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パナソニックのマッサージソファができるまで

~なぜ“家具であること”にこだわったか
by 大河原 克行


パナソニック「マッサージソファ EP-MS40」
 パナソニックが発売したソファ型のマッサージ機「マッサージソファ EP-MS40」が人気を博している。

 商品につけられたキャッチフレーズは、「これは、マッサージする家具だ。」。家具のようなデザインを取り入れることで、家庭のリビングにマッチしたインテリアソファのようなデザインを実現。これが、30~40代の男女に好評となり、マッサージチェアの新たな市場を開拓している。発売は2009年5月だったが、それから10カ月を経過した今も、その勢いに衰えは見えない。

 このヒット商品はどうやって生まれたのか。その誕生から現在に至るまでの過程を、パナソニック電工 電器事業本部ヘルシー・ライフ事業推進部の樺山雅樹氏に伺った。


縮小が続くマッサージチェア市場、新規ユーザーの獲得が不可欠

 パナソニックの「マッサージソファ EP-MS40」は、これまでのマッサージチェアとは異なる発想で開発された商品だといっていい。というのも、家庭のリビングに馴染むデザインのマッサージチェアを開発することにこだわる、という着眼点は、これまでの商品にはないものだからだ。

パナソニック電工 電器事業本部ヘルシー・ライフ事業推進部 樺山雅樹氏
 樺山氏は、次のように分析する。

 「2001年に発売したリアルプロシリーズに代表されるように、マッサージチェアの需要の中心は、高機能タイプの大型商品。それにあわせて、市場全体の流れが、大型化、高機能化、そして黒い合成皮革を施した商品ばかりになった。だが、それが市場を縮小する理由にもなっていたのではないか」

 この結果、大型・高機能モデルの市場構成比は全体の8割を占めている。だがその一方で、マッサージチェアの市場自体は、2005年以降から縮小に転じていたのだ。

 同社が購入者の動向を調べたところ、いくつかの興味深い動きが明らかになった。

 1つは、マッサージチェアの機能そのものに対しては、高い満足度が得られているものの、それが購入に結びついていないという実態だった。理由は、家のなかに設置する場所がない、あるいは価格が高価である、また、デザインが重厚すぎて家のなかでの存在感が大きすぎるなどといったものだ。

 さらに、購入者の主力が60歳以上になっていることも特徴だった。

 「実は、10年前の主要購入層を見ると、50歳以上が中心。つまり、同じ購入層が買い換えるという市場構成になっている。新規市場を開拓できていないことが、市場縮小の要因だと考えた」

 団塊世代には好評だったマッサージチェアが、それ以下の世代を開拓できていなかったのだ。

パナソニックでは、旧ナショナル時代からマンションサイズのマッサージチェアを開発してきた(写真はアーバン・アイ EP1280)
 もちろん、これまでにも、小型化した商品は各社ともに開発してきた。パナソニックでも「Urban(アーバン)」シリーズというコンパクト商品を開発。これを「マンションサイズ」のコンセプトで投入してきた経緯がある。だが、小型化した分、機能的に劣るのではないかといった見方が先行し、ターゲットとした30~50代という市場を開拓することができなかった。

 「市場の8割を占める大型商品だけに頼っていては、新規市場は開拓できない。マッサージチェアの市場は縮小するだけ」――その危機感が、主流ではない小型化した商品の開発に力を注ぐ結果となった。


“家具としてのマッサージチェア”がテーマも、機能面で壁にぶち当たる

 2007年末、開発をスタートするにあたり、商品企画部門、開発部門、デザイン部門、マーケティング部門などから選抜された社員によってプロジェクトチームが結成され、様々な角度から市場調査が行なわれた。

開発コンセプトは“家具としてのマッサージチェア”。後に広告のコピーとしても使われた
 その結果、プロジェクトチームが導き出した回答は、「家具としてのマッサージチェア」の開発であった。

 「30代、40代は仕事も忙しく、くつろぎや疲労回復に対する要求も高い。くつろぎの空間を演出する高いインテリア性と、しっかりと疲労を回復するマッサージ機能を提供することで、30代、40代、あるいは女性層といった新たな需要を開拓できると考えた。

 それに当たって、チームのなかでは「家具にこだわる」ということが徹底された。

 「過去にもデザインを意識して開発されたものはあった。だが、開発の途中で、マッサージ機能を高めるという観点を取り入れると、どうしてもデザインが損なわれてしまうということが多かった。

背もたれ部分の大きさがマッサージソファ開発の難関だった(写真はEP1280のリクライニング時)
 その最大の難関が、背もたれ部分だった。

 首や肩から腰にかけてマッサージする場合、どうしても背もたれ部分を、首や肩よりも上の位置にまで伸ばす必要がある。これがマッサージチェアの背もたれを大きくし、部屋のなかでの存在感を高めてしまう原因となっていた。

 特に日本の場合、床に座るという家屋が多く、その位置からみると、背もたれの存在感がより際立ってしまう結果になっていたのだ。実際には、機能と家具を意識したデザインが両立しにくい商品だったのだ。

 プロジェクトチームも、その壁にぶち当たった。デザインを優先するあまり、首や肩をマッサージできないのでは機能的に劣るのは明らかだったからだ。

 だが、行き詰まってもチームの間では、「我々が作っているのは家具である」という極端な言葉を用いて、共通認識の徹底が続けられた。


課題を一気に解決した“ラウンドフォルム”とは?

 試行錯誤の結果、プロジェクトチームは、ある回答に辿り着いた。その結論を樺山氏は、こんな表現をする。

 「これまでのマッサージチェアをひっくり返して、足の部分を頭に、頭の部分を足にした構造にする」

EP-MS40の特徴的なデザイン「ラウンドフォルム」は、これまでのマッサージチェアをひっくり返すことで出てきたアイディアという
 これだけではちょっとわかりにくいかもしれないが、リクライニングを省き、背もたれを最初から傾斜させることで、ソファに沈み込むような座り方をするデザインに変更した、ということになる。この、“ラウンドフォルム”と呼ばれる丸みを帯びたデザインこそが、EP-MS40が他のマッサージチェアと決定的に異なる重要なポイントだ。

 ラウンドフォルムを実現するに当たって、すべての部品を一から見直し、カーブしたフレームに沿って滑らかに上下移動する新設計のメカを開発した。沈み込むような座り方をすれば、背もたれが低いままでも首や肩までマッサージができる。さらに体重がかかりやすい姿勢になることから、マッサージ機能が効果的に利用できる構造になっているという。そして、リクライニングしない構造は壁にも寄せて設置できるというメリットも生み出した。

 「いくつもあった課題が、この形状に辿り着いたことで、一気に解決した」

EP-MS40を横からみたところ。丸みを帯びたラウンドフォルムにより、小型化と機能性を両立させている従来のマッサージチェアと比べると、高さを25cm抑えている

 発売が近づくに連れて、これまでのマッサージチェアにはないこのフォルムを称して、チーム内では、マッサージソファという言葉が用いられるようになった。

 “チェア”から“ソファー”へと変わったが、樺山氏は「マッサージ機能で妥協した部分は1つもない」と語る。

 強弱3段階の調節機能や、使う人の肩の位置を確認し、マッサージ範囲を自動調整する機能も搭載している。

 また、女性には必須機能の1つとされるフットマッサージ機能も、片足5気室のエアーバックを用い、足裏からふくらはぎまで手もみ感覚のマッサージができるようにした。それを約41cmという限られたスペースに収納し、使わないときにはインテリア性を重視するという機構も採り入れた。

フットマッサージャーも搭載。普段は本体内に収納されており、使用時には収納部を押して取り出すフットマッサージャーの使用中のようす。足裏からふくらはぎまで施術できる。樺山氏も「マッサージ機能で妥協した部分は1つもない」と自信を見せる

体験用機器の大量展開など異例のプロモーション。累計で約4万5千台を販売

 発売にあわせたマーケティング施策でも異例の措置が取られた。

 東京・六本木のAXISギャラリーや、羽田空港や伊丹空港のANAのラウンジ、ホテル、ネイルサロン、書店などに約100台の体験用商品が展示されたほか、量販店においても、一台だけを展示するのではなく、基本4色、別売りカバーを加えて10色というカラーバリエーション構成にあわせた複数台展示を実施。自宅のリビングに設置したシーンを想定しやすいようにした。実演可能な商品展示台数は4,000台規模に達し、新分野を開拓する商品としては驚くべき規模となった。

 さらに、イメージキャラクターである黒田知永子さんを起用したテレビCMや、電車のなかでの広告展開などのほか、2009年11月には、ユナイテッドアローズとのコラボレーションにより、「プレミアムカバー」を発売。マッサージソファが、インテリアとしての位置づけを一層濃くすることになった。マッサージによる摩擦で起こる染料の色落ちが、わずかに留まるように改良した生地を採用。有名ブランドのデザインを損なわないような工夫も凝らしている。

別売りのカバーには、ユナイテッドアローズとのコラボモデルも用意するCMキャラクターにはモデルの黒田知永子さんを起用。ターゲットとなる30~40代にアピールしている

 さらに、財団法人日本産業デザイン振興会が主催する2009年度グッドデザイン賞において、生活家電・照明分野の金賞に選ばれた。

 この結果、2009年5月の発売以来、2010年1月末までの出荷実績は約4万5,000台となった。樺山氏は「ユナイテッドアローズとのコラボレーションや、グッドデサイン賞の受賞によって、“インテリア”を目指して開発してきた成果が評価されたと考えている」と指摘する。


購入者の4割が30~40代、そのほとんどが“マッサージチェア初購入”

  この出荷実績をさらに分析してみると、いくつかの驚くべき結果が出ている。

 1つは、30~40代の購入が約4割を占めているという点だ。まさに、マッサージソファによって開拓したかったという層が購入しているのだ。

初めてマッサージチェアを買うという人が8割超。女性の“パーソナルソファ”としての用途もあるという
 そして、2つめには新規の購入者比率が8割に達しているということだ。これまでマッサージチェアの購入形態は、6割以上が買い換えというもの。これまでマッサージチェアを購入しなかった人たちが購入している。

 「特に30代では女性の購入が多いのが特筆できる。女性は、自宅のなかにパーソナルソファを持っている例もある。テレビの前で、ソファに座り、携帯電話や雑誌などをソファに置きながら、そこに長い時間いるといった使い方もある。マッサージソファでは、そうした『女性ならでは』の使い方もできる」

 マッサージソファでは、座りやすいように座面の前面部が広いデザインとなっており、その形状がパーソナルソファとしての利用を促進することにもつながっているようだ。


マッサージチェアは必需品ではなく“必欲品”



 樺山氏は最後に、マッサージチェアという製品を以下のように分析した。

 「マッサージチェアは必需品ではなく“必欲品”。なくても困るわけではない商品だけに、お客様に振り向いてもらう商品を作り上げることが必要。マッサージチェアのトップメーカーとして、市場を牽引できる商品をこれからも投入していかなくてはならない」

 マッサージソファは、30~40代というマッサージチェアをあまり使わなかった層に対し、“家具”という切り口で新たな需要を喚起する商品となった。これからは、どの層に対する、どんな形のマッサージチェアが生まれるのだろうか。パナソニックの新たな提案に注目したい。


2010年3月29日 00:00