やじうまミニレビュー

コクヨS&T「もしもの時に役立つノート」

~自分と家族のために、自分の情報を記録するノート
by 伊達 浩二


やじうまミニレビューは、生活雑貨やちょっとした便利なグッズなど幅広いジャンルの製品を紹介するコーナーです


コクヨS&T「もしもの時に役立つノート」

親しい人でもわからないことがある

 もうだいぶ前の話になるが、私が40歳の時に、父が75歳で亡くなった。その際に、長いつきあいであり、よく知っていたと思っていた父のことを、何も知らなかったんだと、思い知らされることが多かった。

 たとえば、連絡すべき友人や知人の住所、親戚の係累関係、銀行口座の口座番号や暗証番号、生命保険の加入の有無、年金の加入記録、希望の葬儀形式、墓所の希望などの情報だ。葬儀を始めとする一連の行事にあたって必要なことなのに、私が知らないことばかりだった。

 父は、ある程度危険な状態で入院してはいたのだが、いざ、亡くなるまでは、どういう情報が必要となるのかということすら、私は考えたことがなかった。後になって、「生きているうちに聞いておけば、簡単なことだったのに」と何度も思ったものだ。

 結局、葬儀はなんとかやり遂げたものの、連絡できない方が多く、悔いの残るものだった。最終的に墓所を買い求め、納骨するまでに3年かかったが、もっと父についての情報を持っていれば、早くできたと思う。それでも、納骨が終わったときには、全部終わったという開放感で、本当に嬉しかったのを覚えている。

 それから、何人かの家族や友人を見送ってきたが、「この人のことを何にも知らなかったんだなぁ」と思うことが多い。自分のことを記録している人は少なく、自分自身が、急にこの場からいなくなったらということを考えたことがある人は、ほとんどいないのだ。

 残された人々は、かすかな記憶を持ち寄り、郵便物を漁り、何本も電話を掛け、役所に足を運んで、いなくなった人の記録を探し求めることになる。

 そういうことが何度もあったので、「エンディングノート」という製品には、ずっと関心を持っていた。

 「エンディングノート」とは、ここ数年、高齢者を中心に話題になっている製品だ。簡単に言えば、自分がいなくなったときのために、後に残る人のためへの記録ノートだ。

 よく、遺言状と遺書とエンディングノートを混同している人がいる。簡単に言えば、遺言状は法的に有効な状態で財産の処分などについて意志を伝えるためのものだ。遺書は自分の志や気持ちを遺族に伝えるためのもの。エンディングノートは、もう少しゆるやかでカジュアルな形で、知っておいてほしい情報を記したものと思えば良いだろう。

 しかし、各社のエンディングノートを見比べてみると、その性格にかなりの差がある。一方の側に、幅広い年齢層を対象とし、純粋に記録を残す側面の強いものがある。もう一方の側には、主に高齢者を対象として、この世を去ることへの覚悟を作るための読み物に近い性格の商品がある。

 今回は、記録的な性格が強く、日常生活でも利用価値のある、コクヨS&Tの製品を紹介したい。製品名を「もしもの時に役立つノート」という。

 


メーカーコクヨS&T
製品名もしもの時に役立つノート
購入場所Amazon.co.jp
購入価格1,145円

 

読みやすい導入。読んでもらうための工夫

 「もしもの時に役立つノート」の特徴は、明るいことだ。表紙はオレンジ系の配色で、濃い緑が多い他社製品とは一線を画している。また、箱入りのものが多い他社製品に対して、半透明の樹脂系カバーがかかっているだけで箱はない。

 他社の製品が、仏壇の横や書棚の隅が似合うのに対し、「もしもの時に役立つノート」は、リビングの隅や固定電話の横が似合う。

 帯には「エンディングノート」という言葉が使われているが、この帯を外してしまうと、英文で「LIVING & ENDING NOTEBOOK」とだけ記されている。死を思わせる要素は慎重に排除され、日常の明るさを取り入れようという意図が感じられる。

 また、ページ数を64ページと少なくして薄く仕上げることで、ノートらしい軽快さを出している。がっちりとした背表紙のある厚みのある製品仕上げにすると、手が伸びにくくなることを知っているのだ。

オレンジ系の表紙に、白い帯がかかっているデザイン機能説明は帯の部分にまとめられている。ちょっとぼんやりとして見えるのは、半透明のカバーがかかっているためだ帯をはずすと、日常的の場にあっても違和感のないノートになる

 全体の構成は、「はじめに」「自分のこと」「資産」「気になること」「家族・親族」「友人・知人」「医療・介護」「葬儀・お墓」「相続・遺言」「その他」の10章から成っている。

 書き方のガイドとなっている「はじめに」を例にとると、文中にはイラストが添えられ、解説も同じキャラクターを使ったマンガで活用事例が示されている。もちろん、文章でなければ説明できないこともあるが、文章の長さはかなり短くされており、文章を読み慣れていない人でも拒否されないように配慮されている。


左ページのように全体は10章に分けられている。右ページでわかるように、文章を短くして読んでもらおうという意欲が感じられる。活用事例のイラストを入れて親しみやすさを出しているエンディングノートなのだが、死亡や相続の話ではなく、家族の入院の話から使い方の説明が始まるところが、この製品のコンセプトをよく表わしている

 

 ノリとしては、「暮らしの一口メモ付き家計簿」あたりを目指している感じだ。想定読者層の下限は20代後半というところで、他社のエンディングノートよりもずっと若い層までカバーしようとしている。

 たとえば、活用事例の最初の1つは「家族が入院して困った話」であり、登場する夫は34歳、妻は28歳という設定だ。妻が入院すると、夫が家庭を維持していくために必要な情報を何も持っていないことを思い知らされるというストーリーになっている。

 ほかの2つの事例は「親が亡くなったときに困った話」と「日常生活の中で困った話」で、遺産管理と、クレジットカードや保険情報の管理がテーマになっている。

  普通のエンディングノートであれば、遺産管理の話を最初に持ってくるところだが、あえて入院というテーマを持ってくるところが、良く考えられているところ だ。つまり、このノートが「死」を想定した製品ではなく、「不在」を想定した製品であるということを最初から、読者に印象づけようとしているのだ。

 また「日常生活の中で困った話」の事例では、日常生活には管理すべき情報があるということを印象づけ、このノートに情報をまとめて管理することのメリットを刻み込み、ノートへ記録しようという気持ちを盛り上げるのだ。

 こういう風に、言葉にしてしまうと、とても長くて読みにくいものを想像してしまうかもしれないが、それぞれの事例はたった2ページのマンガであり、さらっと読める。全体で64ページあるノートのうち、読む部分は8ページしかないし、うち6ページはマンガになっている。きっと制作者は、あれもこれも書きたいという気持ちを抑えて、情報を最小限のものにするのに苦労しただろう。

少しずつでも書き続けられるように工夫されている

 さて、「はじめに」を読み終わって、実際に「自分のこと」の章から、データを記入していこう。

 まず、「自分の基本情報」というページがあり、だいたい、各項目は見開き単位になっている。まず、左ページの名前や住所本籍などから記入していく。

 しかし、右ページになって「現在の住所以外に住んだことがある場合は、住所と電話番号を書いておきましょう」あたりで、すでに気力が尽きかける。手で文字を書くのは大変だし、記入するための資料を揃えるのは、もっと大変なのだ。

記入のコツとヒント。「書けるところから書いていきましょう」「何度でも書き直し、書き足しOKです」と、ちょっとずつ作業していけば良いと伝えて、負担を軽くしている

 ノートもそのあたりはわかっていて、「正確に思い出せない場合は、県名や市区町村名だけでも書いておきましょう」と、この場で完成させなくてもヒントだけ書けば良いと、優しく語りかける。また、「以前の住所・電話番号で登録された情報を探す際にも役に立ちます」と、メリットを訴求して、やる気をかき立てる。

 そう、この製品の、もう1つの特徴は、「書けるときに書けることだけ書けば良い」と割り切っていることだ。いきなり完璧を求めると、人はプレッシャーに負けて逃げ出してしまうということをよく知っているのだ。

 その代わり、そのデータを記入した日付だけは、ちゃんと記録しようと勧める。この日付は、やる気を出す励みにもなり、また、あとで残された人が読み解くときの手がかりにもなるからだ。

 また、書ききれないデータについては、後ろに3ページ用意されているメモ欄を使うようガイドされている。これは、できるだけデータをノートに集約することが目的だろう。私も、故人の遺品から住所録が何冊も出てきて、どれが最新のものかわからず困った経験がある。「ともかくこのノートを見れば、すべてわかる」という状態にしようという意図が強く感じられる。

 その意図に沿って、巻末の「その他」では、写真やCD/DVDを入れるためのポケットが付属している。たとえば、遺影に使ってほしい指定の写真や、音楽葬を希望する時に使ってほしいCDなどを入れておくためだ。

親族用の住所録。入院時や葬儀時の連絡が「する・しない・どちらでもよい」となっているところがリアルだ。連絡したくない(またはできない)親族というのもいるからだ付属のディスクケース。なにかのときに使ってほしい写真や音楽、DVDによるメッセージなどを入れて、ノートのカバーの見返しに入れておく。個人事業主ならは、数年分の確定申告データをCDに焼いていれておくと良いと思う。個人事業主の場合、そういうデータのありかは、本人以外にはわからなくなるものなのだ

プライバシーの後片付け

 ほとんどの章は、章の名前だけで内容がわかると思うが、わかりにくいのは「気になること」だろう。

 この章の項目は、「携帯・パソコンについて」「WebサイトのIDについて」「宝物・コレクションについて」「ペットについて」などだ。だいたい、契約内容や連絡先、もしものときの希望などを書き込むようになっている。

 書き込む本人としては、ある意味で、自分自身のもっとも重要なプライバシーであり、一番、気になる部分かもしれない。また、携帯電話の住所録などは、確認せずに消去してほしいと思う人も多いのではないだろうか。本人が、そういう希望であることを明記しておけば、家族はそのように取りはからってくれるものだ。

携帯・パソコンについて。「デジタルデータの処理の仕方について書いておくと安心です」という言葉には強く同意する。「きれいに丸ごと消去してください」と、書かれていれば、家族も安心して専用業者に処分を頼めるペットについて。このページの一番下には「もしもの時の希望」という欄がある。「○○さんにひきとってもらうお願いをしています」とか「家族で世話をお願いします」という例文のような例は幸せだ

パソコンや携帯電話ではなくて、紙に残すことの意義

 最後に1つ。パソコンやケータイに慣れている人ほど、このノートを記入している時に、紙の形ではなくて、Webアプリやローカルのアプリであってほしいと思うだろう。私も強くそう思ったのだが、やはり紙の形で良いのだと思い直した。

 紙は数十年ぐらいはちゃんと持つし、開けば、誰でも読むことができる。電子化されたデータでは媒体としての寿命が短い。たとえば、今、フロッピーディスクに記録されたデータを、すぐに読むことは簡単ではない。また、パソコンやケータイにロックが掛かっていてログインできないのは当たり前になりつつあり、自分以外の人が、そういう機器の中のデータにアクセスすることは難しくなる一方なのだ。

 このノートの用紙は、帳簿用の用紙が使われており、一般の紙よりも長持ちしやすい。かなり長期間にわたって自分の側に置いておけるような配慮がされているのだ。

自分をとらえ直すきっかけに

 「もしもの時に役立つノート」を手にしてから、かなりの時間が経つが、記入は全然終わっていない。

 何かを記入するたびに、引き出しから証書類を探し出すなどの手間がかかる。親戚の住所を記すときも、宅配便の荷札や、年賀状などをひっくり返すことになる。

 ただ、そういう手間は、面倒だとは思わなくなってきた。なぜなら、ここで手間をかけておけば、残された人が、同じだけの手間をかけずに済むからだ。いや、自分自身でなければ、同じ情報を集めるのに何倍もの手間がかかることを、私は知っている。

 このノートは日常生活でも便利だろうが、やはり本来の意味を発揮するときは、私自身が自分の意志を表明できない状態になっている場合だろう。そういうときに、こういう情報を集めることに家族が手間をとられず、その分、気持ちにゆとりをもって、その事態を受け入れてくれれば、それに越したことはない。

 そう思うと、楽しいというほどではないが、やりがいのある作業だと思えるようになった。

 それに、このノートを書いていると、自分自身というものがよくわかってくる。連絡を取り合っている友達って少ないんだなぁとか、いらないカードやパソコンを少しは処分しておこうかとか、「大阪のおばさんの娘」として知っている親戚は、いったいどういう係累なんだっけ、とか改めて考えることは多い。

 そう重く考えなくても、親戚への連絡とか、クレジットカードの番号とか、保険の名義など、何かのデータが必要になったら、かならずこの「もしもの時に役立つノート」に記入するというルールを決めておけば、少しずつでも記入が進んでいくだろう。


2011年 10月 28日   00:00