老師オグチの家電カンフー

家電をめぐる欠乏トライアングル

カンフーには広く「訓練を積み重ねる」といった意味があります。「老師オグチの家電カンフー」は、ライターの小口覺が家電をネタに、角度を変えてさらに突き詰めて考えてみるコーナーです

 日本人にありがちの、忙しい自慢をします。もう3月中旬ですが、今年まだ丸1日の休日がありません。半日ぐらいヒマになると、時間をもてあまして仕事をやり出す始末です。とくに趣味もないし、遊ぶ予算もあまり持ってないので、別にいいやと思ってますが。

 で、こないだ読んだ本(『いつも「時間がない」あなたに 欠乏の行動経済学』)に書かれていたのですが、時間がない、お金がないなどの「欠乏」状態は、人間の能力を下げるそうです。時間のない状態では無駄な作業が増えてさらに時間がなくなる、お金がないとバカな出費や借金をしてさらに貧乏になる。忙しくて机の上が書類の山になったり、メールボックスの未読メールがたまったりするほどに作業効率が下がって時間がなくなる。思い当たりまくりです。

『いつも「時間がない」あなたに 欠乏の行動経済学』(センディル・ムッライナタン&エルダー・シャフィール/早川書房)。ビジネス書みたいなタイトルだが、ノウハウ本ではなく研究書

 時間がないならお金で時間を買えばいいという意見もあります。家電でも家事の時間を減らしてくれるものがありますよね。ロボット掃除機や食洗機は、時間がないという欠乏感から購入する人も多いでしょう。

 最新家電を買っていると思われているわが家ですが、食洗機はまだ持っていません。それは、欠乏しているのは時間やお金だけじゃないからです!

「食洗機買おうか?」
「高いんじゃない?」
「まぁ、でも買えなくはないよ」
「でも、置き場所ないよ」
「省スペースモデルも出てきてるけど」
「置いたら調理するスペースがなくなるから要らない」
「広い家に引っ越したら買うか」

 導入を検討する度に、こういう結論になります。家電を買うのに、もっともコストが高い引越が前提になるという苦難。いわば、時間×お金×スペースの欠乏トライアングルです。購入候補の家電がこの三角地帯に沈んでいきます。

欠乏トライアングル。いわゆるバミューダトライアングルをネタにしていますが、今回は名前が似ているメーカーさんはあまり関係ない

 もちろん、メーカーは様々な工夫を凝らして省スペース化しているのですが、どうなんでしょう? もっとも省スペースにこだわるのは日本人なので、ガラパゴス化していませんかね。低価格化競争では中国メーカーに勝てませんし、この3つの欠乏の中で可能性があるのは時短家電かもしれません。

 ちなみに本の中では、欠乏を解消するのに「スラック」が重要とあります。スラックとは、「ゆるみ」や「たるみ」といった余裕のこと。スペースに余裕がある→時短家電を導入できる→時間に余裕が生まれる→その時間働くことでお金に余裕、という好循環。ニワトリが先か卵が先かみたいな話ですが、どっちでもいいから手元にないことには始まりません。しかし、ちょっと余裕があるときに時短家電に投資するには賢い選択でしょう。ありきたりな意見ですが。

 なかなか現実はツライですが、欠乏にはメリットもあります。短期的にはお金に余裕がない人ほど金銭感覚は正常に、時間がない時ほど集中力が高まるそうです。後者は「締め切り効果」として日々実感している現象ですね。買うと決めたら、ネットで比較してポチッと購入する速度ったらないですから。結果無駄な買い物だったなということもありますが、要は我々のような欠乏組が市場を下支えしてるんですよ!

食洗機の設置では置き場所の確保に加えて、給水と排水が問題になる。日本の標準的なキッチンは狭すぎじゃないでしょうか(写真はパナソニックの2009年モデル)

小口 覺

雑誌、Webメディア、単行本の企画・執筆、マンガ原作、企業サイトのコンテンツ制作を手がけるライター。日経MJの発表した「2016年上期ヒット商品番付」では、命名した「ドヤ家電(自慢したくなる家電)」が前頭に選定された。

Webページ「有限会社ヌル/小口覺事務所」
http://nulloguchi.wix.com/nulloguchi