そこが知りたい家電の新技術

エレクトロラックスの日本人デザイナーに聞く 家電のデザインに大切なこと

~“デザインとは無償の愛”

エレクトロラックス グループデザイン部 vice presidentを務める楠目靖(くすめ やすし)氏

 新しい家電製品を選ぶ時、何を気にするだろう。価格、性能、メーカーなど様々な要素がある中、デザインも重要なポイントとなる。日本の白物家電市場にも海外メーカーが続々と進出していることもあって、最近は特にデザインが重視されることが多くなった。そもそも、家電製品のデザイナーというのはどういう仕事なのか――

 今回、北欧・スウェーデンの家電メーカー、エレクトロラックス グループデザイン部 vice presidentを務める楠目靖(くすめ やすし)氏に話を伺った。

外資系の家電メーカーで23年間デザイン一筋

 まず、当然の疑問として浮かんだのは、「どうしてスウェーデンのメーカーで、日本人がのデザイナーが働いているの?」ということだ。実際、楠目氏の経歴はかなりユニーク。東京の武蔵野美術大学を卒業後、アメリカに渡り、「Art Center College of Design」で学んだ後、オランダの家電メーカー、フィリップスに就職。その後、2012年からエレクトロラックス本社のブランド・デザイン担当へ就任したという。

 フィリップス、エレクトロラックスという世界でも有数の家電メーカーで23年間、デザインを担当してきた、まさにデザイン畑一筋の経歴の持ち主だ。現在は具体的にどのような仕事をしているのだろう。

 「現在、担当しているのは主に2つの仕事です。まず、1つはブランドデザイン アイデンティティという仕事。エレクトロラックスでは現在、複数のブランドを持っていますが、それぞれのブランドの価値観や信念を元に製品デザインの方向性を位置づける仕事です。そして、もう1つは、各ブランドのデザイナーのトレーニングも担当しています。現在エレクトロラックスグループでは世界各国に約250名のデザイナーがおりますが、各ブランドをより深く理解して、デザインに反映できるように、私自身が提案したトレーニングを実施してもらっています」

デザイナーの重要性を認識している会社

 エレクトロラックスでは、現在、ヨーロッパ、ラテンアメリカ、アジア、北アメリカの主に4つの地域に事業部を設置。楠目氏は、事業内容が異なるそれらの事業部を直接訪れてトレーニングに当たっているという。プロのデザイナーを雇った家電メーカーが定期的なデザイントレーニングを行なうというのは、日本ではなかなか聞かない話だが、これはエレクトロラックスという会社のデザインに対する考え方が深く関係しているという。

 「一番わかりやすいところでいうと、私の直属の上司に当たるチーフデザイナーは、社長直属の地位、つまり取締役の1人として仕事をしています。私自身、長くデザインの世界にいますが、大手企業においてデザイナーが取締役に就いているというのはかなり珍しい。つまり、社内においてのデザイナーの地位がかなり高いことを意味しているんです」

 社内においてもデザインの重要性が広く認知されているというエレクトロラックス。それは、実際の製品作りでも活かされている。

エレクトロラックスが日本で展開している掃除機のラインナップ。左から4月下旬発売の「エルゴパワー」、静音性を高めたキャニスター型掃除機「エルゴスリー」、従来から展開している「エルゴラピード」

 「私達が目指しているのは、次世代の製品を作ることです。例えば、掃除機を作ろうという出発点からは、エルゴラピードというコードレスのスティッククリーナーは生まれなかったと思うんですね。掃除機を作るのではなく、掃除するための道具を作るんです。エルゴラピードであれば、これまで棚の中に入っていた掃除機をまず表に出すことで、掃除の頻度をあげよう、出しておけるデザインにしよう、これまでの大きな掃除機を使ってするがっつりとした掃除ではなく、ちょこちょここまめに掃除しよう、という風に生活の提案をするところから始まっているんです。

 これは、どんな製品においてもいえることで、カメラを作ろうという所からスタートすれば、今あるカメラのデザインからスタートするしかないんです。そこで、少し変わったものをやろうとしても、そこからは新しいものが広がらない。カメラを作るというスタートではなく、写真を撮るというところからスタートしないと新しい製品は作れません。」

 また、楠目氏は、現在の家電製品のデザインに対しても苦言を呈する。

「1960~70年代の家電製品は、オーディオ機器を中心として、全て黒いボックスの中に閉じ込めてしまった。生活の中に溶け込まないデザインが横行してしまいましたよね。一番わかりやすいところで言うと、昔の黒い電話にお母さんとか、おばあちゃんが花柄のカバーを掛けていましたよね。なぜカバーを掛けているのかというと、自分が理想とする部屋のインテリアや、部屋の雰囲気に黒電話が溶け込まないから、ああいうカバーを掛けているんですよね。私達は、お客様が今何を欲しているのかを細かくリサーチして、かゆいところに手がとどくようなデザインを心がけています」

デザインとは無償の愛

「エルゴパワー」と楠目氏

 では、楠目氏にとってのデザインとはどのようなものなのか。

 「一言で言うと“愛”、それも“無償の愛”ですね。デザインっていうのは、まずお客様に手にとってもらうことが重要。でも、見た目だけ良くて、使い勝手がそぐわないものというのは、すぐに使わなくなってしまいます。それは、男女の愛に共通する部分があると思うんです。

 知らない男女が知り合って、まず入ってくる情報というのは容姿、つまり見た目ですよね。容姿が気になって話しかけるとそこからはまた違う種類の興味が湧く。相手のことを知りたくなって、次に自分のことも知ってもらいたくなる。そこから付き合いが続いていくためには“愛”が必要になります。見た目が気に入って、一晩だけ一緒に過ごす相手には愛を抱きません。それは単なるアバンチュールであって、愛ではないんです。それは、デザインも同じで、見た目がかっこよくて使い始めても、使いにくかったら使わなくなってしまいますよね。

 デザインが気に入られて手に取っていただいたお客様のことを、こちらも理解して、使い勝手も追求していく、つまり愛を持ち続けていくことが必要なんです。それが、エレクトロラックスのトータルコンセプト“Thinking of you”ということだと思います」

 エレクトロラックスが4月下旬から発売するスティッククリーナー「エルゴパワー」においては、どのような“愛”が込められているのだろう。

 「エルゴラピードは、先ほども説明したように、掃除の新しいスタイルを提案した製品だと思います。エルゴパワーは、その点、エルゴラピードありきの製品であり、そこからのバリエーションの1つだと考えます。ただし、エルゴパワーの一番の特徴はやはり60分間連続運転できるというパワーであり、その点はエルゴラピードとは大きく異なる点でもあります。デザインやカラーにおいても、女性的なエルゴラピードに対して、エルゴパワーは男性的なデザインを採用しています。

 25.2Vと大きく書かれたバッテリーを前面に配置しているのも、これまでのエルゴラピードにはない試みです。私達の調査によると、特に日本の男性は掃除をあまりしないというデータがあります。そういった掃除が苦手な男性の方が、『これなら、掃除してみたいな』と思っていただけるように、今回は、男性が手に取りやすい、男性が惹かれるようなデザインを採用しました」

従来のエルゴラピードに比べて男性的なデザインを採用したというエルゴパワー
本体側面。シルバーやブラックなど、男性的なカラーを採用
本体正面には25.2Vと大きく書かれたバッテリーを配置

生活にブレンドした製品を作る

 今後、家電製品のデザインはどのようになっていくのか。

 「まずは、セグメンテーション(細分化)が重要になってくると思います。ケーキを焼きたいという1つの要求があったとして、その理由は人それぞれ違います。たとえば、お子さんと一緒にケーキを作りたいのかもしれない、それとも、来客用におしゃれなケーキを焼きたいのかもしれない。ケーキを作るという要求は一緒でもその理由によって、求められる機能やデザインは違う。そこを理解した上で、製品を提案していく必要があると思います。つまり生活にマッチした、生活にブレンド(溶け込む)製品を作っていきたいですね」

デザイン界に恩返ししたい

デザイン教育に危機感を抱いているという

 現在、世界を飛び回って精力的に仕事をされている楠目氏に、今後の目標や夢を伺ってみた。

 「今一番危惧しているのが、デザインの教育についてですね。大学などのデザイン学に触れることも多いのですが、グラフィックから服飾、工芸デザインなどあまりにも細分化されていて、いわゆるデザインの指揮官を務められるような教育が全くないことに非常に危機感を覚えます。例えば、音楽の大学であれば、声楽科、ピアノ科、バイオリン科があるように、指揮科というものも普通に存在するのに、デザインに関してはそれがない。本来、デザインというのは、ただものを考えるだけでなく、それを人に伝えるためにはどういうアプローチがあるのか、アプローチするためにはどういったアクションが必要なのか、そこまでを含めてデザインであるはずだと思うんです。

 わかりやすいところでいえば、ファッションデザイナーは、自分の洋服のデザインだけでなく、ショーの構成、モデルの選別、ショーの選曲、そしてショップの内装まで指示する必要がある。今の教育方法ではとてもそこまでカバーできない」

 自身が教育の現場に立つ可能性はないのだろうか。

 「もちろん、それも考えています。実際ヨーロッパでは数人のデザイナー仲間と何かできないかなと模索もしているんですが、日本でも同じような考えを持っていらっしゃる方がいないかなと思いまして(笑)。やっぱり23年間、デザインで生活しているわけですから、なんらかの形でデザイン界に恩返ししたいという気持ちがどこかにあるんですよね。特に、教育に関しては急務だと考えています」

阿部 夏子