藤本健のソーラーリポート
“自然エネルギー100%”の街・稚内が挑む新たなエネルギー革命

~化石燃料は使わず、水素が貯蔵できる燃料電池の秘密

 「藤本健のソーラーリポート」は、再生可能エネルギーとして注目されている太陽光発電・ソーラーエネルギーの業界動向を、“ソーラーマニア”のライター・藤本健氏が追っていく連載記事です(編集部)



 前回、稚内で稼動している5MWの大規模な太陽光発電所「稚内メガソーラー発電所」について紹介したが、この稚内という土地は、太陽光発電に限らず、風力、バイオマスなど自然エネルギーに積極的に取り組んでいる。特に風力発電においては日本有数の規模を誇り、宗谷岬ウィンドファーム、さらきとまないウィンドファーム、稚内風力発電所……など、複数の風力発電所が存在する。

 この稚内で行なわれている太陽光、風力という自然エネルギーを合わせて、稚内市の全世帯の電力を賄う“自然エネルギー100%”の街を目指しているというのだ。

 本来、太陽光発電に関してリポートする連載だが、同じ自然エネルギーということで、前回の稚内メガソーラー発電所に続いて、稚内の風力発電事情について紹介してみよう。

日本の最北端、宗谷岬。水平線の向こうには樺太の影が見える宗谷岬の近くにある「宗谷岬ウィンドウファーム」や、先週紹介した「稚内メガソーラー発電所」など、稚内は自然エネルギーを推進している


自然エネルギーによる“電力自給率100%のまち”の実現は近い

 日本の最北端である稚内市の人口は、2011年10月末現在で38,342人(18,863世帯)。稚内メガソーラーの出力は5,020kWで、約1,700世帯分を供給していることになる。稚内メガソーラー発電所の発電量は、稚内市で消費される電力の2~3%を賄っている程度だが、これに風力発電を合わせると、なんと市内消費電力の約90%の電力に相当するというのだ。

前回、稚内メガソーラー発電所を案内いただいた稚内市役所のまちづくり・環境グループ 石原智主事。稚内市の公用車は電気自動車だ

 前回、稚内メガソーラー発電所を案内いただいた稚内市役所のまちづくり・環境グループの主事、石原智氏によると、「稚内市内には、全部で74基、総出力76、355kWの風力発電があります。これに稚内メガソーラーの5,020kWと合わせると、市内で消費される電力のほぼ90%に相当するという計算になります。さらに現在、生ごみから発電する稚内市バイオエネルギーセンターの工事を進めており、来年度から稼動します。これを合わせれば、自然エネルギーによる“電力自給率100%のまち”にさらに近づきます」とのこと。

 自然エネルギーだけで、すべてのエネルギーが賄えてしまうというのは、とても魅力的な話だ。ある意味で“未来都市”というような感じがする。実は石原氏によれば、すでに100%以上を自然エネルギーで賄っている地方自治体があるとのこと。たとえば、稚内から南へ150kmほど行なった苫前(とままえ)町では、42基の風力発電で全世帯の電力を賄っているという。


街のいたるところに風車が

 今回はメガソーラー発電所の取材が主目的だったが、稚内は太陽光よりも風力発電の街だ。筆者は飛行機で稚内空港に到着する5分ほど前に、真下に広がるウィンドファーム(風力発電の風車が並ぶ地域)を見て、感激してしまった。まったく家もない山の中に、たくさんの風車が設置されていて、空からでも各風車が回っているのが見えるのだ。写真や映像で見たことがあっても、実際にナマで見たことがある人はそこまで多くないだろう。筆者も稚内に来るまでは、海外など遠い場所の話として、雑誌などで見ていたに過ぎない。

 稚内の風力発電所は、風車1本だけの小規模なところから、何十本が立ち並ぶ大規模なところまで、計5カ所の風力発電所が存在する。

 この中でもっとも大規模なのが、民間企業である株式会社ユーラスエナジー宗谷が運営している「宗谷岬ウィンドファーム」だ。日本最北端の宗谷岬にあるこのウィンドファームは、1つ1つの風車が非常に大きいだけに、約30km離れた稚内市街地からも丘に並んでいる姿を見ることができた。

 しかし、クルマで現地まで行ってみると、その規模の大きさには圧倒される。宗谷岬の丘陵地帯には牧場が広がっているが、それと同居する形で、ウィンドファームがあるのだ。

稚内市街地から宗谷岬方向を望むと、丘の上に無数の風車が建っているのがわかる
宗谷岬ウィンドファームのようす。宗谷岬近くの小高い丘の上に並んでいる丘陵のほとんどが牧場。発電所はそれに同居しているような格好になる

 風車は非常に大きいために、向きは固定されているようだ。資料によれば、すべて三菱重工業による国産風車で、1基の出力が1,000kWもあるらしい。そう、1MWの出力を持つ太陽光発電所をメガソーラーと呼ぶが、ここでは1つの風車で、メガソーラー発電所1基分の電気を作るということになる。改めて、風力発電のすごさを実感させられる。

 稚内市は、市内全域で風が強く、標高20m地点における計測では、年間の平均風速は7m/秒を記録する。さらに、風速10m/秒以上の日も、1年に90日以上あるという。東京の年間風速が約3m/秒(気象庁。数値は2003年)なのだから、いかに風が強いかが分かるだろう。そう、稚内は風力発電に適している土地なのだ。


不安定な自然エネルギーを溜めよう! 稚内新エネルギー研究会の挑戦

 このウインドファームで発電された電力は、すべてが直接、稚内の各家庭へ送電されるわけではない。やはり太陽光発電と同様に、いったん電力会社(ここでは北海道電力)に売電した上で、その電力が電力会社の送電線を経由して、給電される。

 だが、風力発電は太陽光発電と同様、天候に左右される不安定な電源だ。その不安定な電力を、安定した電力として利用するための1つの試みが、稚内市街地のすぐ隣にある高台、稚内公園内の施設「稚内公園新エネルギーサテライト」で行なわれている。


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稚内公園は、市街地近くの丘の上にある。見晴らしは非常に良い公園内には、かつての日本領土だった樺太で亡くなった日本人のための慰霊碑「氷雪の門」がある
稚内市が運営する稚内公園風力発電所

 この稚内公園には、稚内市が運営する稚内公園風力発電所がある。これは1998年に、総事業費約1億4,000万円を、NEDOと稚内市が1/2ずつ負担する形で作られたもの。デンマーク製の出力225kWという風車で、支柱の高さ31.5m、総重量約26tというサイズだ。風車の向きは、常に風上を向くように自動制御されている。ここでは年間で50万kWhという電力を発電するが、これは一般家庭約150世帯分の電力に相当するそうだ。

 この風車で発電した電力は、風車の隣にある稚内公園のゲストハウスに供給され、その残りを電力会社に売電する形になっている。


風車のすぐ下には、レストハウスを兼ねた稚内公園新エネルギーサテライトの施設がある風力発電によって、施設内の照明などの電力をまかなう。余った電力は売電する

 しかし、前述のとおり、風力発電は天候に左右される不安定な電源だ。そこで、「電気を溜める」というアイディアが生まれた。これに挑戦したのは、稚内市役所内に本部を持つ「稚内新エネルギー研究会」。この稚内新エネルギー研究会は企業など44団体と103人の個人(2011年3月末時点)から成るグループで、2005年に設立されたものだ。

稚内新エネルギー研究会の長谷川伸一会長。建設会社「長谷川建設」の代表取締役でもある

 同研究会の長谷川伸一会長は「風力や太陽光発電など稚内の自然エネルギーへの取り組みをさらに推進し、稚内をより元気な町にしていくことが我々の一番の目的です。そのための具体的な研究課題ということで、ゲストハウス内に燃料電池を設置しています」と語る。


化石燃料がいらないのは、風力発電で水道水を電気分解するから

施設内に設置された燃料電池。出力は7,040W。1時間当たり3,500Lの水素を発生する

 一般的に燃料電池というと、エネファームのようにガスや灯油といった化石燃料から水素を取り出し、電気を発電するシステムを思い浮かべる。しかし、稚内公園新エネルギーサテライトに設置された燃料電池は、燃料源が大きく異なる。

 これについて、長谷川氏が力説する。

 「我々が着目しているのは“水素”です。日本は化石燃料はほとんど採れず、輸入にたよらざるを得ないのが実情ですが、風力による電気を使えば、水素という国産のエネルギー源を自然エネルギーで作り出すことができます」

 この施設での燃料電池は、風力発電で作った電気で水道水を電気分解し、そこから水素を取り出す。そして水素と酸素を、燃料電池のスタックのなかで反応させて、電気を作る。いわゆる水電解方式の燃料電池だが、一般的なエネファームのように、化石燃料を使わずに水素が創りだせる点が特徴だ。

 「風力で発電した電気を水素に変えれば、クリーンエネルギーとして用途は広がります。燃料電池を使って電気に戻すこともできるし、水素自動車の燃料として使うこともできます」

燃料電池の仕組み。風力発電で作った電気で、水道水を電気分解し、そこから水素を作り出している燃料電池のセルスタック
館内に用意された、燃料電池のモデル水を分解して酸素と水素を作り出す。水電解方式は、化石燃料を使わずに水素が取り出せる点が特徴だ


水素が溜められる「水素吸蔵合金」って何?

 この燃料電池でさらに特徴的なのが、“電気”が貯めておけるというところだ。電気を溜めるというと、リチウムイオン電池のような二次電池での充電をイメージするが、厳密に言えば電池ではなく、水素の形で蓄えておくのだ。

 「水素は気体のまま溜めておきにくいのが難点です。液体水素として貯蔵するのもいいのですが、この場合、マイナス253度に冷やさなくてはならず、ここに大きなエネルギーを消費するため、あまりいい手法とはいえません。そこでここでは、水素吸蔵合金を用いる方法をとったのです」(長谷川氏)

燃料電池の装置内にある、水素吸蔵合金のタンク。この中に水素が蓄えられる。貯蔵量は47.5N立方m(ノルマル立方メートル)

 水素吸蔵合金とは、水素を容易に吸収したり放出したりすることができるように選ばれた合金のこと。水素を一定以上に加圧することにより、水素は合金に吸蔵され、減圧することで水素を放出する。液体水素を作るような、大きなエネルギーは必要ないのが特徴だ。また圧縮ガスと異なり、低圧力なので、安全性も高いというメリットがある。

 この燃料電池では、水素吸蔵合金を使って水素を溜めておき、発電する際に再び水素を取り出して、燃料電池へと送り込み、必要なときに電気に変換している。そのため、風が吹いておらず、電気分解ができない時でも発電できるのだ。

 実はこの装置、稚内新エネルギー研究会が世界中から部品を取り寄せて組み立てた、手作りのもの。燃料電池作りを担当した、同会幹事長の三浦規光氏は、手作りで挑戦した背景について次のように語る。

同委員会の三浦規光幹事長。三浦電気株式会社の専務取締役も務める

 「当初、燃料電池を使おうという話になったとき、NEDOと相談した結果、国内の7社を紹介してくれました。そのいずれかのメーカー製品の納入を検討していたのですが、最終的に1社も来てくれませんでした。やはりメンテナンスなどの問題から、この稚内まで来るということ自体が難しいということだったようです。仕方ないので、われわれ自身で国内だけでなくタイ、フィリピン、中国など各国から部品を買い揃え、それを元に燃料電池を作って稼動させています」

 手作りの結果、4.8kW相当の出力を持つ、8ユニットの燃料電池が完成。完成後の2008年ごろからは、国内メーカーも普通に燃料電池を売ってくれるようになり、よりコンパクトな機材になったとのこと。さらに2期工事を行ない、2.2kW相当の燃料電池を追加。このゲストハウス内にはトータルで7kW分の出力を持つ燃料電池が稼動していることになる。

 こうして発電された電気は、主にゲストハウス内の照明として使用されているが、さらに別に用途としても活用されている。

 一般的なエネファームは、ガスなどを使って電気を作るとともに、その際に発生する熱でお湯も作れるため給湯に利用できる。この点は、ゲストハウス内の燃料電池もまったく同様。熱で作ったお湯は足湯として利用し、稚内公園を訪れる市民や観光客に対して、無料で開放されている。

施設内には足湯のスペースが設けられている足湯は、燃料電池で電気を作った際に発生した熱を利用している

 「この足湯はここにいらっしゃる人へのサービスという点だけでなく、燃料電池自体にもメリットをもたらしてくれます。燃料電池は浸透膜が重要な部材であり、浸透膜の技術は日本が世界No.1ですが、それでも寿命が1年程度と短く、定期的に交換していかなくてはなりません。しかし浸透膜は、湿度がある程度高いほうが寿命が延びるという特性があるため、この足湯は浸透膜のためにもいいのです」(三浦氏)

水素は化石燃料を持たない日本のエネルギー問題を解決するか

 自然エネルギーで発電し、エネルギーも蓄えられ、副産物として熱まで得られるという、ある意味完璧な装置ではあるが、敢えて欠点に焦点を当てるとすれば、サイズが大きすぎる店か。2期工事で設置された燃料電池は、従来よりコンパクトであるとはいえ、やはりかなり大きな設備であることは確かだ。また水素吸蔵合金にも寿命があり、万能とはいえないかもしれない。

 しかし、自然エネルギーを水素に変えて利用していくというアイディアは、化石燃料資源を持たない日本にとっては、大きな夢を感じる。エネルギーの生産方法、貯蔵方法が解決すれば、水素はエネルギー問題を解決する鍵になるのかもしれない。

 稚内は風力発電と太陽光発電などで“自然エネルギー100%”の実現を目指す街だったが、それにとどまることなく、未来のエネルギーにも挑戦していた。日本の最北端の街が、自然エネルギーの中心となる日は、そう遠くはないかもしれない。





2011年12月2日 00:00