老師オグチの家電カンフー

必要なのは不要不急? 家電メーカーはフェラーリを目指すべき

カンフーには広く「訓練を積み重ねる」といった意味があります。「老師オグチの家電カンフー」は、ライターの小口覺が家電をネタに、角度を変えてさらに突き詰めて考えてみるコーナーです
スクエアが販売するカリタの電動コーヒーミル「ナイスカットG イルカナ ネイビー」

ネタがないので、今回はお休みしようかな。さっきまで、そう考えていました。というのもコロナ以降、物欲がどこかへ行ってしまったんですよ。

また、コロナが落ち着いたら旅行しようと計画していましたが、政府の「Go To トラベル」キャンペーンで東京が除外されるし、どうやら東京モンは歓迎されないみたいなので、観光産業に携わる人には申し訳ないですが、この夏は止めておこうかなと。

これからも継続して、もしくは秋から予想される第3波で、またステイホームを求められるかもしれず、しからば家の中の家電でも充実させるかと考えたんですが、結局何も買っていません。お買い物の候補となったのは次の製品です。

候補1「テレビ」
リビングにあるテレビは12年前に買った32インチ。今となっては小さいです。50インチの4Kテレビが5万円ぐらいなのを見て、買っちゃおうかなと思ったんですが、自分自身はテレビ見ないんですよね。Netflixなどはパソコンで見ちゃうし。いや、家族が見るから買ってもいいんですが、テレビ台も新しくする必要があると気づいて萎えました。

候補2「モバイルPC」
今使っているのは、5年前のMacBook。新しいMacBook AirやMacBook Proを検討してみたものの、コロナで外出の機会自体が激減したので、モバイルPCの必要性はここ20年でもっとも低まっています。スマホのパケットも余りまくりです。

候補3「調理家電」
いや、もうキッチンに置く場所ないです。玄関にスチールラックを設置して家電置き場にしていますが、そこもいっぱい。

候補4「カメラのレンズ」
仕事で使っているミラーレスカメラのキットレンズが微妙に使いづらくて、9万円ぐらいのレンズに換えたいと思っていました。しかし、その分重くなるし、写真がキレイになっても原稿料が増えるわけじゃないから要らないかと。やだ、消費マインド下がりすぎ?

候補5「ポータブル電源」
家電も使える超大容量の電源(バッテリー)。興味はあるんですよね。震災が来て電気が止まっても家電は使いたいじゃないですか。しかし、週刊誌などで、「南海トラフ地震」「首都直下型地震」「富士山大噴火」の大きな文字を見るにつけ、また来る来る詐欺なんじゃないかと思って、また萎える。いや、必要なときは必要になるのはわかっているんですけどね。近々大地震が来たらワタシの負けです。

とまあ、理由をつけては買わなかった。ステイホームとともにキープマネーの気分が強まったのかもしれません。この調子だと、何か壊れる家電が出てくるまで買わないかも。

しかし、この物欲減退の中、5万円ぐらいする万年筆は買う気分が高まりました。結局は買っていないのですが、万年筆って不要不急の最たるものですよね。機能としてはまったく要していない。でも、買ったら間違いなく気分が上がるだろうなと思ったんです。

なんとなく気持ちがアナログ回帰しているのかもしれません。ステイホームでNetflixの視聴時間は長くなったものの、動画コンテンツも若干飽きてきて、最近は紙の本を読む時間が増えています。書籍も実用書以外は不要不急です。しかし、不要不急こそ心には必要だったりします。不要不急でも求められる商品は不況関係ありません。

ところで、不要不急な家電ってあるんでしょうか。ニーズではなくウォンツで買う家電。高級トースターなんかは多少その要素があります。しかし、高級な腕時計や万年筆ほどの記号性はない。ブランドやデザインのみで買われる家電は皆無です。

家電に求められるのはまずは機能であり、その機能も進化していくので過去の製品は陳腐化していく。そこが、持っているだけで満足でき、時間の経過とともに価値が上がる(可能性のある)腕時計などとの違いです。

とはいえ、不要不急だからこそ欲しいと思われる製品作りが家電にも必要ではないでしょうか。可能性がありそうなのは、昔から存在するようなシンプルなカテゴリー。たとえば、照明器具や、調理家電なら電気ポットのような機能が複雑でなく長く使えるもの。それでいて、所有したくなる機能美がある。すでにある製品なら、カリタのコーヒーミルや、クイジナートのフードプロセッサーなんかは、そうかもしれません。

クイジナートのフードプロセッサー L/M/S「DLC-192J/102J/052J」

単にカッコ良さげなデザインにすればいいわけではない。これらも、ここまで継続してこそ、長年愛されてきたからこその評価です。数多出てきては消えていった「デザイン家電」との違いはそこにあります。メーカーにしたら、保守部品を作り続けなければならないなど、大変ですけどね。

先日、出張で訪れた広島県の尾道で、昭和時代の扇風機が八百屋さんの店先で稼動しているのを見て、「いいなぁ、欲しい」と思いました。完全なノスタルジーです。安全性の問題もありますが、古い家電製品をクラシックカーのようにレストアして使い続けるのも、趣味としては良さそう。その点、IoT家電はアプリがバージョンされないなどの理由で寿命は短そうです。

多機能と信頼性では優れた日本の家電メーカーですが、不要不急でも欲しくなるような、伝統とデザインの方向性にも道があるような気がします。クルマで言えば、トヨタではなくフェラーリ。口で言うほど簡単じゃないですけどね。

小口 覺

ライター・コラムニスト。SNSなどで自慢される家電製品を「ドヤ家電」と命名し、日経MJ発表の「2016年上期ヒット商品番付」前頭に選定された。現在は「意識低い系マーケティング」を提唱。新著「ちょいバカ戦略 −意識低い系マーケティングのすすめ−」(新潮新書)<Amazon.co.jp>