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【聴こうクラシック11】秋の夜長にモーツァルト「クラリネット五重奏曲」

700点以上の音楽作品を残したヴォルフガング・アマデウス・モーツァルト。今回は、亡くなる2年前の33歳のときに作曲した「クラリネット五重奏曲」をご紹介します。芸術の秋にふさわしい名曲で、疲れを癒してくれます。

 

天才が走り抜けた35年の人生、楽曲に秘められた光と影

ヴォルフガング・アマデウス・モーツァルトは1756年、オーストリアのザルツブルクに生まれました。宮廷作曲家だった父レオポルト・モーツァルトから、姉とともに音楽教育を受けた結果、神童と呼ばれ、幼いころからヨーロッパ各地で演奏活動を行ないました。とりわけ13歳のときに訪れたイタリアに魅かれ、宮廷音楽家になることを切望するものの、それは叶いませんでした。22歳のとき、母がパリでなくなったあと、「ヴァイオリンとヴィオラのための協奏交響曲」を作曲します。彼の同僚は、その曲で初めてモーツァルトの心の「影」のようなものを感じたと語っています。

 

後生に残る名曲を残しながらも、私生活では、27歳で長男が誕生するものの2カ月で死去。30歳のときに生まれた三男もすぐに亡くなり、31歳のときには父、続く2年間で長女、次女も亡くし、家族の不幸が続くなかで、モーツァルトは1791年ウィーンにて35歳の若さで召天します。33歳のときに作曲した今回の「クラリネット五重奏曲」の第1楽章第2主題には、ホ長調とホ短調の対比があり、まるで旋律の「光と影」のようです。天才と呼ばれながら短い生涯を閉じたモーツァルトの人生の光と影が、表情豊かな旋律を生み出したのかもしれません。

 

画期的な音域と音量を実現した「クラリネット五重奏曲」

「クラリネット五重奏曲K.581」は2本のヴァイオリン、ヴィオラ、チェロにクラリネットを加えたアンサンブルです。この曲は友人のクラリネット奏者、アントン・シュタードラーのために33歳のときに書かれました。イ長調で第4楽章まであり、全部で35分ほどの作品です。当時、クラリネットは発展途上の楽器で、シュタードラーが楽器製作者と共に改良を重ねて低音域を広げ、音量も自在に奏でられるようにしていました。この曲の第2楽章では、高音の旋律の直後、低音を奏で、その後に低音から高音に移行します。1本のクラリネットでまるで2つのキャラクターを使い分けているように、表現力豊かに聞こえます。シュタードラーはモーツァルトの3歳年上で、2人は仲が良く、この曲が作曲される2年前には、一緒にプラハへ旅行もしています。

 

神童が作る振動は、いい心地

音楽は、胎教や授乳中のママに良いと言われ、特に母乳に関しては、農林水産省試験場の試験で、人間も牛も心地よい音楽を聴くと母乳の量が2〜3%増す、というデータがあるそうです(「音のおもしろ雑学事典」より)。ママでなくても、耳は24時間働いて常にストレスにさらされています。そんな耳を癒やすのに、モーツァルトの曲はぴったりです。彼のメロディーはシンプルで分かりやすいため聴きやすく、安心感が得られやすいため、リラックス効果があると言われています。また、ヴァイオリンやクラリネットなどの自然素材の楽器が放つ振動は、気持ちを落ち着かせてくれるそうです。

 

作品の「作曲年」早分かりおもしろ方程式

モーツァルトの楽曲で、必ず目にするのがKで始まる「ケッヘル番号」です。ルートヴィヒ・フォン・ケッヘルは、オーストリア生まれの植物学、鉱物学の学者でした。モーツァルトと直接面識はなかったのですが、彼の曲を愛し、植物学の分類研究方法を利用して作品を分類し、「モーツァルト全作品主題年代順目録」を1862年に刊行しました。そのときに付けたのが「ケッヘル番号」です。実はこのケッヘル番号からは、モーツァルトが何歳のときに書かれた曲なのかを計算できるようになっています。その方程式がは「y=x÷25+10」で、xにケッヘル番号を当てはめます。「クラリネット五重奏曲」は「K.581」なので、581÷25+10=33.24、つまり33歳の作品ということが分かります。作曲年齢が分かると、その若さにびっくりしてしまいますね。

 

おすすめの演奏

それではモ―ツァルトの「クラリネット五重奏曲」を聴いてみましょう。こちらは、日本でもお馴染みの世界的クラリネット奏者、カール・ライスターの演奏です。筆者はご本人の室内楽レッスンを受けたことがありますが、彼はフォルティッシモからピアニッシモまで強弱の表現力によって、場の空気を一変させる力がありました。前述の第1楽章のホ長調とホ短調の対比は1分20秒からです。第2楽章の1本のクラリネットで高音と低音の2つのキャラクターを使い分けているように聞こえるところは10分16秒からです。

 

 

 

こちらは珍しい録音です。ジャズクラリネットのパイオニア的存在、ベニー・グッドマンによる1951年の演奏です。彼はスイングジャズだけでなく、クラシック演奏にも卓越していたのですね。テンポ感が心地よいです。

 

 

 

参考文献

「モ―ツァルトちょっと耳寄りな話」海老沢敏 NHK出版
「名曲探偵アマデウス」野本由紀夫 ナツメ社
「クラシックあらかると」中堂高志 三省堂選書
「モ―ツァルト美しき光と影」ひのまどか リブリオ出版
「モ―ツァルト」スタンダール 東京創元社
「新設のオルケストラ」磯山雅 全音楽譜出版社
「調性で読み解くクラシック」吉松隆 ヤマハミュージックメディア
「音のおもしろ雑学事典」安久智子 鮫島敦 ヤマハミュージックメディア

 

 

あやふくろう(ヴァイオリン奏者)

ヴァイオリン奏者・インストラクター。音大卒業後、グルメのため、音楽のため、世界遺産の秘境まで行脚。現在、自然とワイナリーに囲まれた山梨で主婦業を満喫中。富士山を愛でながら、ヨガすることがマイブーム。