そこが知りたい家電の新技術
なぜ今? アイリスオーヤマが大型白物家電市場に参入した理由
2017年6月2日 07:00
アイリスオーヤマがエアコンの販売をスタートした。無線LANを内蔵したルームエアコンは、外出先からの操作が可能。大手メーカーのエアコンでもスマートフォンからの操作が可能なモデルはあるが、いずれもハイエンドモデルで価格は20万円以上する。一方、アイリスオーヤマのルームエアコンは10畳用と6畳用の2機種のみで、価格は10万円以下。「必要な機能だけを搭載した」というシンプルな製品だ。
家電メーカーだけでなく、専業メーカーもひしめくエアコン市場において、アイリスオーヤマはどう戦っていくのか、話しを聞いた。
市場に納得できる製品がなかった
取材に行ったのは、大阪・心斎橋にあるアイリスオーヤマの大阪R&Dセンターだ。2014年にできたばかりの比較的新しい拠点で、家電事業の開発などは全てここで行なっているという。話しを伺ったのは、アイリスオーヤマ 家電開発部 大阪R&Dセンター 統括マネージャー 原英克氏。まずは、今回アイリスオーヤマがエアコン市場に参入した理由を聞いた。
「一番は、市場に納得できる製品がなかったというところですね。値ごろ感、ラインナップから見ても、エアコン市場はバランスが悪いと感じていました。そういった目線から考えると、参入しやすいと思ってます。もちろん、大手メーカーの寡占市場という視点で見れば、商売、取引の難しさはありますが、商品力という点については負けていないと思っています」
アイリスオーヤマの製品づくりは、まず売価を設定し、その価格にあった機能設計を行なうという積み上げ方式を採用する。
「エンドユーザーとして、エアコンにどれくらい支払うのか、その価格感の中で搭載できる機能、価値を模索して、Wi-Fi、人感センサーというところにたどりつきました」
ターゲットも少人数世帯、若年層と明確だ。実際、製品の販売がスタートして反響は大きいという。
「アイリスオーヤマのエアコンをください、と指名で買っていただくことも多くなってきました。エアコンも作れるメーカーなんだということで、他の商品の信用性も上がってきていると実感しています」
エアコンの開発期間は約1年半、スタッフは約10人
驚くべきはそのスピード感だ。4月に発売したエアコンの開発期間は約1年半で、関わったスタッフは約10人ほどだという。陰には、大手家電メーカー出身の中途採用者の存在がある。
アイリスオーヤマでは、2012年12月から大手家電メーカーの早期退職者などをターゲットとした中途採用をスタート。当時、大手家電メーカーはテレビ事業の赤字が続き経営危機に陥っているところが多く、人員削減に踏み切っていた。そこに目をつけたアイリスオーヤマは「大手家電メーカーの早期退職者を積極的に採用します」というリリースを出した。当時、大手家電メーカーから「受け皿を用意してくれてありがたい」という声も出ていたほどだ。
しかし、アイリスオーヤマの本社は宮城県にあり、当時、採用時の勤務地も宮城だった。大手家電メーカーの本社は大阪にあることが多く、勤務地が宮城であることに対してハードルが高いと感じる人が多かったという。そこで、2013年3月に大阪府・梅田に家電開発のための拠点を作った。勤務地を大阪としたことで、優秀な人材が集まるようになり、アイリスオーヤマの家電事業は順調に成長を遂げる。しばらくは大阪と宮城の2つの拠点で家電の開発を進めたが、その後、2014に現在のオフィスである心斎橋に新たな拠点を作り、家電事業に関しては、全て大阪・心斎橋で担当することになった。
現在60~70人ほどで構成される家電事業部のうち、約7割程度が大手家電メーカー出身者だという。実際、2009年から本格参入した家電事業は好調で、2010年に100億円だった年間売上は2016年には485億円を達成している。
「今回のような新規事業に参入する場合、やはり中途採用者の方の存在はものすごく大きい。中にはエアコン一筋何十年という方もいらっしゃいますし、技術はもちろんですが、品質の部分でも、非常に頼りにしています」
ただ、一年半という開発期間に関しては、決して短いものではないという。
「特別、新しい技術を搭載しているわけではなく、基本技術の組み合わせなので、エンジニアがいれば、エアコンを作るのはそれほど難しくない。また、アイリスオーヤマはもともとプラスチックを作っていたメーカーなので、金型を作ることができるんです。それも大きな強みの1つです」
金型というのは家電製品を作る上で最も重要な部品の1つだ。製品を作るためのプラスチックを流して固めるためのもので、1つの金型を作るのに何千万もかかるのも珍しくない。しかし、アイリスオーヤマはそこを自社でまかなえるという。
様々な家電メーカー出身の中途採用者が集まっている訳だが、チームとしての働きやすさはどうなのか。
「色々なメーカー出身者の方がいらっしゃいますが、前職のアイデンティティを持ち込んでいる方は少ないです。我々としても、前職に不満や鬱憤がある人というか、作りたいものがあるのに、それが実現できなかったという人を積極的に採用しています。マネージメントをしていた人よりも現場で即戦力として仕事をされていた方が中心で、基本的には自由にやってもらっていて、今の仕事をおもしろがってくれています。衝突などもありません。
また、単純に平均年齢が高いので、皆さん色々経験されているんですよね。ひとつの会社が成長していく過程というか、上り調子だったときを知っている方が多く、その中での立ち居振る舞いというか、所作を知っているんですよね」
良い商品かどうかというのは、ニーズに応えられているかどうか
原さん自身は、入社18年のベテランだが、担当製品は収納用品や、園芸グッズ、ペットグッズなど様々だったという。
「分野違いの移動をさせるという文化はありますね。分野がかわることで勉強しなければならないことも変わりますし、視野も広くなる。ただ、分野が変わったとしても、製品開発の基本は変わりません。お客様のニーズにどう応えるか、ということです。結局良い商品かどうかというのは、ニーズに応えられているかどうかということ一点だと思います」
大手家電メーカー出身の中途採用者が7割を占める中、原さんたちのような元からアイリスオーヤマにいた社員の役割はどういったものなのだろうか。
「私たち、プロパーの社員はアイディアを出すのか得意ですね。とういうより、アイディアを出すトレーニングを普段の実生活の中からしています。毎週月曜日には、なんらかのアイディアを提案しないといけないという生活を長く続けているので(笑)」
アイリスオーヤマを語る上で決して外せないのが、毎週月曜日に本社仙台で行なわれる全体会議だ。朝から夕方まで1日かけて行なわれるこの会議は、アイリスオーヤマの全てを決める重要な会議だ。全ての決裁を会長である大山健太郎氏を含む、三役で行なう。製品化のゴーやもちろん、広告関連まで全て大山氏が確認、精査した上で実施するというのだから驚きだ。
「家電事業部も毎週新しいアイディアを出しています。実際に仙台まで行くことはしませんが、テレビ会議のシステムを使って、参加しています。同じ会議で、家電だけでなく、雑貨やペットグッズなど様々なことが出てくるので、そこで新たなアイディアが生まれてくることも多いです。また、家電の工場がある中国の大連にいるメンバーもこの会議に参加します。商品の卵の部分から、工場での生産、営業や販売まで全てこの会議で話し合われます。その場で白か黒かという判断が出て、その日中にもう一度提案しろということもあります。
会社の文化として、持ち越すのが嫌いなんですね。月曜日という日付設定も、準備する方としては大変なのですが、前の週の実績をまとめて、その週どうするかすぐに議論できるというタイミングなんです」
アイリスオーヤマでは今後、冷蔵庫や洗濯機などのほかの大型家電の参入も検討している。
「冷蔵庫や洗濯機などを検討していますが、なるほどと思えるような機能を搭載できるかどうかですね。メーカーの立ち位置としても、価格のたたき合いではなくて、お客様が納得できる付加価値を搭載して、その対価を頂くという考えです。安かろう、悪かろうで決してありません」
家電市場は攻めやすい、余力のある市場
日本の大手家電メーカーが海外資本のメーカーに買収されるなど、ここ最近、日本の家電業界は元気がなかった。そんな日本の家電市場をどう見ているのか。
「家電市場は、大手の家電メーカーがシェアを占めていて、ほぼ寡占化していますよね。お客様と関係ないところで、スペック競争していて、例えば、ペット用品の市場などと比べると、脇の甘い市場だなと思います。高機能のものすごい高い製品か安い製品しかない。松竹梅のラインナップなど、ユーザーは求めていない。まだまだ色々なアイディアがあるし、我々にとっては、攻めやすい、余力のある市場です」
炊飯器はもっともわかりやすい例だという。
「10万円前後の製品がもてはやされて、内釜の違いとか、そういったことにばかりフォーカスしている。ただ、高級炊飯器の食べ比べをしてみたら、そこまで違いを感じられなかったんです。我々は米どころの宮城に本社があり、米のビジネスもしている。きっちりおいしいもので、それなりのねごろのものは作れるなという自信がありました。そこで、内釜ではないところで、勝負をしました」
重量センサーを搭載し、米と水の量を自動で計算する「量り炊き」機能に加え、IH調理器とおひつを組み合わせた分離式というこれまでにない構造を採用した炊飯器は結果的に大ヒット。
「発注が多すぎて、生産が間に合わない」状態が続いているという。「脇が甘い」という市場を、虎視眈々と狙うアイリスオーヤマ。寡占市場とも言われる家電市場をどう動かしていくのか、今後の動向に注目だ。