大河原克行の「白物家電 業界展望」

補助金制度で需要が急拡大する中国の家電市場を見る

by 大河原 克行

 中国の家電市場が、早くもオリンピック後の市場環境の悪化から立ち直ろうとしている。

 関係者によると、北京オリンピックが開催された昨年8月~9月までの好調ぶりから、10月には前年同期比3割減にまで落ち込んだものの、商戦期となる12月には前年同期比5%減にまで回復。1月~3月の2割減と再度低迷したものの、4月以降は1桁の減少にまで回復。この回復ぶりから、通期の見通しでは、前年実績を上回る計画を打ち出す企業も出ている。

 さらに、農村部を対象にした「家電下郷制度」の実施により、家電需要を促進する環境が整い始めているほか、これを都市部にまで広げようという動きも見られており、家電メーカーにとって明るい状況が生まれ始めている。

 パナソニックの中国における取り組みを通じて、中国の家電市場を追った。

オリンピック後に需要は停滞したが

 北京オリンピック終了後の需要は、日本と同様に、低迷感を伴ったものとなった。

 だが、日本市場との違いは、リーマンショックを発端として経済環境の悪化の影響を受け、個人消費が低迷したのとは異なり、12月の商戦期においても、前年同期比5%減程度に留まるという比較的好調な結果になったことだ。

 関係者の間では、「オリンピック以降の在庫処分の影響が残っていたことを考えると、5%減という実績は落ち込んだとはいえない数値。さらに、4月も、前年同期比2%減の実績となっており、年度初めの実績として捉えれば順調な出足」とする。

 パナソニックでも、「4月は当初計画を上回る実績となっている。中国市場における完成品の売り上げ計画は、2009年度には10%増目指す」(パナソニック中国・北東アジア副本部長兼松下電器中国有限公司副董事長の木元哲氏)と意欲を見せる。

 パナソニック全体の中国市場での売り上げ計画は、2009年度見通しで前年比7%減の7,700億円としているが、この約6割を部品が占めており、AV機器や白物家電をはじめとする完成品事業では、2桁増を見込んでいるのだ。

 「為替の影響などもあるが、2012年度が最終年度とされるポストGP3計画においては、中国市場だけで2兆円の売り上げ規模がターゲットとなる可能性もある」として、今後も継続的に高い成長を目指す考えに変わりはない。

パナソニックが投入する中国向け家電商品の特徴とは

左が中国市場向けに開発された高さ85cmの洗濯機。乾燥機能はついていない

 中国の家電市場においては、ハイアール、ハイセンスをはじめとする国内メーカーのシェアが高い。

 そのなかで、海外メーカーの商品は、主に高級品として富裕層などに人気を博している。海外メーカーの5指といえば、ソニー、シャープ、サムスン、LG電子、そしてパナソニックとなる。

 ソニーは、中国市場においても高いブランド価値を有しており、指名買いが多い。日本市場や欧米市場と同じ傾向があるといえ、AV家電だけでなく、PCやデジカメでも人気を博している。また、シャープは、液晶テレビを中心にした高機能製品としてのブランド定着を目指しており、これが富裕層の間に定着し、高い人気を誇っている。

 一方で、パナソニックが人気を博している理由には、綿密な市場調査を実施し、富裕層に対して合致した商品を投入している点にあるといえよう。

 そうした商品企画を下支えしているのが、パナソニックが、中国・上海に、2005年4月から設置している中国生活研究センター(中国生活研究中心)である。

 所長の三善徹氏以外は中国人で構成。仮説に基づいて、実際に家庭に出向くなど、大規模な市場調査を行なうことで、中国人の生活シーンにあわせた商品提案を行なう体制を整えている。

 同センターの活動は、すでにいくつかの成果に結びついている。

横幅55cmとした冷蔵庫をラインアップしたパナソニック

 たとえば、中国市場向けに横幅55cmのスリム冷蔵庫を投入したのは、同センターが、約300件の家庭を対象に巻き尺を持って訪問した調査結果によるもの。それまでの冷蔵庫は最小幅で60cmであり、調査した家庭の3割のキッチンに置くことができなかったが、55cmにすることで、調査したすべての家庭に冷蔵庫が置けることがわかった。そこで、230Lながら、55cm幅のスリム冷蔵庫を開発したところ、販売実績は10倍に拡大した。

 また、洗濯機を所有しているにも関わらず、86.2%の人が下着を手洗いをしている実態を市場調査から掌握。その背景には、空気が汚れている公共の場所で着ているものと、直接肌に身につける下着を一緒に洗いたくないという意識があることを知り、上海交通大学と共同で「光Ag除菌技術」を開発。これを洗濯機に搭載したところ、高機能洗濯機の分野で一気にシェアを伸ばした。

 こうした中国市場ならではの商品づくりは、あらゆる商品に広がっている。

 中国では「赤」が好まれるが、日本では家電商品に赤が採用されることは、一部のデザインモデルを除くとそれほど多くはない。

 ところが、中国市場向けに展開する電子レンジや炊飯器では、「赤」を採用した商品を標準モデルとして投入。一般ユーザーが好んで購入していくほか、慶事の際のプレゼントなどにも使われているという。

赤を施した炊飯器。人気商品の1つパナソニックは電子レンジにも赤を採用したサムスンやLGといった韓国メーカーも赤い色を採用した家電商品を投入している

 「商品化については、日本から強い反対があった。だが、中国においては、赤が大変好まれている。実際、商品化したところ、販売は好調だ」という。

 そのほか、冷蔵庫では、中国ならではの仕様を次々と追加している。

 たとえば、卵を使うことが多い中国では、卵の収納スペースを多く取っている。また、ドア部には日本の冷蔵庫では見慣れない透明なボックス部が置かれ、ここに化粧品などを収納できるようになっている。これも中国ならではの仕様だ。

 そして、最新の冷蔵庫には農薬を溶かす「O3」という機能が搭載されている。オゾンの力を利用した果物野菜酸素保護技術(O3)によって、野菜や果物などに付着する残留農薬を減らし、冷蔵庫から取り出した野菜などを水で洗えば、農薬を除去しやすくなるというものだ。

 農業部野菜品質監督検査測定センター北京の調査によると、24時間ドアを開けずに野菜室に入れた野菜の残留農薬の減少量は、野菜では9.1倍にも達しているという。

冷蔵庫に付属しているボックス部。日本のモデルにはないものだ。化粧品などを入れておく最下段は、冷凍室。扉を開いてから、仕分けした引き出しを採用。これも中国で人気の使い方
卵を保存する場所を多くしているのも中国の食環境を考慮したものだ鮮度を保つとともに、農薬を洗い流しやすくするO3機能のボタン中国では、縦置き型エアコンの需要が大きい。これも日本にはないモデルだ

 一方、洗濯機では、斜めドラム洗濯機の標準モデルの高さが103cmであるのに対して、中国では新たに高さを85cmに低くした商品を投入した。中国の家庭では洗濯機を設置する場所で、上部に棚が置かれていることが多く、調査した3割程度の家庭で、冷蔵庫が設置できなかったという結果に基づいて商品化したものだ。

コンパクト性を強調するロゴも入れられている上部は平らにして、棚の下にも入りやすいように工夫。パネル部は縦置き洗濯機のイメージだ吸水部分は背面部に配置。これも、上に棚があるということを想定した工夫

 機能だけに留まらず、商品設計段階から中国市場を需要動向を反映して開発したわけだ。

 パナソニックでは、今後、ボリュームゾーンに注力する方針を明らかにしているが、ここでも当然のことながら中国市場向けの商品づくりが推進されることになる。

家電下郷制度による需要拡大の影響は?

 中国の家電需要の拡大を下支えする施策として見逃せないのが、家電下郷制度である。

 家電下郷制度は、農村部における家電購入に際して、それぞれの家庭に補助金を支給する制度だ。

 政府が認定した対象商品を購入すると、13%の補助金が支給されるというもので、農村部の家電普及策として注目されている。購入に際しては、厳密に管理されており、1つの家庭で同じ商品を複数購入できないようになっている。

 政府が認可する家電下郷制度対象商品は、価格に上限が設定されており、薄型テレビでは3,500元以下、冷蔵庫では2,500元以下、洗濯機では2,000元以下、エアコンでは壁掛け型で2,500元以下、床置き型で4,000元以下となっている。

 当初、テレビでは2,000元以下としていたが、一部の大画面テレビも対象とできる3,500元に引き上げたことで、日本のメーカーなどにも対象が広がり、三洋電機、シャープ、日立製作所の商品が認定されている。現在、26社が認定されており、随時、認定商品を拡大しているという。

 また、冷蔵庫では64社が認定されているものの日本メーカーは現時点では皆無。洗濯機では74社の認定のうち、三洋電機、日立製作所、パナソニックが認定。エアコンでは20社のうち、三洋電機、パナソニックが認定されている。中国国内メーカーが中心に認可されている構図が見られるが、それでも日本勢、韓国勢といった海外メーカーにとってもビジネスチャンスは広がることになる。

パナソニック中国・北東アジア副本部長兼松下電器中国有限公司副董事長の木元哲氏

 「もちろん認定商品を購入した方が消費者にメリットはあるといえる。だが、2,400元のエアコンの補助金は約300元。300元の差で信頼性などの付加価値を訴えられれば、認定されていない商品でも販売チャンスはあり、農村部における家電商品に対する関心を高める効果もある」(パナソニック中国・北東アジア副本部長兼松下電器中国有限公司副董事長の木元哲氏)と、制度を前向きに捉える。

 農村部では、いまだにテレビがないという家も少なくない。政府では、家電下郷制度によって、今後4年間に約6億台、日本円にして、22兆円規模の市場が創出されると見ている。

 家電下郷制度は、農村部が対象であるため、都市部の量販店などには、対象商品が展示されていない。

 しかし、今後は、国美電器をはじめとする家電量販店店頭でも、下郷制度認定商品を展示する姿勢を示している。補助金の制度は使えないものの、価格面で訴求が可能な商品として展開できるからだ。

 富裕層をターゲットとして、高級ブランドショップが入居する北京市内の新光天地に構えるパナソニックセンター北京でも、今後、下郷制度認定商品を展示する計画を明らかにする。

 実は、中国政府では、都市部においても、家電商品の買い換えの際に、10%を補助する新制度を開始する方向で検討を開始している。テレビ、冷蔵庫、洗濯機、エアコンのほか、パソコンも対象になる見通しだ。

 ここでも、家電需要の拡大が想定されるというわけで、都市部での展示強化もこうした動きを視野に入れたものだ。

日本のメーカーに求められるボリュームゾーン攻略

家電商品に貼付されるエネルギー効率ラベル。パナソニックは現在80%の商品で取得。今年度中に全商品での取得を目指す

 これまでパナソニックは、中国において、富裕層となるのは年収150万円以上となる2.2%の2,900万人、および年収75万円以上のネクストリッチ層と呼ばれる7,300万人をあわせた全人口全体の7.7%を対象にビジネスを展開してきた。

 だが、ボリュームゾーンへの展開や、下郷制度対象商品の拡大など、これまでのターゲット以外にも、狙いを拡大させる必要に迫られているのは明らかだ。

 中国では、これから数年に渡って、大規模な家電需要が期待される。

 日本の家電メーカーをはじめとする外資系メーカーは、高機能商品という切り口で事業を展開してきたが、今後は、普及製品にまで踏み込むことが、事業拡大のチャンスになるといえる。

 中国における旺盛な需要をビジネスにつなげることができるかが、家電メーカーに共通した中国における課題だといえる。





2009年6月1日 00:00