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ライバルはアップル~ハイアールアジアはどこに向かっているのか

ライバルはアップル

ハイアールアジアの代表取締役 社長 伊藤嘉明氏

 「ライバルはアップル」

 ソニーやサムスンの社長の話ではない。ハイアールアジアの代表取締役 社長 伊藤嘉明氏の言葉だ。ハイアールといえば、中国の大手家電メーカーで、白物家電の販売台数シェアで世界1位を獲得する巨大会社。しかし、それはあくまで本家の話であって、ハイアールアジアの内情は甘くない。

 ハイアールアジアは、ハイアールグループが日本を含む東南アジア地域の統括本社として、2012年1月5日に設立した。ハイアールが三洋電機から買収した洗濯機、家庭用冷蔵庫事業を活かして設立されたAQUAブランドを国内向けの家電ブランドとして展開してきたものの、三洋電機時代から続く赤字からの脱却は難しかった。

 そこで、新たな代表取締役社長として就任したのが、伊藤社長だ。2014年3月に行なわれた就任会見時から、主張は一貫している。いわく「白物家電業界に革命を起こす」。そんな伊藤社長の今のライバルは、米・アップルだという。就任以来1年で起きたこと、これから起こそうとしていることについて話を聞いた。

違う会社に生まれ変わる必要があった

 AQUAブランドの、14年12月期の営業利益は2億6,100万円、最終利益は26億円だった。売上高は355億円と前の期より2%程度増加、18億円の赤字だった前年の最終損益から黒字に転換したことになる。就任約1年で結果を出した。

 「就任以降、まず取り組んだのは企業文化の醸成です。それまでの経営計画や戦略は全てリセットした。赤字は三洋電機時代から続いていたもので、そのまま残しておくわけにはいかない。違う会社に生まれ変わる必要がありました。14階層だった人事制度を社長含めて5階層まで減らす、年功序列の廃止、有給休暇取得の促進などを一気に進めてきました。能力主義を徹底し、有能な人、できる人は優遇してきました」

半年に1回程度行なっている戦略発表会では、「これまで通りの家電を作ってきたのではダメ」というメッセージを発した

 徹底した社内改革を行なう一方、事業改革も進めた。

 「いわゆるBPR(Business Process Re-engineering:売上などを達成するために業務内容を見直し、再設計すること)を徹底的に行ないました。それこそ、川上から川下まで全て見直し、無駄を絞りました。アジア地域での売上は、インドネシアで前年比130%を達成、ベトナムでも結果を出すことができました」

 とはいえ、「手放しで喜んでいるわけではない」と話す。

 「今はまだ止血が止まっただけ。これからどういう結果を出すかがもっとも重要です」

脱家電メーカーを狙う

 就任以来、半年に1回ペースで行なっているのが、戦略発表会「Haier Asia Innovation Trip!」だ。自らを「新参者」と揶揄しながら、時には過激な言葉も飛び出す。6月2日に行なわれた2度目の戦略発表会「Innovation Trip! 2015 feat.AQUA」では、スター・ウォーズのR2-D2をモチーフにした移動式冷蔵庫や、ディスプレイ付き冷蔵庫「DIGI」などで話題を集めた。発表会の構成、そして、紹介される製品の多くは、伊藤社長によるアイディアだという。

 「R2-D2の移動式冷蔵庫など、賛否両論あるのは最初から分かっています。しかし、スター・ウォーズというのは、確実にファンがいるコンテンツ。これを出しておもしろがってくれる人がどれくらいいるのか、それを確かめるという意味もありました。戦略発表会を見て、ふざけている、バカバカしいと切って捨てるような人ではなく、面白そう、何かやってくれそうと思ってくれる人と、今後一緒に仕事をしていきたいと考えています。

戦略発表会「Haier Asia Innovation Trip!」では、自らを「新参者」と話す
大きな話題を集めたスター・ウォーズのR2-D2をモチーフにした移動式冷蔵庫

 誤解を恐れずにいうと、ハイアールアジアは脱家電メーカーを狙っています。今、日本の家電メーカーはどこも困窮している。申し訳ないが、今後、全世界的に見て白物家電業界は危ういでしょう。それにも関わらず新しいことをしないのはなぜか、活路が見えないなら、新しいアイディアや新しいサービスを作っていくのは当然のこと。今後、IoT(Internet of Things)時代がくれば、白物家電、黒物家電の垣根がなくなります。我々は、その時代を体現するような“メーカー/サービスプロバイダー”を目指す。その意味でライバルはアップルだと思っています」

モノではなくサービスを売る

 今後は、「モノありきではなく、サービスありき」に変わっていくと話す。

 「年内にはディスプレイを搭載した冷蔵庫『DIGI』の販売をスタートさせようとしていますが、極端な話、価格はタダでも良いと思っています。というのも、パソコンのOSというのは、2~3年も経てば古くなってしまいますよね。今までの家電製品と同じような売り切り型ではなく、リースのような形が最適だと思ってます。携帯電話やスマートフォンを8年も10年も使い続ける人はいない。それと同じように、DIGIも数年でアップデートすべき。収益は、DIGIと契約したクライアントから得る、いわばBtoBビジネスを展開できればと思っています。DIGIはサービスであってモノではないんです。

 例えば、現在日本に500万台以上ある自動販売機がDIGIに置き換わっても良い。その場で欲しいものを注文したり、企業のCMを流したり、それまでとは全く違う使い方ができますよね。ネットスーパーのチラシを流したり、人が通った時だけ5秒CMを流すことだって可能でしょう。広告収益でなりたつ冷蔵庫というのは決して不可能ではないんです。

ディスプレイを搭載した冷蔵庫「DIGI」
発表会では、デジタルチラシなどを表示させるデモを行なっていた

 私は本来、ガジェットが大好きで、大画面のテレビが50~60万円している時に買い替えてきました。でも、さすがに最近は買うのを止めました。50万円していたテレビが、数年後には半額以下になってしまう。今は4Kのテレビが最新だが、今後、8K、16Kのテレビが出てくるでしょう。今のテレビはインターネットもできるのに、それを何年も使い続けるなんておかしいと思いませんか。技術は進化を続けるものであって、それならば今の家電製品の売り切り型というのはマッチしていません」

 このような考えに基づく、プロジェクトをタイで実際にスタートさせている。

 「タイでスタートしたFinggoというサービスがあります。これはeコマースと連動したSNSの一種で、メニューはSHOPとCONTESTの2つだけ。CONTESTでは、たとえば変顔や、ネコの写真などのお題を出して、そこでどれだけ支持を集められるかを競う、その結果支持を集めた人には、SHOPで使えるポイントなどがプレゼントされるような仕組みです。そして、このサービスを使うためのスマートフォンをFinggoブランドで展開しています。スマートフォン自体は、本国のハイアールでも展開しているし、iPhoneやGalaxyには今更勝てるとは思えません。そこの市場で勝負しようとは考えていないんです。要はどれだけサービスをおもしろがってもらえるかがカギになる」

タイでスタートさせたSNS「Finggo」
メニューはSHOPとCONTESTの2つだけ
同ブランドのスマートフォンも展開するが、あくまでサービスを広めるための仕掛けだという

日本メーカーは“自前主義”に縛られすぎている

 就任から約1年、当初思い描いていたロードマップから考えて達成度はどのくらいか。

 「4割ほどですかね。2年で1つのフェーズを終わらせようとしています。大企業では、引退が近い社長が5カ年計画を発表しますが、5年後にはもうその社長はいない場合が多いですよね。それはあまりにも無責任ではないかと思います」

 2012年の発足当初、日本ではハイアールとAQUAのダブルブランド展開を進めるとしていたが、今後は変わるのか。

 「マルチブランド戦略を考えています。エントリー層はこれまで通りハイアールブランド、そこにプラスαの機能を搭載したアクアブランド、あるいは高級感、情緒に訴えかけるようなアマダナブランドなど。ただ、ブランドの名前などはそれほど気にしていません。必要な時に、最も最適なブランドを使えばいいだけだと」

 その一方、ブランドにこだわって全て自社でやる、いわゆる“自前主義”を痛烈に批判する。

 「例えば、ディスプレイを搭載した冷蔵庫DIGIを提案した時に、社員からは『ディスプレイ技術なんて、うち持っていないです』という声が挙がりました。その発想がそもそも違う、自分達で持っていない技術ならば、外から引っ張ってくれば良い、ディスプレイなんて秋葉原にいけば山ほど売っていますよね。全部自分達でやろうとするから、お金も時間もかかる。日本の家電メーカーはそれに縛られすぎていると思います」

 2020年には東京オリンピックがあり、家電メーカーの多くがそこをチャンスとして捉えている。ハイアールアジアではどうか。

 「東京オリンピックに関しては、現時点で全くなにも考えていません。我々の市場というのは、東南アジア全体であり、日本は一部でしかありません」

日の丸再生を掲げる理由

 日本の家電メーカーとは全く違うやり方を貫き通す一方で、戦略発表会などではたびたび「日の丸再生」という言葉を口にする。今後の成長や、市場規模を考えると、日本ではなく、アジアに目を向けた方がビジネス的にも有利ではないか。

戦略的発表会の場では「日の丸再生」「日本覚醒」という言葉をたびたび口にする

 「それは、私がタイで生まれ育ったということが大きく影響しています。日本は幼い頃から憧れの国でした。街には日本の大手メーカーの広告が溢れ、ソニーやパナソニックの製品が一番優れていると思っていました。しかし、その時代は終わりましたよね。それなのに、日本の家電メーカーはそこからリスタートできていない。新しい波を先導するような役割を担っていければと思っています。

 私は日本で良しとされる“不言実行”という言葉ではなくて、有言実行します。言葉というのは、口にした瞬間に責任が生まれると思っているからです。日本をもう一度活気づける。それは日本人として担うべき役割だと思っています」

阿部 夏子