【時の記念日企画】
「1秒」とはどんな時間なのか?

~標準時と「1秒」が生まれる秘密
by 林 佑樹
東京都・小金井市にあるNICT(独立行政法人情報通信研究機構)で日本の標準時が生まれている

 今やすっかり身近なものとなった電波時計。日本標準時を電波で送り続けるしくみについては、かつて「なぜ電波時計は正確な時刻を刻み続けるのか?」で紹介した。

 しかし、福島県・おおたかどや山標準電波送信所、佐賀県・はがね山標準電波送信所から発せられるタイムコードは、日本標準時に準拠しているが、その日本標準時はどこで決められているのだろうか?

 日本標準時を決めている、「日本時間の総本山」が今回、取材に訪れた独立行政法人情報通信研究機構「NICT」である。

 まずは独立行政法人情報通信研究機構「NICT」について説明しておこう。NICTは情報通信技術の研究開発と情報通信分野の事業支援を主とする研究機構で、全国に8つの研究拠点、2つの観測所、前述したおおたかどや山標準電波送信所、はがね山標準電波送信所を持ち、その本部は東京都小金井市となっている。

 「情報通信技術」ということで、ネットワーク技術の研究開発からユニバーサルコミュニケーション技術確立、果ては宇宙天気予報までと実に幅広い活動を行っており、もちろん、日本標準時の設定もそのなかの1つに含まれている。概要だけ聞くとかなり難しく聞こえるが、NICTでは、一般に公開された展示室も設けられており、気軽に訪れることが出来る。7月には展示室以外の一般公開もあるとのことなので、NICTサイトで日程をチェックしてもらいたい。

展示室は広々としているが、その四方に多数の研究開発内容が紹介されており、幅の広さを知ることができる仮想の太鼓を叩いているところ。誰でも体験可能で、きっちり反動まで再現されている

地球運行と科学技術で生まれる1秒

 このNICTで「作られている」標準時とは、いったいどういったものなのか。

 時刻は地球の自転が基になっている。1957年までは、地球が1回自転すると1日、それをさらに24分割すると86,400秒、1時間は3,600秒、1分は60秒……という天文時が世界各国の時刻の基準となっていた。しかし、科学技術の発達とともに、地球の自転が1,000万分の1秒単位で早くなったり遅くなったりすることがわかり、より正しい基準となる1秒が模索されることになる。そこで登場したのが、セシウム原始時計。30万年に1秒ズレるという高精度の時計で、1958年に国際原子時(TAI)が策定された。

 ただ国際原子時(TAI)は正確すぎるため、これまで人が目安にしてきた太陽の動きとの差異が問題になった。地球の自転速度は、潮汐摩擦などの影響により変化するため、遺伝子レベルで体に染みこんでいる時間感覚に合うように、生活リズムを乱さないようにセシウム原子時計で刻まれた原子時は、地球運行に基づく天文の世界時(UT)に準拠している。これが協定世界時(UTC)だ。しかし、それでも天文の世界時と協定世界時の間には差が生じてしまうため、その差が±0.9秒以上にならないための処置として「うるう秒」が用意されている。直近では2008年12月31日に実行され、NICTの電光掲示板には8時59分60秒が表示された。

解説してくれたのは、光・時空標準グループ研究マネージャー・今村國康氏セシウム原子時計やNTPサーバーのある建物は打ちっ放しのコンクリートが印象的。震度7までの免震構造で、さらに自家発電施設、対電磁波構造など正しい時刻を送信するための設計が施されている説明を受けたルームには多数の電波時計が置かれていた
国際原子時(TAI)と日本標準時(JST)が決定される仕組み国際原子時(TAI)とうるう秒の関係グラフ。協定世界時(UTC)は国際原子時(TAI)に対して、現在34秒の遅れとなっている標準時表示盤には、日本標準時(JST)と協定世界時(UTC)、国際現時(TAI)が常時表示されている

 日本では、協定世界時を決めるフランスの国際度量衡局(BIPM)からみて時差9時間を足した時間が日本標準時(JST)となっている。この点は昔からなんら変わりはない。しかし、国際度量衡局は時刻の基準を定める機関であり、時刻を提供するサービスを行なう機関ではないため、NICTでは、セシウム原子時計を用意して正確な時刻を計測、提供しているというわけだ。

 日本標準時(JST)はNICT光・時空標準グループが定めており、18台のセシウム原子時計が弾き出した1秒を「平均化」して時刻としている。30万年に1秒ズレるという高精度なのに、なぜ複数台用意しているかというと、1秒以下では時計ごとで1,000万分の1秒のズレがあるため。さらに短時間しか動かせないが精度の高い水素メーザ時計4台の1秒も平均化して、より精度の高い1秒を提供している。普段何気なく見ている時刻は、複雑なステップを踏んで生まれているのだ。

NTTやTVからの時刻問い合わせに対応する電話回線による日本標準時送出装置。またこの奥にNTPサーバーがある日本標準時だけでなく、セシウム原子時計のあるルームのライブカメラなど多数のモニターで時刻が生まれる様子を見ることができる18台のセシウム原子時計と4台の水素メーザからの情報を処理をするサーバー。この奥に原子時計が設置されている。ちなみに写真右上にある円形の物体は温湿度計

 なおNICTで刻まれた日本標準時刻は、1カ月ごとにフランスの国際度量衡局(BIPM)に送られている。他国からもその国の標準時刻が送られ、やはりそこでも平均化して世界原子時(TAI)が算出される。そこに集まるのは300台以上のセシウム原子時計のデータであるため、調整には1カ月程度かかってしまうそうだ。調整後のデータはまたNICTに送り返され、それを基に日本標準時が調整される。調整といっても、BIPMのチェックの結果1秒ズレるということはなく、1,000万分の1秒などといった領域での調整だ。

いまの1秒は人類が勝手に決めた

 「1秒」。複数のセシウム原子時計の1秒を平均化して生まれているのだが、ではセシウム原子時計が刻む「1秒」はいったいどのように決まっているのか。

 太陽を基にすると地球の自転の影響で時間がズレてしまうため、より正確で環境にあまり影響されない1秒の基準が必要になった。そのとき、注目されたのが原子固有の周波数で、その確認を比較的簡単に行え、再現性も高いセシウム133が採用されたのだ。

 具体的に説明すると、セシウム原子に周波数9.192GHzの電磁波を当てると、セシウム原子はその電磁波を吸収したのちに放出する。この一連の動作を9,192,631,770回行なうまでの時間が1秒の定義なのだ。なるべく天文時の1秒に近くなるよう配慮されたというが、実際のところ人類が勝手に決めたわけである。

現在使用されているセシウム原子時計。構造は登場当時からさほど変わっておらず、小型化が進められている1988年~1993年まで使用されていたセシウム原子時計1974年~1993年まで使用されていたセシウム原子時計。3つ展示されており、形状の変化は明らかだったが、中身はほとんど変わらない印象
セシウム原子時計の心臓部であるセシウムビーム管セシウムビーム管の中身タイムコードが刻まれている様子もリアルタイムに見ることができる

 ちなみに、セシウム原子時計が登場する前は、水晶発振器がもっとも精度が高く、6桁くらいの精度だったそうだ。セシウム原子時計は13桁まで対応していることから見ても、30万年で1秒のズレは伊達じゃない。

86400秒(24時間)を基にした精度の概念図。なんとなくだが違いがわかると思う

 ちなみに、セシウム原子時計は意外にも市販されている。ISPなど時刻を刻む必要がある組織が購入しており、価格は約900万円。とても高いため、長持ちするのかと思ったのだが、5年程度で製品寿命が訪れるそうだ。

時計の神様

 セシウム原子時計の1秒が正確な1秒であるかを計る「時計の時計」がある。その名は形式番号NICT-CsF1「1次周波数標準器」、通称「時計の神様」だ。真の1秒を計ることだけに注力されており、それぞれの期間に保有国が交代で稼働させ、正しい1秒を弾き出し、現行のスペックでは10マイナス15乗(フェムト秒)のズレの修正に活躍している。NICTを訪れたとき、ちょうどメンテナンス中であったため、時計の神様を見ることができたのだが、その話を聞いたときは「時計の時計」の存在に驚いた。しかし、まだまだ発展途上にあるようでうまくいくときとそうでないときがあるそうだ。

時計の神様「NICT-CsF1」。タイミングよくその姿を見ることができた仕組みなどを詳しく聞くことはできなかったが、内部は写真のようになっている時計の神様の創造主である熊谷基弘博士。その後ろにあるのは、前の時計の神様。現行の1次周波数標準器と比べるとかなり大きい

真の1秒に近づくための挑戦は続く

 現状のセシウム原子時計を利用した時刻は30万年に1秒のズレという実に正確なものだが、さらなる精度を目指して世界各国が新しい時計の開発を進めている。NICTにおいては、ストロンチウム原子を用いた光格子時計が開発されており、理論上では300億年の1秒以下のズレなのだという。すでに秒の二次表現として採択されているため、近い将来に(我々にはあまり縁のないことだが)1秒の定義が変化する可能性もあるのだ。

 何気なく見ている時刻は複雑な過程を経て決められている。もちろん、そのための開発研究には多くの人たちが関わってきた。少しだけそんな背景を意識して時刻を見てもらいたい。




2009年6月16日 00:00