページ数も144ページとコンパクトにまとめられている。

 今年の帰宅支援マップは、震災時の帰宅に関する状況の変化を受けて、立ち位置が大きく変わった。その変化を中心に、内容を紹介しよう。


メーカー昭文社
製品名「震災時帰宅支援マップ 首都圏版 2012年版(4版)」
希望小売価格800円+外税(書籍のため税別表記)
購入場所書店
購入価格840円

東日本大震災と東京都の条例が変化を招く

 これまでの帰宅支援マップを一言で言えば、「震災時に歩いて自宅へ帰るための地図」だったが、今回の帰宅支援マップは「震災時にどう行動するかを考えるためのマニュアル」へと変わりかけている。

 たとえば、地図が始まる前に「震災時シチュエーション別対応マニュアル」というページが用意された。「オフィスにいたら」「高層ビルにいたら」など、状況に応じた対応の方法が書かれている。

 印象的だったのは、「徒歩帰宅マニュアル」の前に「一時滞在マニュアル」が用意されており、「~無理に移動しようとせず、まず安全確保を~」と書かれていることだ。

マニュアルページは大幅に強化された。シチュエーション別のマニュアルなどは目を通しておきたい「むやみに移動しないことが最善策」と、慌てて移動することを戒める

 これまでの帰宅支援マップは、歩いて帰ることを前提としていて、では、安全に帰るにはどの道を歩きましょう、という発想だった。それが、今年は、歩いて帰るかどうかを含めて、まず考えようという姿勢に変わってきている。

 これは、昨年3月の東日本大震災の首都圏での状況と、来年3月に施行される東京都の「帰宅困難者対策条例」が、きっかけになったのだろう。

 震災の当日、首都圏ではJRが終日運転を休止し、私鉄も夜遅くまで運転を再開できなかった。そのため、渋谷、新宿などのターミナル駅では、人があふれ、バス停には長い列ができた。私は自宅を目指して靖国通りを東に向けて歩いたが、普段は広く感じる歩道が人で満ちており、狭い場所では危険を感じるほどだった。

 また、目算がなく歩き始めた人が、ターミナル駅近くの一時避難所に殺到し、予想外の人数が来たことで、食料や毛布が不足した避難所もあったという。

 つまり、東日本大震災は、首都圏の会社員や学生が、むやみに帰宅しようとすると、さまざまな危険と混乱を招くことを明らかにしてくれたのだ。

 この混乱を受けて、東京都では以前から作業が進んでいた「帰宅困難者対策条例」を今年3月に制定した。その趣旨は、「一斉帰宅を抑制する」ことにある。そのため、事業所でも、従業員を会社に留めておくために、3日分の水や食料を備蓄することが求められている。

 この条例が施行されるのは来年3月からだが、すでにアルファ米など備蓄用の食料は需要が増えており、納期が伸びている製品が多い。会社法人での備蓄が始まっているのだろう。小社でもエマージェンシーブランケットと簡単な食料の備蓄を始めた。

 つまり、東日本大震災をきっかけに、震災→交通機関の停止→徒歩での帰宅という図式が、東日本大震災を機に、震災→交通機関の停止→事業所での待機へと、大きく変わったのだ。帰宅支援マップの根幹である想定が、180度変わったのだから、内容が影響を受けたのは当然のことだろう。

20km以上は歩けないと明記

「徒歩帰宅マニュアル」。全員が歩けるのは10kmまで、20kmを超えると歩けないと明記されている

 また、徒歩帰宅マニュアルの最初の部分には、「徒歩で帰宅できる限界距離は合計20kmといわれます」と明記されている。以前の版では、巻末の地図の注記に目立たない感じで書かれていたが、今回は目立つ位置へと移動された。

 その下には、東京都の想定データに基づく表も添えられており、10km未満は全員帰宅可能だが、以後、1km増えるたびに帰宅困難者は10%増加し、20km以上は全員帰宅困難になると、きちんと書かれている。無謀な帰宅をいさめるために、とても良いことだと思う。

地図に、危険地帯と混雑状況を追加

 この本の主要部分である地図の構成は、前の版と変わっていない。

 都心部は15,000分の1のメッシュ図で表示され、その外の地域は、主要な街道をたどるルートマップの形になっている。メッシュ図は良いが、街道沿いの地図は、都心から40km以上にまで及んでいるのが、そのままだ。これも30km範囲ぐらいに制限した方が、むやみに遠距離の徒歩帰宅を招かないという点では、より望ましいのではないだろうか。

最初にある「帰宅支援ルート索引図」都心部はメッシュ図、郊外へはルートマップになっている

 都心のメッシュ図については、震災後の混雑度を「混」とか「やや混」という表記で、目立つように書かれている。やはり人があふれて危険を招く恐れがあるという判断だろう。中には「超混」という地域もあり、そういう場所は迂回するべきだ。

中央部のマス目が並んでいる部分がメッシュ図の範囲。ほぼ都心全域をカバーしているメッシュ図には、このような索引も用意されているメッシュ図の例。王子駅付近。トイレの位置や避難所などが記載されている。今見ている図の左隣は1つ前のページ、右隣は次のページなので、ルートもたどりやすい
小社周辺の地図。幹線道路は安全性の程度によって色分けされている。混雑を予想する表示が増えた。ルート図の例。東府中駅付近。改めて踏破してチェックされた危険な場所が記載されている

 また、街道沿いの地図は、改めて踏破した上で追加された危険物が明記されている。街道によっては、「コンクリート塀」「ブロック塀」「ガラス」「自転車(狭)」などの表示が続いており、徒歩帰宅にも危険が潜んでいることがよく分かる。

むやみに歩かない、歩いても20kmが限界という知識の徹底を

 帰宅支援マップは、東日本大震災以後の状況の変化を受けて、少しずつ変わり始めている。それはとても良いことだと、私には思える。

 ただし、まだその変化は始まったばかりであり、従来のコンセプトとぶつかりあっている部分も多い。たとえば、先頭に綴じ込まれている「帰宅支援ルート索引図」は従来のままで、ほとんど変化がない。この図に書かれた、10kmの同心円と、20kmの同心円は、ほかの円と区別してわかりやすくするべきだろう。そうして、上記の「10kmまでは全員歩けるが、20kmを越えると全員歩けない」という知識も、この図に示すべきだ。

 そうすれば「あぁ、自宅は安全に歩いて帰れる範囲から、こんなに外側なんだ。交通機関が回復するまで会社で待機することしよう」というような決心がつけやすくなるだろう。

 また、メッシュ図をの外側の郊外については、街道沿いに沿ったルートマップで案内されるため、ルートがない小田急線沿線などはまったくカバーされない。例えば、「登戸」は20km範囲だが、どう歩いて帰るべきかという情報は得られない。

 ルートマップの範囲を縮小する代わりに、20km範囲内は、粗めのメッシュでカバーするなどの方法があっても良さそうだ。

索引図は50kmの範囲まで同心円が描かれているが、20kmの円も通常と同じだ。ここまでが徒歩圏ともう少しはっきり描いても良いのでは小田急線沿線はうまい避難路がないらしく、カバーされていない。「下高井戸」の右にあるのが付録の「東京15km圏経路図」の範囲で、そこまでは全域の地図があるのだが、左下の「登戸」は20kmの同心円範囲にもかかわらず、ルートが見つからない。もうちょっと荒いメッシュ図などでカバーしてほしい
片手で持ちやすいように縦長の判型。キーホルダーに用意したソーラーLEDライト、十徳ナイフ、ホイッスルとの組み合わせで最小限の避難キットができる

 いくつかの欠点はあるものの、「震災時に歩いて帰ることを含めて、自分の行動を考える」ための資料としては良くできている。

 次の震災が来る前に、そのとき、自分はどうするかということを考えておくためにも、1冊手元に置いておき、自宅の位置と帰れるかどうかを確認しておくことをお勧めしたい。






2012年 9月 10日   00:00