イベントレポート

CEATEC 2014

「機械が人に合わせる」オムロンのラリー継続卓球ロボット

終日、黒山の人だかりとなったオムロンブース

 オムロンは、CEATEC JAPAN 2014の同社ブースにおいて、「ラリー継続卓球ロボット」を展示した。

 人間が打ったボールを的確に打ち返すだけでなく、人が打ちやすい場所にボールを返すことで、人とロボットがラリーを長く続けることができるのが特徴だ。

オムロンブースで展示されたラリー継続卓球ロボット

 人の位置とラケットの位置、打球の三次元位置と、速度計測、球の軌道を予測する意味センシング技術に加え、ロボット側の軌道計算、リアルタイムロボット制御を行なう思考型コントロールを組み合わせることで、長時間のラリーを実現するという。

 CEATEC JAPAN 2014でも、この展示は高い注目を集めており、初日からオムロンブースは黒山の人だかりとなった。

2つの画像センサーで相手の力量に合わせるラリー継続卓球ロボット

 同社が、ラリー継続卓球ロボットを開発した背景には、「機械が人にあわせる」という、人と機械の新たな関係を象徴するロボットを作り上げる狙いがあった。

 もともと同社は、産業用コントローラやサーボモーターなど、FA(ファクトリー・オートメーション)分野で高い実績を持つ。

 だが、これまでのオートメーション機器は、人に代わって作業をすることが目的であり、人の動きに表現される「意図」を把握したり、人の「意志」を理解すること、状況にあわせて人を「支援」することはできなかった。

 また、工場内では危険性を回避するという狙いもあり、ロボットが働くスペースと、人が働くスペースは明確に区分けされ、ロボットが作業する範囲は作業中は立ち入れないというのが一般的だ。

 同社では、人と機械が最適に調和した豊かな社会を作るために、「センシング&コントロール」技術の開発に取り組んできた。

 同社がコア技術と位置づけるセンシング&コントロールは、収集した情報を価値に変換するための技術。「人の意思や考え」「人の身体情報」「人やモノの位置や状態」「人やモノの個別情報」「自然環境」などの様々な情報から必要なものを選び出し、人にとって価値ある情報に変換することで、機械をコントロールするという考え方に基づく。それらに、人の認知や行動を機械自らが考える「Think」を付加することで、機械が人にあわせる技術へと進化させることができると考えている。

 それを具現化する取り組みのひとつとして、同社のFA技術との融合による「ラリー継続卓球ロボット」を開発したというわけだ。

 昨年、創業80周年を迎えたオムロンが、それを記念して、長年事業を展開している中国市場においてプライベートイベントを開催。その際に、中国で人気スポーツのひとつである卓球を題材として、機械が人にあわせる世界を具体的に提案してみせたのが、ラリー継続卓球ロボットの始まりである。今回のCEATEC JAPAN 2014での展示について、同社が「日本初上陸」と表現しているのも、こうした中国での展示実績があるためだ。

人間と同じ速度で打ちやすい場所に打ち返す

 ラリー継続卓球ロボットの仕組みは次のようになる。

 ラリー継続卓球ロボットの上部に搭載された2種類の画像センサーで、人の位置と、人のラケットの位置、そして球の三次元による位置と速度を計測。球の位置と速度の計測データは、1秒間に80回という高速データ転送を行なう。

 このデータを元に、ロボット側に返ってくる球の軌道と速度を予測。予測した情報をもとに、ロボット側のラケットの軌道を計算して、その結果を産業用コントローラに出力。5つのサーボモーターを搭載したロボットハンドを1/1,000秒単位で制御して、相手と同様の速度で打ちやすい場所に打ち返す。

2つの画像センサーで人の位置と、人のラケットの位置、そして球の三次元での位置と速度を計測
5つのサーボモーターを搭載したロボットハンドで打ち返す

 山なりで打つ人には山なりのゆっくりした球を、少し早い球で打つ人には少し早い球を返すことができるという。

 つまり、相手が大人でも子どもでも、その人の打ち方に合わせて、その人が打ちやすい場所に、打ちやすい速度で打ち返すというわけだ。

 実際、デモンストレーションの様子を見ていると、人がどんな場所に打ち返しても、ほぼ同じ場所に球が打ち返されているのがわかる。

同じところに返球していることがわかる

 これも、「機械が人にあわせる」という提案を具体化したものだ。

 そして、人が打った球の軌道が悪く、絶対にラケットが届かないと卓球ロボットが判断した場合にも、限界まで腕を伸ばして空振りするように設計しているという。悪球を見逃されるよりも、反応してくれることがうれしく感じることを踏まえたものだ。「機械が人にあわせる」という配慮が見え隠れする。

 ところで、この「ラリー継続卓球ロボット」は、実際に販売することは考えていないという。今後の商品化予定もない。

 「機械が人にあわせてくれるため、卓球の練習にはならない。あえてあげれば、温泉旅館の卓球場ぐらいだろう」(同社)と冗談混じりに語るように、具体的な導入用途があまり想定できないからだ。

 高さは約2.7mあり、重さは600kg。このサイズを考えると、温泉旅館でも導入には限界がありそうだ。

 だが、ここで採用された技術は、今後、オムロンの様々な製品やサービスに応用されることになりそうだ。

ラリー継続卓球ロボットの技術を幅広い領域の製品やサービスとして提供

 同社によると、「ラリー継続卓球ロボットで活用しているセンシング&コントロール技術は、工場自動化用の機器、家電や通信、自動車用部品、社会システム、健康医療機器といった幅広い領域に展開し、様々な製品やサービスとして提供していく」という。

 実際、オムロンブースでは、ラリー継続卓球ロボットで採用している技術を応用した製品やサービスも展示されている。

 同ブースのインダストリアルオートメーションゾーンで展示している「振動抑制技術」もそのひとつだ。

 これは、液体などを揺らさずに高速で運ぶことができるもので、高速処理が可能なプロセッサを活用して移動をコントロール。微妙なトルク変化を制御することで振動を抑制することで、コップにあふれんばかりの水をこぼさずに移動させられるという。

コップの水をこぼさず移動させる振動抑制技術

 この技術を利用することにより、医療分野や製造分野などにおいて、液体の表面の揺れが収まるのを待たずに次の作業ができるなどの使い方ができる。

画像センシングコンポ「Human Vision Components-Consumer Modelシリーズ(HVC-C)」

 また、10月3日に発表した画像センシングコンポ「Human Vision Components-Consumer Modelシリーズ(HVC-C)」も、ラリー継続卓球ロボットの画像センシング技術を活用したものだといえる。

 HVC-Cは、表情や性別、年齢、視線、ジェスチャーなど10種類の人の状態や動きをセンシングできる手のひらサイズの製品。オムロンでは、このプラットフォームをオープン化し、アプリケーション開発者が参加できる環境を用意するという。

 このようにラリー継続卓球ロボットで活用されている技術は、すでに様々な製品へと展開されており、今後も応用が続きそうだ。

リアルタイム翻訳など数々の技術や製品を展示

 ちなみに、オムロンブースでは、このほかにも数々の技術展示や製品展示を行なっている。

 重倒立振り子の棒を安定して倒立させ続ける「ビジュアルフィードバック制御」や、衝突直前警報や雨降り検出、オートライト検出を一体化した「マルチオプティカルセンサ」や、非接触で脈拍を検知し運転中の居眠りや体調不良などを検知する「車載用脈拍センサ」、橋梁の老朽化や異常個所を診断・推定する「構造物モニタリングソリューション」や、振動エネルギーを電気に変換し有効利用する世界最高効率の「小型振動発電モジュール」を出展。

 そのほか、海外旅行先で気になる言葉をウェアラブル端末越しに瞬時に翻訳する「リアルタイム翻訳 トランスコープ」や、家庭と病院をネットワークでつなぎ、日々の診察を支援する新しい血圧管理の仕組み「メディカルリンク」、患者の体温などの測定データを電子カルテに自動転送し安全で効率的に看護業務を支援する「スポットチェックモニタ」などを展示している。

ウェアラブル端末に翻訳した文字を表示することができる「リアルタイム翻訳 トランスコープ」

 オムロンブースのコンセプトは、「We automate! 変わりゆく社会に、あたらしいオートメーションを」。ラリー継続卓球ロボットだけでなく、展示されたすべての製品に、人と機械のあたらしい関係を模索する取り組みが表れているといえそうだ。

大河原 克行