そこが知りたい家電の新技術
キッチンウェア・ブランドbodumの今と昔 その1
~世界55カ国で販売するグローバル企業になったワケ
by 川端 由美(2013/11/7 07:00)
「bodum」って知っていますか?
「bodum(ボダム)」というキッチンウェア・ブランドをご存じだろうか。日本では、キッチンウェアというよりもスターバックスや丸山珈琲で売られているコーヒーメーカーやダブルウオールグラスを思い浮かべる人が多いかもしれない。
ボダムは、現在スイスのルツェルンに本社を構え、欧州、アメリカ、アジアなど実に世界55カ国で製品を展開するグローバル企業である。
今回、そんなボダムの本社と、ポルトガルにあるボダムの工場を訪れる機会を得た。日本ではまだその名を知らない人も多いかもしれないが、実は1950年代から製品開発を始めたという長い歴史のある会社だ。
今回から3回に渡って、そのレポートをお伝えする。初回となる今回は、キッチンウェアの会社として今日の地位を確立するまでの歴史を、3代目社長を務めるヨーガン・ボダム氏自らが語る。
第二次大戦の最中、デンマークで生まれた「ボダム」
実は、現社長を務めるヨーガン・ボダム氏の父がデンマークでボダム社を創業した当時は、メーカーではなく、卸売りであった。
「1944年、第二次大戦の最中、父が務めていた百貨店が閉店することになりました。オーナー夫妻がユダヤ人で、迫害を逃れるために身を隠したと聞いています。当時は仕方ないことだったのでしょうけれど、父はある日、突然、仕事を失いました。戦争が続き、物の不足していた時代のことですから、とにかく問屋で手に入るものを売っていたそうです。戦後になって、輸入業のライセンスを取得したことが、こんにちのボダムにつながるきっかけでした。1950年代に独自製品の開発をはじめ、東ヨーロッパのガラス製品やキッチンウェアの輸入ライセンスを取得しました。この頃、父はインダストリアル・デザインの重要性に気づき、製品を独自開発することをスタートしました。この考え方は、ボダムの考え方の根底にあるものです」
この時期に発売された「サントス(現:ペボ)」という名のサイフォン式コーヒーメーカーはいまでも現役のロングセラー・モデルだ。それまでは、卸業者として、様々な製品を輸入していたボダムだが、これがきっかけとなって、キッチンウェアの分野に力を入れることになった。
“毎日の生活に美しいシンプルなデザインと最高の素材”
その後、1967年、ヨーガン・ボダム氏がまだ20代の頃、創業社長であるピーター・ボダム氏が亡くなった。
「父のあとを母が継いで、社長として経営を担っていました。順調に業績を伸ばしていたとはいえ、小さな輸入業者にとって楽なことばかりではなかったと思います。1974年に私が社長に就任したとき、インダストリアル・デザインの重要性に立ち返り、独自製品の開発にさらに注力をすることにしたのです。80年代に入り、社内にデザイン部門を設立し、現在はインダストリアル・デザイナー、グラフィック・デザイナー、エンジニアといった製品開発にかかわるメンバーに加えて、店舗や内装を担当する建築家によってチームが構成されています」
この年、ボダム社初のフレンチプレス・コーヒーメーカー「ビストロ」がデビューする。フレンチプレスとは、コーヒー粉の上から直接お湯を注ぎ入れて淹れる方法で、日本ではあまり馴染みがないが、コーヒーの味をダイレクトに味わえる方法として、欧米では知られる方法だ。
「フレンチプレスそのもののアイデアは、20世紀初頭、イタリア人のカリマーニ氏が考えたものです。その後、スイス人のボンディーニ氏に特許の所有が移っていたものを、ボダムが購入しました。インダストリアル・デザインを重視し、“毎日の生活に美しいシンプルなデザインと最高の素材”という理念を現実の形にしたことがヒットにつながったのでしょう。1991年には生産を委託していたフランスの企業を買収し、現在ではポルトガルに生産拠点を移しました」
世界55カ国で販売するグローバル企業になったワケ
いまでは中国にも生産拠点を持ち、ボダム社の製品は世界55カ国で販売されている。生産だけではなく、企業の体制としても早い段階でグローバル化しているのもボダムの特徴だ。今でこそグローバルという考え方はめずらしくないが、1970年代の段階で海外に目を向けていた企業は数少ない。
というのも、デンマークの人口は70年代当時で492万人、現在でも540万人ほどにすぎない。国内市場があまり大きくないこともあって、おのずと海外に目が向いた。拠点をデンマークから、欧州の中心部にあるスイスへ移し、同時期にドイツやアメリカへの進出もはじめた。1977年には人口8,000万のドイツを目指して、ハンブルクにオフィスを開設し、1978年には本社をスイス・ルツェルンに移した。その数年後には、フランスの企業のフィラデルフィア支社に出資し、拠点を開設した。
「現在、ボダムにとって世界最大の市場は北米であり、フランス、ドイツ、北欧といった欧州地域の国々が本国をはるかに凌ぐ市場になっています。もちろん、日本市場も年々重要性を増しています。私が会社を継いだ74年と比べて、100倍ほどに成長していると言っていいでしょう。デザイナーとエンジニアで構成されるチームは、日常使うキッチンウェアの利便性を損なわずにデザイン性を高める努力をしています。各国の企業とパートナーシップを組んで、各市場の要求を汲んだきめ細やかな開発にも取り組でいます」
スターバックスの創業者であるハワード・シュルツ氏とのパートナーシップは、その好例である。彼は、プロのテスターが行なう「カッピング」というコーヒーの味を引き出す淹れ方に最も近いのがボダムのフレンチプレスという結論にいたり、これまでにもたくさんの共同開発プロダクトを生んだ。世界各地のスターバックスの店先をのぞけば、コーヒー豆とボダムのフレンチプレスが並んで販売されている。
ダブルウォールグラスの発想は中国の茶器から
もうひとつ、ボダムを代表する製品がガラスを二重にしたダブルウォール・グラスだ。ガラスが二重になっているため、熱が伝わりにくく、熱い飲み物はもちろん、冷たい飲み物を飲むときにも向く。その発想は、ボダム氏が仕事で中国を訪れた際に目にした小さな丸いダブルウォールの茶器だった。フレンチプレスと並んでボダムの顔ともいえるダブルウォール・グラス開発の背景には、顧客の使い勝手とデザイン性を重視して独自の製品を開発してきたボダム氏らしい逸話があった。
「ある日、若い女性がカフェで熱いカップをナフキンで巻いて持っている姿を見かけて、熱いものを入れても、熱さを感じないで持てるグラスがあるといいなあ、と考えていたところでした。ダブルウォール・グラスを作ること自体は簡単でしたが、ごくまれにウォールの間にある空気が膨張して破裂してしまうことがわかりました。そこで、外装の底に小さな穴を開けて、空気の膨張を逃してみたところ、今度は温度差によって結露する問題が見つかりました。今の製品には、外装に小さな穴が空いている上に、その穴をシリコンでシールしています。この部分は当社の特許であり、他社が真似できないところです」
もうひとつ、ボダムにまつわる話としては、日本ではなぜか、フレンチプレスを紅茶を淹れる道具として広まったという経緯がある。実は、紅茶を淹れる目的にあわせたプロダクトもボダムにはある。1990年代に英国紅茶協会からの依頼に応えて開発したティーポット、「アッサム」は欧米で絶大な人気を誇るロングセラー・モデルなのだ。1974年以降の延べで、フレンチプレスが1億個、ティーポットが3千万個の販売を誇る。
「家電を始めたのは約20年前、1992年のことです。当時、ヨーロッパではボダムを代表する製品であったフレンチプレスはコーヒーの味を引き出すことが評価されて浸透していました。が、同時に抽出に時間がかかるというデメリットもありました。それを解消するために、お湯を早く沸かせる電気ポット『IBISウォーターケトル』を開発したことがきっかけでした。そして、5年前にバリエーションを広げることを決めて、本格的にキッチン家電の分野を開拓することにしました」
ボダムの黎明期を支えたサイフォン式コーヒーメーカーにも電気式「サントス」が登場し、ジューサー、コーヒーグラインダー、エスプレッソマシーンなど、着実にラインナップを拡充している。
「キッチンウェア同様、家電の開発においても、カスタマーからのフィードバックを大切にし、それに基いて新製品を開発しています。つい最近も、シアトルに行ってスターバックスのCEOに会って、新しいプロダクトの話をしたばかりです」
明るいブルーの瞳を輝かせて、ボダム氏はそう語った。
創業者である父の発想を育てて、現在のボダムへと成長させてきたヨーガン・ボダム氏。彼がこだわるオリジナルの製品に欠かせないのがデザインだ。次回は、キッチンウェアやキッチン家電の分野におけるデザインについてのこだわりを訊く。