大河原克行の「白物家電 業界展望」

シャープはどう変わろうとしているのか?

~「ホームラン狙い」から「スモールヒット」へシフトする意味とは

第3四半期決算に社長自らが出席した意味とは

通常は社長が出席しない第3四半期決算だが、シャープ・奥田隆司社長は登壇し、自ら説明を行なった

 電機大手各社の2012年度第3四半期連結業績が出揃った。第3四半期決算発表は、本決算発表前の“最終コーナー”であり、一部には期末に向けての最終業績修正が発表されるといったことがあるものの、上期決算や本決算発表に比べると、力の入れ具合は弱いのが通例だ。

 第1四半期決算と同様に、財務担当役員が会見を行ない、決算内容そのもののやりとりに終始しがちであり、トップが直接説明をすることが多い上期および期末決算で、経営戦略にまで言及されることが多いのとは一線を画すともいえる。

 しかし、電機大手の第3四半期決算発表で、社長自らが会見を行なった企業があった。

 それがシャープと富士通であった。

 富士通の場合は、黒字から一転して950億円への最終赤字への修正とともに、5,000人の人員削減および、半導体部門で4,500人の転籍という構造改革を発表。会見当日になって突如、山本正己社長の出席が決定したものだった。

 だが、シャープの場合は、事前通知の段階から奥田隆司社長の出席が決定していた。つまり、第3四半期決算発表で、最初から社長出席を予定していたのはシャープだけだ。

 シャープの今年度通期見通しは、10月公表値の通り、創業以来最大の赤字額となる4,500億円の最終損失。台湾・鴻海グループの出資交渉も暗礁に乗り上げたまま。厳しい経営状況にあるのは事実だが、それらについて、この第3四半期決算発表までになんら新たな進捗はない。その点からみれば、社長自らが説明を行なわないという選択肢も当然あったといえよう。

 だが、シャープは奥田隆司社長自らが会見で、業績説明と、構造改革の進捗状況を改めて説明した。

 しかも、20分の説明時間に対して、40分間以上に渡る時間を質疑応答に割き、その後、10分以上の時間を「ぶら下がり」で応対した。言い方を変えれば、記者が知りたい質問を、最後まで受け付けるという姿勢を貫いたといっていい。

奥田社長は“ぶら下がり”の取材も応対。記者が知りたい質問を最後まで受け付ける姿勢を貫いた

 会見では記者の質問に対して、「経営再建に向けては、まだ1合目にも到達していない」と回答し、経営トップとしての本音を示した。同日に行なわれたパナソニックの決算会見では、津賀一宏社長が昨年発言した「普通の会社に戻ることが先決」という言葉に関する質問が出たが、社長不在の会見では、財務担当役員が「それに向けての過渡期である」と回答するに留まり、経営トップの本音が聞けないままだったのは当然のことである。社長が直接語る意味はこんなところにも差になって表れた。

 奥田社長は、「マスコミとも前向きに付き合い、自分の思うところを伝えられるようにしたい」と語る。

 こういう時期だからこそ、社長自らが直接、自分の言葉で発言することを大切にしたいとする、奥田社長体制後の姿勢を浮き彫りになった会見だったともいえよう。

第3四半期単独では黒字。生活家電部門は空気清浄機が人気で、通期で増収増益を見込む

 シャープが発表した2012年度第3四半期連結業績は、第3四半期累計で、売上高は前年同期比6.4%減の1兆7,824億円、営業損失はマイナス1,662億円の赤字、経常損失はマイナス1,991億円の赤字、当期純損失はマイナス4,243億円の赤字となった。

 だが、第3四半期単独でいえば、売上高は前年同期比15.1%増の6782億円、営業利益は270億円改善の26億円の黒字。経常損失はマイナス18億円の赤字だが、219億円を改善し、当期純損失は1,369億円の改善で、マイナス367億円の赤字となった。

 四半期単独で、営業利益が黒字となったのは5四半期ぶりのことだ。

 シャープの奥田隆司社長は、「第4四半期にも112億円の黒字を積み増しして、下期で138億円の営業黒字を確保したい」と意気込む。

2012年度 通期の部門別売上高
2012年度 通期の部門別営業利益
シャープが米CESで展示した85型4Kディスプレイ

 第3四半期単独の部門別業績は、エレクトロニクス機器の売上高は14.6%減の3,469億円、営業利益が96.2%増の191億円。エレクトロニクス機器のうち、AV・通信機器の売上高は25.1%減の2023億円、営業利益は92億円改善の53億円。生活家電を扱う「健康・環境機器」部門の売上高は2.9%増の748億円、営業利益は9.0%減の74億円。情報機器部門は、9.8%増の697億円、営業利益は15.6%増の63億円。奥田社長は「商品部門(エレクトロニクス部門)はすべてが黒字転換した」と胸を張る。

 電子部品の売上高は、前年同期比40.3%増の3,956億円で、営業損失を144億円改善したが、マイナス104億円の赤字。電子部品のうち、液晶は売上高が49.1%増の2,582億円、営業損失が91億円改善したもののマイナス117億円の赤字。太陽電池は売上高が14.4%増の559億円、営業損失は43億円改善したがマイナス19億円の赤字。その他電子デバイスの売上高は36.1%増の814億円、営業利益は45.5%増の31億円となった。

 増収減益となった白物家電を含む健康・環境機器部門は、空気清浄機の販売が好調だったことを示しながら、「小型調理家電や美容家電などの高付加価値の新規カテゴリー商品事業の拡大、ASEAN地域での生産能力増強による事業拡大の推進、BtoBを中心とした新規販売チャネルの開拓」を掲げ、第4四半期には売上高で前年同期比11.6%増の801億円、営業利益は40.1%増の81億円と2桁増を見込む。さらに通期でも、売上高では6.1%増の3100億円、営業利益は12.0%増の330億円の増収増益を見込んでいる。厳しい事業環境のなかで、明るい材料となるのが、健康・環境機器部門だといえる。

2012年度の健康・環境機器部門の売上高・営業利益。厳しい事業環境のなかで、明るい材料となっている
空気清浄機の販売が好調だったという

“復活の牽引役”白物家電は円安で逆風か?

 営業黒字転換でわずかながらに明るい光が見え始めたものの、シャープの経営状況が依然として厳しい状況であることには変わりがない。

 奥田社長も、「依然として厳しい収益状況、財務状況にあることになんら変わりはない」とコメントする。

年間4,000億円の財務改善に対する第3四半期までの進捗は、現在のところ74%となっている

 経営改善対策として掲げた、年間4,000億円の財務改善に対する第3四半期までの進捗は74%。残りの多くを占める鴻海グループへの第三者割当増資の協議は進めているものの、3月26日の交渉期限までに、この話がまとまるかは不透明だ。

 奥田社長は、「あと2カ月もの時間がある。可能な限りの話し合いを進め、協議は継続する」とするが、これまでの10カ間で成果がでなかったものが、この2カ月でどこまで詰めきれるのかはわからない。

 交渉を難航させる理由となった円高、株安の状況が、昨年末から円安、株高へと転換しはじめたことが、鴻海グループとの交渉にどんな影響を与えるかが注目されるところだ。

 だが、この円安状況は、マクロ的にはプラスの影響を及ぼすことになる一方で、海外生産が多く、国内展開が主軸となる健康・環境機器部門は、一転してコスト増の逆風を受ける可能性もある。それを打破するには、ASEAN地域での白物家電事業の販売強化が鍵となるが、それにはもう少し時間がかかる。復活の牽引役となる国内事業中心の健康・環境機器部門の業績が、円安でどんな影響を受けるのかは気になるところだ。

シャープ亀山工場。左が第1工場、右が第2工場。iPhone 5向けの受注が大幅に減少した影響か、減収が見込まれている

 一方、シャープでは、モバイル端末用の中小型液晶については、1月~3月に想定を下回る受注量となる見通しを発表。液晶事業は10月公表値に比べて500億円の減収、120億円の減益見込みへと下方修正している。

 シャープでは、その理由を明確にはしていないが、亀山第1工場で生産しているアップルのiPhone 5向けの受注が大きく減少した影響があるのは間違いない。これが、今後も中小型液晶事業に対して長期的な影響を及ぼすのかどうかも、同社の業績回復を左右することになろう。

「ホームラン狙い」ではなく、「スモールヒット」の積み重ねが復活の道筋

 シャープの奥田社長は、年明け早々の2013年1月7日、グループ社員を対象に新年の方針を宣言したあと、大阪市内の本社において、報道関係者を対象に説明を行なった。これも、社長の口から社内外に向けて語っていくという姿勢をみせたものだといえる。

 そのなかで奥田社長は、2013年のスローガンとして、「売上拡大からキャッシュの拡大」と、「作り手論理のオンリーワンから顧客重視のナンバーワン」という2つの変化を掲げることを示した。

 とくに大きな意味を持つのが、後者である。

 「オンリーワン」という言葉は、町田勝彦相談役が社長時代から掲げてきた言葉。液晶やプラズマクラスターイオンなど、シャープの独自性を発揮する技術が、同社の成長を支えてきたことを意味する象徴的な言葉であった。

 奥田社長は、そのオンリーワンという言葉を封印し、あえてナンバーワンという言葉を使うことにこだわったのだ。

 それには理由がある。

 奥田社長は、「シャープが経営危機に陥り、ステークホルダー(株主や取引先など、企業の利害関係者)の信頼を大きく低下させた理由は、外的要因もあるものの、液晶事業への過度な集中や変化への対応の遅れ、顧客志向の欠如などの内的要因が多いと反省している」とし、オンリーワン技術を持つことによる弊害が出たとも受け取れるコメントを発している。

 奥田社長は、その状況を「ホームラン狙い」と言い換える。

 オンリーワン技術は、他社との圧倒的な差別化を持った技術であり、まさに一発当たれば大きいが、なかなか出すことができない。しかも、その技術がコモディティ化した時点での競争力は失われ、設備投資負担が重くのしかかるという事態を招く。それがまさに液晶事業であった。

 それに対して、奥田社長が掲げる「顧客重視のナンバーワン」とは、いわば「スモールヒット」を積み重ねである。

 「新しいチャネル、新しい顧客、新しいエリア、新しいカテゴリーの“4つのマーケティング視点”でナンバーワンを目指す」とする。

 “4つ”の具体的な領域については、現時点では明らかにしていないが、これは今後発表される中期経営計画のなかで言及することになりそうだ。

 中期経営計画については、「近いうちに発表する」とするが、鴻海グループとの協議の交渉期限が3月26日に迎えるため、それから遠くない時点での公表が妥当といえよう。もし3月に中期経営計画が発表されるようだと、今年に入ってから毎月、奥田社長自らが報道関係者に向けて発信するということになる。

“大企業病”を克服し、元気のある社員と危機感を正しく共有する

 シャープは、中期企業ビジョンとして「生活創造企業」を目指しており、それを実現するために、16あったビジネスユニットを、デジタル情報家電事業ユニット、健康環境・エネルギー事業ユニット、ビジネスソリューション事業ユニット、デバイス事業ユニットの4つのビジネスユニット体制に移行。奥田社長は、これをさらに進めて、BtoC、BtoB、BtoMの3つの顧客軸を基にした社内カンパニー制を2013年4月から導入する考えを示す。

 「これまでは組織体制や、それに起因する企業風土により、機能しなかった面があった。大企業病に陥り、また現場主義も薄れており、市場の情報やバッドニュースがタイムリーに経営陣に届かなくなっていた。こうした風土を改革する必要がある。元気のある社員と危機感を正しく共有し、共に変革し、一年後に喜びを分かち合えるよう、しっかりと取り組んでいきたい」と奥田社長は意気込む。

 「ホームラン」ではなく、「スモールヒット」を狙うのは、高校野球やWBC(ワールドベースボールクラシック)といったトーナメント方式の短期決戦で有効に働く手法だ。一度負けたら後がない大会での戦い方でもある。

 「負けたら後がない」という危機意識を、全社共有の意識として徹底させることも、「顧客重視のナンバーワン」、「スモートヒットの積み重ね」の言葉に隠れた意味とはいえまいか。

大河原 克行