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パナソニックが新たなアイデアを生み出すべく開設した、最新ラボの全貌

 パナソニックが、共創の場である「Wonder LAB Osaka(ワンダーラボ・大阪)」を開設してから約9カ月が経過した。同スペースは、社外パートナーも含めた多様な人々と一緒に、新たな価値を創造するプレイフルな共創空間」をコンセプトに2016年に開設。持続的成長に向けた共創型イノベーションの実践の場として、位置づけられている。

Wonder LAB Osaka
Wonder LAB Osakaの館内。オープンスペースとなっている

 Wonder LAB Osakaでは、「共に」「創る」という切り口から、「組織を超えたオープンなイベントができる交流の場」、「最新技術やプロトタイプも導入評価できる実証の場」、「社内外のコミュニティやメディアと繋がる発信の場」の3つを目的として運営。

 ボトムアップ型の仕組みを生かし、自由な発想をもとにしたアイデアを実現する場となっている。「幅広いヒューマンネットワーク構築を行ないながら、ビジネスや産学連携のパートナーとともに、新たなコア技術や“Wonder!”な商品を生み出していく活動に取り組む」というのがWonder LAB Osakaの役割だ。

Wonder LAB Osakaでは、ボトムアップで新たなことに取り組む

 このほど、Wonder LAB Osakaを訪問する機会を得た。そこでは、これまでのパナソニックには見ることができないような柔軟な発想をもとに、自由にコラボレーションを行なう取り組みが見られた。

 Wonder LAB Osakaは、京阪電車の西三荘駅からすぐの場所にある。ここは、パナソニック社内では、西門真拠点と呼ばれるエリアで、創業者である松下幸之助氏が、1933年から本社を設置した場所。長年、第3次本社として使われていた。現在の本社は北側の国道1号線を挟んだエリアにあるが、移転後もこの場所は、AV技術やデジタル化技術開発の拠点として活用。横に長いガラス張りのスマートな建物は、京阪電車のなかからも見え、いまでは先端研究本部が入居。次の成長に向けた技術開発を行なう研究開発拠点として活用されている。Wonder LAB Osakaは、この建物の1階エリアに設置されている。

第3次本社時代の写真。この場所にWonder LAB Osakaが作られている

 建物の正面入口を入ると、そこはすぐにWonder LAB Osakaのエリアだ。
延床面積は、約2,640平方m2(約800坪)。見回すと木目調の床材を使用し、オープンスペースにいくつもの机が設置されており、自由に対話が行なえるようになっている。机を動かせば、100人を超える規模でのイベントも開催することができそうだ。そのほかにも、Wonder LAB Osaka内の施設は、いくつかのエリアにわかれているが、その多くが、社員であれば、誰でもが自由に立ち入ることができるスペースになっている。

パナソニック 全社CTO室共通技術サポート部主幹の青山昇一氏

 Wonder LAB Osakaで出迎えてくれたのは、パナソニック全社CTO室共通技術サポート部主幹の青山昇一氏。その肩書きが書かれた名刺とともに、渡されたもう一枚の名刺には、「キャプテン」という肩書きが書かれている。

 「Wonder LAB Osakaを開設して以降、自然と周りから“館長”と呼ばれるようになりました。でも、それでは、どうも私自身がプレーヤーであるというイメージが浮かんでこない。みんなと一緒にプレーヤーとしてやっていきたい。そこで、キャプテンという呼び方を使うようになった」と青山氏は振り返る。

 イメージは、スポーツ競技のキャプテン。一緒に試合に臨んでプレイするという役割だ。「ボトムアップで新たなことに取り組むのがWonder LAB Osakaの特徴。キャプテンとしてボトムアップの先陣を切りたい」と青山氏は語る。

 青山氏のもとを訪ねた若い社員から、アイデアに関して様々な相談を受けることは頻繁だという。取材の最中にも、気さくに青木氏に声をかける社員の姿が見られた。社員から話を聞いた青山氏は、「ほかにこんなことを考えている人がいる」といった情報や、「この人に話を持って行ったらどうか」といったアドバイスを与えることもしばしばだ。キャプテンとして、情報の交通整理を行い、新たな横のつながりを生んでいる。

 青山氏がいうように、Wonder LAB Osakaの特徴は、トップダウンではなくボトムアップで、新たなことに取り組むという点だ。

 「トップダウンで新たなアイデアを生むことは到底できない。オープンイノベーションをやってみろと、上から言われて集まった現場の社員が集まっても、どうしたものかと悩むだけ。そこに自由な発想はない」と、ユニークな例え話で、トップダウンの限界を指摘する。こうしたわかりやすい話の仕方も、若い社員たちが、キャプテンのもとに集まる理由のひとつになっているようだ。

 「オープンイノベーションを目的にせずに、手段にするのが、Wonder LAB Osakaの役割」だとする。

社内外の接点を作り出す「大人の自由研究プロジェクト」

 Wonder LAB Osakaでは、すでにいくつかの成果があがっている。2016年7月から2カ月間に渡って実施した「Wonder Summer Hack ’16」は、パナソニック社員を対象にした「大人の自由研究プロジェクト」と題し、モノづくりの楽しさを感じてもらうことを目的に開催したものだ。参加者の多くは35歳ぐらいまでの社員で、アイデアソンで意見を出し合った後に、約40人の参加者が6グループにわかれて、アイデアをまとめ、試作品まで作り上げた。

 週末に集まった社員が試作品の完成に向けて議論。必死になってプログラミングを勉強するチームがあったり、レーザーカッターを使って細かい部品を次々と作り上げていくチームや、スキルを補うためにどんどんメンバーが増えていくチームなど、やり方は様々だったという。

 「これまで接点がなかった社員同士が、それぞれが持つ経験や知恵を生かして、アイデアを形にしていきました。クロスバリューを実践する場にもなったといえます」とする。

 このハッカソンを通じて、世界初とする「押印するロボットアーム」や、電気を使わずに3Dプリンタで作られた手が「いいね!」と、指でサインを送るからくり人形などが作られた。

Wonder Summer Hack ’16で作られた「押印するロボットアーム」
電気を使わずに「いいね!」をするからくり人形

 そのほかにも、Wonder LAB Osaka では、7人が7分間ずつアイデアをプレゼンテーションする「Wonder Seven Pitch」、磁石で電子回路をつなぎ、簡単に電子工作が行なえるlittle Bitsのハンズオンセミナーなども随時開催。Wonder Seven Pitchでは、パナソニック社外の人やパナソニックOBの参加者枠も設けられており、参加した社員に対して、外部から刺激を与える場にもなっている。

ラボ内に設けられた空間は、それぞれ多彩な役割を担う

 Wonder LAB Osakaは、いくつかのエリアに分かれている。「エントランス」は、Wonderな空間への入口と位置づけ、広い空間を用意している。ここで実証実験を行なっているのが、カメラシェアリングシステム「PaN」である。

エントランスでは、Wonderな空間への入口と位置づけ、広い空間を用意している

 PaNは、NTTコミュニケーションズと共同開発した、カメラをシェアリングするサービスで、公共施設や観光施設、エンターテイメント施設、イベント会場などに設置されたカメラを使って、来場者が記念写真を撮影。専用のIDカードを使って、クラウド経由で写真データを入手できるサービスだ。

 これまでにも、CEATEC JAPAN 2016のパナソニックブースや、京都最古の禅寺である建仁寺、札幌のさっぽろ雪まつりでも実証実験が行なわれており、東京・六本木の「メルセデス・ベンツ コネクション ネクストドア スター ガーデン」で、2016年12月25日まで実証実験を行なっていた。Wonder LAB Osakaを訪れた人は、この「PaN」を使って記念撮影が自由に行なえるのだ。

エントランスで実証実験を行っているのが、カメラシェアリングシステム「PaN」

 「HUB」は、オープンなスペースを利用して、アイデアを創出したり、交流会やイベントなどを開催することができる共創空間と位置づけている。先に触れたWonder Summer Hack ’16などのイベントも、ここを使って行なわれた。

 「このスペースは、イントラネットを使って事前予約をすることができるが、スペース利用料は徴収していない。組織としての活動に留まらず、有志が集まったり、社外の人たちとのコラボレーションにも活用できるスペースになっている」とする。

共創空間である「HUB」の様子
自由に議論を行えるスペースが用意されている

 「セルフキッチン」は、食を中心にした新たなライフスタイルを実証する空間だ。生活環境の変化や、家族構成の変化、技術の進化などを踏まえ、未来の食のあり方についても研究する場になっている。ここには、パナソニックの最新家電製品を用意。IoTの進展に伴い、どんな調理家電が求められるのかといったことも研究するという。

 ここで開かれたイベントでは、おにぎりロボットを使って、おにぎりを作るといったことも行なっている。

 「セルフキッチンの前は、夕方になると、社員が帰宅に使う通路としても利用されている。とくに冬場や雨の日は、外を通らずに、この通路を使う社員が多い。セルフキッチンからいい匂いがして、なにをやっているのかとのぞき込む社員もいる」という。

 実はセルフキッチンでは、就業時間を過ぎれば、適度の範囲内で、アルコールを飲むことも許可している。調理家電や食事を前にしながら、新たなアイデアを創出するための潤滑剤として適度なアルコールは役に立っているようだ。このあたりも、これまでのパナソニックにはあまり見られない自由度を持たせている点だ。

セルフキッチンの様子
冷蔵庫には調味料などともに、アルコール類が入っていた
セルフキッチンに設置されたパナソニックの最新家電など

ブックディレクター・幅允孝氏の「BACH」が監修する「ムダの図書館」

 「ライブラリ&テクノショーケース」は、アイデアの種を発見する空間と位置づけている。ライブラリは、ブックディレクターの幅允孝(はば よしたか)氏が率いる選書集団「BACH」が監修。9つの切り口から選ばれた書籍が、テーマごとに分類されて設置されている。ライブラリの発想はユニークだ。

 「いつ訪れても、何か違った気づきが得られる。いつ芽が出るのか、わからぬ種まきのような読書、無駄だけれど優雅な時間が訪れる場所。見知らぬアイデアや発想をじっくりと楽しんでほしい」という考え方に基づいて、「ムダの図書館」という名前を付けているという。研究開発部門のライブラリは、技術書ばかりになりがちだが、ここでは、アイデアを創出するという点にフォーカスした書籍を並べている点が特徴だ。さらに、展示方法についても、幅氏のアドバイスによって、書籍を選びやすい環境を実現している。

「ムダの図書館」と呼ばれるライブラリ
ブックディレクターの幅允孝氏が率いる選書集団「BACH」が監修
9つの切り口から選ばれた書籍が、テーマごとに分類されて設置されている
社員がアイデアの種を発見する空間と位置づけている

 同時に「ライブラリー」では、IoTの実証実験も行なっている。雑誌の棚にカラーパネルを置き、雑誌が持ち出されると、それをカメラが撮影し、どの雑誌が、何回持ち出され、どれぐらいの時間読まれたのかといったことを自動的に集計できる。なかには月に一回も取り出されない雑誌もあるという。そうしたこともIoTを通じて検証している。

雑誌の棚にカラーパネルを置き、雑誌が持ち出されると、それをカメラが撮影して時間などを自動的に集計する

 また、「テクノショーケース」は、パナソニックの歴史を技術的な観点から振り返る空間。技術部門のトップであった中尾哲二郎氏に関わる展示やエポックメイキングな製品などを展示している。

 この空間の展示内容は、オープン以来そのままだが、今後、その時々のテーマに合わせて、展示内容の変更も検討しているという。

テクノショーケースでは、パナソニックの歴史を技術的な観点から振り返ることができる
技術部門のトップであった中尾哲二郎氏に関わる展示
中尾氏直筆の乾電池材料を検討した際の実験ノートなど、貴重な資料も展示されている
当時の発明者番付。東の横綱には中尾氏。そして、西の横綱には松下幸之助氏の名前がある
エポックメイキングな製品などを展示している
この場所は、AV機器の開発なども行なっていた。写真は、1975年のダイレクトドライブ方式ターンテーブル
目指すまちのジオラマも展示

 「SiSaKu室」は、未来のアイデアを形にする空間である。このスペースだけは、撮影が禁止されたが、室内には、3Dプリンタや工作機器、ウェアラブル機器、ロボットなどが用意されており、これらを自由に利用できるようなっている。

 SiSaKu室では、利用する社員から要望が多いものなどを中心に、必要に応じて機器を導入することになるが、実は、Wonder LAB Osakaが持っている設備投資予算はゼロ。必要であると判断したものについて、青山氏が、技術部門を統括する宮部義幸代表取締役専務に直接掛け合って、予算を獲得し、導入することになるという。予算内で導入するという仕組みではなく、必要だと思ったものを、熱意をもって予算獲得に動き、それによって導入を実現するという仕組みは、本当に必要なものだけを導入するという環境の実現につながっている。

 「プレゼンテーションルーム&セミナールーム」は、先進のAV機器およびICTを使って情報を発信する空間としており、セミナールームは、大阪で開催される記者会見などにも使用される。机や椅子などは、オフィスに導入されているものと同じで、公式な行事などに使えるスペースでもある。ほかのスペースがオープンを前提としているのに対して、ここだけは「きちっとした」スペースになっている印象だ。プレゼンテーションルームも会議を行なえるスペースとなっており、予約制であるとともに、有料での利用が前提となっている。

セミナールーム
セミナールームも社員が自由に利用できる

 「カフェ&ショップ」は、コミュニケーションとリフレッシュの空間となっており、コーヒーなどを飲みながら、気分を変えて議論できるスペースともいえる。

カフェ&ショップは、コミュニケーションとリフレッシュの空間

 ここは、レジロボの実証実験も行なわれていた。レジロボは、バーコードでスキャンした製品を、専用のスマートバスケットに入れて、バスケットごとに専用レジに持って行くと、自動的に精算と袋詰めを行なうもの。2016年12月から、大阪府守口市のローソンパナソニック前店で実証実験を行なっているが、この導入に向けては、事前に導入されていたWonder LAB Osakaのカフェ&ショップでの経験が生かされている。レジロボは、Wonder LAB Osakaで生まれの製品といってもいいだろう。

 実は、Wonder LAB Osakaには、KPI(重要業績評価指標)のようなものが存在しないという。

 「どれぐらいの数の成果物を生み出すのか、どれぐらいの利用率があるのかといった指標は評価基準として存在しない。大切なのは、社員たちのアイデアを形にするための挑戦の場を用意していること。社員が相談に来たら、それに最適な知恵やヒントを提供できる準備をしておくことが必要。社内だけでなく、社外へのパイプを含めて、多くの人を巻き込んで、アイデアを形にするための仕掛けへとつなげていきたい」と青山氏は語る。

 Wonder LAB Osakaは、これまでのパナソニックにはない新たな取り組みとして、成果をあげているようだ。これから、どんなものが誕生するのかが、楽しみな空間であるのは確かだ。これをパナソニック全体に広げることができれば、パナソニックの社内風土は、さらに変化するのかもしれない。