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そこが知りたい家電の新技術

GOPAN開発秘話「飯炊きおじさん」が挑んだ最後の挑戦

〜なぜ米をペースト状にするという発想が生まれたのか
by 大河原 克行
11月11日に発売されたばかりの三洋電機のライスブレッドクッカー「GOPAN(ゴパン)」

 三洋電機が、いよいよライスブレッドクッカー「GOPAN(ゴパン)」を発売した。

 GOPANは、自宅でお米からパンを焼くことができるホームベーカリーだ。市場想定価格は5万円弱と、ホームベーカリーとしては高価な価格設定であるにも関わらず、7月の製品発表以来、注文が殺到し、計画の月産5,000台を上回る約1万台の注文を獲得。それにより、当初発売予定の10月8日から発売日を延期していた経緯がある。

 この製品は、長年に渡り、米に関するノウハウを持つ同社の拠点「鳥取製造」と、モーター技術を持つ「加西製造」との組み合わせによって実現されたものだ。

 そして、この開発に大きく貢献したのが、GOPAN発売直前に控えた2010年10月20日に、嘱託から退いた前三洋電機コンシューマエレクトロニクスの下澤理如氏だ。下澤氏は、「飯炊きおじさん」として有名な人物。定評が高い同社の炊飯器事業を支えてきた。その下澤氏が、最後に挑んだのがGOPANだったといえる。

 今回は下澤氏に、GOPAN開発秘話を聞いた。なお、インタビューは三洋電機コンシューマエレクトロニクス在籍時に行なわれた。

飯炊きおじさんのノウハウが生かされたGOPAN

「飯炊きおじさん」の愛称で知られる三洋電機コンシューマエレクトロニクスの下澤理如氏(取材当時。現在は在籍されておりません)

 「飯炊きおじさん」と呼ばれる下澤氏はどうしても炊飯器の印象が強い。

 業界初の圧力IH炊飯器を市場に投入。「おどり炊き」と呼ばれる三洋独自の炊飯方法は、おいしいご飯を味わえる炊飯器として高い定評がある。この炊飯器の開発には、下澤氏の研究の成果がふんだんに詰まっているからだ。

 だが、下澤氏が携わってきた製品は幅広い。1970年に三洋電機に入社し、鳥取三洋電機(現三洋電機コンシューマーエレクトロニクス)に配属後、5年間は電子毛布の設計に従事。調理器の設計を開始したのは1975年からだ。その間、電子オーブン、オーブントースター、魚ロースター、ホットプレート、電気なべなどを担当。中には、ラーメン鍋、製麺機、電気てんぷら鍋といったユニークな製品も世の中に送り出している。

 ベーカリーの開発もGOPANが最初ではない。例えば、1斤タイプのパンが作れる「SPM-KP1」では、同製品に付属するレシピブックに、後述する通称「Kラボ」において下澤氏が研究し完成させたベーカリーで作ったおいしい食べ方レシピが掲載されており、下澤氏の研究成果がここにも反映されているのだ。

 「パンづくりは、調理器部門に入って間がない時に担当した電子オーブンが最初。これは、全世界で1万台を販売したヒット商品となった。この時にパンの作り方を徹底的に研究した。今もパンづくりは楽しい調理の1つ」と下澤氏は語る。

 ここ2〜3年は出張に出ると必ず、地域のおいしいパン屋さんに出向いたという。高級ホテルに併設されているパン屋や、有名なパン屋、そして店は小さいが地域で話題になっているパン屋など――自らパンを食べて研究を重ね、どんなパンがいま求められているのかを肌で感じる作業を行なった。こうした経験がベーカリーづくりに反映されているという。

 今回の取材の最中にも、若い社員に対して、「あそこのパン屋行ったことある? 東京に行ったら寄ってみなよ」と声をかけていた下澤氏。普段からこうした感じで、社員に現場の味を知ることの重要性を訴えているのだろう。

 「飯炊きおじさん」の通称には留まらない、幅広い商品群において、下澤氏のノウハウが生かされているのだ。

一度頓挫したGOPANの開発計画

 同社では、GOPAN発売以前から米粉パンに強い興味を抱いていた。事実、米粉を用いて米粉パンを作れるホームベーカリーを他メーカーに先がけて発売したのも三洋電機だった。世界初の米粉パンを作れるベーカリー「SPM-MP3」を開発後、三洋電機が挑んだのが「家庭の米からパンを作る」というベーカリーの開発だった。

 米粉でパンを作るには、斡旋した米粉ミックス粉を使用することが当たり前だったが、米粉は小麦粉に比べ高価で、さらにグルテンを含んでいるため、グルテンアレルギーを持つ人は食べられないという問題があった。街のパン屋さんで販売されている米粉のパンも高価であるという環境のなか、開発チームは、家の米からパンを作るというこれまでにないホームベーカリーの開発に挑戦したのだ。

 だが開発チームはいきなり大きな壁に当たり、その壁を越えきれずに、開発計画を一度頓挫させてしまう事態に陥ることになる。

3つの壁にぶち当たる

 開発チームが最初に取り組んだのは、粉砕装置の開発だ。米を米粉にするために、さまざまな手法を研究した。

 ミルを使って砕いたり、臼で挽いたり、ローラーでつぶすといった方法を模索したが、ここで3つの大きな問題が発生した。

 1つは、堅い米を削るために利用した砥石が削れてしまい、米粉のなかに砥石の破片粉が混入。焼いたパンがザラザラしてしまうということだ。砥石の粉も一緒に焼いてしまうというパンになってしまったのだ。

 2つめは、細かい粉にすると、米の中にあるでんぷんがα(アルファ)化して、のり状になってしまうというものだった。のり状になったでんぷんはたくさんの水を吸収。こねる段階で水を吸収しすぎ、焼き上がったパンはまったく膨らまないものになってしまう。

 そして3つめが、粉砕に時間がかかるというものだ。100gの米粉を作るのに約1時間。1斤のパンを焼こうとすると、220gの米粉が必要であるため、約2時間。さらに、最初はミルを別の装置として設計していたため、ここからベーカリーに移して、こねようとすると粉が10%程度ロスするという計算も含まなくてはならない。

 


 「時間がある時に作るという程度ならばいいが、毎朝食べるという環境を考えると、とても実用化はできなかった」と下澤氏は振り返る。

 一般的に米を粉砕するには、「気流粉砕」という手法が用いられている。空気の気流を使い、米を空中に飛ばして壁にぶつけて潰すという仕組みだが、これには大規模な設備投資が必要で、岡山のある会社に導入されている気流粉砕機の場合、1億円規模の費用が必要だったとされている。これを複数の食パンメーカーや店などに供給することで、投資を回収しているという構図だ。米粉が高価な原因はこうした粉砕工程への投資が影響しているといわれる。当然のことながら、この仕組みを家庭用ベーカリーに応用することは不可能だ。

 2006年後半には、次第に開発計画は頓挫しはじめた。その後、2年ほどは放置されたままだったといえる。

“ Kラボ”で研究を継続、午前5時にひらめく

Kラボでの研究成果(?)ともいえるのが、パンにつけて食べる具材の数々。鯛みそは会見でも試食の際に報道陣に配られた。焼ねぎ味噌は地元の道の駅で入手したもの。どちらも下澤氏のお勧めだ

 一方、下澤氏は、2003年に自宅のなかに通称「Kラボ」を開設した。

 「K」はキッチンの頭文字をとったもので、自らが開発した炊飯器で調理を行ない、おいしい料理のレシピを作る研究拠点と位置づけた。

 2007年10月に鳥取三洋電機を定年退職した下澤氏は、その後嘱託として、引き続き同社の製品開発に携わることになるが、「以前に比べると時間ができたので」という理由から、Kラボでの作業を強化することになる。

 デジタルカメラやストロボなどの撮影機材に、自ら100万円以上を投資。完成した料理を自身で撮影して、レシピブックに掲載するといった作業を行なっていた。特に炊飯器の炊き込みご飯のレシピづくりには定評がある。

 また、先に触れたように「SPM-KP1」では、パンづくりのレシピブックづくりに下澤氏が参加。その研究を繰り返していた。「水の代わりにワインを入れてみたり、にんにくチップを入れてパンを焼いてみたり。失敗と成功の繰り返しが楽しかった」と、パンを焼くことにも魅了されていた。

自ら作ったパンを試食する下澤氏。家のなかに8台のベーカリーを置いて研究したこともあるという

 下澤氏は、その工程の中で米粉でのパンづくりにも挑戦していた。炊飯器や米のことを誰よりも熟知している飯炊きおじさんの下澤氏。米粉を買ってくるのではなく、米からのパンづくりにも挑んでいた。フードプロセッサを使って砕いたり、家のなかにある機器を駆使しながら砕く作業をするといった試行錯誤を日々繰り返していたという。

 そんなパンづくりに明け暮れていた2008年2月のこと。午前5時に布団のなかで、今日の予定などに思いを巡らせていた下澤氏は、突然、あることをひらめいた。

 「米を直接粉砕するのではなく、水に浸けた状態で砕いて見るのはどうだろうか」

 米の特性を知り尽くした飯炊きおじさんならではの発想だった。そのアイデアをベーカリー担当者に伝え、自らも再度実験を開始。だが一度頓挫したプロジェクトだけに、立ち上がりは遅かった。

 しかし、その発想は、米を粉にするのではなく、ペースト状にするという発想につながり、より現実的なものになっていく。

 「家でパンを焼くのに、米粉にする必要はない。ペーストの状態からパンを作れればいい」という大胆な発想転換だ。

 下澤氏は2008年5月29日、米を水とを撹拌させながらペースト状にする「米ペースト製法」による最初のパンをKラボで試作してみた。最初のパンは、膨らみがまったくなく堅いパンが出来上がってしまった。

 だが、この仕組みに自信を持っていた下澤氏は、水とのバランスやペーストの状態、こね方や発酵の状態などを研究し、最適な状況を目指した。

 「ご飯は62%の水分量が最適だが、パンは45%が最適。3カ月間に渡って、1日3個ずつパンを作った」

 8月にはこの基本的なバランスを掌握したものの、冬場になるとパンづくりは微妙な影響を受ける。そこから、冬にはどういったバランスが最適かといった研究も始まった。

 さらに、白米からのパンづくりだけでなく、玄米や紫米、新米や古米といったように米の種類を変えたり、挙げ句の果てには残りご飯でパンはできないかといったことにも挑戦した。ここにも、下澤氏ならではの柔軟な発想がある。

玄米(手前)と白米とで焼いたパン 玄米で焼いたパン(右)はちょっと色が濃い

 こうして、下澤氏は「米ペースト製法」によるパンづくりに関して、多くの成果を蓄積していった。下澤氏のKラボによる独自の研究成果を踏まえて、2008年末からいよいよ三洋電機の正式なプロジェクトとして、米ペースト製法によるパン焼き機の開発がスタートしたのだ。

加西製造とのコラボレーションを進める

 米をペーストにするという手法を持ち込んだことで、設計そのものが大きく変更された。

 もともとは粉砕装置とパン焼き機能は別々の筐体として考えていたのだが、ペースト状にする関係上、2つの筐体では効率が悪い。そして、そもそも大きくなりすぎて家庭には置きにくいという問題もあった。

 そこで、1つの筐体でペースト化と生地をこねる作業、そしてパンを焼くことまでを、全自動でこなす設計開発に取り組んだ。

 米をペースト化する作業と、生地をこねる作業は、使用される羽根が違い、求められる回転数も違う。羽根を交換すればいいが、ペースト状のものを入れたまま、交換するのは難しい。全自動化するには大きな改良が必要だった。

 開発の主体となっていた鳥取製造は、モーター技術を持つ兵庫県加西市の加西製造の協力を得て、開発を進めていった。

 加西製造では、改良に改良を加えて、正逆回転機構という仕組みを考案。ミルとして米をペースト状にする際には、約6,300回転/分という高回転で反時計まわりに動き、生地をこねる際には約400回転/分という低速で、逆の時計まわりに回転することで、全自動化を実現した。国内特許55件、海外特許12件が取得されているというところもからも、この技術に三洋電機の多くの知恵とノウハウが注ぎ込まれていることがわかる。

加西製造とのコラボレーションによって実現した羽根とモーター 米を砕くミル用の羽根の部分 こね用の羽根の部分

 その間も鳥取製造は、何度も設計を進化させていった。「2009年夏頃の試作品は、とても家電とはいえない筐体のもの。まるでパン工場に置くような製品だった」(下澤氏)という。これも加西製造の技術の完成によって、小型化が図れたともいえよう。

 GOPANは、鳥取製造と加西製造がコラボレーションしたことで初めて生まれた製品なのだ。

お米屋さんに評価されるホームベーカリーに

ライスブレッドクッカー「GOPAN(ゴパン)」を前にする下澤理如氏

 GOPAN発表後の人気ぶりは周知の通りだ。

 「自宅の米から作っているということは、中になにが入っているのかがわかる。食の安全が叫ばれるなか、安心して食べられる米パンを、GOPANによって味わっていただきたい」と下澤氏は語る。

 そして、下澤氏はこんなことも語る。

 「先日、お米屋さんからお手紙をいただいた。ご飯がおいしく炊けるというので、半信半疑で三洋電機の炊飯器を購入してみたら、予想以上においしかったと記されていた。こうしたお手紙をいただくと本当にうれしい。三洋電機の炊飯器は、お米屋さんに注目される炊飯器。GOPANも、お米屋さんに注目されるベーカリーになってほしいと思う」

 パン屋に注目されるベーカリーではなく、お米屋に注目されるベーカリーと語るあたり、やはり「飯炊きおじさん」は、米に最大の関心を持っているようだ。

 だが、こうも語る。「この間は、とうもろこしでパンを焼いてみた。その次は小豆100%に挑戦してみた。こうした挑戦は楽しいですよ」

 やはり、パンの世界にもしっかり没頭しているようである。





2010年11月12日 00:00