そこが知りたい家電の新技術

ブラウンのデザインの源泉について3人のクリエイターが熱く語る

 日本では電動シェーバーや電動歯ブラシで知られるブラウンは、電動シェーバーの最上位機種「ブラウン シリーズ9」(以下、シリーズ9)の8年ぶりのフルモデルチェンジに合わせ、「デザインとテクノロジーの究極の融合とは?」をテーマにしたトークショーを、先日、都内で開催した。

 トークショーには、コンシューマー製品の分野で12年以上のキャリアを持つ工業デザイナーで、2007年からブラウンのデザインを手がけるチーフデザイナー Wolfgang Stegmann(ウルフギャング・ステッグマン)氏と、ブラウンの男性用電動グルーミング製品研究開発部長 Jurgen Hoser(ヒュルゲン・ホーザー)氏が登場した。

 また、カーデザイナーとして知られ「世界で最も美しいクーペ」と評価されるアウディの「A5」をデザインした、SW design代表取締役社長の和田智氏や、「LEON」など数々の男性誌の創刊編集長として活躍した、スタイルクリニック代表取締役社長兼ファッションディレクターの干場義雅氏も参加した。トークショーの進行役は干場氏が担当した。

トークショーの登壇者。左から干場義雅氏、和田智氏、ウルフギャング・ステッグマン氏、ヒュルゲン・ホーザー氏

肌に優しく深剃りできる「シリーズ9」

シリーズ9

 シリーズ9は、同社の60年に及ぶ電動シェーバー作りのノウハウを結集して完成させた製品。厚さ0.2mmで刃を皮膚とヒゲの間に入り込ませる「極薄リフトアップ刃」と、様々な方向に生えているヒゲを整列させる「くせヒゲキャッチ刃」の2つのトリマーを連動させる技術「人工知能デュアル連動刃」により、肌に優しく深剃りするという相反する要素を融合させた。

エンジニアとデザイナーが膝をつき合わせて話し合いながら製品開発

シリーズ9の部品
1つのチームで製品を開発する

 トークショーは、シリーズ9の開発秘話からスタートした。同社のシェーバー開発は、髭剃り体験をスタッフ同士が語り合い、情報を共有することから始まるという。

 「シェーバーの開発は、それぞれの髭剃り経験について語り合い、情報を共有することで、髭を剃るという行為への理解が深まりますし、そこで得られたアイデアを技術開発に繋げることもできます。初期の段階から、デザイナーを含む全ての関係者が協力し、それぞれの意見をぶつけあうことで、デザインや技術など複数の観点から検証できるので、製品開発において不可欠です。チームでスポーツをするときの難しさに似ていますが、得るものは大きいです」(ヒュルゲン氏)

 また、優れた製品を製作するには、テクノロジーとデザインをバランス良く融合させることが重要だと、ウルフギャング氏は語る。

 「すべての関係者が開発に関わることは容易ではありませんが、ユーザーの皆さんは使い勝手を重視するので、間違いなく必要です。一つのチームとして動きながら、各々がアイデアを持ち寄れば、その中からベストな案を選択できます。デザイナーが思い描いたことが、技術者に認められないこともありますが、そうした議論を経て、最後に残った選択が重要です」(ウルフギャング氏)

 ブラウンではエンジニアとデザイナーが隣で作業するという話を聞いたのですが? という干場氏の質問に両名は、次のように答えた。

 「隣ではないですが、問題が発覚したときは、すぐに同僚のところへ足を運んで共有し、チームで話し合います。例えば私が『製品にさらに技術を組み込みたい』と相談します。すると担当から『そうすると、パワーサプライ(電源)に問題が発生するから解決法を考えなければならないね』といった意見が返ってきます。それらを1つ1つ、チーム一丸となって解決していきます」(ヒュルゲン氏)

 「ブラウンが今の場所にオフィスを構えて60年以上経ちます。その間、デザイン部は移転していますが、移転する前はディーター・ラムスを含め、著名なデザイナーが我々と肩を並べて仕事をしていました。ディーター・ラムスは、今でもよく我々のところにやってきます。このように、オフィスにおける機動性の高さが、創業当時からのブラウンの職場文化といえます」(ウルフギャング氏)

デザイン界への影響は絶大

 一方、和田氏の父親は生粋のエンジニアで、ブラウンの製品が好きだったそうだ。家にはブラウンの製品がいくつも置いてあって、それらを見るたびに子供ながらに「ブラウンの製品はなんてかっこいいんだ」と思っていたようだ。

 「ブラウンは、プロダクトデザインの草分け的な存在です。ブラウンが存在しなかったら、Appleもソニーも存在していないと思います。そのくらい、ブラウンデザインのデザイン界への影響力は大きいのです。少しずつ変わっていますが、ブラウンのアイコンは不変だと思います。僕にとってのドイツデザインの入り口はブラウンで、ブラウンに憧れてプロダクトデザイナーになろうと思いました。はじめはカーデザイナーになろうとは思っていませんでした」(和田氏)

 ウルフギャング氏は、著名なデザイナーの業績に彩られたブラウンの歴史が、ある意味では、今のデザイナーにチャレンジをもたらしているとした上で、自身の考えを述べた。

 「2、3年ほど前に我々が認識したことは、著しく技術が進化する現代では、過去の製品のコピーを作り続けることはできないということです。デザイナーとして、現存する製品を復元するだけでは、仕事の醍醐味が感じられません。しかし、先人が見出した優れた要素や工夫を、開発に活かさない手はありません。ブランドのレガシーを残しつつ、そのスピリットをどうやって将来の製品に繋げられるかが私の課題だと思います」

 今回発売する「シリーズ9」は、過去と現代の技術やデザインをバランス良く融合して生まれた製品だという。

1950年の発売以来、6角形の網刃やクーリングテクノロジーなど世界初の技術を開発している
過去のアイデアを現在の製品開発に活かす

ブラウンのデザインと技術の融合を象徴するラジオ「SK25」

ブラウンの製品開発を象徴するラジオ「SK25」
SK25の基となった1955年に発売されたラジオ「G11」(左)

 これまでに、ブラウンがリリースしてきた製品の中で、どの製品のデザインが印象に残っていますかという干場氏の質問に、和田氏は「『SK25』というラジオ」と即答した。そして、SK25を手に入れるまでのエピソードを語った。

 「ドイツのミュンヘンに住んでいたときに、『ピナコテーク・デア・モデルネ』というモダンミュージアムによく行っていたのですが、そこにSK25が展示されていました。そのとき、SK25が僕と同い年(1961年に発売)と知ってどうしても欲しくなって、(オンラインマーケットプレイスの)「イーベイ(eBay)」で必死に探しました。最終的にオーナーさんに連絡をとって、僕の家に持ってきてもらいました」

 SK25は、ブラウンのデザイン史に残る名品として知られている。

 「ブラウンのロングセラーとなったSK25は、インテリアと馴染む、素晴らしいデザインをしています。現在では、音楽といえばスマホで聞く時代ですが、デザインインテリアとして今でも居間に置ける、時代を超越した逸品です」(ウルフギャング氏)

 「SK25は、ブラウンが得意とする技術とデザインの融合の良い例です。もともと、家具のようなデザインをコンセプトとして生まれたモデルですが、時代の流れによる技術の進化にともない、技術重視の改良を加えようという圧力はありました。しかし、我々はデザインを重視し、あえて大幅にサイズを削ることに反対しました。技術を重視して製品のサイズを小さくしようとすると、当然その分の素材を捨てなければなりません。そういう意味でもSK25は、我々ブラウンが過去半世紀に渡り、十八番としてきたデザインと技術の、絶妙なバランスによる製品開発を代表するものといえるでしょう」(ヒュルゲン氏)

 「技術だけを重視して改良すると、ラジオは小さなスティックに収まりますから、家具調のボックス型デザインを捨てることになり、居間の雰囲気を変えてしまいます」(ウルフギャング氏)

 “古さ”と“新しさ”をうまく融合しようとするブラウンの社風について和田氏は、「これは単なる郷愁ではないと思います。郷愁でないというのは、例えばSK25は家電量販店ではなくて、代官山のインテリアショップに置いていて欲しいアイテムですよね。モノと場所の関係は大切で、そういうことも踏まえた感受性が求められています」と述べた。

 変わっていれば良いという価値観が、“新しさ”の原点になった現在で、モダニズムが成長してしまったことに、プロダクトデザイナーとしての責任を感じているという和田氏は以下のようにコメントした。

 「最近のプロダクトデザインは、原点回帰する必要があると思います。それだけプロダクトに力がなくなってきたことを、デザイナーが共通意識として持つ必要があります。このデザインはおかしいのではないか、デザインってこんなものだったのかと疑問に思わなければならない状況だと思います」

 ウルフギャング氏も「SK25のような、簡素化されたデザインに含まれるメッセージは、余計な選択肢を省き、機能を絞りこむことで、本当に必要なものを残すことです。新しいデザインを模索する際には、現在のトレンドに迎合するのではなく、先の時代にも順応できる柔軟さを求めなければなりません」と話す。

モノのデザインと将来の展望

「秩序がもたらす調和」などブラウンに根付くデザイン10箇条

 最後に和田氏とウルフギャング氏が考える、モノのデザインと将来の展望について語った。2人に共通しているのは、特徴的なデザインを生み出すことに固執するべきではないということ。

 「ブランドの象徴となるデザインは、長い目で見ると関係ないと思っています。最近では、毎日の生活に溶け込むモノのほうが、心のあるデザインではないかと感じるようになっています」(和田氏)

 「同感です。私たちは、工業デザイナーである限り、思うままに創造性を発揮できるアーティストのような立場にはありません」(ウルフギャング氏)

 工業デザイナーであることを前提とした上で、ウルフギャング氏は「私たちは第一に消費者のニーズに応えるべきで、消費者の必要とするもの、願いは何かを理解し、操作性に対する配慮を忘れてはいけません。それらのことを踏まえた上で、結果的にアイコニックなデザインが生まれるのは良いですが、それはおまけのようなもので、あくまで基本を忘れてはいけないと思います」と語る。

 和田氏の考えは、大企業が利益を顧みずに動き回ることが難しい現在の社会に対する、ブラウンという会社の立ち位置にまで及んだ。

 「決まったサイクルで回せないと、会社経営が成り立たなくなるというロジックにはまっている現在の社会では、ブラウンくらいの規模の会社がマッチしていると思います。だから僕は今、新しい世界観を築くためのDNAを持っているブラウンに可能性を感じています。彼らの仕事はこれからもっと評価されるでしょう。エンジニアとデザイナーが並んで仕事をするという環境は理想的です。このような機動性の高さを大切にして欲しいと思います」(和田氏)

 ウルフギャング氏は、和田氏の考えに呼応する。

 「ブラウンのような企業であれば、企業のもつ価値感(理想)を守る気概が生まれます。世間から、この会社は大企業ではないが、時代に流されないデザインと高い技術が融合した製品を作れると認められれば、あえて弊社の製品を選ぶ理由になると思います。シェーバーに限らずあらゆる家電が、二束三文で手に入る時代ですから、2年も経てばデザインの面からも時代遅れとみなされ、飽きて捨てられるのではないでしょうか」(ウルフギャング氏)

ブラウンとディーター・ラムス

1921年にドイツのフランクフルトで創業したブラウンは、1950年に初となる電動シェーバー「S50」をリリースしている

 ブラウンは、1921年に創業した会社で、これまで93年に渡り、ラジオやレコードプレーヤーのほか、日本で知名度の高い電動シェーバーや電動歯ブラシなど(中には世界初の機能を搭載した製品も多数存在する)をリリースしている。デザイン業界の重鎮であるディーター・ラムスが、30年以上デザイン部門のトップとして活躍した会社としても知られる。

 ディーター・ラムスは、ドイツを代表するインダストリアルデザイナーで、1950年代後半から1960年代のドイツデザインで重要な役割を果たした人物。ブラウンに入社後も歴史に残る製品を多数デザインしているが、その中でも特に有名なのが「レコードプレーヤー SK-4」である。そのほか、計算機やコーヒーメーカーなど、ラムスのデザインした製品の多くは、ニューヨーク近代美術館など著名な美術館に展示されている。また、アップルでiMacやiPhoneをデザインしたジョナサン・アイブに尊敬されている。

中野 信二