そこが知りたい家電の新技術

人の暮らしを学習、先取りしてくれる最新AIシステムが導入されたマンションって?

 GoogleやLINEのスマートスピーカーが注目を集めている。言葉で指示するだけで、様々なことが可能になるという機能は、確かに魅力的。ただ、実際に今自宅で使っている家電製品とどう連携させて、どう便利に使っていくのか。様々な課題があり、一般家庭で普及するのは、まだ少し先になりそうだ。

 そんな中、AIスピーカーをマンション備え付けの備品にしてしまおうという取り組みが始まっている。マンションの照明やカーテンの操作が音声で全てできるというもので、あらかじめプリセットされているため、入居者がセッティングする必要もない。システムが実際に導入されているマンションを取材した。

マンションのことを一番よく知っているのはデベロッパー

 伺ったのは、不動産デベロッパー、株式会社インヴァランスが手がけるマンション。インヴァランスは、主に投資用のマンションを手がける不動産デベロッパーでこれまでに96棟ものマンションを提供してきた。同社では、不動産価値を上げるための手段の1つとして、スマートホーム化を積極的に進めてきた。2016年以前から、将来的なIoT事業への参入を視野にいれたシステム開発を進め、自社で開発したスマートアプリ「alyssa.(アリッサ)」を自社ブランドのマンションに既に搭載している。

 インヴァランスの代表取締役 小暮学氏は、不動産デベロッパーでありながら、スマートアプリを自社で開発したきっかけについて「他社との差別化」を理由に挙げる。

 「スマートホームについては、数年前から話題にはなっているものの、なかなか進まない現状にジレンマを抱えていた。今の製品はメーカーごとに、バラバラのシステム、バラバラのアプリを使っている。システムとして統一性がなければ不便だし、普及も進まない。スマートホームというのは、暮らしや家に導入するものであって、家電製品に導入するものではない。その意味でいうと、家のことを一番よく知っているのは我々デベロッパー」

人の暮らしを学習、先取りしてくれる最新AIシステムが導入されたマンションって? インヴァランスの代表取締役 小暮学氏
インヴァランスの代表取締役 小暮学氏

 確かに現状では、製品ごとのIoT化は進んでいるものの、横の連携については、まだまだ進んでいない。デベロッパーという業種が、スマートホームの開発を進めていると聞くと、突拍子もないことに聞こえるが、「家のことを一番知っているのは、家を作っている我々の業種」であり、スマートホームの開発についても、ごく自然な流れで開始したのだという。

 「1つの製品で、家庭内の様々な機器を操作するためには、技術的な問題だけではなく、法律や安全性など、様々な問題が生じる。それらの問題をクリアするためには、不動産のノウハウやデベロッパーとしての知識が不可欠。また、オリンピックを前にしたタイミングや政策的なことも手伝って、今業界が潤っているというのも事実。このタイミングで新しいことをしかけていきたいという思いがあった」

予想以上の反響に、さらなる投資へ

 スマートアプリ「alyssa.」は、すでにロンチしており、同社が手がけたマンションに導入されている。同システムでは、独自のアプリを使って、室内の照明、床暖房、鍵、エアコン、お風呂の操作が可能になっている。これまでに500戸への導入実績があり、アプリをダウンロードした人の実に92%がこのシステムを日常的に使っているという。

人の暮らしを学習、先取りしてくれる最新AIシステムが導入されたマンションって? インヴァランスが自社開発したスマートアプリ「alyssa.」の画面
人の暮らしを学習、先取りしてくれる最新AIシステムが導入されたマンションって? インヴァランスが自社開発したスマートアプリ「alyssa.」の画面
インヴァランスが自社開発したスマートアプリ「alyssa.」の画面

 「予想以上に多くの人が『alyssa.』を便利に使っていることが分かった。その現状を見て、スマートホームにさらに投資をすべきだと感じた」とし、自社の開発だけにこだわらず、世界のスマートホームのトレンドをチェックするようになった。

 「毎年、ラスベガスで行なわれているCESや、台湾の展示会、またシリコンバレーなどにも自分で足を運んで、様々な技術を見てきた。その中で特にシナジーを感じて、出資を決めたのが、今回、新しく導入したスマートホームシステム『CASPAR』を開発したBrain of Things社(以下、BoT)だった」

 スマートホームの開発を進めている会社は日本にもあるが、実際アメリカに足を運んでみて、日本とは圧倒的な差があると感じたという。

 「IoTワールドという展示会に行ったとき、世界中のありとあらゆる技術、スタートアップ、そして投資家が集まっていて、ものすごい熱気だった。さらに違いを感じたのが、アメリカのごく普通のホームセンターに行ったとき。IoTに関する製品がたくさん並んでおり、活気もあった。日本のホームセンターでは到底見られない光景で、日米の差を感じた」

100以上のセンサーでユーザーの生活を学習する「CASPAR」

 その後、BoT社との提携を進め、インヴァランスが販売しているマンション、LUXUDEAR高輪(ラグディアタカナワ)においてBoT社が開発したスマートホームシステム「CASPAR」がすでに導入されている。

人の暮らしを学習、先取りしてくれる最新AIシステムが導入されたマンションって? 「CASPAR」が導入されているマンション、LUXUDEAR高輪(ラグディアタカナワ)
「CASPAR」が導入されているマンション、LUXUDEAR高輪(ラグディアタカナワ)
人の暮らしを学習、先取りしてくれる最新AIシステムが導入されたマンションって? 室内の様子
室内の様子

 CASPARとは、100以上のセンサーでユーザーの生活を学習するというシステム。温度、湿度、照度、振動などを感知するほか、カメラ(モーションセンサー)も備えており、ユーザーの動きを常に検知している。センサーは、玄関やキッチン、トイレ、浴室、寝室に至るまで家中の様々な場所に張り巡らされており、ユーザーの生活を学習していくという。

 今回導入した部屋では、カーテンの開閉、照明のオン/オフ、各モードによる照明の変化、鍵の施錠、お湯はり、エアコンのオン/オフ、床暖房のオン/オフについて、CASPARを通じた制御が可能になっている。

人の暮らしを学習、先取りしてくれる最新AIシステムが導入されたマンションって? 室内に用意されたスピーカーシステム。ここに向かって「キャスパー」と話しかけての操作も可能
室内に用意されたスピーカーシステム。ここに向かって「キャスパー」と話しかけての操作も可能

 来日したBoT社社長、アシュトシュ・サクセナ氏は、同システムについて「スマートホームに特化したAIテクノロジー」だと話す。

 「CASPARは、従来のスマートホームとは違う次元で、スマートホームを体感できるシステム。家電1つ1つのIoTを別々に考えるのではなく、全部を統一して、1つのユーザー体験として提供することができる。家がユーザーのことを学習して適応していくという、これまでにない体験ができる」

人の暮らしを学習、先取りしてくれる最新AIシステムが導入されたマンションって? BoT社社長、アシュトシュ・サクセナ氏
BoT社社長、アシュトシュ・サクセナ氏

 スマートホームと呼ばれる技術は、現在様々あるが、その中でもCASPARが優れているのは、オペレーションシステムだという。

 「古いIoT技術はハードウェアに特化している。しかし、一番大切なのは、オペレーションシステムである。私達は、CASPARをインテリジェントオペレーションシステムだと考えている。つまり、自分で考えて、オペレートするシステムを目指している。音声や、カメラ、モーションセンサーで得たデータをプラットフォームとして、動作する。こうすることで、住んでいる人に合わせた最適な体験を提供できる。

 CASPARは人の侵入なども含む、全てのことを感知できる。つまり、日常と非日常を判断できるということだ。例えば夕方、日が傾いてきて、室内に光が差してくることは日常として捉えるが、夜中に外から光を当てられていたらそれは非日常であると認識できる。もちろん、人の判断も可能。住人はもちろん、その家に出入りする友人や家族、宅配業者、掃除業者まで認識できる。一般的なセンサーであれば、『人』ということまでしか認識できないが、CASPARはそれが誰か、知人か、見知らぬ人なのかというところまで判断できる。それがAIシステムの強みであり、従来のセキュリティシステムなどとは全く違うところ」

人の暮らしを学習、先取りしてくれる最新AIシステムが導入されたマンションって? カーテンの開閉や、照明のオンオフなど日常的に行っている動作を、人の動きを検知、判断して自動で行なってくれる
カーテンの開閉や、照明のオンオフなど日常的に行っている動作を、人の動きを検知、判断して自動で行なってくれる

 実際、CASPARは、アメリカで100世帯以上に導入しており、ユーザーからの評価も高いという。

 「住んでいる人達が自分でプログラムしたり、セッティングしたりする必要なく、AIとの暮らしを堪能できるという点が特に評価されている。現在の暮らしにおいて、家庭の中に100以上のIoTデバイスがあるということも珍しくない。それぞれに操作のためのアプリや、ボタンが設けられている。しかし、CASPARでは、そういった操作は一切不要で、いつもと同じようにただ生活しているだけで、より便利で快適な暮らしが送れる」

将来的には、フルオートメーションを目指す

 今後、スマートホームの開発を続ける上で、どういう未来を描いているのか、アシュトシュ・サクセナ氏に聞いた。

 「将来的には、家そのものがコンピューターになると考えている。家を1つのコンピューターとして捉えた時、その中に色々なアプリケーションを入れることが可能になる。家の中での行動パターンというのは、何百、何万通りにもなるが、その1つ1つに家が対応できるような暮らしが実現できるだろう。例えば、料理をしている時に、レシピを途中で忘れてしまったとしても、CASPARに聞けばその作り方を教えてくれる。あるいは、家の中でなくし物をしてしまった場合も、CASPARが教えてくれるだろう。『鍵どこにおいたっけ?』と聞けば、『テーブルの上にありましたよ』と応えてくれる。CASPARは頼れる執事であり、パートナーとして常に住人をサポートしてくれる存在になる」

人の暮らしを学習、先取りしてくれる最新AIシステムが導入されたマンションって? 左から、BoT社社長 アシュトシュ・サクセナ氏、インヴァランス 代表取締役 小暮学氏
左から、BoT社社長 アシュトシュ・サクセナ氏、インヴァランス 代表取締役 小暮学氏

 CASPARを語る上で非常に分かりやすいエピソードがある。人は、朝起きてから、就寝するまで自宅で約90パターンもの行動を取っているという。朝起きたらカーテンを開ける、エアコンのスイッチを入れる、鍵を入れるなどの日常的な行動だ。BoT社がアメリカで行なった実験によると、CASPARを導入したユーザーの暮らしは大きく変わっている。90ある日常行動のうち、73個はCASPARが自動で行ない、7個は音声による操作、2個はアプリによる操作、残る8個のみマニュアル操作、つまり昔ながらのスイッチを使って操作していたという結果が得られたというのだ。現時点においても、かなりのオートメーション化が進んでいるということだ。

新しい技術を取り入れるのは、不可逆的な流れ

 一方、インヴァランスでは、CASPARを付加価値ととらえ、マンションのバリューアップを図る。

 「数値化するのは、難しいことではあるが、賃貸であれば月額5~10%のアップを狙っている。分譲タイプの売価はあくまで市場が決めるところなので、さらに難しいところ。CASPARというスマートホームシステムがもっと浸透すれば、そこに価値を見出して、売価のアップに繋がっていくが、今のところはまだそこまでは見込めない。将来的には、差別化されて10~15%のバリューアップを見込んでいる」(小暮社長)

 また、今回の取り組みを続けていきながらも、自社のスマートアプリ「alyssa.」についても、平行して開発していくという。海外の展示会などに自ら足を運んだ経験から、日本には日本のスマートホームの進化があるということも痛切したからだという。

 「アメリカでは、スマートホームの方向性はどうしてもセキュリティに進化してしまいがち。しかし、日本においては、銃を持った人が突然家にくることはない。アメリカとは違う、日本で求められている便利さ、日本ならではのスマートホームのあり方というのがあると感じた。モノを作っている以上、より良いもの、優れた新しい技術があれば取り入れようと思うのは、不可逆的な流れ」(小暮社長)

 スマートホームやAIスピーカーといった技術は、始まったばかり。どの製品が定着して、どう生活に馴染んでいくか、まだまだ先が見えないというのが正直なところだ。しかし、自分でスマートスピーカーを購入して、IoT家電と1つ1つ接続して使うということに果たしてどのくらいの人が価値を感じられるだろう。スマートスピーカーを一番使う場所、すなわち住宅に、あらかじめシステムがプリセットされているというのは、かなり理にかなっていると感じた。いずれにせよ注目すべき分野であることは間違いない。

阿部 夏子