そこが知りたい家電の新技術

ブラジル市場を実地で見てわかった、パナソニックの成長戦略

パナソニックのエストレマ工場

 パナソニックは、ブラジルを中心とした南米市場向けの、冷蔵庫および洗濯機の生産拠点であるブラジルのエストレマ工場の様子を公開した。南米市場での白物事業拡大のための新たな生産拠点として、2012年9月から冷蔵庫の生産を開始。2014年1月からは洗濯機の生産を開始している。

 ブラジル市場のニーズにあわせて、ビールを0度で冷やすことができる冷蔵庫や、16kgという大容量の縦型洗濯機をブラジル市場向けに開発し、これらの製品を生産。高付加価値モデルとして、市場から高い評価を得ている。エストレマ工場を訪問し、ブラジルにおけるパナソニックの白物事業の現状や、エストレマ工場の取り組みを追った。

 パナソニックのエストレマ工場は、ブラジル・サンパウロから北へ約110km離れた田舎町のなかにある。

 中心部から車で5分ほどの高台にあり、16万9,000平方メートルの敷地のなかに、縦130m×横250m、中2階の執務フロアを含めて3万4,100平方mの生産棟を有し、生産フロアの約7割を冷蔵庫生産に、約3割のスペースを洗濯機の生産に割いている。

まだ敷地が余っており、拡張が可能だ
エストレマの街の入口
エストレマの中心部。とても小さな田舎町だ
エストレマ工場で生産している冷蔵庫

 2011年2月から着工し、2012年4月に工場が竣工。2012年9月から冷蔵庫の生産を開始し、一部、台湾から調達している冷蔵庫を含めて、ブラジル市場向けに9モデルを投入している。また、2014年1月には洗濯機の生産を開始。2015年4月からは、パナマやコロンビア、ペルーに、洗濯機の輸出を開始している。

 同社にとっては、中南米市場における初の白物家電工場であり、最大の消費地であるサンパウロに近い場所に位置している。大型製品輸送時の物流コスト面でのメリットを狙ったほか、拠点立地に際しての恩典があったという点でも、エストレマに生産拠点を置くことにしたという。

 「ブラジルコストといわれるように、部材出荷から生産完了まで65日、広い国土に行き渡らせるのに、工場出荷から納入までの期間が15~30日。さらに資金の回収までに60~90日かかる。距離が広いため、主流となるトラック輸送のコストが高いこと、盗難事故が多いため、保険料がかかるという点もある。サンパウロの近くに白物家電の拠点を設置する意義は大きい」と同社では語る。

トップフリーザータイプの430L冷蔵庫。機能は同じだが、ステンレスタイプが100レアル(約3,500円)以上価格が高い。これもブラジル市場ならではの特徴
インバーター機能搭載の430Lモデル。こちらもホワイトとステンレスを用意。ブラジル市場独自のデザインを採用している
トップフリーザータイプの480Lモデル「NR-BT54PV2W」
新たに投入したボトムフリーザー。日本の技術を活用した420Lモデル「NR-BB52PV2W」

白物家電をブラジルで生産するワケ

パナソニックブラジル・辻一郎常務取締役

 パナソニックが、ブラジルでの白物家電の生産に乗り出した理由はいくつかある。

 ひとつは、白物家電市場が寡占化状況にあるという現状だ。

 ブラジルの冷蔵庫市場は、ワールプール系の「BRASTEMP(プラステンピ)」と、「Electrolux」の2社による寡占状態にある。

 エストレマ工場を統括するパナソニックブラジルの辻一郎常務取締役は、「寡占化していることで、技術的な進化も停滞している状況にあった。第3のブランドが求められていた。日本の技術を活用することで、ブラジルの白物家電市場において、高付加価値を切り口に存在感を発揮できると考えた」と語る。

 2つめには、輸入製品に対する関税が大きいという点だ。ブラジル・リオデジャネイロのアップルストアで販売されているiPhoneが、世界で一番価格が高いといわれるように、輸入品に対する関税の高さは、海外メーカーにとっては参入障壁のひとつ。

 韓国勢は、まだブラジル国内での白物家電の生産を開始していないということもあり、ブラジル国内における価格競争力を発揮するためにも、現地生産は優位に働くことになる。エアコンを除くと、白物家電の生産拠点をブラジル国内に置いているのは、アジア勢では、パナソニックが初めてだ。

 そして3つめには、将来に向けて、成長が見込める市場であるという点。薄型テレビの普及率は25%と低いほか、白物家電でも、冷蔵庫は98%と高い普及率を誇るものの、洗濯機は45%、エアコンは20%と、今後の成長が見込まれる領域は多い。

パナソニック 中南米総代表・塩川順久常務役員

 ブラジルは暑いという印象があるが、主要都市が高地にあり、夏場以外は過ごしやすい。それがエアコンの普及率が低い原因にもなっているようだ。ちなみにエアコンの場合、パナソニックはマレーシアから輸入しており、シェアは決して高くはない。

 LGやサムスンなどが売れ筋の中心となっているなかで、「パナソニックは、年間2万台程度の出荷。2018年度には5~10万台を出荷したい。薄型テレビなどを生産しているブラジル・マナウスの工場での現地組み立てを行なうことを考えている。恩典などのメリットがあると考えている」(パナソニック 中南米総代表の塩川順久常務役員)という。

 また、4つめには、約2億人の人口の半分が30歳以下であり、そうした層に向けて、早い段階から憧れのブランドとしてパナソニックを訴求していくという狙いだ。

 パナソニックでは、ブラジル国内のAV機器に関しては、サッカーブラジル代表のネイマール選手をイメージキャラクターに起用している一方で、白物家電については、モデルであり、女優のフェルナンダ・リマさんを起用。プレミアム感を打ち出している。リマさんは、2014年ワールドカップブラジル大会の組み合わせ抽選会でプレゼンターを務めたことでも有名だ。

 辻常務取締役は、「エストレマ工場の特徴は、ブラジル人のライフスタイルや嗜好にあった製品を、ローカル社員の主導により企画している。それを日本でのモノづくりのノウハウを生かしながら、新たな工法を用いて生産している点にある」とする。

 また、「工場内に在籍している日本人は4人。それ以外は、すべて現地で採用した社員。現場のマネジメントも現地の社員が行なっている」という。

女優のフェルナンダ・リマさんをイメージキャラクターに起用し、等身大のパネルを用意。パソナニックのブランド大使を務める
AV機器ではサッカーブラジル代表のネイマール選手を起用。リオオリンピックの告知とともにブラジルでの認知度を高める

 プレス成型機を導入し、源泉工程からの組立、出荷までの一貫生産体制を敷いているのも特徴だ。

 冷蔵庫の工程では、100分ごとに1台を組み立て、年間18万台規模の生産能力を持つ。2014年度はブラジル国内に、約12万6,000台の冷蔵庫を出荷している。2015年度は17万5000台の冷蔵庫を出荷する計画だ。

 「2013年10月に量販店であるCasas Bhaiaで製品を取り扱いを開始してから販売が増加している。2015年度は為替の影響で材料費が高騰し、国内景気の減速という懸念材料もあるが、高付加価値ゾーンに対する販売の影響は少ないとみている。全体では市場縮小が見込まれるが、そのなかでもパナソニックはシェアを拡大していきたい」(辻常務取締役)と語る。

 現在、ブラジル国内における冷蔵庫のシェアは2.5%。これを拡大していく計画だ。

冷蔵庫の組み立てラインの様子

 冷蔵庫の工程では、厚さ0.4mm程度の鉄板を折り曲げて外箱を形成。そこに冷蔵庫の内箱を組み付ける仕組み。真空成形により庫内をつくるほか、大型の機械を活用して、内箱と外箱の間にウレタン材料をトビラ方向以外の3つの側面に自動的に注入。これによって、薄い壁でありながらも、高い断熱効果を実現する。

 他社製品に比べて冷蔵効率を10%高めるとともに、同じ外形サイズでありながらも、30Lも多い大容量化を実現している理由はここにある。ウレタンの注入設備は、エストレマ工場にしかない生産設備。膨張するウレタンを適切に制御するために、特別な形状をした金型を用いて押さえ込む仕組みを採用。ここにノウハウがあるという。

 その後、冷却器や扉、棚などを組み込むが、これらもすべて同工場内で作られたものである。

 全体的に工程の動きはゆっくりで、日本の冷蔵庫の生産拠点に比べると、約4分の1の速度で動いているという。需要にあわせて速度を高めることができるといい、それによって増産対応も可能な余力がある。

洗濯機の生産でも日本のノウハウを活かし他社との差別化を図る

エストレマ工場で生産している洗濯機

 一方、洗濯機の生産工程でも、冷蔵庫同様に源泉からの生産を行なっており、2台のプレス機を導入して成形。一枚の鉄板から折り曲げて外箱を作り、洗濯槽についても自ら生産。モーターや操作パネル部などを配線して組み立てていく。洗濯槽は、バネを活用して4点でぶら下げる形で配置しており、バランサーの取り付けや受軸の組み立てなども行なう。

 ここに日本でのモノづくりのノウハウが生かされている。「径の大きさ、バネの強さ、ゴムの耐久性などはパナソニック独自のもの。他社も研究をしているようだが、高い品質水準でのモノづくりは実現できていない。パナソニックの強みはここにある」と胸を張る。

 検査工程では、実際に水を入れて動作させるなど、日本メーカーならではの高品質を実現する工夫も取り入れている。

洗濯機の組み立てラインの様子

 洗濯機のブラジル国内における2014年度実績は、計画比の1.6倍となる約3万台。2015年度は2倍以上となる8万台の生産を行なう予定だ。

 現在、洗濯機の市場シェアは1%未満。ブラジルで中心となっている、洗濯槽の中心に撹拌棒があるアジテータ方式とは一線を画した、日本でも実績があるパルセータ方式を採用。高付加価値モデルを投入し、他社と差別化することで、シェアを高めていく考えだ。

16kgのプレミアムモデル「NA-FS160P3」。ステンレス調のデザインにしている
南米ではアジテータが主流だが、パナソニックはパルセータタイプ
DWSは「ダンシング・ウォーター・システム」。日本で実績のある「ダンシング洗浄」の技術を搭載した
16kgタイプのインバーターモデル「NA-FS160G3」
16kgのノーマルモデル「NA-F160B3」
16Kgモデルに搭載しているジェントル・ハンド・ウォッシュ。中央部が上下し、やさしく洗えるという

ブラジル人の生活習慣に合わせた設計

パナソニックブラジル・松下理一社長

 ブラジルでの白物家電の製品展開においては、市場調査を行ない、それを反映した形で日本の設計部門が開発。生産はすべてブラジルで行なうという仕組みだ。源泉から生産しているのは、厳しい関税制度に対応したもので、それによって税金が課されることなく市場に製品を投入できる。

 パナソニックブラジルの松下理一社長は、「工場の立ち上げ前を含む、2012年、2013年に80軒の家庭を訪問し、ブラジルの生活研究を行ない、そこに日本の技術をどう利用できるのかといったことを反映した。デザインについても新製品を企画するたびに事前にヒアリングを行なっている」という。

 例えば、ブラジル人は、ビールをキンキンに冷やして飲む習慣があり、それにあわせて0度で冷やすことができる「チルドドリンクコーナー」を配置。また、スーパーなどではビールを12本単位で販売している例が多いことから、350mlの缶が12本収納できるドアポケットを、さらに2.5Lや3Lの大型ペットボトルが広く流通しているため、これらを収納できるスペースも確保した。大きなピザがそのまま入るといったことにも配慮したという。

ビールが12缶一度に収納できるドアポケットをブラジル仕様として用意
ブラジルでは12缶セットでビールを販売していることが多い
「チルドドリンクコーナー」は、0度の温度でビールをキンキンに冷やすことができる。これもブラジル特有のニーズ
ブラジルのスーパーで多い2.5Lや3Lのペットボトルも収納できるように設計している
ボトムフリーザーのドアポケットは、上の段からビール、パック、そして大型のペットボトルが収納できる
ボトムフリーザーのフリーザー部。収納を細かく分割している

 「冷蔵庫については、ダントツの省エネ性能を実現。これは日本で培った技術を反映したもの。取り出しが簡単なボトムフリーザー方式としたのも日本での開発ノウハウを生かしたものであり、他社がトップフリーザー方式であるのとは異なる。そのほかにもブラジル人はきれい好きであるという背景から、Agクリーンによる清潔な庫内を実現し、清掃のためにドアポケットを何度も取り外しても割れないような堅牢な構造も実現した。また、洗濯機でパルセータ方式を採用したのは、毛布がまるごと洗えるという提案をし、きれい好きという生活習慣に訴求するため。フルステンレスボディ、洗濯槽の裏側まできれいにできるオートタブクリーニング機能なども評価が高い」(辻常務取締役)という。

 ここにきて「BLACK GLASS Panasonic」と呼ぶキャンペーンをブラジル国内で開始。冷蔵庫では、2014年11月に発売したプレミアムガラスドアモデル「BB52GV2」を発売。

 洗濯機ではステンレスボディを採用し、上部を黒に配色した、プレミアムクラスの「NA-FS160P3」を発売。高い価格設定ながら、プレミアム性が市場で受け入れられているという。

2014年11月に発売したプレミアムガラスドア冷蔵庫「BB52GV2」
ガラスドア冷蔵庫は店頭でも存在感を発揮する
量販店店頭でパナソニックの製品を進める店員
14kgタイプ洗濯機の「NA-F140B3」。パルセータタイプのため、毛布を丸ごと洗えるデモストレーションを店頭で行なっているという

約50年に渡るブラジルでの事業

 パナソニックのブラジルでの事業展開には歴史がある。

 パナソニックは、1967年12月、ブラジル・サンパウロ州のサンジョセ・ドス・カンボス市にパナソニックブラジル(PANABRAS=パナブラス)を設立して以来、約半世紀近くに渡り、ブラジルで事業を行なってきた。

 当初は、ラジオやブラウン管テレビ、オーディオなどのAV商品、マンガン乾電池などの生産、販売でスタート。サンジョセ・ドス・カンボスの生産拠点では、現在でも乾電池の製造を行っている。

 また、1981年にはマナウス市に、テレビやオーディオ、コードレス電話、電子レンジ、カーエレクトロニクス、PBXの生産を行なう拠点を開設。2006年からはプラズマテレビ、2007年からは液晶テレビの生産を開始していた。現在、テレビでは、液晶テレビのみを生産しているが、これまでは輸入をしていた4Kテレビも、2015年8月から同工場での生産を開始している。

 これに、今回訪問した冷蔵庫および洗濯機を生産するエストレマ工場を持つほか、サンパウロ市には、市販、システムソリューション、デバイス、オートモーティブの営業部門および管理部門の拠点を配置。リオデジャネイロ市には、2016年のリオデジャネイロオリンピック/パラリンピックに関連した対応窓口を2014年5月に設置した。

ブラジルにおけるパナソニックの体制
サンパウロのパナソニックの拠点
リオデジャネイロの拠点。主にオリンピック関連の業務を行なう

 現在、ブラジル国内には約1,800人のパナソニック社員がおり、2015年度計画では、中南米全体の50%のビジネスがブラジルになると想定している。

 パナソニック 中南米総代表の塩川順久常務役員は、「これまではテレビ依存型のビジネスモデルであったが、これをアプライアンス(白物家電)とBtoBソリューションで成長基盤を作り上げ、構造改革を図る」と、中南米における基本戦略を語る。

 ブラジルにおいて、2014年度実績ではテレビの売り上げ構成比が43%であった。これが、2015年度計画では36%に縮小。2018年度にはさらに20%にまで引き下げる。一方、アプライアンスは、2014年度実績の23%に対して、2015年度は30%に拡大。2018年度には35%にまで引き上げる計画だ。また、オリンピック需要を含む放送機器ビジネスのほか、デバイス、オートモーティブ(車載)、電池などを含むBtoBソリューションでは、2014年度には15%だった売り上げ構成比を、2018年度には30%にまで引き上げる。

 成長戦略における重点をアプライアンスとBtoBソリューションに置くことで、2014年度に15億レアル(約600億円)だった、ブラジル国内での売上高を、2018年度には20億レアル(約800億円)にまで拡大する計画だ。

 「アプライアンスについては、現地生産の加速とともに、洗濯機、冷蔵庫、電子レンジを核にした事業展開を行なう。電子レンジは、現在でも20%弱のシェアを持っているが、30%にまで引き上げたい」(パナソニックブラジルの松下社長)とするほか、家庭用エアコンでも国内生産を開始することで、シェアを高めていく考えだ。

ブラジルでのパナソニックの売り上げ計画。アプライアンス(白物家電)を成長の原動力に位置づける

 ブラジル市場は、パナソニックにとっても長年の実績があり、生産拠点も多い。そのため、高付加価値ブランドとしての認知も進んでいる。とはいえ、まだ「テレビメーカー」という印象が強いのが現実のようだ。

 2016年8月に開催されるリオデジャネイロオリンピック/パラリンピックにおいては、グローバルTOPスポンサーとしてのプロモーションを積極化するなかで、憧れのブランドとして「Panasonic」を定着させるチャンスでもある。そのなかで、白物家電での存在感を発揮させたい考えだ。

 パナソニックのブラジルにおける、白物家電を中心とした成長戦略がこれから楽しみだ。

大河原 克行