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東芝のエアコンがスペック値以上に省エネできる理由

~キーデバイス「デュアルコンプ」に迫る
by 正藤 慶一

「デュアルコンプ」って何? てゆーか「コンプレッサー」って?

東芝のエアコン「大清快 UDRシリーズ」。室外機に「デュアルコンプ」が搭載されている
 東芝のエアコンに搭載されているコンプレッサー「デュアルコンプ」をご存じの方はいるだろうか。……とはいっても、まず“コンプレッサー”という言葉自体が「?」という人が多いはずなので、知っているのは業界人や一部の家電通に限られてしまうだろう。

 そもそもエアコンは、「冷媒」という物質を温める(冷やす)ことで、室内の空気を温める(冷やす)もの。コンプレッサーは、冷媒を「シリンダー」という装置で圧縮し、高熱にする役割を担っている。

「デュアルコンプ」のカットモデル。写真下部の2つのシリンダー(円筒状のもの)が特徴だ
 東芝のエアコン「大清快 UDRシリーズ」に搭載されているデュアルコンプは、内部にこのシリンダーを2つ搭載しており、これらを制御することで、パワフルな運転も能力を絞った運転もできる点が特徴だ。シリンダーが2つのコンプレッサーは他社でもあるが、それを1つだけで動かせる、というのはない。

 実はこのデュアルコンプ、「日本冷凍空調学会」という冷凍・冷蔵技術に関する学会から、平成21年度の「技術賞」を受賞している。業界的にも高評価を受けているのだ。

 しかし、パンフレットやニュースリリースだけを読むだけでは、このデュアルコンプの良さはイマイチ伝わってこない。そこで、東芝キヤリアでエアコン用のコンプレッサーを設計する、小型コンプレッサ設計担当主務の平野浩二氏、富永健氏の両者に、デュアルコンプの詳しい話を伺った。


パワフルな運転も能力を絞った運転も可能

今回話を伺った、東芝キヤリアの平野浩二氏(右)と富永健氏(左)。中央にあるのがデュアルコンプ
 デュアルコンプを端的に表すと、ハイパワーで部屋を温めるのはもちろん、室温を維持するための安定運転もできるコンプレッサー、ということになる。

 具体的な例を挙げてみよう。寒いときにエアコンの電源をONにすると、エアコンは強力な運転で部屋を暖める。やがて部屋の空気が温まり、リモコンの設定温度に近づいていくと、インバーターの働きにより、コンプレッサーは回転数をどんどん減らしていき、今度は部屋の温度を維持する安定運転へと移行する。

 普通のエアコンだと、シリンダーを回転するモーターの周波数を小さくすることで、モーター自体も効率の良い運転ができなくなってしまう。さらに、設定温度と部屋の温度差が小さくなり、一定能力以下になると、コンプレッサーの能力の方が上回ることになるため、運転が止まってしまう。

デュアルコンプは使用頻度の高い中~小電力時の効率が高い点が特徴
 そこで、通常は2つのシリンダーで動かしていたのを、安定運転時に1つだけに切替えることで、シリンダーの回転数を維持しつつ、能力を絞った効率の良い運転ができる、というわけだ。

 「デュアルコンプは高出力のコンプレッサーと低出力のコンプレッサーを合わせています。大きいコンプレッサーだけなら出力の低い運転は苦手のため、ガクンと効率が落ち込むところを、ワンシリンダー運転を切り替えることで、効率がぐっと持ち上がっています」(富永氏)

 最大のメリットは、この安定運転時における省エネ性だ。

 デュアルコンプを搭載した機種としていない機種では、安定運転時の効率が大きく異なる。デュアルコンプ非搭載機種では、運転能力が絞れないため、コンプレッサーのON/OFFを繰り返す断続運転を繰り返す。これにより、余計に消費電力が掛かってしまい、また室温の変化も大きくなる。

 一方デュアルコンプでは、コンプレッサーの能力を絞った低出力運転ができるため、コンプレッサーのON/OFFをせずに運転が続けられる。そのため、消費電力も少なく、室温の変化も少ないという。この結果、デュアルコンプ搭載のUDRシリーズでは、同社の非搭載モデルと比べて約44%の省エネ運転ができるようになった。

エアコンの運転で最も使用頻度が高いのが、温度を維持するための安定運転安定運転時の消費電力と室内温度のグラフ。青がデュアルコンプ搭載のUDRシリーズのものだが、消費電力が低いまま連続して運転できており、室温も維持できている

 エアコンの運転で最も使用頻度が高いのは、この室温を維持する安定運転だという。

 「エアコンには2.8kWや4.0kWなどの定格能力がありますが、最近の住宅は高気密、高断熱になってきたため、実際にはその能力で運転している時間よりも、安定運転の利用期間が多いという事情もありました。そういった住宅に合わせるなら、ということでデュアルコンプを開発しました」(平野氏)


エアコンの弱点「立ち上がりの遅さ」も改善

 このデュアルコンプを搭載することのメリットは省エネだけではない。早く温風を吹き出す「ダッシュ暖房」機能もできるようになった。

 エアコンを暖房に使用する際に、なかなか温風が出てこないことに不満を持っている人も居るだろう。これは、エアコンの冷媒がなかなか温まらないためだ。

 「エアコンは冷媒を回転して温めますが、一度回転させただけではなかなか温まりません。何回もがんばって回転させることでやっと温まります。コンプレッサーのモータ巻線部分に電気を流し、コンプレッサー全体を予熱する『巻線加熱』というやり方もありますが、消費電力が70Wくらいまで上がってしまいます」(平野氏)

 このダッシュ暖房では、あらかじめデュアルコンプを“1シリンダー”でゆっくり回転させ、冷媒を温めておくことで、電源を入れてすぐに温風が吹き出せる、というものだ。

 「デュアルコンプの1シリンダー運転でトロトロ回しておけば、巻線加熱よりも電気代は半分ほどと、そこまで電気代はかからない。その状態で電源を入れれば、すぐ1分以内に暖気が出ます。これもデュアルコンプならではの機能です」(平野氏)

エアコンの弱点のひとつに、立ち上がりが遅いことがあるが……ダッシュ暖房では、あらかじめコンプレッサーをゆっくり回転させておくことで、電源を入れてすぐに温風が吹き出せるという

 さらにデュアルコンプは、部屋の湿度を保つ効果もあるという。

 「冬の場合ですと、加湿器を使うお客様も居ると多いでしょうが、デュアルなら常に一定の温度を保てるため、湿度も一定に保てます。断続運転しちゃうと、部屋の温度もブレるため、湿度も変わってしまいます」(平野氏)


一番難しいのはシリンダーの制御


1シリンダー運転時には、下のシリンダーのベーン(冷媒を圧縮するために仕切る羽根のこと)をマグネット(写真中央)で固定する
 では、どうやってシリンダーの2個運転、1個運転を切り替えているのか。答えは磁石である。

 コンプレッサー内部に搭載されたネオジウムのマグネットが、コンプレッサー内部にある2つのシリンダーのうち「下」を固定する。これにより、上方のシリンダーだけを回転させ、能力を抑えた運転が行なえるのだ。

 「他社でもシリンダーを2個搭載した『ツインロータリー』方式のコンプレッサーを採用しているメーカーはあります。しかし、他社ではシリンダーとベーン(冷媒を圧縮するために仕切る羽根)が軸にくっついているため、個別の運転はできません。これが他社との一番の違いになります」(富永氏)

 デュアルコンプを実現する上で最も難しい点が、この2つのシリンダーを切り換えるための「制御」という。2つ動いているシリンダーのうち1つを止めて、1シリンダーに切り替える移行をスムーズに行なうのが大変なのだ。

 「デュアルコンプでは、安定運転に入ると、2シリンダーを1シリンダーに切り換えるモードに入る仕様になっています。しかし、100%で動いている2つのシリンダーがひとつだけになってしまうと、突然50%の運転に落ちてしまいます。これでは、ユーザーにとって不快なだけです。そのため、切り換え直後にシリンダーの回転数を一旦上げ、その後、徐々に低下させることで、2シリンダーから1シリンダーに切り換えても、変わりなく動作するように制御しています。表には出ませんが、非常に難しい仕組みになっています」(富永氏)


デュアルコンプ採用でもAPFが向上しない謎

 ところでエアコン業界では、省エネ性能を表わす数値として「APF」という値を使用しているが、富永氏によれば「デュアルコンプの機構を採用しても、APFへの反映は小さい」という。それなのに、なぜ省エネなのだろうか。

 APFとは「通年エネルギー消費効率」の略で、ある住宅環境において1年間エアコンを使用した場合の効率の高さを評価する数値のこと。この値が大きければ大きいほど、省エネ性能が高いとされる。

 ここでの“ある住宅環境”とは、木造住宅のこと。APFは、通気性の高い、いわゆる“日本家屋”で使用した数値を基準にしているため、気密性の高い住宅において、低出力運転で室温を維持する……というデュアルコンプのが良さが、数値に反映されないのだ。

 「現在の住宅事情としては、ツーバイフォーのような、気密性の高い住宅の方が多いと思います。そういった場合には、デュアルコンプの方がさらにメリットが出せるはずです」(平野氏)

 そのため同社では、APFでは表れない、実際に家庭で使った場合の省エネ性能を“実省エネ”と呼んでいる。

 「現在エアコン業界では、APFの数値の高い/低いで競争していますが、ユーザーが最も電気代を払っているのは、コンプレッサーがほとんど動かないような、運転頻度の高い低能力帯です。我々はそこに着目し、APFは落とさずに、かつ実際にお客様がお支払いになる電気代をいかに安くするかという“実省エネ”に着目し、デュアルコンプを開発しました。気密性の高い住宅は今後は増えていくはずなので、将来的にはこの値も変わっていくと思います」(富永氏)

 実は、デュアルコンプを搭載したエアコンは、2004年に既に発売していた(NDRシリーズ)。しかし、ある事情からその後4年間、デュアルコンプの搭載を見送っていたという。

 「その当時は、室内温度を高速で高める“速暖”と、COPやAPFといった省エネの指標値を高める競争が、業界全体の大きな流れとしてありました。当社もまずそれらの能力を優先して整えたかったため、(デュアルコンプの採用を)見送っていました。2008年に発売したPDRシリーズでは、ようやくそれらの能力が他社に見劣りしなくなったということで、復活させました」(富永氏)

 時代がようやくデュアルコンプに追いついたのだ。

「地球温暖化は止めますが、コンプレッサーは止まりません」

室外機の内部にあるため、陽の目を見ることがないコンプレッサーだが、「エアコン全体の消費電力のうち80%」(平野氏)を占めているという
 室外機で黙々と動き続けるコンプレッサーは、常に部屋の中にある室内機と比べると地味な存在だ。しかし平野氏によると、エアコン全体の消費電力のうち、コンプレッサーは80%を占めているという。つまり、エアコンの省エネ化を推進するのであれば、心臓部であるコンプレッサーの性能を高めるというのは、至極当たり前なアプローチである。

 難点なのは、コンプレッサーという裏方の存在のため、特徴を一言で言い表し辛いところか。しかし、これについては富永氏から面白い話が聞けた。

 「海外の学会でデュアルコンプを説明した際に、聴衆から『もっと簡潔に説明しろ』と言われたのですが、その時に英語で『デュアルコンプは、地球温暖化は止めますが、コンプレッサーは止まりません』と答えました。非常にウケましたね(笑)」

 ごく簡単に言えば、そういうことになるのだろう。

 家電量販店では、店頭に室内機だけが並んでいるのがほとんど。その中で、東芝の「大清快 UDRシリーズ」を見かけたら、“このエアコン、実はバックに凄いヤツが付いている”ということを思い出してほしい。



2010年2月23日 00:00