大河原克行の「白物家電 業界展望」
素人発想からスタートしたロボット掃除機「ルーロ」が受け入れられたワケ
by 大河原 克行(2015/7/1 06:00)
パナソニックが、3月20日に三角形状のロボット掃除機「ルーロ(MC-RS1)」を発売し、約3カ月が経過した。発売直後から販売は好調で、当初の月産5,000台の計画に対して、2.5倍の生産台数へと上方修正。この間、先行メーカーを退けて、数度に渡り週間トップシェアを獲得。他社製品にはないユニークな形状もあいまって、この市場における「台風の目」ともいえる存在になっている。
家庭用ロボット掃除機では最後発といわれるパナソニックだが、実はロボット掃除機の開発では約30年の歴史を持っており、長年のノウハウ蓄積が、この製品に生かされている点も見逃せない。ルーロの開発および製造拠点である滋賀県東近江市の八日市工場を訪れ、ルーロ誕生までの道のりを追った。
三角形のデザインは素人の発想?
JR琵琶湖線の近江八幡駅で、2両編成の近江鉄道に乗り換え、八日市駅で下車。さらに車で15分ほど走ると、パナソニック アプライアンス社ランドリー・クリーナー事業部の八日市工場がある。ここが、パナソニックの掃除機の開発・製造拠点だ。ルーロも、ここで生まれている。
ルーロは、「ルーローの三角形」を応用。部屋の隅まで入り込んでしっかり掃除し、狭い場所でもスムーズに方向転換ができるデザインとなっているのが特徴だ。
先行各社が、円形や四角形などのデザインを採用するなか、パナソニックが採用したのが三角形。とくに、正三角形の各辺を膨らませた定幅図形であるルーローの三角形は、回転した時に、円のように径が変わらないという特徴を持つ。
正方形のなかで内接しながら、回転することができる形状であり、このルーローの三角形をした断面ドリルを使用すると、ほぼ正方形の形で穴を開けることができる。見るからに、部屋の隅にまで入り込んで掃除ができそうなデザインであることはもちろん、構造的にも理にかなった形状であり、これをロボット掃除機に採用することは当然ともいえるだろう。
だが、「三角形のデザインが、ロボット掃除機には最適」という発想は、どうも、素人の発想のようだ。ロボット掃除機に長年取り組んできた開発者にとってみれば、三角形は常識はずれの発想でしかなかったというのである。だからこそ、先行各社がロボット掃除機にこの形状を採用しなかった。
というのも、隅に入り込むには最適な形状だが、そこから方向転換する際、そのまま回転するとどうしても本体が壁に当たってしまうからだ。円形であればそうした問題は起こらない。三角形で本体が壁に当たらないようにするためには、少し後ろに下がって回転しなくてはならない。
そのためには、隅を確実に認識するためのセンサーが必要であり、これを制御するためのアルゴリズムも必要となる。それがないと、ロボット掃除機が隅に立ち止まってしまうということにもなりかねない。実用化には、それに最適化したアルゴリズムの開発と、センサーの搭載が不可避で、困難を極めることは容易に想像できた。
だが、パナソニックは、隅を掃除するのに最適な三角形の形にこだわった。
「高いハードルがあることはわかっていたが、パナソニックが持っている技術を活用すれば、それを超えられるのではないかという直感もあった」(パナソニック アプライアンス社ランドリー・クリーナー事業部 クリーナー技術グループクリーナー開発チーム・吉川 達夫主幹技師)ということも、三角形への挑戦を後押しすることになったといえる。
そして、「掃除機の開発経験はあっても、これまでロボット掃除機を開発したことがなかった、素人の発想だからこそ、取り組めたもの」と、吉川主幹技師は笑う。
30年の歴史を持つ技術蓄積に大胆な発想を組み合わせる
実はパナソニックは、家庭用ロボット掃除機の投入では最後発となるが、ロボット掃除機の研究、開発の歴史という点でみると、すでに約30年の歴史を持つ。
1985年からロボット掃除機の開発に着手した同社は、1986年には、八角形形状でサイドブラシを搭載したロボット掃除機のパテントを取得。研究所で開発してきたこれらの技術をもとに、1993年には、羽田空港ターミナル向けの業務用ロボット掃除機を実用化し、5台の製品を納入。このロボット掃除機は、長年に渡って利用されてきた。
さらに、2002年にはパナソニックが主催した流通向け展示会で、ロボット掃除機の技術展示を行った経緯もある。これは、世界で初めて、安全系センサーおよび集塵系センサーを搭載した家庭向けロボット掃除機であった。このように歴史を振り返れば、ロボット掃除機の分野では、むしろパナソニックが先行していたともいえよう。
だが、同社では、家庭用掃除機として、床面全体をしっかりと掃除できる走行性や集塵性能が確保できないことから製品化を断念していた。当時は、電池のパワー確保、モーターの性能などの観点で、満足のいくものができなかったからだ。
さらに、パナソニックは、2007年にも、もう一度、家庭用ロボット掃除機の試作品を完成させている。ここではより小型化し、センサーを効率的に搭載する技術も確立されていたが、やはりまだ家庭内で利用するには、納得のいく製品に仕上げることができなかった。コスト的にも高価なものとなり、ここでも商品化を断念せざるを得なかった。
ロボット掃除機の研究、開発には長い歴史を持ちながら、過去2回に渡って、商品化にたどり着けず、プロジェクトチームを解散してきたパナソニックが、3度目に挑戦したのが今回のルーロであったのだ。
ルーロの開発プロジェクトがスタートしたのは、2013年10月。このチームには、これまでロボット掃除機の開発に携わった社員は一人もいなかった。そこに吉川主幹技師が「素人」と表現する理由がある。
「プロジェクトを開始した時点では、もしかしたら、今度も駄目かもしれないという思いがよぎったこともあった」と吉川主幹技師は当時を振り返るが、その一方で、「商品化に向けて、いくつものプラス要素が揃いはじめていたことが追い風となった」と語る。技術そのものや、技術を取り巻く環境の変化が、プロジェクトの進行とともに、商品化に向けた強い自信へとつながったようだ。
では、どんな技術が揃いつつあったのか。
ひとつは、約30年間に渡って、研究所が取り組んできた走行アルゴリズムの進化だ。少ないセンサーで、賢く走行することができる技術が同社内に蓄積されていたのだ。
2つめはゴミ取り性能の進化だ。主流となるキャニスター型掃除機では、2000年前半までは吸込仕事率競争が中心となっていたが、その後、吸い込み口の改善や回転ブラシの改良などによって、吸込仕事率が低くてもゴミを吸引するという流れができてきていた。
そして、3つめは、ハイブリッドサイクロン掃除機の登場に代表されるように、リチウムイオンバッテリーを搭載した掃除機が登場してきたことである。これと同時に、低電圧、低電力で掃除する技術が進展。「掃除機を取り巻く技術が、自律型で動作するロボット掃除機には最適なものになってきた」(吉川主幹技師)というわけだ。
こうした技術進化によって、ロボット掃除機においても、掃除性能として満足してもらえる製品づくりができる環境が整ってきたのだ。
津賀社長のアドバイスから掃除性能に特化した製品に作り直す
だが、プロジェクトチームには最後発ということでの「焦り」があったのも事実だ。その焦りは、商品企画にも表れていた。
「最初は競合他社に搭載されている機能は、すべて盛り込もうと考えた」と吉川主幹技師は振り返る。
カメラによる撮影機能、撮影した画像を転送するWi-Fi機能、音声合成機能による対話機能などがそれだ。高さは100mmとなり、ロボット掃除機のサイズは他社よりも大きなのものになっていた。
2014年4月、パナソニックの津賀一宏社長の前で、プロジェクトチームは、ロボット掃除機のプレゼンテーションを行なった。試作品を見た津賀社長は、その高機能ぶりを評価しながらも、「事業部の強みをもっと生かした仕様にしてはどうか」とアドバイスした。つまり、掃除機の基本機能であるゴミを吸い取る機能を前面に打ち出した製品づくりをしてはどうかという提案であったのだ。
実際、同社の調査によると、ロボット掃除機における不満は、「狭い場所を掃除できない」、「部屋や廊下の隅のゴミやホコリが取れない」といった声が多く、さらに、ロボット掃除機の購入を躊躇する理由としては、「掃除性能に不安がある」、「しっかり掃除ができなさそう」といった声が多いことがわかっていた。
隅の掃除をはじめとした不満が高いこと、掃除性能の不満や不安に対して、この課題を解決することが、家庭用ロボット掃除機では最後発となるパナソニックならではの特徴になると考えたわけだ。
津賀社長のアドバイスをもとに、プロジェクトチームは仕様の変更に取り組んだ。
プロジェクトチーム発足当初から決めていた三角形のデザインはそのままに、カメラや音声合成などの付加価値機能を取り払う一方で、掃除性能を高めることにこだわった。
掃除性能を追求するという基本方針の変更の結果、すべての構造を一から見直すことにも着手。高さは92mmと従来の試作品からは約8mmも低くし、家具の下などにも自由に入れる高さへと改良した。
だが、小型化した分の苦労もつきまとった。モーターや回路、バッテリーなどのレイアウトにはさらなる工夫が必要になったからだ。もともと三角形の形状もレイアウトしにくいものだったといえるだろう。
そこで吉川主幹技師が目をつけたのが、複写機などのOA機器で利用されている小型モーターだった。
「走行やブラシの駆動モーターには、小型ブラシレスモーターを搭載した。これは、複写機に搭載されているものをベースに改良したモーター。小型で、高性能であるのに加えて、細かく制御しやすく、耐久性が高い、そしてコストが抑えられるというメリットもあった」(吉川主幹技師)という。
また、バッテリーには、パナソニックが開発した高効率リチウムイオン電池を採用し、1,500回の充電サイクルを実現する長寿命化を図っている。
センサーの活用で効率的な掃除を実現
一方、掃除性能という点では、長年培ってきた掃除機技術を活用し、清潔機能と集塵機能の強化を図った。
清潔機能としては、すでに他の掃除機にも搭載していた、ゴミの量に応じて自動運転制御する独自の「ハウスダスト発見センサー」を搭載したほか、集塵機能では、フローリングの細塵を除去できる「マイナスイオンプレート」や独自の「V字ブラシ」を採用し、強い吸引性能力を実現。また、見えにくいゴミなどを感知することにより、効率よく、きれいに掃除することができるようになったという。
また、3つの超音波センサーと2つの赤外線センサーの組み合わせによって、方向や走行距離を認識する仕組みを採用した。赤外線センサーでは距離を測り、超音波センサーは、障害物を感知して、方向を変える役割を果たす。
この2種類のセンサーとアルゴリズムの改善によって、ゴミのたまりやすい部屋の隅や壁際を重点的に走行する「ラウンド走行」と、部屋の内部を効率よく走行する「ランダム走行」を組み合わせた、独自の走行制御を開発。壁際1.5cmのところにまで近づき、サイドブラシでゴミをかき取る仕組みだ。
また、ハウスダスト発見センサーでは、高感度の赤外線センサーが、約20μmの微細なハウスダストを検知。ハウスダストが多いときには、LEDが赤く点灯。パワーを高めて、ゆっくり走ったり、往復走行や首振り走行を行い、きれいになったら緑色に点灯するといった制御も行う。底面には、落下防止センサーや持ち上げセンサーを搭載し、スムーズな走行をサポートする
「センサーのチューニングにはかなり苦労した。また、思ったところを掃除できるようにプログラムも改善。意図通りの動き方を実現するために、何度も、何度も調整を繰り返した」(吉川主幹技師)という。
ルーロでは、掃除をしたい場所から重点的に掃除を開始するエリアメモリー機能を搭載している。
「掃除したい場所までなかなか到達しない、あるいは掃除したい場所を掃除するために本体を持ち運んでいかなくてはならない、という不満を解決することができる。キッチンやリビングなど、汚れが多い場所や重点的に掃除したい場所を事前にメモリーしておけば、そこから掃除を始めてくれる」(パナソニック アプライアンス社ランドリー・クリーナー事業部 商品企画部クリーナー商品企画課・川島抽里主務)というように、ロボット掃除機に対する細かな不満を解決することにもこだわった。
そのほか、ルーロ型のリモコンによる操作のほか、ダスクボックスを簡単に引き上げて、ダストボックスもフィルターも丸ごと水洗いができるお手入れの良さも特徴もひとつだ。
三角デザインが掃除機能を体現
「商品デザインそのものが掃除性能を体現したものになる」と、川島主務が語るように、隅の狭いところにまで入っていける三角形の形状も、掃除性能を高める効果につながっている。隅までサイドブラシが届き、ゴミをかきだすことができるからだ。
また、ロボット掃除機は、一番横幅が広いところに吸い込み口を配置するのが一般的。円形の場合は、真ん中になるが、三角形の形状は、前方に配置できるメリットがある。ルーロでは、前方の広い横幅を利用して、幅180mmの吸込口を前方配置した。
また、角部にサイドブラシを設置することで、吸い込み口とブラシの距離を短くし、かきだしたゴミを短い距離で吸い込むことで、ゴミをもれなく吸い込めるようにしている。
そして、吸い込み部のブラシは、6本で構成。畳やフローリング、じゅうたんといった日本の多彩な床材に対応できるようにしている。
30年間の技術蓄積を生かしたロボット掃除機
2015年3月20日にルーロが発売となって以降、出足は好調だ。
パナソニックでは、当初は月産5,000台を計画していたが、現時点で計画比2.5倍の生産台数へと拡大。この3カ月の間、先行メーカーを退けて、数度に渡って、週間トップシェアを獲得するとともに、この3カ月間は、単一機種ではトップシェアを獲得しているという。
人気の要因は、ルーロで目指した掃除性能の高さだ。
実際、ルーロの使用者からは、掃除性能の高さに対する評価が高く、90%近いユーザーが掃除性能に満足しているという。
「掃除性能が高いため、ルーロの購入者からは、2階用にもう1台購入したいといった声がでている。これは他社のロボット掃除機ではないものといった声が量販店からでていた」(川島主務)という。
「三角形のデザインは、ロボット掃除機に求められる、隅まできれいに掃除ができるという機能をストレートに訴えられるのが特徴。わかりやすいものが売れるということを実証した製品である」と川島主務。三角形のデザインに果敢に挑戦した結果が、ルーロの評価につながっている。
だがその一方で、吉川主幹技師は、「ルーロは、これまでの30年のロボット掃除機における技術蓄積がなければ実現しなかったものである」とも語る。「アルゴリズムひとつをとっても、パナソニックの社内に蓄積されたノウハウは大変優れたもの。ここをこう変えたいと思うと、それに対応できるプログラムが用意されている。今回の製品では、まだその半分も使っていない。今後、まだまだ進化させることができるノウハウが蓄積されている」とする。
「完成度は80点。パナソニックが出した最初の家庭用ロボット掃除機。まだ小学校に入り立てのような製品であり、進化はこれから」と吉川主幹技師は今後の進化にも意欲をみせる。
パナソニックは、今後も、三角形のデザインにこだわり、ロボット掃除機を進化させていくつもりのようだ。