大河原克行の「白物家電 業界展望」
世界最小の洗濯機「コトン」初日で100件以上の予約、おもてなし家電の先駆けに?
by 大河原 克行(2015/1/21 07:00)
初日で100件以上の事前予約が殺到
ハイアールアジアが発表した戦略的家電製品は、大きな話題を集めた。世界最小の洗濯機と銘打った重量200gの洗濯機「コトン」は、発表初日だけで100件以上の事前予約が殺到。予想以上の反響をみせている。
また、冷蔵庫の前面スペースに液晶ディスプレイを搭載した冷蔵庫「DIGI」のプロトタイプの公開や、液晶ディスプレイによるデジタル額縁を提供する「intergallery」事業の開始、冷蔵庫を無償で貸し出す「OFF ICE(オフアイス)」事業への取り組みなどの新規事業に踏みだした点も、「脱メーカー」を目指す今後の同社の方向性を明らかにしたといえる。
これらの取り組みは、ハイアールの世界的戦略に則ったというよりも、むしろ、ハイアールアジア独自の取り組みといえるものであり、日本を中心としたアジア戦略は、中国本社の影響を大きく受けない同社ならではスタンスを示したものといえよう。果たして、ハイアールアジアの今回の製品発表はどんな意味を持つのか。個人的には「おもてなし家電」の先駆けともいえる提案が埋め込まれているように感じられてならない。
予定の2倍近い報道関係者が集まる
2015年1月14日に、東京・虎ノ門の虎ノ門ヒルズで行なわれた記者会見には、当初予定の倍近い200人以上の報道関係者が詰めかけ、多くの立ち見が出るなかで会見が始まった。
伊藤嘉明社長は、45分間に渡るプレゼンテーションの最中、何度も立ち見の記者に向けて、「立ち見になって申し訳ありません」、「もう少し時間をください」と語りかけながら、説明を行なった。
伊藤社長は、「私は、よそ者で、新参者といわれる。その私が、新参者だからこそ見える視点で捉えたのが今日発表する新たな家電。家電をもっとワクワクさせたい。家電業界に革命を起こす。今日は、みなさんにその目撃者になっていただきたい」と切り出した。
続けて、伊藤社長は、「家電を利用した新しいビジネスモデルの構築」、「既存分野でのイノベーション」、「家電の嗜好品化」の3つのポイントから新たな戦略を説明してみせた。会見の内容は別稿に譲るが、発表された製品、サービスは、いずれも大きな驚きを持って迎えられたものだった。
なかでも、具体的な製品として登場したハンディ洗濯機「コトン」は、発表当日から開始した事前予約が、わずか一日で100件以上を超えるという予想以上の人気ぶりとなった。
「ハイアールのサイトにアクセスする人が多く、アクアのサイト(AQUAオンラインストア)に辿りつけず予約ができないというお叱りの声もいただいた」(ハイアールアジア)というこぼれ話もあったほどだ。
発売は3月上旬からで、価格は10,800円。今後は販売ルートの拡大については検討をしていくことになるというが、まずはウェブを通じた販売が中心になりそうだ。
「古都」を由来とする世界一小さい洗濯機
コトンという名前には、部分汚れやシミ汚れをたたき洗いする際の動作がコトコトと音を立てること、この製品を開発した研究開発拠点が京都にあり、生まれた地が「古都」であることに掛け合わせたものだという。
製品化の発端は2014年5月に行なわれた、伊藤社長による京都R&Dセンターにおける初の技術視察だった。ここでは、R&Dセンターで開発されている技術を、技術者自らが伊藤社長に説明。伊藤社長がそれに対して意見を述べたり、情報交換を行なう場となった。
コトンを手にとった伊藤社長は、技術者の「世界一小さい洗濯機」という言葉に強い関心を抱いた。
「これは面白い。すぐに製品化してほしい。期限はできれば年内」
伊藤社長は、その場で製品化を即決した。
まだ製品はプロトタイプの段階。本体は最終製品とは異なる平べったいデザインだったという。それから約7カ月で製品化を完了。今回の発表にこぎつけている。
実は、コトンはもともと中国市場向けに開発されていたものだ。コトンの開発者は、中国市場の特性を研究。そのなかで、中国では、毎日洗濯はせずに、シミがついたところだけを落として、何日も洋服を着るという生活を送っている人が多いことがわかった。コトンは、そうしたニーズにあわせた製品のひとつとして開発をしていたものだった。
そして、この技術者は、もともと三洋電機が得意としたコインランドリー向けなどの業務用洗濯機に携わっており、たたき洗いはクリーニング店などから得たノウハウをもとにしたものだったという。その技術とノウハウを製品づくりに応用したというのが発端であり、中国市場向けには、今年後半以降の発売が見込まれていたという。それが、伊藤社長の一声で、日本市場向け製品として企画しなおし、発売時期も一気に前倒しになったというわけだ。
製品に関する特許は押さえているというものの、特に新たな技術が採用されたものではない。むしろアイデア製品といった方があっているかもしれない。だが技術者は、コトンを、たたいて汚れを落とすという「洗濯機の原点」に戻った製品だと位置づけているという。汚れを落とす、シミを落とすという分野に特化した新たな洗濯機の提案だ。
昨年暮れに中国本社で行なわれた日本の技術を紹介する社内イベントでは、中国本社の社員が、気になった技術に対して投票をする場を設けていたが、コトンはそのなかでも最も投票数が高かったという。伊藤社長は、「今後は中国でも発売することになる」と言及するが、中国の社員からの評価が高かったことをみても、中国市場においても注目を集めることになりそうだ。
年間100万台の新市場を創出できるか?
コトンの主要ターゲットのひとつは個人ユーザーだ。家庭内に常備しておき、食事などの際に、衣類に汚れやシミがついた場合に、コトンで落とすといった使い方ができる。
これまで洗濯機は一家に一台というのが常識であったが、コトンは2台目の洗濯機という提案ができると意気込む。テレビやエアコン、PCは、もともとは一家に一台という環境からスタートしたが、いまでは複数台が当たり前になっている。掃除機もここにきて、布団専用掃除機の登場などにより、用途にあわせて複数台を所有するといった使い方が出始めている。コトンは、一家に複数台の洗濯機時代を生む製品になるともいえそうだ。
だが、コトンで狙っている市場は、個人ユーザーだけではない。むしろ、企業などのユーザーへの広がりを期待しているともいえる。いわば、BtoBとしての側面が強い製品だと位置づけている点も興味深い。
同社では、市場ターゲットとして、レストランをはじめとする飲食店、病院、オフィスなどをあげる。
たとえば、レストランでスパゲティーのミートソースが衣類に飛んでしまった場合、あるいはオフィスでコーヒーをこぼしてしまった場合などに、コトンでたたき洗いをして、その場で汚れやシミを落としたりといった使い方ができる。単4形電池3本で動作するため、食事をしている場所に持って行ってたたき洗いをするといった使い方が可能だ。また、病院のように白衣を着ているケースでは、白い服装のために汚れが目立つ場所だけを落とすといった使い方もできる。
「予洗いという言い方があるが、その場で一度汚れを落としておいた方があとあとシミにならない。個人がコトンを持ち歩くといった使い方もあるが、レストランやオフィスに常備してもらって、汚れやシミがついたら、その場で利用してもらうといった提案を行いたい」とする。
洗濯機の国内需要は年間400~500万台規模。2台目の洗濯機需要が10%あると試算しても、年間50万台の市場規模が見込まれる。そして、BtoB市場においては、これまで洗濯機が置かれていなかった場所にも新たな需要創出が見込まれる。同社では、「ざっと100万台の新たな市場を創出できるのではないか」とも試算する。
目立たない存在から、生活の中心になる冷蔵庫
ハイアールアジアは、今回の会見で、このほかに液晶ディスプレイを搭載した冷蔵庫「DIGI」、スケルトンの洗濯機という次世代の製品も紹介してみせた。
これらも伊藤社長の「新参者」ならではの視点が生かされたものだ。
たとえば、DIGI。これは、白物家電のデザインを何とかしたいという伊藤社長の発想から生まれたものだ。
「冷蔵庫の買い替えサイクルは8~10年。なかにはもっと長期間使う人もいる。そのため、購入時には、飽きがこない色、主張しない色を選ぶ人が多い。しかし、白物家電は面積も大きい。その部分をなにかワクワクできるものにできないかと考えた」と伊藤社長は語る。
そのひとつの回答が、今回、同時発表した冷蔵庫用着せ替えカバーだ。第1弾として、ウォルト・ディズニー・ジャパンと提携。アナと雪の女王などの人気キャラクターをカバーに活用する。新たなカバーが登場すれば、スマホのケースと同様に、それに着せ替えることが可能だ。今後は、アニメ、アイドル、ミュージシャン、景色など様々なカバーが想定される。
ちなみに、ウォルト・ディズニー・ジャパンとの提携範囲は、冷蔵庫に加えて、洗濯機も含まれる。契約では、コトンも着せ替えの対象にすることが可能になっている。
そして、DIGIは、この着せ替えをさらに一歩進めた提案だ。
伊藤社長は、「ディスプレイにしてしまえば、もっと自由に着せ替えができるのではないか」と、社内に提案したという。これがDIGI誕生の発端だ。
冷蔵庫の機能は冷やすことにあるが、着せ替えの発想を発展させ、ディスプレイを搭載することで、冷蔵庫は情報発信端末という役割も担うことになる。冷蔵庫に様々な情報を表示し、家族がコミュニケーションを取るための窓口としての役割も想定できる。冷やすことだけが目的で、目立たない存在だった冷蔵庫が、生活のプラットフォームを担うものへと発展することも視野に入れているという。
まさに、新参者ならではの予想外の発想だ。
スケルトン洗濯機も同様だ。
伊藤社長が、昨年6月に発表したツインパルセーターの縦型洗濯機の説明を受けた際、そこに用意されていたのが説明用のスケルトンモデルであった。ツインパルセーターは、従来製品に比べて15倍の流量を生みだすのが特徴だ。スケルトンモデルは、その流量を説明するために用意されたものであった。
ツインパルセーターを初めて搭載した新製品の機能に納得したあとで、「ところで」といって伊藤社長が切り出したのが、このスケルトンモデルだった。
「これを見ていると面白いのだが、なぜ、スケルトンの洗濯機はないのか」
その場で担当者は、「洗濯物はなるべく見せたくないという消費者の心理が働くため」と回答した。
しかし、市場を見回してみると、ダイソンの掃除機は、吸ったゴミが見える状態でありながらも、ヒット商品となっている。そして、洗濯機であれば、どんどんきれいになってく様子も見える。普段置かれている場所も来客者から見えないところが多い。自己満足のために、見える洗濯機があってもいいのではないか。これが伊藤社長の発想だ。
「スケルトンの洗濯機を作ってみませんか」
その場で、伊藤社長は提案したという。
「スケルトンの洗濯機が受け入れられるかどうかはわからない。しかし、私は欲しいと思った。そして、作る側がワクワクしないと、買っていただく方がワクワクしない。その取り組みのひとつがスケルトン洗濯機になる」と伊藤社長は語る。
これまでの家電メーカーにはない発想だといえる。
継続的に顧客とつながる仕組みを構築
家電メーカーにない発想は、サービスビジネスの展開にまで及ぶ。
液晶ディスプレイを提供する「intergallery」事業では、マイケル・ジャクソンをはじめとする有名アーティストの写真などを配信する「RockPaper Photo」を提供。表示内容を自由に変更できるデジタル額縁として利用できるようにする。今後、BtoB展開によって、広告事業などにも拡大させていく考えだ。
ここでは、液晶ディスプレイを可能な限り低価格で提供し、コンテンツや広告で収益をあげるというビジネスモデルを採用する。「デジタル額縁とは違う、コンテンツプラットフォームになる」と伊藤社長は語る。
また、冷蔵庫を企業に無料で提供し、その中身を提供する「OFF ICE(オフアイス)」事業も、冷蔵庫で収益をあげるのではなく、アイスやスムージー、スープなどの食品流通で収益をあげるビジネスモデル。12月3日からサイバーエージェントで試験導入を開始しており、「導入1カ月間の販売実績は、当初見込みの2倍」だという。
ここにも新参者の発想がある。
「技術者が苦労して、何年もかけて開発した製品にも関わらず、一度売ってしまえば、そこでユーザーとの接点は終わり。売って終わりではなく、継続的につながりができる環境を構築したいと考えた」
それが、この2つのサービスにつながっている。そして、先に触れた冷蔵庫の着せ替えサービスや、DIGIも同様に、売ったあともつながるサービスへの取り組みだといえる。
さらに、今回の会見では、ニオイをオゾンで除去する「スーツリフレッシャー」や、戦略的パートナーシップを結んだamadanaブランドの家電製品を発表。これらの製品については、「デザインについては、プロに任せたい。amadanaブランドの製品については、これまでの洗濯機や冷蔵庫には使わなかった素材を使うことで、個人的には世界一カッコ良い洗濯機が完成したと思っている。スーツリフレッシャーについても、デザインはアパレルメーカーと協業したい」と、エコシステムによるビジネス展開を提案してみせた。
共通しているのは「おもてなし家電」
今回の製品は、ハイアールアジアが独自に開発した製品であるという点も見逃せない。
ハイアールアジアは、日本のほか、シンガポール、マレーシア、フィリピン、ベトナム、タイなど10カ国を対象にビジネスを行なう。その市場に向けた独自企画の製品を市場投入するとともに、独自のサービスを展開することになる。
今回の会見はその独自性を改めて強調したものになったといえるだろう。
そして、もうひとつ注目しておきたいのは、今回、ハイアールアジアが発表した製品やサービスは、「おもてなし」というキーワードでまとめることができそうだという点だ。
たとえば、コトンは、レストランや航空会社のラウンジ、オフィスの総務部門などで常備することで、顧客や社員に対する「おもてなし」を実現する家電といった提案活動が可能だ。
そして、生活プラットフォームを目指すDIGIによる情報発信は、家庭内の生活を豊かにするためのおもてなしを提案できる製品。液晶ディスプレイによるデジタル額縁を提供する「intergallery」事業や、冷蔵庫を無償で貸し出す「OFF ICE(オフアイス)」事業への取り組みといった事業も、「おもてなし」サービスに位置づけることができるだろう。
ハイアールアジアでは、こうした表現を用いていないが、コトンは、いわば「おもてなし家電」ともいえる家電製品の先駆けになるとはいえまいか。
伊藤社長は、「今回お見せしたのは、私が考えていることの15%にすぎない」として、今後も引き続き、「新参者」の視点での製品投入を行なうことを示す。具体的には3月にも再び、製品発表会見を行なう予定だという。
次も期待したくなる発表内容であったのは確かだ。しばらくは台風の目になりそうな予感がしてきた。