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東京電力が電池を作る? リチウムイオンの“次”を狙う「リチウム硫黄電池」
2016年11月30日 08:00
東京電力といえば、出力何千万kWhという途方もない電力を供給する会社と思いきや、実はその影で数Vの充電式電池を作っているということをご存知だろうか? 僕(藤山 哲人)はまったくこのことを知らず、別件で東京電力の方にお話を伺っていたときに、面白い充電式の電池を開発しているという話を聞いた。モバイルバッテリーやニッケル水素電池など、さまざまな電池に携わってきただけに、興味津々(笑)。
「パソコンやビデオ、スマホやデジカメで多用されているリチウムイオン電池に変わる、未来の電池」というキャッチフレーズにまんまと釣られ、新しく設立された東京電力の「経営技術戦略研究所」というところに向かった。
なぜ東京電力がしょぼい数Vの電圧の電池を作っているか?
僕らからしてみれば、なぜ何万Vの電力を作ってる東京電力が、たかだか数Vの電池を作らなければならないのか? と愚問がよぎる。そこで電池の技術より、まずそっちを聞いてみた。
技術開発部 電力貯蔵ソリューショングループの道畑 日出男さんによれば、「太陽光発電や電気自動車など、多くの家庭には大型の蓄電池が導入されています。でも今利用されているリチウムイオン電池には安全性やコスト高などの課題が残るんです」という。そのため東京電力では独自に「ポストリチウムイオン電池として、高性能で安全な新型電池を開発することを目標にしている」という。
発電所から送出される膨大な電力は、基本的にためることができない。だから冬場や夏の昼間など電力需要のがピークに合わせて、発電所を増設・強化していく必要がある。少しでもピークが少なくなれば、巨大な発電所を作る時間もコストも不要なので、より安い電力を供給できる。それもあって電力各社はピークシフトすると割引が適用される電力プランなどを用意したり、さまざまな広報活動をしている。
電力の使用量が多い13:00~16:00は、家庭などでの電力使用を抑えて、発電所の送出する電力を平均化しようという考え。ピークシフト。そのために必要になのが、電池というわけ
一方太陽光発電や電気自動車の普及により、一般家庭にも比較的大容量の電池が数多く導入された。そこで個人宅で、夜間などのピーク以外の時間帯で電池を充電し、それをピーク時に利用すれば、ピーク時の電力をカットして平均化できるというわけだ。
今はまだ少ない太陽光発電や電気自動車でも、今後普及が進めば、日本全国の各家庭にある充電電池を使って、消費電力をより平均化できるようになる。ある意味、アニメ「エヴァンゲリオン」で登場した、国内版大規模「ヤシマ作戦」といえるだろう。
つまりほんの数Vで数Ah程度の電池でも、数さえあれば大きな電力をためられる巨大システム蓄電池になり、日本のエネルギー事情を改善するひとつのソリューションとなるわけだ。
この中央集中から分散システムへの流れは、すでにコンピュータの世界で実証済み。大昔は超高額の大型コンピュータを1台導入してすべてを処理してたが、1900年代に流行ったダウンサイジングにより、デスクトップPCのように小さいPCを多数連携させて使うようになった。
こうして大型コンピュータに依存していた処理は、分散処理システムに変わることで、より安全で、ノンストップで堅牢性が高く、経済的になったのだ。
東京電力が開発を進める「リチウム硫黄電池」とは?
何かと動きの遅い国の政策だが、実は電池に関する将来に向けたロードマップは、かなり早い段階から国策が示されている。「国立研究開発法人 新エネルギー・産業技術総合開発機構」(NEDO)がリリースしている「二次電池技術開発ロードマップ2013(BatteryRM2013)」を見れば明らか。
ちなみに「二次電池」とは、充電ができる電池のこと言う。使い捨ての乾電池は「一次電池」。
- 二次電池技術開発ロードマップ2013
- http://www.nedo.go.jp/library/battery_rm.html
ロードマップで注目すべきは、たった1ページ。「革新電池の技術マップ」というところだ。
現在のリチウムイオン電池は、オレンジで示される部分。縦軸が電圧を示し、横軸は電池1kgあたりどれだけの電力を蓄えられるかを示している。
つまりリチウムイオン電池は、だいたい3.7V程度で100Ah/kg。モバイルバッテリだと数百グラムなので、小さいもので2~5Ahというところだ。
今企業や大学で研究が進められているのは、水色の「金属負極電池」と呼ばれている部分で、とくにマグネシウムを利用した研究が進められているようだ。
東京電力が研究開発を進めているのは、より安全で高い電圧、そしてより軽いのにたくさんの電力が蓄えられる「リチウム硫黄二次電池」だ。
ポストリチウムイオン電池としては、黄色の「ナトリウムイオン電池」が一番近い位置にあるが、将来性を考えると蓄えられる電力量の頭打ちがすぐにくるのが分かっているので、多少電圧は低いが右下の電池の開発が主流になっているようだ。
東京電力が開発した電池は容量3.3倍!
東京電力が開発した電池は、まだ実験段階だが、従来型のリチウムイオン電池に比べると、蓄えられる電力量が3.3倍となっている。
さきの革新電池の技術マップでみても、リチウムイオン電池は横軸の最大で200のところが、リチウム硫黄電池が最小600弱からなので、3.3倍というのはいい数値を出しているといえるだろう。
実用化されたときにどんなことが言えるか? というと、モバイルバッテリーは今の1/3の重さになり、ノートPCなどもより軽くなるというわけだ。電気自動車に搭載すれば、車重が軽くなるので、より長距離を走れたり、室内を広くしたりできるということ。
ただし電圧が低くなってしまうのは致し方ない。電池は正極(プラス)と負極(マイナス)で使い、材質によって電圧が決まってしまう。なのでリチウムと硫黄を使うこの電池は、電池1本あたり2Vになってしまうのだ。一方リチウムイオン電池は、電池1本あたりだいたい3.7V程度(カメラやスマホのバッテリーには、電圧が書いてある)。
東京電力の道端さん曰く「実用化した際には、リチウム硫黄電池を直列に2本つなげて4.0V、もっと互換性を高めるためにより3.7V程度まで近づける予定」だということだ。
より安全性の高いリチウム硫黄電池
リチウムイオン電池は、今のところ実用化電池のなかでは最も電力を蓄えられるし軽い。反面、危険も伴っていることをご存知の方も多いだろう。
最近ではとあるメーカーのスマートフォンが発火するという問題が起きた。またノートPCのバッテリーの回収もよく耳にする。最新の技術と最大の安全を約束する飛行機ですら、リチウムイオン電池が発火し、一時空を飛べなくなったことも記憶に新しい。
電気自動車に詳しい方は、もし事故を起こしても搭乗者を守ることはもちろん、電池へ与える衝撃をより少なくしたり、電池を守ることに注力しているのも有名な話だ。自動車メーカーの中には、リチウムイオン電池は危険なので、ニッケル水素電池(電圧は1.2Vと低く密度も低いので重いが安全)を使っているところすらある。
しかし、東京電力の開発しているリチウム硫黄電池は、リチウムイオン電池のような危険性がほどんどない。東京電力の資料で、2つの違いを示した。
電池は「正極と負極の材料で電圧が決まる」と前述したが、その間に電気が行き来する「電解質」というものが必要になる。リチウムイオン電池は、電解質に有機性の液体を使用していて、大電流が流れるなどして電池が加熱すると、ガス化して爆発する可能性もある。そうならないように暴発弁も備えているが、この電解質は燃えやすいため、先のような事故が発生するのだ。
一方リチウム硫黄電池の電解質は、LLZ(Li7La3Zr2O12)という固体を利用している。そのため暴発したり燃えることがなく安全性が高い電池となっている。それゆえ電気自動車の電池は、リチウム硫黄電池に切り替わると期待されているほどだ。
繰り返し充電回数は5,000回が目標
さて一般的なリチウムイオン電池の繰り返し充電回数は500回程度。スマホをお使いの方は身をもって体験しているとおり。だいたい1年半ほどすると、すぐに充電が切れるようになり、家で寝る前に充電、会社や学校で充電と、1日2回の充電が日課になってくる(笑)。そして契約の2年縛りがなくなると、即機種変。さも、ありなんだ。
リチウムイオン電池でも添加物を変えることで、電流は多く取り出せないけれど、繰り返し充電回数を増やすなどで、1,000回以上も充電できるものも増えてきた。
一方リチウム硫黄電池はどうか。現状さまざまな研究所では苦戦しているようだが、「東京電力では5,000回を目標に電池の材料と設計に関する研究をしている」(道端氏)とのこと。
パッケージは、「材料がセラミックスなので、作りやすさとコストの観点から平板型で検討している」(道端氏)という。最初に導入されるのは、電気自動車や家庭での蓄電用になりそうだ。
パソコンやモバイルバッテリーでは、円筒形の18650(直径18mmで、高さXXXmm)というようなリチウム電池が使われているが、もう少し時間がかかるかもしれない。いや、もしかするとその軽さと高容量ゆえ、ノートPCの液晶の後ろにピタッ! と貼るタイプのリチウム硫黄電池を搭載したモデルに代わっていくのかもしれない。