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【聴こうクラシック3】父の日は、音楽の父バッハの「コーヒーカンタータ」

もうすぐ父の日ということで、今回は「音楽の父」こと、ヨハン・セバスチャン・バッハの「コーヒーカンタータ」をご紹介します。誰もが知っている偉大な音楽家は、プライベートではどんな人物だったのでしょうか?音楽室に飾られていた、気難しそうな肖像画からは想像できないバッハの意外な一面を、これからご紹介する「コーヒーカンタータ」という1曲を通して、紐解いていきましょう。

 

「音楽の父」バッハは、20人の子どもの父だった!

ヨハン・セバスチャン・バッハは、1685年にドイツのアイゼナハで生まれ、65歳で亡くなりました。バッハは、生涯で数多くの教会音楽を残し、独自のオルガン奏法を開拓しました。バッハが「音楽の父」と呼ばれるゆえんは、彼が残した作曲技法が後世の作曲家たちに多大な影響を与えたためです。ところで、バッハは音楽だけでなく、プライベートでも20人もの子どもを持つ「父」でした。しかし、10人の子どもを幼いうちに亡くしたうえ、最初の妻、マリア・バルバラもバッハが34歳の時に亡くなるなど、彼の人生は波乱万丈そのもの。多くの哀しみと喜びを経験した彼だからこそ、時代を超えて、多くの人の魂に響く音楽を生み出せたのかもしれませんね。今回ご紹介するのは、子だくさんだった彼らしい、娘に手を焼く父親の可笑しさと切なさを表現した1曲です。

 

「コーヒーカンタータ」は父vs娘が織りなすコメディ曲

「コーヒーカンタータ」は10曲からなる、30分弱の短いお芝居のような曲で、コーヒー依存症の娘に頭を悩ます父親の姿がコミカルを描いた作品です。曲中では、「コーヒー依存性の娘に困っている」と訴える父に対して、娘が「コーヒーってなんて美味しいの!千のキスより甘く、マスカットワインよりやわらかな舌触り!」と歌い上げます。娘の態度に怒った父親は、「コーヒーをやめないなら、散歩を許さないぞ」「流行りのスカートも買ってやらないぞ」と追い立てますが、それでも「絶対にコーヒーをやめない」と言い張る娘に対して、とうとう「将来、結婚を許さない」とまで言い出してしまうというもの。余談ですが、この曲に登場する娘役「リースヒェン」は、バッハの娘と同じニックネームだそうですよ。バッハも同じように、娘との関係に頭を抱えていたのかもしれませんね。

 

バッハはなぜ、「コーヒー」を曲のモチーフに選んだのか

ところで、「コーヒーカンタータ」に登場する父親は、なぜ娘のコーヒー依存症に頭を抱えているのでしょうか?その理由は、当時の流行や世相にありました。曲が発表された当時、ライプツィヒでは新大陸から伝来したコーヒーと喫煙の習慣が一気に広まり、コーヒー依存症が問題になっていたのだそう。また、印刷物が普及し始めると、カフェには自由に読める雑誌が置かれるようになり、ますますコーヒーを飲みにやって来る客は増えました。つまり、「コーヒーカンタータ」は、コーヒーに夢中になる当時の人々の様子をコミカルに描いた作品なのです。ちなみに、バッハの遺品のなかにも5つのコーヒーポットやカップ類があったそう。どうやら彼自身もまた、コーヒーの虜だったようですね。

 

仕事にプライベートに、多忙な日々を過ごしていたバッハ

「コーヒーカンタータ」はバッハが49歳、ドイツのライプツィヒ市で、音楽監督として活動していたときに作られた曲です。そのころの彼はというと、プライベートでは家族で合唱隊と小さなオーケストラを結成。さらには、教会の礼拝曲を作り、教会付属学校の教壇に立ち、市が開催するさまざまなイベントの音楽を取り仕切るなど、多忙な日々を過ごしていました。

 

プライベートでは、奥さんとラブラブな生活を

バッハの2番目の妻、アンナ・マグダレーナが残した「バッハの思い出」という手記には、妻にしか見せない、バッハの微笑ましい姿が記されています。当時、ドイツでは新しい家の敷居を最初にまたぐ際、奥さんを抱きかかえて入るという習慣があったそう。バッハもライプツィヒに引っ越したとき、アンナ・マグダレーナをお姫様抱っこしながら家の敷居をまたいだのですが、そこで「たとえ20人の子持ちになったって、やっぱりお前はぼくの花嫁さんなんだぜ!」と彼女に言ったそう。気難しい表情の肖像画からは想像できない、情熱的な一面もあったようですね。

 

父の日は、お父さんをコーヒータイムに誘ってみては?

 

仕事が忙しいお父さんとは、ゆっくりと話す時間がないという人は、「父の日」をきっかけに、親子でゆっくりとコーヒーを味わう時間を作ってみてはいかがでしょうか。「コーヒーカンタータ」に登場するお父さんのように、父親はいつだって娘のことが心配なもの。他愛のない話をするだけでも喜んでくれるはずですよ。

 

それではバッハのコーヒーカンタータを聴いてみましょう。1975年、ベルリン室内オーケストラの演奏です。

 

参考文献
J.S.バッハ 磯山雅 講談社現代新書
バッハの思い出 アンナ=マグダレ―ナ=バッハ ダヴィッド社
バッハとバロック音楽 ステファーノ=カトゥッチ著 ヤマハミュージックコーポレーション
大作曲家の少年時代 ウルリッヒ=リュ―レ著 中央公論者
バッハ 人と芸術 音楽現代編 全音楽譜出版社
J.S.Bach イモ―ジェン=ホルスト著 全音楽譜出版社
大作曲家の愛とその作品 植村敏夫 日本放送出版協会
クラシックおもしろ雑学事典 音楽雑学委員会 ヤマハミュージックメディアコーポレーション

 

 

あやふくろう(ヴァイオリン奏者)

ヴァイオリン奏者・インストラクター。音大卒業後、グルメのため、音楽のため、世界遺産の秘境まで行脚。現在、自然とワイナリーに囲まれた山梨で主婦業を満喫中。富士山を愛でながら、ヨガすることがマイブーム。