老師オグチの家電カンフー

ポツンとメタバース

カンフーには広く「訓練を積み重ねる」といった意味があります。「老師オグチの家電カンフー」は、ライターの小口覺が家電をネタに、角度を変えてさらに突き詰めて考えてみるコーナーです
ポツンとメタバースのイメージ(雑コラ)。深山に住む天狗は鼻が高いが、メタバース住人は目が高い

猫も杓子もメタバース! 私も乗り遅れまいとVRゴーグル「Oculus Quest 2」を購入してみました。はい、完全な“にわか”です。しかし、にわかの大量発生はキャズム超えの証かもしれません。あの「セカンドライフ」から19年、ユビキタスがIoTに名前を変えたように、VRもメタバースと芸名変更してメジャーデビューするのです。

さて、ちらっとメタバースのVRChatに入ってみた印象は、まだ渋谷と秋葉原にしか人がいない感じ。今回のメタバースが以前と異なるのは、メタバース空間内で仕事や商業活動が進むなど、よりビジネス上での活用が期待されている点です。なので、丸の内や大手町といったビジネス街が整備されていくでしょう。

どちらかというと、欲しいのは新橋や赤羽といった飲み屋街的な空間ですが。でも、見知らぬオッサンに話しかけられる世界観を望むかといわれれば否です。メタバースのキャバクラやホストクラブで散財する人が出てくるのは容易に想像できますが、オッサンに愚痴やマウンティングされるのは、オッサンでもイヤですね。かといって、渋谷系のリア充コミュニティや秋葉系オタクコミュニティに今さら足を踏み込むのはハードルが高そうだし、あちらも迷惑でしょう。

では、オッサンはどこへ行けばいいのか? ポツンと世界から隔絶されているメタバース空間ですよ。

「ポツンと一軒家」というテレビ番組があります。衛星写真で見つけた、人里離れた場所にある一軒家を訪ねて、そこに住む人の生活や人生を取材する番組です。秘境の家の住人というと、「先祖は平家の落人で、代々家を守ってきた」みたいなのを想像しがちですが、番組で紹介される多くは、現役時代は都市部生活し老後に移り住んできた人たちです。人間は歳を重ねると、集って交流したいという欲求よりも、自分だけの世界を作りたい欲求が勝るのでしょうか。

番組を見ていて、大変そうだなと思うのは、経済的な基盤とインフラの問題です。土地を購入したり、家屋を整備するのにお金がかかりますし、道路や電気、流通も今は整備されていても今後どうなるかわかりません。病気になったときも心配です。

そこでメタバースですよ。メタバース空間なら、ほとんどお金は必要ない。固定資産税もかからないし、自分が死んだ後に空き家をどうするか問題もない。衣食住は今のリアルを維持するだけです。

そもそも人との交流はこれまでのSNSやリアルで十分じゃないですか。孤高で豊かな環境ほど現実には難しく、メタバースこそ実現可能であり、求められているのではないでしょうか。それに歳を取ったら、若い人とコミュニケーションを取ろうとか思わない方がいいです。うっかり自分語りや説教をして老害扱いされるだけですから。

自分だけのメタバースで気ままにすごす。そんなポツンとコンテンツが欲しい。コンセプトは、「金のいらない、不愉快な人がいない、自分だけの楽しい村」。そこに親しい友人がたまにやってくるぐらいでちょうどいい。既存のコンテンツでイメージするなら、ミクシィで流行った「サンシャイン牧場」のVR版、もしくは「普段はあつまらなくていい どうぶつの森」。さらにストイックさを求める人には「精神と時の部屋」のVR版。

そんな世界観のメタバースコンテンツ、誰か作ってくれませんかね。

小口 覺

ライター・コラムニスト。SNSなどで自慢される家電製品を「ドヤ家電」と命名し、日経MJ発表の「2016年上期ヒット商品番付」前頭に選定された。現在は「意識低い系マーケティング」を提唱。新著「ちょいバカ戦略 −意識低い系マーケティングのすすめ−」(新潮新書)<Amazon.co.jp>