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ダイソンが、第2のジェームス・ダイソンを探す理由

~“本気”のデザインアワードを世界18カ国で開催
by 阿部 夏子

プロモーションではない“本気”のデザインアワード

「2011年 ジェームズ ダイソン アワード」ホームページ

 独自のルートサイクロンを搭載した掃除機で知られるイギリスのメーカー「Dyson(ダイソン)」。そんなダイソンが、世界18カ国の学生を対象とした大掛かりなデザインアワードを開催しているのをご存じだろうか。正確にいうと、アワードを主催しているのはダイソンではなく、ダイソンが提携する「教育慈善団体ジェームズ ダイソン財団」だ。

 ジェームズ・ダイソン財団は、デザインやテクノロジー、エンジニアリングの教育、医学研究への慈善活動などを目的に2002年に設立された教育慈善団体で、2007年から毎年「ジェームズ ダイソン アワード(Jamese Dyson Award。以下、JDA)」を開催している。

 JDAは、イギリス、日本、アメリカ、オーストラリア、フランスなど世界18カ国の学生を対象としたもので、国際優秀賞には、受賞者、および学生を輩出した大学に対しそれぞれ10,000ポンド(約130万円)の賞金が授与される。

 メーカーがある製品のデザインや名称を公募したりすることは、それほど珍しいことではない。しかし、ダイソンのデザインアワードは単なるプロモーションとは一線を画した“本気”のデザインアワードだ。

 応募資格は「大学、それに準じる教育機関で、工業デザイン、プロダクトデザイン、エンジニアリングを専攻した学生、または卒業4年以内の社会人」、さらに応募の際には、作品概要・開発動機・開発過程の説明、作品画像、スケッチ・設計図、作品の機能を表す動画・レンダリング、大学または準じる教育機関発行の在学証明などの書類が必要となる。

 誰でも気軽に応募できるわけではなく、プロダクトデザインの教育を受けて、それを形にできる人を求めているのがわかる。

 また、18カ国のトップとなる優秀賞を獲得しても、その製品が製品化されることはない。受賞者は、ダイソンのアワードで賞を取ったということをアピールポイントとしながらも、自分で製品化してくれるところを探さなくてはならない。

 JDAの目的は「人材を育てること」にあるという。実際、ジェームス・ダイソンは熱心に教育に取り組んでいる。本国イギリスでは、積極的に講義などを行なっているほか、今年8月からは、芸術分野の最高峰である「英国王立芸術大学院」の学長を務める。

 そんなジェームス・ダイソンの意思が、ストレートに表現されているのがJDAなのだ。今回はジェームズ ダイソン財団の活動の一環として、イギリスや日本で行なっている大学での講義の模様を取材した。

多摩美術大学や武蔵野美術大学で定期的にワークショップを開催

 今回講義が行われたのは、多摩美術大学 美術学部生産デザイン科 プロダクトデザイン研究室。ダイソンのデザイン・エンジニア、Andrew McCulloch(アンドリュー マカラック)氏自らが講義を行ない、その後のワークショップでは、実際に形を作り上げるというものだ。

講義を行なった多摩美術大学 美術学部生産デザイン科 プロダクトデザイン研究室今回のような講義は初めてではないという講義を担当したダイソンのデザイン・エンジニア、Andrew McCulloch(アンドリュー マカラック)氏

 1部の講義では、スライドを使いながら、ダイソンの物作りはどう行なわれているか、どのようなコンセプトがあったのかなどを丁寧に説明。参加した学生達は真剣な面持ちで、耳を傾けていた。

 特に印象的だったのが、ダイソンでは、常にイチからモノ作りを始めるということ。つまり、日本のメーカーのように既にある製品をブラッシュアップするということはしないというのだ。

「今ないもの、そして、今ある不満を解消するものを作るというのが私たちデザイン・エンジニアで共有しているモノ作りの考え方」(Andrew氏)だという。

スライドを使いながらダイソンのモノ作りについて講義を受ける。どの学生も真剣に講義を聞いていた製品の設計図などを使って、より専門的な講義を行なっていたダイソンが新製品を作る際に、どのような手順で作業を進めていくかなども説明された

 第2部のワークショップでは、その考え方を体現するということが求められた。テーマは、「日常生活のフラストレーションを解消する、風を使った製品の提案」。グループに分かれて、作業を進め、最終的には3Dの形にまとめ、製品のプレゼンを行なうという。

第二部は120分で、製品を形にして、プレゼンまで行なうことが要求された授業の合間には、学生とAndrew氏が直接話をするシーンも。世界的なメーカーのエンジニアと直接話ができるのは、学生にとっても貴重な体験だろう5~6人ずつのグループに分かれて作業を進める

 5~6人ずつ分かれた学生たちは、用意された段ボールや、エアーマルチプライアー、ダイソンの掃除機のホースやダストボックスなどを自由に加工して、製品作りを進めた。合間にはAndrew氏が各テーブルを回って、アドバイスなどを行なう。

まずは個人で日常生活で感じる不満点を挙げていく。学生らしい悩みがたくさん挙がっていた次にグループで話し合ってテーマを絞っていくモデル作りのために、用意されたキット。ダイソンの掃除機のホースやダストボックスなどが用意された

 約120分という時間で行なうには、難しい課題のように感じたが「デザイン事務所に就職したら、こんなの毎日のことだよ」(Andrew氏)と笑う。

 また、もの作りにおいては、1つの製品の定義を考えることも、方法の1つだという「たとえば、一般的な扇風機を言葉で定義すると『羽根を使って風を前方に送り出すモノ』となる、そう考えるとそこからしか、デザインのアイディアが広がらない。でも、『電気を使って羽根を起こすもの』と考えると、全く違うものが想像できるだろう。私たちの作った、エアーマルチプライアーも、これまでの扇風機とは全く違った形を生み出している。扇風機のように何十年も、形や機能が変わらなかった製品の場合、自分で新しい定義を考えてみるのも方法の1つ」と、学生達にアドバイスを行なっていた。

 できあがった製品は、どれも独創的なものばかりだった。中でも評価が高かったのは、中に風を通して衣類を乾かすというハンガー。柔らかい素材を使うことで、衣類に合わせて形を変えられるという。これは学生の1人が「生乾きの衣類っていやだよね」という不満を感じ、発想を得たもの。

ユニークな作品が次々に発表された。写真は坂道のトンネルの中に風を通すというもの。風の力で人や自転車を押し上げることで、楽に走行できるほか、車のスピードを抑えることができるというこちらは、ソールの中に空気を入れたシューズ。水たまりの中を歩く時も水がはねないというひさしの周りに風を通す管を設置したベビーカー。暑くなりすぎるのを防ぐという
優勝したのは中に風を通して衣類を乾かすというハンガー。自由に形を変えられる点も特徴だ分かりやすいプレゼン資料も決め手となった

 最後のプレゼンで、皆に分かりやすい形になっていたのも評価につながったようだ。Andrew氏は「ハンガーも長い間、形が変わっていない。本体の形が自在に動かせるというところも面白い。グループでの作業ということで、チームワークも見ていたが、優勝チームは時間配分を考えて、みんなで分担して作業を進めていた。限られた時間や材料で作業を進めることも、プロダクトデザインにおいては重要なこと」とコメントした。

ジェームスは“プロダクトデザインを志す人にとっては伝説の人”

多摩美術大学 美術学部生産デザイン科 プロダクトデザイン研究室 学科長・教授の和田 達也氏

 多摩美術大学 美術学部生産デザイン科 プロダクトデザイン研究室では、同様のワークショップを2006年から開催。2007年にはジェームス・ダイソン自らが、講義を行なったこともあり、ジェームス・ダイソンは、美術学部生産デザイン科 プロダクトデザイン研究室の客員教授としても名を連ねる。

 学科長・教授の和田 達也氏は、今回のような取組みについて「プロダクトデザインを学ぶ生徒にとっては、日々の生活や周りにいる人たちが全て学ぶ対象になりうる。大学の中だけではなく、ダイソンのような世界的な企業が教育に協力してくれるの素晴らしいこと」と語る。

 和田氏はグッドデザイン賞の審査員も務める、プロダクトデザインの世界ではよく知られた人物だ。そんな和田氏にとってダイソンの製品はどう映るのだろう。

 「日本の掃除機は、真っ赤なボディに曲線や、凹凸があったり、掃除機は基本的に家の中でしか使わないのに、形だけを見るとまるでフェラーリのようにゴテゴテしている。フェラーリがあのような形をしているのは、走行中の空気抵抗をなるべく減らそう、もっと早く走れるようにという機能性があってのこそ。プロダクトデザインは、機能あってのデザインのはずなのに、日本の多くの製品には、そこが欠けているように思う。一方、ダイソンの掃除機は最初からデザインが一環している。それはなぜかというと、機能が形に表われているから、ゴミを吸うものであって、それ以上の余計なことは追求していない。デザイナーが機能をよく知っているからこそのあの形」

 また和田氏は、もの作りの将来に危機感を抱いているというジェームス・ダイソンの大ファンであると公言する。

 「プロダクトデザインを志す者にとっては、伝説の人。その才能や経歴はもちろんだけど、人としての信念やの意思の強さも卓越している。紳士的で、穏やかな人柄にも惚れ込んでいる」

 ダイソンでは、武蔵野美術大学、多摩美術大学、東大、などで講義やワークショップを開催している。年2~3回ほどの頻度で、これまでに20校あまりで開催してきた。講義を行なっているのは、いずれもプロダクトデザイン科、機械工学科などだ。

ダイソン PRマネージャー 神山典子さん

 世界規模での、デザインアワードを毎年開催、さらに複数の大学での講義やワークショップを開催するというのは、ダイソンほどの規模の会社であっても決して楽なことではない。「財団があるからこそ、できること」(ダイソン PRマネージャー 神山典子さん)だという。

 それでも、同社が取組みを続けるのは、ジェームス・ダイソンが「将来を危惧しているから」だという。ここで、ジェームス・ダイソンが言う、「将来」は会社の将来ではない、「ものづくり」の将来だという。

 「ジェームスが生まれ育ったイギリスは、産業革命を起こした国でありながら、現在は生産業が振るわないという現状がある。高学歴で優秀な人物は金融系やマスコミに就職することが多く、クリエイティブな道を目指す若者が減っているんです。ジェームスはそれをとても悲しいことだと感じているようです」

 「ジェームスは、1つの製品が経済や、世界までも動かすことを身をもって知っている。アワードは、そんな物作りの魅力に気づいた人や、発想がある人へのチャンスを与えるために開催しています」

 自らのアイディアを手に、世界中の若者が応募するこのアワード。きちんとした課題をこなすことが求められるので、気軽に参加できるようなアワードではないが、やる気のある人物に開かれたチャンスであることは間違いない。このアワードを通して、私たちが想像もしたことのないような製品が生まれるのも、そう遠くはないかもしれない。






2011年8月10日 00:00