そこが知りたい家電の新技術
国内大手メーカー初の高級扇風機、東芝「SIENT」に秘められたこだわり
東芝が投入した「SIENT+(サイエントプラス) F-DLP300」 |
実売2~4万円の高級扇風機が人気を博している。2009年に“羽根のない扇風機”「Air Multiplier」、2010年には“自然な風を送る”「GreenFan」が続々登場するなど、節電ムードの日本で大ヒット商品となったが、前者のメーカーはイギリスのダイソン、後者は当時3名の中小企業だったバルミューダ。国内大手メーカーは出遅れる形となった。
そんな中、2011年に東芝から「SIENT(サイエント) F-DLN100」という高級扇風機が登場した。従来の扇風機で使われていたACモーター(交流モーター)ではなく、DCモーター(直流モーター)を搭載することで、従来よりも少ない消費電力でやさしい風が送れる点が特徴。発表当時の店頭予想価格は25,000円と高価だったものの、人気商品となった。
今年はその後継となる「SIENT+(サイエントプラス) F-DLP300」が登場。こちらも実売4万円前後と高価だが、内蔵バッテリーによるコードレス運転が可能になっている。
しかし、現在、DCモーターの扇風機を発表している国内大手メーカーは、シャープが2012年に投入したのを除いては東芝のみ。その他のメーカーにおいては、高級扇風機の流れに乗り切れていない。なぜ東芝は、ほかの国内大手メーカーに先んじて、高級扇風機が投入できたのか。
開発に携わった 東芝ホームテクノ 経営企画部 家電事業管理グループ 辻村周一氏に、東芝が高級扇風機を投入できた理由、SIENTとほかの高級扇風機との違いなど、SIENTに隠された秘密を伺った。
■タイマーやセンサー機能など、モーター以外の機能は充実していた
昭和30年代の東芝の扇風機。当時は扇風機の風を直接浴びるというのがメイン用途だった |
東芝の扇風機の歴史は古い。扇風機が日本に初めて輸入されたのが1893年だが、その翌年の1894年に“国産第一号機”となる扇風機を開発した。当時の社名は東芝ではなく「芝浦製作所」だったが、発売後は“扇風機は芝浦”と呼ばれるほどのトップブランドになったらしい。
それから長い間、扇風機は日本の夏の暑さを和らげる冷房家電として使われてきた。しかし、住宅環境が通気性の良い日本家屋から、気密性の高い住宅に変わったことで、扇風機は冷房の“メイン”から“サブ”的な位置づけに変わっていく。
東芝ホームテクノ 経営企画部 家電事業管理グループ 辻村周一氏 |
「扇風機の概念は、当初は『風を浴びてただ単純に涼む』というものでしたが、部屋の環境が変わってきて、エアコンを主体に涼むというのがメインとなってきました。そこで東芝は、エアコンと併用するための風を送れるよう、できるだけゆっくりとした風を浴びながら、空気を循環して温度ムラをなくし、設定温度を上げても涼めるような機能を搭載しました」(辻村氏)
東芝の扇風機は、他社と比べてもラインナップが豊富だが、上位モデル下位モデルを問わず、いずれもエアコンとの共用を意識した作りになっている。具体的な機能でいえば、全タイプにON/OFFタイマーが付いているところだ。
「例えば熱帯夜の夜、寝る前にはエアコンと扇風機と併用し、就寝時にエアコンを切にして、扇風機だけを回しておく。オフタイマーで扇風機も切れて、1~2時間くらいの間は何もない状態で過ごし、朝目覚めるときにがオンタイマーで扇風機がONになる。その後、エアコンもオンタイマーでONとなる。こうすれば、扇風機とエアコンを併用して理想的な空調ができます」
また、ACモーター搭載機種の最上位モデルでは、温度・湿度が上がると自動的に風量をアップし、下がると風量を抑える自動調節機能「デュアルセンサー」も搭載している。この機能は、SIENTでも搭載されている。
「自動的に風量が変わるようにすれば、よりエアコンとの併用がしやすくなるということで搭載しました。エアコンの温度変化によって、扇風機も弱くなったり強くなれば、わざわざ操作しなくても、ちょうど良い運転が自動でできる。また、大型のLEDパネルをつけることで、温度や湿度など、今の室内環境がどうなってるか、というのを見やすくしました」
東芝のACモーター搭載機種では最高級モデルとなる「F-LP10」。湿度や温度によって自動的に運転を控える機能を備えている | こちらは廉価モデルの「F-LP5」だが、これにもリモコンやON/OFFタイマーは標準装備となる |
このほかにも細かい機能が搭載されている。扇風機の羽根を回転するモーターと首振り回転のためのモーターをそれぞれ独立することで、首振りの回転する負荷が低減し、弱/中/強に加え「ゆっくり」という4段階の運転ができる。また、効率的に部屋の空気が循環できるよう、上向き角度は35度まで変更可能(SIENTでは40度)。リモコンやチャイルドロックも全機種で搭載している。
こうした機能を搭載した扇風機を東芝が投入したのが、今から約4年前のこと。当時はかなりのところまで成長していたが、さらなる進化を遂げるためには、「モーター」を変える必要があったという。
■平均価格5千円台の激安市場に、高価なDCモーターの扇風機が投入できた理由
「よりゆっくり、やさしい風を送るようにするためには、現在使用しているACモーターでは限界がある、というのが話に出ていました」
夜眠るときや静かにくつろぎたいときには、一般的な扇風機で出せる最も弱い風よりも、さらに緩やかな微風でも十分。しかし、一般的な扇風機に使用されているAC(交流)モーターでは、運転速度を抑えた微風運転ができない。
「ACモーターはゆっくり回転させればさせるほど負荷がかかります。一方、DC(直流)モーターでは、ゆっくりでもスムーズな回転ができます。違いを説明するのは難しいですが、ACは常に回転するための電力が必要ですが、DCは制御信号により常に電力を必要としないため、消費電力は少ないです。
例えば当社の空気清浄機に搭載されているのもDCモーターです。洗濯機も価格が低い製品以外はほとんどがDCモーターです。DCモーターが優れているのはわかっていたので、ぜひ扇風機に積みたいと思っていました」
東芝のほかの家電製品では、DCモーターを採用している機種は多い。写真の空気清浄機「CAF-KM22X」でも、DCモーターが採用されているという | 洗濯機でも、一部の価格が低い機種を除いて、DCモーターが搭載されているという。写真はドラム式洗濯乾燥機「ZABOON(ザブーン) TW-Z9100) |
SIENTのモーター部分のイメージ図。中央の丸い部分がDCモーターとなる |
しかし、DCモーターを搭載するためには障害があった。DCモーターはACモーターよりも性能が高い反面、価格も非常に高かったのだ。
「モーターを変えることによって、とんでもなく高価な扇風機ができます。当時でいえば、モーター1個あたり10倍くらい価格が違っていました。なかなかそこから先には進めなかった。4~5年前までの扇風機市場では、家電メーカーで扇風機のラインナップを揃えているのは、三洋さんと東芝くらいという状況で、平均単価が5,000円前後になっており、会社として利益を出すのが難しくなっていました。安い製品が売れていたのは事実です」
しかし、冒頭で述べたように、2009年より「高級扇風機」という新ジャンルの製品が登場したことで、状況は大きく変わった。いずれも実売3万円以上と非常に高価だったが、これまで“安い”イメージの強かった扇風機の流れをひっくり返した。
この高級扇風機のヒットを受け、東芝でもDCモーターの扇風機が開発へのGOサインが出されることになった。
「正直に言って、“あの価格が市場に受け入れられるのかな”と静観していたのですが、受け入れられた。恥ずかしながら、我々が勝負を掛けたというよりも、(ダイソンとバルミューダが)先に高価格帯を出していただいた。価格だけのことでいえば、市場を作ってくれたのはこの2社さんでした」
辻村氏はこのように悪びれる。だが、2011年の時点でDCモーターの高級扇風機を投入したのは、国内大手メーカーでは東芝だけだった。
■「共振点」を取り除いた、静かでやさしい自然な風
DCモーターの扇風機の開発を進めることに当たって、東芝がキーポイントとしたのが、ACモーターの扇風機ではできなかった「よりゆっくりした風ができること」、「自然な風が生み出せること」だった。
「よりゆっくりした風」は、DCモーターを採用することで、ACモーターよりも羽根の回転数を絞り、ゆっくりとした風が送れるようになった。風量は7段階で、台座部のジョグダイヤルで切り替える。DCモーターを搭載することで、無段階で操作できるというアイディアもあったそうだが、ある事情からそれは断念された。
「モーターには必ず『共振点』という、ある一定の周波数になると、大きな揺れ(共振)が発生する回転数があります。例えば昔の古い車を運転していると、“ガタガタガタ”と揺れてしまいます。扇風機でもそこまで大きくはないものの、共振するところがありました。これだとうるさくて、静かでなくなる。それなら、きっちりと共振点を取り除いたところに(風量が)留められるようにしよう、と。結果的に、風量の切り替えは7段階になりました」
羽根は7枚羽根を採用 |
「自然な風」については、東芝が伝統的に採用していた「4枚羽根」から「7枚羽根」に変更。羽根の枚数を増やすことで、風量を保ちながら羽根の回転数を減らし、運転音を抑える。これにDCモーターによる低速運転で回転することで、よりきめ細かい風が送り出せるという。
「いくつか試作した中で、たまたま7枚羽根が良かった。肌に当たる風の感触が自然だったり、羽根の厚さがスリム化できるなどで、結果的に7枚がはまりました」
従来の扇風機に比べ、細かく空気を送り出せるため、肌にあたる風の感触がより自然になるという。また、羽根の数を多くすることで、羽根部分の厚みのスリム化を実現しているという |
偶然重なったふたつの「7」という数字は、SIENTという命名の由来となった。スペイン語で「7」は「Siete」。これに、同じくスペイン語で「風」を表す「Viento」、そして静かに運転できるということから、「静か」の英語読みである「Silent」を組み合わせ、「SIENT」となった。
■風量もランダムなら風向きもランダム、東芝独自の「立体首振り」機能
首振り運転は、上下(写真左)、左右(中央)に加え、上下左右にランダムに動く「上下・左右自動首振り」運転(右)もできるようになった |
DCモーターを搭載することで、もう1つできるようになったことがある。それが、SIENTの特徴である「立体首振り」機能だ。
一般的な扇風機の首振り運転は、同じ軌道で左右に振れるだけ。しかしSIENTでは、左右はもちろん、上下にも動く。さらに、この2つを組み合わせ、上下左右にランダムに動かすこともできる。
この独特の動きは、自然の心地良い風を再現するために生まれたものという。
「普通の首振り運転は、90度回れば次は同じ向きの風がきます。ですがSIENTは次に来た時には同じではない。完全にランダムです。次に来た時は下に行くかもしれない。まさに“自然の風”、そこが他社との大きな違いです。他社でも8の字など立体的に動くものはありますが、それは自然にありません」
また、DCモーターで風を細かく制御することで、風量のパターンもランダムなリズム風ができるようになった。
「ACモーターでもできることはできますが、スムーズなリズム風は生み出せず、風にブレが発生します。SIENTではDCモーターを搭載することで、リズム風でも共振点を全部逃がして、一番スムーズに風が送れるよう120秒のパターンを作っています。
我々が目指すのは、自然の風は、空間の中における自然な風です。あたかも高原にいる時に、時にはぶつかってくる風もあるし、無風の時もある。ずーっと一定じゃない。風の質そのものだけが自然ではないのです」
SIENTのリズム風のパターン(右)。一般的なリズム風(左)は、一定の風量変化を繰り返すが、SIENTでは自然に近い風パターンを再現しているという |
今年発売された第2弾のSIENTでは、このリズム風について、長野県西部の景勝地「上高地」に吹く風を再現したことが謳われている。“単なるイメージだけで名付けられた”ものかと思いきや、現地で実際に計測した風をパラメーター化(数値化)し、リズム風として再現しているとのことだ。
「技術者たちが現地で風を浴びて、元の風ときっちりあった制御にそのまま置き換えています。これをACモーターでやると、共振などで動作が不自然になりますが、DCモーターであれば可能です」
■新製品ではバッテリー搭載でコードレスで使用可。ニッケル水素電池の理由とは
SIENTに内蔵されているバッテリー。コードレスで使用できる |
ここまで紹介した機能は、前年モデルにも搭載されていたが、今年発売された2代目「SIENT+ F-DLP300」では、電源として電源コードに加えて、新たにバッテリーが搭載された。
バッテリーを内蔵することで、電源コードをわざわざコンセントに繋ぐことなく、コードレスで扇風機が使用できる。もちろん、災害などで停電した場合にも利用可能。内蔵のバッテリーがなくなった場合は、コンセントに差しておけば、使用しながら充電できる。6時間の充電で、最長17時間まで使えるとのことだ。
しかし、なぜバッテリーを搭載したのか。その理由は、「持ち運んで使える」というのが一番だが、SIENTが高級品であることも関係しているという。
「ここまで高い扇風機が各部屋に一台買えるかというと、なかなか買えない。それならコードレスにして、“SIENTの風を浴びたい”という場所に持っていけるようにできれば良いなと。そのためにはバッテリーが必要という流れから誕生しました」
ちなみに内蔵バッテリーは、容量2,000mAhのニッケル水素電池。これにもこだわりがあるという。
「リチウムイオン電池は携帯電話やスマートフォンなど、毎日必ず使うものに使われている。1日で減ってまた充電、という仕事をするにはリチウムイオンが良いんですが、使わずに放置しておくと自然放電してしまいます。一方、ニッケル水素電池は、放置した時に、自然放電が少ないという特性があります。どうせバッテリーを積むなら、翌年また新しいバッテリーを買わなくちゃいけない、というのではなく、少なくとも5年は同じバッテリーでできるようにすべき。いろいろな電池の種類を研究したり試したりした結果、ニッケル水素電池が一番効率的でした。
繰り返し使用回数は500回で、1シーズン100回使ったとすると、5年くらいは持つことになる。ドライバーで外せば取れます。これの場合は別売りでも売ってるので、取り外しは可能です」
■ピークシフトもできるが、メインはエアコンと併用したトータルの節電
このバッテリーを活かしたモードとして、「ピークシフト運転」というモードも追加された。これは電気料金が安い夜間20時から充電を開始し、電力使用がピークを迎える13~15時の時間帯のみ、電源をコンセントからではなくバッテリーへと強制的に切り替えるモードだ。これにより、昼間の電力使用を抑え、ピークシフトに貢献する、というモードだ。
「第一弾の開発時は、電力不足になるとは予想できませんでしたが、世間の流れとして、ここまで“節電、節電”と言われている中では、必要になってくる」
その一方で、辻村氏は扇風機自体の消費電力を下げることによる節電効果については、さほど重視をしていないと話す。
「扇風機単体で節電になったかというと、大きな違いはありません。もともとACモーターの扇風機の最上位モデル(F-LP10)でも、消費電力は最大で37W。ACモーターの中でも低く、40Wを切っています。例えば今回の製品(F-DLP300)では、LED表示が増えたことで2W、バッテリーを充電することで9Wかかります。スペック表示としては、最大消費電力は31Wで、昨年モデルより11W多いことになります」
しかし、東芝が目指しているのは、機器単体の節電ではなく、あくまでもエアコンと併用した場合の、トータルの節電なのだ。
今回の取材中、SIENTを運転すると、エアコンの設定温度が25℃(写真右上)なのに、SIENTのモニターでは22℃と表示された。微風で風を送るだけでも、冷房を高める効果があるようだ |
今回の取材では、その一端が体験できた。取材の途中、SIENTの立体首振り運転を微風で開始すると、これまでエアコンだけで空調していた状態よりも、涼しさがかなり増した。壁のエアコンのリモコンでは、設定温度が「25℃」となっていたが、SIENTのモニターには、現在の室温が「22℃」と表示された。微風を送るだけで、設定温度よりも3℃温度を下げる効果があったのだ。
「この状態では、体感温度はエアコンの設定温度より5~6℃低い状態になっていると思います。新モデルでは、現在の操作がどうなっているか全部見えるよう、LED表示の窓を大きくしています。
エアコンとうまく併用することで、トータル的な節電になることが重要。もともと40W以下の商品を一生懸命1W、2W節電するのは、節電じゃない。風量を弱めたりLEDを付けなければ、消費電力は下がります。でもそこの競争は、メーカー同士の競争であって、お客様のためではありません。本当にやらなきゃいけないのは、エアコンとうまく併用する中で、トータルの消費電力を下げるということ。それが東芝の考えです」
ちなみに辻村氏に教えていただいた“少しでも電気代を減らす運転方法”としては、「夜に充電し、朝に抜いて、できるだけ弱い風で1日を過ごす」というもの。「ただし、面倒くさいですけどね(笑)」とのことだが。
■当たり前のようで当たり前じゃない、大きなACアダプターがない電源コード
SIENTの主要な機能は以上の通りだが、このほかにも細かい部分にまで配慮が届いている。
まずは電源コードだ。大きなACアダプターを使うことなく、一般的な扇風機のような電源コードが採用されている。一聴すると当たり前のような感もあるが、DCモーターを搭載する扇風機は、家庭用コンセントから送られるAC(交流)の電源をDC(直流)に変換するため、パソコンやゲーム機のような、大きな変換コネクタが必要になる。
しかしSIENTでは今年から、ACアダプターを本体内に内蔵。そのため、一般的なACモーターの扇風機とほぼ変わりなく使用できる。
「初代SIENTの不満点として、ACアダプターが邪魔だというお客様からの声が多かった。“いくらDCモーターだからって、大きなACアダプターが付いてくるのはおかしい、普通の扇風機と同じスタイルにしましょう”ということで変更しました」
SIENTの電源コードは、一般的な扇風機と変わらない。本体内部にACアダプターを搭載しているのだ | 他社のDCモーターの扇風機では、このように大きなACアダプターを使用するものも多い |
また、持ち運んで使えるよう、台座内にコードがシュルシュルと収納できるコードリールも備えている。コードが本体に収納できるようになったのも、ACアダプターを省いたことが大きく影響している。
見えにくい部分では、7枚羽根の中心部にゴムをセットし、ブレや音を抑える仕様としている。また本体重量は7.4kgと重めだが、これは東芝の安全基準上、“すぐに倒れる商品はダメ”ということで、安定性を重視して重くなっているという。
デザイン面では、羽根ガード部の中心部をヘアライン加工とした。デザイナーの案ではこの部分がツルツルだったが、光を反射する恐れがあったため変更したそうだ。
■東芝の技術者が追い求めた“理想の風”を送る扇風機
初代SIENTが発売されてから約1年。ユーザーからは「静か」「風が柔らかい」という声が聞かれたという。販売も好調で、台数はもちろん、高額製品だけあって金額が特に伸びているとのことだ。
とはいっても、実売4万円という価格は、購入に二の足を踏んでしまいそうだ。メーカーとしては、どんな人がSIENTを使うのがベストと考えているのか。
「すべての人に使っていただきたいのが正直なところですが、風がゆっくり回せるので、特に小さなお子さん、ご高齢の方がいらっしゃる場合には、非常に適していると思います。
自分自身も年を重ねていますが、涼むのに強い風はいらなくなりました。昔、自分の子供が汗をかいていた時、“もしかして暑がっているんじゃないのか”と、扇風機の風を強くしてしましたが、それは間違っていたと、商品に携わってつくづく考えるようになりました」
ここで、気になっていたことを質問してみた。それは、なぜ東芝だけが、他の国内大手メーカーよりも先んじて高級扇風機が投入できたのだろうか、ということだ。
「それは、“まだまだやるべきことがある”という技術者の思いがあったということではないでしょうか。我々は扇風機を一から全部構築し、企画から設計まですべて自社でやっています。“やるべきことをやらなきゃいけない”という意気込みがあります。そこは他社と比べても大きく違うと思います。
会社なので不利益なところは撤退、ということもあると思いますが、会社も一緒になって耐えていることは、担当者としては幸せです」
インタビュー中、その“やるべきこと”へのこだわりを感じさせる話があった。SIENTのリズム風に採用された「上高地の風」のデータは、東芝の技術者が過去に計測していたものとのこと。ACモーターでは十分に再現できず諦めていたが、今回DCモーターが搭載されたことで、データを復活し、「上高地の風」を実現したという。
「SIENTでは、新しいこともやっていますが、過去にやっていたことをもう一度引っ張り出す、というのも混ざっています」
SIENTは、単にDCモーターを積んだだけの高級扇風機ではない。東芝の技術者が追い求めた理想の風を、DCモーターによって再現した、ものづくりの歴史の結晶のような扇風機なのだ。
2012年7月27日 00:00