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【聴こうクラシック6】祖国を思って作られた、スメタナの「モルダウ」

チェコ共和国で最長の「ヴルタヴァ川」は、ドイツ語名を「モルダウ」と言います。本日ご紹介する曲は、チェコの国民的作曲家ベドルジハ・スメタナの作品「モルダウ」です。チェコの民族独立運動にも積極的に参加していたスメタナが、祖国を思いながら1874年から1879年にかけて作曲した6連の交響詩「我が祖国」で、第2曲目として作られたのが「モルダウ」です。

 

チェコの国民的作曲家、ベドルジハ・スメタナ

スメタナは1824年、当時オーストリア帝国の1部だったボヘミア南東部の街で、音楽好きな父のいる家庭へ生まれました。19歳から音楽教師をしながらプラハで創作を開始し、チェコの民族独立運動にも積極的に参加しました。24歳のときには、プラハへ音楽学校を設立しました。そして42歳のときにオペラ「売られた花嫁」が大成功し、代表作となります。50歳を過ぎたころから耳の病気に苦しみ、最終的には失聴したことで精神的にも不安定になってしまいますが、この困難な時期に、代表作である交響詩「我が祖国」を生み出します。

 

川下りをしているかのような情景が浮かぶ「モルダウ」

「モルダウ」は、ホ短調の13分ほどの曲です。冒頭では2つの水源のイメージをフルートとクラリネットがそれぞれ奏で、水が集まって川になっていく流れを弦楽器が加わり表現しています。水が岩に当っては軽快な音を立て、陽光を浴びては美しく輝き、次第に川幅を広げていく様子。両岸には狩猟ラッパや結婚式を祝い踊る農民の姿、月光の下で水の妖精が舞う様子。やがて流れは急流にさしかかり、岩にぶつかって激しい水しぶきをあげる。それを過ぎるとゆるやかになってプラハ市内に入り、歴史的な古城・ヴィシュフラードをすぎて、ドイツ領エルベ川へと流れていく。そんな情景を、まるで川下りをしているかのように、表現した楽曲です。

 

「モルダウ」に隠された、祖国チェコへの想い

チェコ語で「ヴルタヴァ」という川なのに、ドイツ語の「モルダウ」という曲名で知られているのにも理由があります。スメタナが交響詩「我が祖国」の作曲を始めた50歳、1874年当時のチェコは、オーストリア帝国の支配下にあり、チェコ語で曲名を付けることができなかったのです。そしてこの曲は、水の流れを表すだけでなく、スメタナのチェコへの愛国心が込められています。この曲は短調で始まっていますが、2つの水原の「川」が合流して「河」になるあたりから、長調で華やかなメロディーになります。これは、チェコ民族の独立と勝利を表していると言われているのです。

 

「ため息のモチーフ」が含まれた、昔懐かしいフレーズ

この曲の主旋律は、とても切なく心に響きます。なぜなのでしょうか?メロディーは8小節のいたってシンプルな音階でできています。冒頭の音階は「ミファソラシドシ」で、上がり調子の音階が最後に「ド」から「シ」へ下っています。これは古くから「ため息のモチーフ」と呼ばれています。このメロディーの頂点が3小節目にあり、後半の下る音階の方が長いため、この漂っている感じがせつなさを感じさせるのです。

 

もともとこのメロディーは16世紀のイタリアの楽曲「ラ・マントヴァーナ」をルーツとしていて、ここからチェコ民謡「穴からネコが」、ドイツ民謡「こぎつね」、イスラエル国歌も生まれています。メロディーのそのシンプルな構成から、覚えやすく、懐かしさを感じさせるため、いろいろな国で愛され続けているのでしょう。

 

多くの音楽家を排出したチェコ共和国の首都プラハの思い出

モーツァルト、ベートーヴェン、ドヴォルザーク、もちろんスメタナも愛した、チェコの首都プラハの様子をご紹介します。チェコは、美しい街並みからも想像できるように、おとぎ話がたくさん生まれた国でもあります。首都プラハにはメルヘンな雰囲気のお菓子屋さんや、魔女グッズなどのお土産屋さんがいっぱいあります。モルダウ川にかかった橋の上では、路上ミュージシャンが音楽を奏でていたり、画家が絵を売っていたりしています。そんな路上のなかでも珍しいのが、水を入れたワイングラスのフチを指でなぞって奏でる、グラスハープの演奏です。散歩で橋を渡るだけでも見応え十分です。

 

スメタナの交響詩「モルダウ」を聴いてみましょう

20世紀後半に活躍した指揮者ヘルベルト・フォン・カラヤン指揮、ベルリンフィルハーモニーの1983年の演奏です。

 

「モルダウ」のメロディーのルーツとなったチェコ民謡の「穴からネコが」です。

 

同じメロディーから派生したイスラエル国歌です。モスクワ・オラトリオ・ソサエティーの2008年の演奏です。

 

 

参考文献

クラシック作曲家事典 渡辺和彦監修 アルク出版企画
はじめてのクラシック音楽 森本眞由美 ダイヤモンド社
子供と聴きたいクラシック100  宮本英世 音楽之友社
クラシック名曲解剖 野本由起夫編著 ナツメ社
音楽の366日話題事典 朝川博 水島昭男著 東京堂出版
クラシック音楽ガイド 後藤真理子監修 成美堂出版

 

 

あやふくろう(ヴァイオリン奏者)

ヴァイオリン奏者・インストラクター。音大卒業後、グルメのため、音楽のため、世界遺産の秘境まで行脚。現在、自然とワイナリーに囲まれた山梨で主婦業を満喫中。富士山を愛でながら、ヨガすることがマイブーム。