パナソニックが考える究極の懐中電灯とは 前編
~東日本大震災で懐中電灯の必須条件が変わった
by 阿部 夏子(2013/6/24 00:00)
震災以降高まった懐中電灯への注目度
東日本大震災以降、懐中電灯が売れている。発生から2年以上経った今でも、注目度は以前として高く、新製品も相次いで登場している。国内大手のパナソニックも例外ではない。震災以降は「いつもともしも」というコンセプトを立ち上げ、震災時だけでなく日常生活でも役立つような製品を相次いで発表。
2013年1月には、新製品として単四形電池から単一形電池まで使える「電池がどれでもライト BF-BM10」と、マグネットで冷蔵庫やドアに収納できる「EVOLTA付きLEDマグネットライト BF-BL10K」を発売した。
いずれも、「もしもの時に役立つ」ことを前提としながらも「日常生活でも役立つもの」を提案するユニークな製品だ。今回、両製品を開発したパナソニック AIS社 エナジーデバイス事業部 応用商品グループ 企画チーム 主任技師 大井秀典氏に同社が考える懐中電灯について話を聞いた。
同氏は入社以来懐中電灯部門を担当している筋金入りの「懐中電灯マニア」だ。今回同氏にパナソニックの懐中電灯についてインタビューしたところ、記者も全く知らなかった事実が次々と出てきた。
当初都内で済ませる予定のインタビューだったが、あまりにも話が興味深くて、大阪府守口市にあるAIS社守口工場まで日帰り出張してしまったほど。とても1回の記事では掲載しきれないほど、盛りだくさんの話を伺ってきたので、今回は「懐中電灯の開発について」と「懐中電灯の歴史について」の2部構成とさせていただく。
前編となる今回は、冒頭で触れた新製品の開発について話を伺う。
単一から単四まで4種類の電池に対応する懐中電灯
まずお話を伺ったのは、単一形電池から単四形電池まで4種類の電池全てに対応したユニークな製品「電池がどれでもライト BF-BM10」だ。この製品は、2005年の9月に発売した「電池どれでもライト」の後継機種で、新モデルでは対応する電池が従来の単一/単二/単三の3種類から4種類に増えている。
そもそも、電池どれでもライトという製品は、2004年に発生した新潟県中越地震がきっかけで開発された製品だという。
「新潟県中越地震発生当時は、懐中電灯といえば単一形電池2本を使うものが一般的でした。しかし、懐中電灯以外で単一電池を使う製品が少なかったこともあり、いざという時に使える電池がなかったりして、使い勝手が悪い。そこで考えたのが、単一/単二/単三の3種類の電池が使える懐中電灯でした。当時としてはかなり斬新なアイディアだったので、デザインにはこだわりました。単一から単三まで入るというのが見た目でもわかるように、かつ手でもちやすい引っかかりのあるデザインを採用しました」
結果として電池どれでもライトの初代モデルは、デザイン関係の賞を多数受賞し、累計40万台を売り上げた。これは懐中電灯1品番の売上としては驚異的なものだったという。新モデルでは、対応電池を従来の3種類から単四を加えた4種類に増やした。
「単四にも対応できるようになったのは、光源を従来の豆電球からLEDに変更したためです。光源を変更したことで、消費電力を抑え単四形電池1本でも対応できるようになりました。ただ、対応電池が4種類になったことで、電池のサイズの差が大きくなってしまい、電池ケースの構造には悩みました。従来モデルでは、種類の異なる電池が入っているというのをわかりやすくするために、電池サイズに合わせたデザインを採用していましが、それだとサイズが大きくなりすぎてしまう。今回は、持ちやすさを重視するために、電池を横に並べて配置し、取っ手をつけています」
4種類の電池に対応する製品と聞くと、いかにも構造が複雑な製品を想像するが、大井氏は「電池どれでもライトは、4種類の電池をアダプタなしで切り替える基本的にはシンプルな製品」だという。
「対応する電池が複数あるからといって、使い方が面倒だったら意味がない。新モデルでは接点を切り替えて使用する『ラウンドローターリースイッチ』を新たに採用しました。4つとも独立した回路になっているため、接続不良もすくなく、信頼性も向上しました」
回路を独立させることで、さらなる利点も生まれた。それは、メーカーや新旧の電池を混ぜて使っても問題ないということだ。
「電池を複数使う製品の場合、違うメーカーの電池や、古い電池と新しい電池を入れてはいけません。それが、電池どれでもライトであれば1本づつ接続して使うので、それにこだわる必要がない。もちろん充電池にも対応します。例えば、玩具などは最近単三3本を使う製品が多く、4本パックの電池を買うと1本余ってしまう。単一電池も2本はないけど、1本はある……ご家庭の中でそういったシーンって意外と多いと思うんです。電池どれでもライトであれば、そういった電池を無駄なく使うことができます」
さらに、新モデルでは、本体を縦においてランタンのように使うこともできるようになった。
「ランタン機能を搭載することにしたのは、やはり東日本大震災の影響が大きいですね。地震が発生した2011年は、前年比約2倍の8,000万本の懐中電灯が売れました。その中でも注目度が高かったのがランタンです。ランタンの一番の特徴は、前方向だけではなく、足下や周りまで明るいということ。従来の懐中電灯のような直進的な光ではなく、広がる光ということですね。そこで、光が広がりやすいシェードを新たに開発しました」
東日本大震災の影響は、製品開発にも確かに影響しているのだ。
「阪神・淡路大震災の時もそうでしたが、災害直後というのは確かに懐中電灯の需要はぐんと伸びます。でも、それがいつまで続くかというのは別の問題なんです。懐中電灯イコール非常時に使うものというイメージではなくて、生活の中に根付いていながら、非常時にも役立つ。パナソニックが東日本大震災以降に打ち立てた『いつもともしも』というコンセプトにはこういった願いが込められています」
旅館からの要請で開発を進めた常備灯
一方、もう1つの新製品「EVOLTA付きLEDマグネットライト BF-BL10K」は、常備灯からアイディアを得たという。実は常備灯は昭和41年にパナソニックが旅館へ提案する形で開発されたものだという。
「当時、旅館やホテルでは、火事などの災害が起きたときの非常用ライトがなく、火災がなどが起きたときに、室内がまっくらになり、宿泊客が逃げ遅れてしまうというケースがあったようです。そこで、懐中電灯を客室に常備するようになったのですが、どこに収納しているのかを説明する必要があったり、いざ使おうと思ったときに電源スイッチの場所がわからない、また自宅に持って帰ってしまうという人もいたといいます」
そこで考えられたのが、置き場所を固定して使う常備灯だった。常備灯とは、そもそも壁などにケースを固定して、使うときにライト本体を引き抜いて使う。その際、ケースから引き抜くとライトが点灯する仕組みだ。いつも同じ場所に収納してあるため、収納場所を探す必要なく、宿泊客がスイッチを入れる必要もない。また、ライトは、再びケースに収納しないと消灯しない仕組みだったため、自宅に持ち帰ってしまうケースもなくなった。
「常備灯は、光源が必ず上を向いた状態で設置されているんです。今では当たり前になっていますが、これは、ライト本体を取り出したときに、すぐに灯りが使えるように、手で持ち替えなくても使えるようにという工夫なんですよ」
ユーザーの目線に立った製品作りは当時から既に確立されていたのだ。
賃貸住宅でも使える常備灯
実は、常備灯も懐中電灯も懐中電灯同様、震災以降注目を集めた製品の一つだ。しかし、製品の性格上、壁などに設置して使わなければならず、賃貸住宅に住んで人からは敬遠される傾向があったという。そこで開発されたのが、新製品「マグネットライト」だった。
「常備灯は、壁などに穴をあけて、取り付けなければいけないので、抵抗感を感じる人が多かったんです。そこで考えたのが穴をあけずに使えるマグネットライトでした。マグネットを使うことで、穴をあけなくても壁に収納することができる。実は、家庭でマグネットを使える場所というのはごく限られているんです。まず思いつくのは冷蔵庫ですが、それ以外だと賃貸住宅のドアなど、多くても3カ所ほど。そのため、必要なときに探しまわらなくて良い。“常に同じ場所に備えてある灯り”という常備灯本来のコンセプトはしっかり引き継いでいます」
本体には3灯のLED搭載しており、明るさもしっかりと備える。光が広がりやすいように設計しているため、床やテーブルにおいてランタンとしても使えるという。
「スイッチは1つで機能はごくシンプルなもの。明るさも調節できません。ユーザーも強弱切り替え機能があっても、結局強にして使うという人が多いんです。光源が豆電球で持続時間が短かった時は、明るさに強弱をつける傾向がありましたが、今はLEDなので、連続点灯時間が確保できます。マグネットライトの場合、単三電池2本で30時間連続点灯(エボルタ使用時)できます」
3.11以降、懐中電灯はどうかわったか
大井氏の懐中電灯への熱い気持ちはここまで読んでいただけた人には伝わったと思うが、大井氏の活動はパナソニックだけに留まらない。パナソニックの懐中電灯はもちろんのこと、日本国内で扱う懐中電灯の規格を定める電池工業会で「一次電池部会」の器具委員も務めるのだ。
電池工業会では、携帯電灯の規格を電池工業会規格として維持・管理する取り組みも行なっている。とはいってもこれらの規制はあくまで、工業会に加入しているメーカーにのみ対応するもので、工業会に加入していないメーカーに対してこれらの規制を強制することはできない。
3.11以降、懐中電灯が全国的に不足したこともあり、海外製の懐中電灯が氾濫したことがあったが、これらの多くは電池工業会に加入していないこともあって、製品トラブルも多かったという。
「電池工業会に入っていないメーカーの場合、消費生活センターにクレームが入っても、対応が遅れてしまったり、対応ができない場合もあるんです。要は信頼性の部分ですよね」と話す。
実はこの信頼性という言葉は、今回のインタビューで何度も出てきた言葉だ。
「懐中電灯を非常時に使うモノとして考えると、いざ使おうと思った時に使えないというのは致命的なんです。パナソニックでは、そういったことをなくすために、なるべくシンプルな構造で、部品点数も少なくして、とにかく信頼性にこだわっています。多機能の製品というのは、その分部品点数が多くなる、部品の一部が壊れてしまったら、あるいはなくなってしまったら、使い勝手は一気に下がってしまいますからね」
ユーザーが製品購入して終わりというわけではなくて、その後の使い勝手にも配慮しているというのがよく分かるエピソードだ。
次回は、“パナソニック創業の製品”である懐中電灯の歴史についてレポートする。
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