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松下電器産業の新しい乾電池「EVOLTA」
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パワフルで長持ちする乾電池というと、2004年に発売されたパナソニックの「オキシライド乾電池」を思い浮かべる人が多いかもしれない。オキシライド乾電池を使った有人飛行に成功したり、電気自動車で105.95km/hというスピードを達成するなど、CMでもおなじみの製品だ。
オキシライド乾電池が発売されてまだ4年ほどしか経過していないが、パナソニックから新たな乾電池が登場することになった。それが「EVOLTA(エボルタ)」である。アルカリ乾電池であるが、オキシライド乾電池の約1.2倍の長持ちを実現するとともに、小~中電流域の機器でもしっかりその性能を発揮するというEVOLTA。このEVOLTAはどのようにして生まれたのだろうか。EVOLTAを開発した松下電池工業の開発スタッフに、開発の経緯やカギとなる技術について話を伺った。
● オキシライドを超えるアルカリ乾電池を作る
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松下電池工業 商品技術グループ 開発3チーム チームリーダーの和田誠司氏
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なぜ、オキシライド乾電池を出してまだそれほど時間が経過していないのにEVOLTAを出そうと思ったのだろうか。
「2004年にオキシライドを発売しましたが、当時は比較的大電流を要求するデジカメが右肩上がりで普及していた状況で、大電流を要求する機器を長時間利用できるように、パワフル(大電流)&長持ちというコンセプトのもとにオキシライドを開発しました。しかし、カメラの薄型化などで、専用電池を採用するデジカメが増えてきたことと、電池使用機器の省電力性能の向上などを背景として、以前に比べて小~中電流域の機器の割合が増えてきました。そこで、そういった機器に対応するためにEVOLTAの開発に着手しました」こう語るのは、松下電池工業 商品技術グループ 開発3チーム チームリーダーの和田誠司氏だ。
ご存じの方も多いかもしれないが、オキシライド乾電池は一般的なマンガン乾電池やアルカリ乾電池に比べ、大きい電流を取り出せるとともに、電圧も高いという特徴がある。マンガン乾電池やアルカリ乾電池の初期電圧は1.6Vだが、オキシライド乾電池の初期電圧は1.7Vとなっている。
この高電圧という部分がオキシライド乾電池のパワーの源でもあるのだが、逆にパワフルすぎる故の欠点もあった。例えば、使用する機器を選んだり、通常よりも熱を持つ場合があった。また、リモコンなどの小電流域の機器で使用した場合には、アルカリ乾電池よりも持続時間が短くなるという欠点もあった。
オキシライド乾電池は、特定の機器では非常に大きな力を発揮する。しかし、利用できる機器が特定されてしまうのは、乾電池というカテゴリーから考えると少々問題だ。
そこで、「オキシライドと同等またはそれ以上のパワーや大電流という特性を持ちながら、全電流域で使えて、より長持ちする電池を開発するとしたら、やっぱりアルカリしかない」(和田氏)という考えのもとに、「オキシライドを超えるアルカリ乾電池」というコンセプトでEVOLTAの開発が始まったそうだ。
● 3つの革新がEVOLTA開発のカギ
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同社のこれまでの代表的な乾電池。左奥からアルカリ乾電池、オキシライド乾電池、EVOLTA
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オキシライドを超えるアルカリ乾電池を作るといっても、もちろん簡単に実現できるものではない。アルカリ乾電池は登場してかなりの年月が経過していることもあって、すでに技術的には完成の域にある。それを、オキシライドを超える性能に持って行こうとするのだから、「全てをフルモデルチェンジするぐらいの意識で取り組まないと実現できない」ようなものだったという。
アルカリ乾電池は、正極材料(二酸化マンガン)と負極材料(亜鉛粉末)の酸化還元反応で電気が発生するという仕組みだ。乾電池の規格は全世界共通で、当然サイズも決められている。そういった中でパワーや長持ちを突き詰めるには、内部の反応効率をとことんまで高めるとともに、決められた容積の中にとことんまで多くの材料を詰め込めるかにかかっている。また、非常に反応効率の良い材料ができ、その材料をとことんまで多く詰め込める画期的な構造が実現できたとしても、それを品質のばらつきがないように大量生産できなければ意味がない。
アルカリ乾電池は、日本国内だけで年間20億本、グローバルでは年間150~160億本という圧倒的な需要がある。つまり、電池自体の設計だけでなく、設計したものを一定の品質で大量生産するための工法の確立も重要な要素だ。そして実際に、ほぼ全行程に渡る見直しを行ない「材料」、「構造」、「工法」という3つの要素を改良し、EVOLTAの登場が現実のもになった。
● アルカリの材料をとことんまで洗練
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大阪府守口市にある松下電池工業
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オキシライド乾電池は、正極材料に「オキシ水酸化ニッケル」という新しい材料を採用した、マンガン乾電池でもアルカリ乾電池でもない、全く新しい種類の乾電池であった。
それに対しEVOLTAは、一般的なアルカリ乾電池と同じ材料を利用した、まさしくアルカリ乾電池である。松下電池工業 広報グループ 担当参事の佐藤吉秀氏は、「乾電池の性能を上げるには、違う材料を使うのが1つの有効な方法です。しかし同じ材料を使って性能を上げようとすると、その材料をいかに有効に使うか、ということにかかっています」と語ったが、まさにこれがEVOLTAの「材料」の革新につながる部分である。
先ほど紹介したように、アルカリ乾電池は二酸化マンガンと亜鉛の酸化還元反応で電気を発生する。とはいえ、アルカリ電池はすでに登場して長い年月が経過しており、多くの面でノウハウが確立されたものだ。しかし、半年ほどの時間をかけて、二酸化マンガンの物性を一から見直すことで、「新二酸化マンガン」と呼ばれている、反応効率に優れる新しい材料の開発に成功したのである。
和田氏は、アルカリ乾電池の開発に10年以上携わっている、まさにエキスパート。主要な材料となる二酸化マンガンの特性にも精通している。だが、それゆえに、固定概念もあった。開発当初は「こんなことをやっていて本当に開発できるんだろうか」(和田氏)と悩んだこともあったそうだ。
しかし、長いキャリアで積み上げたノウハウを、もう一度白紙にして、文字通りゼロから出発した。「今でもまだすっきりしない部分もあるんですが、固定概念を捨てて試行錯誤を繰り返す中で、最終的に、ああなるほどな、という部分が見えてきた」結果が、EVOLTAで採用された、二酸化マンガンを改良した材料である。
EVOLTAではこれに加え、効率化を高めるための添加剤にも新開発の「オキシ水酸化チタン」という材料も採用されている。これは、二酸化マンガンの反応を促進させる触媒のようなもので、「未反応の二酸化マンガンを少なくして、材料をギリギリまで使い切る」(和田氏)ための材料だそうだ。簡単に言えば、オキシ水酸化チタンによって、これまで使い切れていなかった材料をキッチリ効率よく、使い切るようになったことで、より多くの電気を取り出せるようになったわけだ。
● コンピュータ解析を利用して構造の革新を実現
次に構造だ。この基本となる構造はアルカリ乾電池と同じであるが、その構造を見直すことにより、内容積のアップと強度のアップを実現させている。
まず、胴体部分となる筒状の缶の側壁にあたる部分の厚さを、従来のアルカリ乾電池に比べて17%ほど薄くしている。また、負極端子側の封口部分からの電解液の漏液を防ぐシール材であるガスケットと呼ばれるパーツに、長期間の保存でもひび割れが起こりにくい新しいナイロン樹脂素材を採用するとともに、強度を保ったまま薄型化を実現。また、封口にも新しい技術を採用することで、封口部の強度も高められている。これらの革新によって、内部の容積を増やすだけでなく、優れた強度を実現しているのである。
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左からアルカリ乾電池とEVOLTA
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底部のうっすらと見える、溝の位置を見てほしい。この溝は筒状の電池本体とそれにフタをする部品との継ぎ目だ。アルカリ乾電池(左)のそれより、EVOLTA(右)のそれは、低い位置にある。つまり、フタのフチが薄く、内部の容積が大きくなっている
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封口技術が進化したことで推奨使用期限はこれまでの2倍に延長された。安価な電池などで液が漏れる原因は、この封口部の精度が悪いことが原因という
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左がEVOLTAの封口部、右がアルカリ乾電池の封口部。EVOLTAのほうは丸みがなく、それだけ、内部容積が多いことになる
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上側から見たところ
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EVOLTAには、「使用推奨期限10年」という特徴がある。これは、EVOLTAを未使用のまま10年間経過しても、JISが規定する性能を維持するとともに、液漏れも発生しないというものだ。
乾電池の最大の弱点は漏液だ。佐藤氏は、「乾電池の漏液は必ず起こるもの」と語っていたが、確かに昔の電池は、1~2年ほどとかなり短期間で液漏れしていたように思う。もちろんこの点の改良は年々進んできており、最近のパナソニックのアルカリ乾電池では、推奨使用期限が5年ほどにまで延びていたそうだ。しかし、EVOLTAではそれを一気に2倍にまで引き延ばした。これは、先にも述べたように、ガスケットの素材に新たに樹脂を採用するとともに、形状の工夫や新しい封口技術の確立があったからこそできたものである。
ところで、この構造の革新を実現する裏には、ある開発手法があったそうだ。それは「CAE解析」という、コンピュータを利用した構造解析手法を取り入れたことだ。
「従来は、新しい部品を作る場合、CADで設計して実際に金型を作って成型しテストを行なうという繰り返しで開発していましたので、1回で約半年ぐらいの時間がかかっていました」と和田氏。それを、CAE解析を利用したコンピュータシミュレーションによって様々な検証を積み重ね、10年推奨、優れた強度、内容積の増大などの構造の確信を短時間で実現できたそうである。特に、10年間液漏れを起こさないようなガスケットの素材や形状を突き詰める作業には、CAE解析が大いに役立ったそうだ。
「従来は、新しい乾電池を開発したら、毎年マイナーチェンジは行ないますが、10~15年ぐらいは新しい製品は出てきませんでした。しかし最近では、材料の革新に加えて、コンピュータを利用した開発を行なうようになりましたので、以前に比べて開発スピードはものすごく速くなっています」とは佐藤氏の言葉だが、オキシライドからわずか4年でEVOLTAが登場した裏には、CAE解析を初めとするコンピュータによる開発を取り入れたことが原動力になっているのである。
● オキシライドで培ったU-ライン工法をさらに改良
オキシライド乾電池では、とことんまで性能を突き詰めるために、「U-ライン工法」と呼ばれる技術をベースとした新しい生産ラインを用意して製品の製造を行なっている。そしてEVOLTAでは、このU-ライン工法をベースに、さらにいくつかの面を改良することで、工法の革新を実現している。
U-ライン工法は、乾電池内部に材料をより多く均質に詰め込むという視点で開発された技術だそうだ。EVOLTAでは、正極の粒を高密度かつ均質化する技術や減圧脱気で負極を高密度化する技術で、さらなるムラのない充填と充填量の増加を実現。また、圧力差を利用して電解液をしみ込ませる「差圧吸液工法」も条件などを見直し、電解液の充填量の増加も実現。これの技術のベースは、オキシライドの生産ラインで実現されたものだが、EVOLTAの生産ラインではこれらを改良することで、より多くの電解液を、均質に詰め込むことができるようになっているそうだ。
なぜ、ここまで生産ラインでの工法にもこだわっているのか。同じ材料を使っていれば、当然多くの材料を詰め込んだ方が長持ちする。また、詰め込んだ材料の密度にばらつきがあると、それがロスになってしまう。つまり、材料や構造だけでなく、いかに多くの材料を均一に乾電池内に詰め込めるかによっても乾電池の性能が大きく変わってくるために、工法にもこだわっているというわけだ。
● 電池は小さな積み重ねが全て。いきなり世界No.1が登場したわけではない
このようにEVOLTAは、3つの革新が実現されたことによって生み出されたわけだが、この中で最も苦労したのは、構造部分だったそうだ。
「今回は部品や構造をフルモデルチェンジしています。確かにCAE解析を採用して短期間で行なえましたが、その裏では設計を何度もやり直したり、シミュレーションを繰り返した、実物を何度も見たりするなどして、非常に苦労しました。構造というのは、理詰めだけではなくて、ノウハウやアイデア、創意工夫が重要になります。ですから、アイデア出しで壁にぶつかったときなどは、かなり苦労しました」と和田氏。いくらコンピュータを利用して省力化や時間短縮ができるようになったとはいえ、元となるアイデアを考えるのは人間の仕事だ。そして、いくつもの壁を1つずつ突破していきながら、新しい製品に結びつくアイデアが生み出されていく。そういった意味では、新しいものを作り出す上での苦労は今も昔も本質は変わっていないのである。
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進化の歴史
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マンガン電池と比べると、EVOLTAがいかに規格内の形状に内容物を詰め込んだかがわかる
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「究極の電池」について熱い思いを語る和田氏
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今回の取材の中で、強く印象に残っている言葉がある。それは、佐藤氏による次のような言葉だ。
「実際には大発見というようなものはないんです。地道に1つずつ時間をかけて積み重ねて確認をしていく中で実現できたものです。乾電池の開発というのは、この小さな乾電池の中に、いかに多くの特許や実用新案を入れていくかというのがベースです。ですから今回のEVOLTAも、小さな積み重ねの中で現時点で最もいいバランスのもの、という考えの中で出てきたものです。突然ある日世界No.1ができたわけではなくて、結果としてそうなっただけなのです」
さらっと話していたが、先ほどの和田氏の言葉からも、EVOLTA登場の裏にどれだけ多くの苦労が積み重なっているのか、容易に想像できる。乾電池は、全世界共通規格の製品であるとともに、技術的に確立されている分野のため、差別化を図るのが非常に難しい。そういった中で革新的なことを実現するには、やはり努力の積み重ね以外にない。そう考えると、この佐藤氏の言葉には非常に重みがあると感じた。
ちなみに、究極の電池というのは、「とことんまで長持ちで、絶対に漏液しないもの」だそうだ。そして、EVOLTAが登場した現在でも、この究極の目標にはまだまだ遠いという。
それでも和田氏は、「それに向かって進まなければいけませんし、それを実現したところが世界的に電池を制することになると思います。1次電池の使い捨てという部分は、環境に悪いというイメージがあるかもしれませんが、いつでもすぐに入手できるという点や、災害時の利用などを考えると、1次電池がなくなることはないと思っています。そういった中で、1次電池のあるべき姿を考えて追求していくことは必要なことだと思っています」と力強く語ってくれた。このような考えのもとに開発を行なっている技術者がいる限り、いずれ究極の電池を手にする時が訪れるはずだ。
■URL
パナソニック(松下電器産業株式会社)
http://panasonic.jp/
松下電池工業株式会社
http://panasonic.co.jp/mbi/
EVOLTA
http://evolta.jp/
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