インタビュー
目指すは家電をまとめて制御する「ロボット執事」
――iRobot CEOコリン・アングル氏に聞く
20周年記念の金箔ルンバを掲げるアングル氏 |
iRobotは、今から20年前の1990年に設立された米国のロボットメーカーだ。掃除ロボット「Roomba(ルンバ)」や、軍事ロボット「Packbot(パックボット)」で知られる会社である。日本国内で販売されているのはルンバだけだが、アメリカでは床磨きロボット「Scooba(スクーバ)」、雨どいを掃除するロボット「Looj(ルージ)」、プール底を掃除するロボット「Verro(ベロ)」等も開発・販売されており、自律ロボット開発に特化した会社として唯一、NASDAQに上場している会社でもある。
2010年1月にはiRobotの家庭用ロボットの総出荷台数世界での累計出荷台数は500万台を超えた。今年の売り上げは3億8,000万ドルから3億9,500万ドルの見込みで、従業員数は600名である。
10月7日、iRobotの共同設立者の一人でCEO(最高経営責任者)のColin Angle(コリン・アングル)氏が来日記者会見を開いた。その模様は既にレポートされているとおりだが、この記事では個別取材で聞いた内容をお届けする。
■基礎技術を追求するパートナー企業を探索中
――(テーブル上のコーラを見て)2008年に、当時iRobotの会長職にあったヘレン・グレイナー氏にも話を伺う機会がありました。そのとき、彼女もコーラを飲んでいました。iRobotの人たちはみんなコーラ好きなんですか(笑)? (iRobotは2003年にペプシコーラのCMにルンバのような掃除ロボットが登場した事により、売り上げが3倍になったことがある)
カフェインが必要ですからね。みんな飲んでますよ(笑)。
――その後、ヘレン・グレイナー氏はiRobotを離れました。創業から20年経ったいま、iRobotの共同創業者で残っているのはあなただけです。彼らと別れて、今後、iRobotという会社をどのようにしていこうと考えていますか?
たしかにほかの2人は離れましたが今でも取締役会の一員です。ですから、何か発言したい、参加したいと思ったときには自由にできます。2人は離れましたが、戦略は同じで変わりません。つまり、これからも軍事用途と消費者向けの実用的な製品を開発したいと思っています。
最近、2つの新しい取り組みを始めました。1つはビジネス事業部門で、新しい実用化の可能性を探しています。それともう1つはコモンテクノロジー部門です。それのCTO(最高技術責任者)としてTom Wagner(トム・ワグナー)を任命しました。コモンテクノロジーオフィスは、新しいパートナーシップを組める相手を探しています。
海洋調査ロボット「Seaglider(シーグライダー)」などもiRobotは展開 |
――最近、iRobotはヘルスケア部門や海中ロボット部門にも力を入れています。いま仰った「新しいパートナーシップ」とはそのような分野での相手のことでしょうか?
昨年、我々は水中ロボット技術を持っている会社を買収しました。ガバメントビジネス(政府などの公的需要)でのビジネスエリアをさらに広げるためです。ご存知のとおり、水中ロボットも既に販売しています。
しかし今申し上げたコモンテクノロジーオフィスのパートナーシップの話は、より一般的なテクノロジーの話です。例えばナビゲーション技術やセンサー関係の技術など、それらの基礎技術を一緒に追求できるようなパートナーを探しています。それらの技術があってはじめて、ロボットができるわけです。
■ルンバの名称が 「掃除ロボット」から「自動掃除機」に変わった理由
――ここからは日本国内の話に切り替えたいと思います。最近になってキャッチフレーズを「掃除ロボット」から「自動掃除機」に変えましたね。あれはiRobotの意図なんでしょうか、それとも日本国内ディストリビューターであるセールス・オン・デマンド株式会社の国内向け戦略なんでしょうか?
セールス・オン・デマンド社の戦略です。
――では、今でも米国では「掃除ロボット」として売っているということですか
我々は、大きな挑戦をしています。ロボットがちゃんと掃除をしてくれるのかどうかについて、人々がなかなか信じてくれないということは理解しています。ですから様々なトライをしています。日本ではロボットという言葉を使わずむしろ自動掃除機としたほうが信じてくれるのではないかと考えました。なぜなら日本ではロボットというとヒューマノイドのような機械のイメージが強いからです。
――それは日本の特殊事情ですか? つまり「掃除ロボット」ではなく「自動掃除機」としているのは、日本でのマーケティング上の事情であると理解していいですか。
はい。
―― ルンバ以外の床磨きロボット「Scooba」や雨樋を掃除するロボット「Looj」などは今のところ日本での販売予定はないとのことですが、今後も可能性はまったくないのでしょうか。それとも可能性を探りながら市場を探索しているという意味なのでしょうか。
セールス・オン・デマンドの木幡民夫社長が「売る」といえば売りますよ(笑)。
――彼が売る、つまり「日本でも売れる」という判断をしたら売るということですか?
その通りです。我々はローカル・ディストリビューターの意見を重視しています。何が市場で成功するかしないか、受け入れられるかはやはり現地の人が一番分かっていると思いますので。ただ、ビジネスリソースは限られています。リソースをうまく利用するためにも、日本ではできるだけ「ルンバ」の販売拡大とサポートに集中しています。それができて、次のステップということになると思います。
――日本の市場や消費者からのフィードバックはどうでしょうか。反映されていますか?
いつもいつも、常に(笑)。日本の消費者の声は重要です。日本の消費者は掃除機を頻繁に使ってくれるからです。そのため、品質を向上しないといけないと感じました。特に日本の消費者は製品に頑健性を求めます。セールス・オン・デマンドからは「製品寿命をできるだけ長くするように」と言われています。今の製品については、日本のお客様あるいはセールス・オン・デマンド社は、数年前の同じものよりも満足してくれていると思います。いまは、「もっともっと製品を送れ」と言われています。
■ライバル企業の参入は「市場が大きくなるから歓迎」
―― 最近、廉価な韓国製の類似製品が出てきています。また米国でも高機能な掃除ロボットが出荷されています。具体的にはneatoroboticsの「XV-11」や、EvolutionRoboticsの「Mint」などのことです。それらにどのように対抗するつもりか、戦略を教えて下さい。
たしかにいくつかの製品は面白い。ですがそれらの製品の性能はルンバよりも低いと考えています。動きをパターン化したものなど、注目すべき技術を使っているものもありますが、我々の考えではその掃除の仕方は良いとは思えません。実際に人間が掃除機をかけるときは、部屋全体をくまなく掃除するのではなく、一箇所だけを集中的に掃除するわけです。固定パターンで掃除をするのは面白いアイデアだと思いますが、良いやり方ではないということです。注目すべき技術もありますが、センサーシステムも不十分です。
neato roboticsの製品もEvolutionRoboticsの製品も、掃除能力ではルンバに劣ると思います。彼らはゴミを吸引することよりも、ナビゲーションシステムに注目しています。我々が開発しているのは真面目な掃除ロボットです。面白い技術だとは思いますが興味の方向が違います。
ただ、競争相手が市場に参入してきていることは良い傾向だと思っています。市場そのものが大きくなるからです。ですから、我々の知財を侵害しない合法的なライバル製品が出てくることは、今後も歓迎します。
■日本で競争力のあるロボット企業が出ない理由は
記者会見の様子。左からセールス・オン・デマンド 木幡民夫社長、コリン・アングル氏、明治大学理工学部機械工学科専任准教授 黒田洋司氏 |
――先ほどの記者会見で「日本には既に優れた技術がある」と仰いました。いっぽうで、iRobotに追随して掃除ロボットを出そうとする会社すらありません。何が足らないのだと思いますか。
実用的なコスト効果があるロボット開発においては、技術だけに注目するのではなく、ビジネスが大事です。本当に焦点を絞って、ビジネスと技術とを考えなければなりません。日本でのロボット研究は披露するときのデモンストレーションは考えているようですが、製品化について考えていないのではないでしょうか。
ですが今後ロボット市場が拡大することになりますと、日本の企業も出てくると思います。日本企業は産業用ロボット分野では既に大活躍しているわけですから。いずれ消費者向けロボットを作る会社も出てくるでしょう。
むしろ私のほうが驚いているくらいです。ご指摘のように日本には多くの優れた技術は存在するわけですから。なぜ競争力のある会社が出てこないのでしょうか。
――日本企業は、掃除ロボットも含めてですが、安全性の問題からロボットの実用化をためらっているようです。そういう面はどうお考えになりますか。たとえば掃除ロボットが動いて、グラスなどを倒してしまったときの責任が取れない、だから製品化はできないと言われたこともあります。
安全リスクは重要な問題ですが、ロボットのサイズにも関係があります。ロボットが大きければ大きいほど危険は増大します。ですから常に安全の問題を考えながら開発することは可能です。ロボットのアプリケーションは選ぶことができるからです。「ルンバ」でも、安全面を色々な段階でアプリケーションを選択しながら、安全面を考えながら開発をしています。
これから医療などのロボットの需要は高まるでしょう。そのニーズとロボットが提供可能なフィットを考え、安全リスクに対応しながら開発を続けることは可能でしょう。
1つの具体的な例を挙げますと、自動車は根本的に安全ではない製品です。ですがリスクとベネフィットを考えて我々はある程度のリスクを容認して自動車を使っているわけです。それと同じです。
先ほどの質問に戻りますが、今後日本には、偉大なロボット会社が現れると思います。最初にコモンテクノロジーオフィスを立ち上げたと申し上げましたが、その1つの目的は、新しい技術を持つ有望なロボット会社を速い段階で見つけて、安全リスクなどの重要な問題を一緒に解決していくことにあります。
■家電ネットワークを一元管理する「ロボット執事」を10年以内に
――時間になりましたので最後の質問です。今後どんな家庭用のロボットを作っていきたいとお考えですか。個人的に欲しいロボットや、会社を5年後10年後どうしていきたいのかも含めて教えて下さい。
ロボットのバトラー(執事)が欲しいです。今は1つ1つの作業をやってくれるロボットがあるわけですが、それをまとめてバトラーロボットに話せば、そのロボットが他のロボットに命令して制御してくれる。そんなロボットを実現したいと思っています。
――それは何年後くらいをイメージした話でしょうか。
分かりません(笑)。すぐには開発できない要素もありますので。でも、10年はかけたくない。
――えっ、それは本気で仰っているのでしょうか、それともジョークでしょうか?
本気です。10年以内に実現可能だと思います。そのためにも資金が必要ですので、今はルンバをもっと売らなければなりません(笑)。まずはビジネスがすべてです。
■「起業家精神」とはリスクを理解し、長期的展望を持つこと
講演中のアングル氏。スライドの写真中で岩にぶらさがっているのもアングル氏本人。起業にはリスクテイクだけでなく命綱も必要。 |
インタビューの後、コリン・アングル氏は、明治大学理工学部機械工学科専任准教授の黒田洋司氏ともども、明治大学リバティホールにて開催された「アイロボット社創立20周年記念講演プライベートセミナー」に出席。多くのアントレプレナーの卵や、若手のロボット関係者たちを前に講演を行ない、実用的な夢を抱くこと、そして自社のプロダクトに熱意を持つことの重要性を説いた。
講演内容は記者会見時の話をより丁寧にしたものだったので、ここでは省略する。
アングル氏は本格的に儲けが出るようになるまで12年かかったことをふまえて、起業家精神とは「リスクを背負うことではなく、リスクを理解することです。そのほうが重用です」と強調し、「ビジネスでは長期的な展望と、十分な滑走路が必要です」と述べた。
日本の起業家たちとベンチャーキャピタル、そして政治や一般社会に、「世界を変える」ことを目標と掲げる会社を育てるだけの十分な長期的展望はあるだろうか。
これまでiRobotがトライして失敗した14のビジネスモデル | 基礎技術開発に8年、ロボット開発に4年、その後右肩上がりに成長を始めた | マーケッターの要望を技術者に翻訳することも重要だという |
2010年10月12日 00:00