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電気代が1万円まで無料ってホント? 「タダ電」の仕組みを聞いた

5月29日から開始した「タダ電」

「毎月10,000円まで電気代がタダ!」という、前代未聞のユニークな電力サービスが誕生した。その名も「タダ電」で、5月29日からサービスを開始した。

運営するのは2020年に設立されたベンチャー企業の株式会社エスエナジー。家庭向けに特化した電力サービスとなっている。アプリで登録できて、なんと基本料金や解約料金もかからないとのことだ。

しかし、ホントに電気代がタダになるということがあるのか、どこかに落とし穴はないのか? 仮にサービスを停止するといった事態がおきたとき、ユーザーに不利益は生じないのか? など、気になることもいっぱいある。

そこで、運営するエスエナジーにオンラインで取材して話をきいた。対応してくれたのは「タダ電」担当の山根裕輔さん(以下敬称略)。

エスエナジー「タダ電」担当の山根裕輔さん

電気代がタダになるサービスを開始した経緯とは?

――毎月、10,000円まで無料で電気を使える「タダ電」は非常にユニークなサービスだと思いますが、「タダより高いものはない」という言葉がありますし、身構えてしまう人も少なくないと思います。まず、御社がどんな会社なのか簡単に紹介をお願いできますか?

山根:弊社は小売電気事業者という経済産業省の認可を得た小売電力会社になります。最近はホワイトラベルなどといわれる、取り継ぎ店のような形の電力会社が多くなっていますが、弊社は自社で仕入れから、供給まで行ない、請求も行なう形の小売電気事業者として展開しております。

会社自体は2020年7月に設立し、タダ電サービスの準備をしてきたのとともに、サービススタートの時期をうかがっていました。ようやく、いろいろな条件が整ったことからサービスを開始したのです。

――どういう経緯で、タダ電というサービスを考え付いたのですか?

山根:創業メンバーは、新電力などで電力業界に携わってきたものなのですが、「電力の世界は大手資本のところが強い」、「kWhの単価の安さの競争でしかない」というのは面白くないよね、という思いがあり、今までにない新しいことはできないかという模索をしていた中、「〇〇円まで無料」というアイディアが出てきたのです。

「5,000円まで無料」とか「6,000円まで無料」などいろいろな案はあったのですが、せっかくならキリのいい10,000円だとインパクトも大きいだろうということで、この形にまとまりました。

創業メンバーには新電力を経験してきた者のほかIPに強いメンバーもおり、アプリ開発にもかなり注力しています。電力をカジュアルに使える、今までにない世界観をということで、アプリのUIやUXにもこだわってきました。

――「〇〇円までタダ」というような電力サービスはこれまであったのでしょうか?

山根:日本ではこれまでになかったと思いますし、海外でも少ないと思います。一定金額を支払えば使い放題というようなものはありますが、一定量まで無料というのは、我々が調べた範囲では海外でも事例を見つけられていません。

10,000円を超えると急に高くなってしまわない?

――詳細を見てみると、単価としては1kWhあたり65円(税込)となっていて、普通私たちが払っている電気代の単価と比較するとかなり高いですよね? 10,000円まで無料というのは、どのように考えたらいいのでしょうか?

山根:約款上は1kWhから65円/kWhで課金をしていますが、10,000円に達するまでは無料という計算です。つまり0円の区間があるというのではなく、10,000円引きになるという形です。具体的にいうと154kWhまでが0円で、そこを超えると65円/kWhで請求していく形になります。

10,000円を超えた場合の料金例

――電気料金って、通常は基本料金があり、kWh単価での課金があり、さらに燃料費調整単価、再エネ発電賦課金単価というものがあると思います。この「65円」はどこまでを示すものなのでしょうか?

山根:基本料金はありません。そしてkWh単価が65円です。また、再エネ発電賦課金はどの電力会社も1.4円と決められています。一方、燃料費調整額については各電力会社が自由に決定できるようになっていますが、弊社では東京ガスさんやエネオスさんと同じ計算式を用いているので、そこがすごく高くなることはありません。具体的には6月は7.91円となっています。

ただし、政府が現在補助金として1kWhあたり7円を出しており、7.91円から7円を引く形のため、実質0.91円/kWhとなっています。一方、10,000円まで/154kWhまでについては再エネ発電賦課金も、燃料費調整額も請求しないため、65円のみ。その意味では、かなり安い設定になっています。

――普段から使用電力が少ない家庭であれば、本当にタダもしくは、かなり安い料金になりそうですが、ある程度の使用料を超えるとかなり高くなる可能性があるということですね。

山根:まず、当社がサービスを提供するのは一般家庭であり、企業もお店を運営しているところも対象外です。普通に生活をされている一般家庭が対象となります。先ほどのとおり154kWhまではタダなわけですが、それを超えても320kWhまでであれば、東京電力の従量電灯契約よりも安くなります。

国が計算する一般家庭の平均電気使用量は2人世帯で320kWh、3人世帯で370kWhです。また、1人世帯であれば185kWhなので、一般的に考えても非常に安い料金である、といえると思います。

今後、値上げされる可能性はある?

――御社の収入源としては、156kWh以上を使うユーザーからの電気代である、ということですよね。

山根:その通りです。一方で、アプリの広告収入もある程度見込んでおります。おそらくは一人暮らしの方が多いだろうという想定から、ターゲットセグメントをした広告が打てるだろうと考えています。

このアプリでは30分単価で電力使用量が分かるので、それなりにアプリを見てくれるだろうと考えています。もちろん、アプリへのログインや閲覧、動画などの視聴を強制するものではありません。でも、月末にいよいよラインが迫ってきたというタイミングだと、使用電力を気にする方が増えてくると思います。それによってアプリを開く頻度が上がり、広告収入も上がるのではと考えています。

もっとも我々としては電力小売だけでビジネスが成り立つことを想定しているので、そこが確立すれば、広告を使わなくなっていくかもしれません。

使用量の推移をアプリで日/週/月/年ごとに確認できる

――いまは65円でいいと思いますが、気になるのは、今後大幅に値上げすることもあるかどうかという点です。ここはどのように考えているのでしょうか?

山根:石油価格の状況によって、燃料費調整額は変化すると思いますが、我々としてはこの65円を変えることは想定していません。仮に変更することがあればアプリで通知しますし、全ユーザーがアプリを使っていることが基本なので、プッシュ通知は行なっていきます。どんなに遅くとも3日前までには通知することを定めています。

――仮にユーザーがみんな電力使用を惜しんで154kWh以内で全員タダといったことになると、経営が難しくなるという可能性はありますよね?

山根:そうしたことはないと思いますが、もちろんありえないことではないです。しかし、すでにサービスをスタートして、ユーザーのみなさんの電気利用の傾向を見ると、全員が154kWh以内ということにはならなそうです。

ただ、もしものことを考えて、まずは上限10,000人で回すということを定めています。仮に全員0円であったとしても、我々のキャッシュで回していけるところです。今後運営が安定してくれば、徐々に上限も上げていきたいと思っています。

一方で、実は現在新規申し込みをストップさせています。というのも新規申し込みが殺到してしまったため、事務処理が追い付かず、いったん止めているのです。事務処理が追い付いてくれば、またすぐに再開する予定でいます。

――その事務処理は、いま何か問題になっていることはあるのですか?

山根:電力会社の変更には、いくつかの情報が必要になります。具体的には住所、名義のほかに、現在契約中の電力会社の、お客様番号、さらに供給地点特定番号のそれぞれが必要になるのですが、ここでの不備が非常に多いのが実情です。

データ入力において、いろいろエラーをはじくようにはしています。たとえば供給地点特定番号は0から始まる22桁の数字なので、頭が0か、全部で22桁かなどチェックしているのですが、それでもすり抜けてしまうものもあります。

一方、名義が旧姓だったり、実は亡くなったおじいさんの名前のままだった……といったこともあり、それらも不備の原因になります。我々が東京電力などに問い合わせても、名義などは個人情報になるため提示してもらえず、あくまでもお客様側で調べていただくほかありません。この辺はもう少し効率を上げる方法を考えていきたいところです。

サービス終了して電気が止まってしまうリスクは?

――ところで、一般家庭であるにしても、別荘などで多数契約されてしまうと、みんな10,000円以内に収まってしまうのではないですか?

山根:空き家や別荘の場合は登録をしないように約款に記載しています。普通の生活をしている一般家庭へのサービスとしているのです。ただ、申し込み時点では、それが別荘なのか、普通の家庭なのかは判断がつかないため、いったん契約になってしまう可能性はあります。しかし、我々も使用電力量をモニタリングしていますので、明らかに普通に生活していないことが分かれば、解約を促す通知をしていくことになります。

1人1契約ということも約款で定めていますが、これも現時点では2契約来ても、すり抜けてしまうかもしれません。この辺も事務処理が整い次第、通知する予定です。

――仮に、タダ電のサービスが終了してしまうといったことが起きた場合、ユーザーの電気が突然止まってしまうというリスクはあるのですか?

山根:これについては経産省が指針を出しており、やめる15日前までには通知を出すことが定められています。したがって、通知があったのにもかかわらず、お客様自身が何もしないと電気が止まってしまうというリスクはありますが、そういうルールになっています。

もっとも、仮にサービスを停止するようなことがあれば、全部を引き受けてくれる電力会社を見つけた上で、こちら都合で入れ替えることを考えています。もちろん、お客様側で別の電力会社に乗り換えることはいつでも可能です。

――2022年に話題になったニュースとして、燃料価格の高騰で新電力が倒産し、サービス停止になった結果、通常の電力契約に戻すことができずに、とんでもなく高い料金になってしまったことがありました。そういう可能性はなさそうでしょうか?

山根:確かに企業や店舗など高圧で契約していたユーザーは、新電力倒産による難民になってしまいました。これは電力会社側が高いプランしか提供できなくなったため、生じた問題です。しかし現時点において、一般家庭ではそうしたことはありません。今回、タダ電では一般家庭を対象にしているので、そこは問題ないはずです。

タダの範囲を超えても安い選択肢に

――現在はアプリがiPhone用のみ(取材した6月8日時点)のため、Androidユーザーは申し込みもできないようですが、Android対応の予定はいかがですか?

山根:もちろん、Android版を出さなくてはという思いはありますが、現状まだ手を付けられておらず、予定も立っていないところです。iPhoneユーザーだけでも、すぐに10,000人に達してしまいそうで、その上限を上げてもまだまだ応じきれない可能性があるので、その辺が落ち着いてからということになりそうです。

――最後に家電 Watch読者に伝えたいことがありましたら、おねがいします。

山根:タダ電という名称で、タダであることを前面に訴えてはいますが、月間300kWh以内であれば、ダントツで安いので、ぜひそこも注目していただいた上で、ご利用いただければと思います。

藤本 健