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【聴こうクラシック13】カザルスが弾く「バッハの無伴奏チェロ組曲」

スペインのカタルーニャ州が世に送り出した芸術家は数多く、世界的チェリストのパブロ・カザルスもその1人。今回は、彼がその価値を広く紹介したバッハの「無伴奏チェロ組曲」とともにご紹介します。カザルスは、チェロの近代的な奏法を編み出した名高い演奏家であり、同時に強い信念をもった平和活動家としても知られていました。

 

カザルスは20世紀を代表するカタルーニャの音楽家

カザルスは1876年にスペイン、カタルーニャ州に生まれ、晩年を過ごしたプエルトリコで、1973年に97歳で亡くなりました。 教会オルガニストだった父の影響で幼いころから、ピアノ、ヴァイオリン、オルガンの手ほどきを受け、11歳のときにチェロを始めました。やがてパリに留学し、演奏家として活躍。世界中を演奏旅行して回ります。2つの世界大戦を経験し、カタルーニャの真の平和を求めて、演奏の舞台から離れた時期もありました。晩年は自作のミサ曲などの上演を成功させます。

 

「無伴奏チェロ組曲」で、温故知新を体現したカザルス

カザルスは、初めてフルサイズのチェロを買ってもらった日に、バルセロナの港近くの古い楽器店で埃まみれになったヨハン・ゼバスティアン・バッハの「無伴奏チェロ組曲」の楽譜を見付けます。そのときの感動を彼は、後にこう語っています。「私は驚きの目をみはった。なんという魔術と神秘がこの表題に秘められているのかと思った。あれは私が13歳のときだった。しかしそれから80年間発見の驚きは増し続けるのだ(パブロ・カザルス著「喜びと悲しみ」新潮社)」 。この曲は当時、ほとんど演奏されることのない忘れられた存在でした。カザルスはこの曲を12年間研究し、チェロの演奏技術を改良し続けます。このころのチェロの演奏は、弓を持つ右腕の肘を脇に固定するというものでしたが、カザルスは右腕を脇から離して、肘を自由にした奏法を編み出しました。「無伴奏チェロ組曲」は、この奏法でより立体的になり、魅了的な音が奏でられ、チェロの代表的なレパートリーとして蘇ったのです。

 

今はチェロの聖典、バッハの「無伴奏チェロ組曲」

バッハの「無伴奏チェロ組曲」は6曲からなる組曲で、彼が32歳のときに作曲されました。それぞれが前奏曲と5曲の舞曲で構成され、全曲通すと約2時間の大作です。舞曲とはいえ、ダンスとともに演奏されることはなく、チェロの可能性を追求するために作られた実験的要素の強い曲でした。第1の魅力は舞曲のリズム感。次にチェロの特性を生かした、よく響く単旋律のメロディです。低音部からの跳躍は、まるで複数のパートが聞こえてくるように感じられます。 

 

異郷の地でふるさとを案じ続けた、96年の人生

カザルスはアントニオ・ガウディ、パブロ・ピカソ、サルバドール・ダリなど数多くの芸術家を生み出したスペイン・カタルーニャ州の出身です。1936年彼が60歳のとき、スペインで内戦が勃発すると、国境近くのフランスの町プラドへ亡命します。第二次世界大戦後に演奏活動を再開しますが、各国がスペインの独裁政治を容認したことに抗議し、海外での公開演奏を拒否するようになります。以後、彼の演奏を聴くために、多くの演奏家や弟子、ファンが彼の住むプラドに集まります。そこで始まったのが「プラド音楽祭」でした。カザルスが演奏活動を通して平和を訴え続ける姿は、人々に感銘を与え、94歳で国連平和賞を授与されます。国連本部での授与式ではカタルーニャの民謡「鳥の歌」をチェロで演奏しました。このとき彼は「カタルーニャの鳥はピース、ピースと鳴く」と言いました。亡命後異国を転々とし故郷に帰ることのなかった彼らしい発言ですね。

 

カザルスの来日

海外のコンサートでチェロを弾くのをやめてしまったカザルスですが、戦後、指揮や講演会、レッスンなどで世界を駆け巡ります。当時敗戦国だった日本からも招待を受け1961年、85歳のときに来日しています。そのとき、5歳から12歳の子どもたちが400人集まり、カザルスの前で「きらきら星」やバッハの協奏曲など、ヴァイオリンやチェロを合奏しました。演奏の素晴らしさと、子どもたち、指導者たちの地道な努力に感動した彼は涙を流しながら、その演奏と努力を賞賛したと言われています。かつて敗戦国だった日本が目を見張る復興を遂げ、子ども達が前進する姿を目の当たりにし、平和な未来を感じ、感動の涙が流れ出たのではないでしょうか。

 

おすすめの演奏

 

 

バッハの「無伴奏チェロ組曲」 カザルス60歳ころの演奏です。

 

参考文献

パブロ・カザルス 鳥の歌 ジュリアン・ロイド・ウェッバ― ちくま文庫
CDとなったカザルス(J.S.BACH CELLO SUITES PABLO CASALS CDより) 大久保喬樹 東芝EMI株式会社
カザルスとの対話 J.M.コレドール 白水社
名曲探偵アマデウス NHK出版
自然に演奏してください ビビアン・マッキー 風謀社
愛に生きる 鈴木鎮一 講談社現代新書
斎藤秀雄講義録 白水社
名演奏家事典 大木正興 名曲堂
世界史 山川出版社

 

 

あやふくろう(ヴァイオリン奏者)

ヴァイオリン奏者・インストラクター。音大卒業後、グルメのため、音楽のため、世界遺産の秘境まで行脚。現在、自然とワイナリーに囲まれた山梨で主婦業を満喫中。富士山を愛でながら、ヨガすることがマイブーム。