老師オグチの家電カンフー

家電が日本人にとって神さまである理由

カンフーには広く「訓練を積み重ねる」といった意味があります。「老師オグチの家電カンフー」は、ライターの小口覺が家電をネタに、角度を変えてさらに突き詰めて考えてみるコーナーです
家電は神さま!?

あけましておめでとうございます。初詣に行って思ったんですが、日本人にとって家電は神に近い存在です(何をまたバカなことを! と思ってますよね)。

昨年は、コロナ禍の落ち着いたタイミングで高野山と伊勢神宮に参拝することができました

恋愛の神様がいるように美容家電が、健康の神様がいるようにヘルスケア家電があるように、八百万の神のごとく多種多様なご利益の家電が存在しています。家内安全と商売繁盛が神社仏閣で祈願される2大テーマですが、家電も大まかに、家内安全を守る生活家電と、ビジネスに寄与する情報家電に分類されています。

家電の歴史を振り返れば、エジソンによって発明された白熱電球、蓄音機、活動写真も、何かしら宗教的な価値を提供してきました。天地創造で神が最初に「光あれ」と言ったそうですし、神は光に例えられることが多い。あるはずのない者の声が聞こえる、姿を見えるようにしたのが蓄音機や活動写真で、古来宗教が与えてきた幻聴・幻視を科学で再現したものです。

また、神の概念はエネルギーに例えられることが多く、エネルギーといえば電気もそのひとつです。神のエネルギーが人々に影響を及ぼすように、電気も家電を通じて人々に機能を提供しているのです。

家電は複数の神々が共存する多神教の世界。メーカー同士の競争はあれど、消費者にはブランド志向が強くありません。全ての家電をひとつのメーカーで統一している家は、ほとんどないでしょう。洗濯機は日立、オーブンはパナソニック、掃除機はダイソンと自由にとり入れ、それらは役割分担なのでケンカになりません。結婚式は教会で、お葬式はお寺で、新年のお参りは神社でと、日本人の多くはガチの神様も役割分担させているぐらいですから、家電が神に近いというより、神が家電に近いのかもしれません。

元はインドから来た仏教をとり入れ、またそれを日本風にアレンジしていく。本来は、唯一絶対の神などないと説いた仏教なのに、日本では「神は仏が姿を変えて現れたもの」とする「本地垂迹説」まで生まれました。よくいえば臨機応変、悪くいえばゆるゆるなんですよ。

片や、一神教は原理主義に陥ると争いになりやすい。いまだWindowsかMacかで信者同士の争いが絶えないのは、PCは家電に比べれば比較的一神教の世界に近いからでしょう。

そんなゆるい家電の世界ですが、宗教的な強弱は存在します。ブランド力で売れる家電もあれば、メーカー名すら意識されず、安いという理由で購入されるケースもあります。幅広く存在して信頼のある伝統宗教のようなメーカーがあれば、尖ったデザインや機能で信者を虜にする新興宗教のようなメーカーもある。家電を宗教の世界に置き換えて考えると、いろいろなことが見えてくるような気もします。

今年も記事を通じて家電のご利益を提供できるよう、頑張っていこうと思います。日本には役立たずの神様もいるようなので、ヨタ記事が多くても勘弁してください。本年もよろしくお願いいたします。

高野山には、パナソニックの墓所もあります
小口 覺

ライター・コラムニスト。SNSなどで自慢される家電製品を「ドヤ家電」と命名し、日経MJ発表の「2016年上期ヒット商品番付」前頭に選定された。現在は「意識低い系マーケティング」を提唱。新著「ちょいバカ戦略 −意識低い系マーケティングのすすめ−」(新潮新書)<Amazon.co.jp>