「切れちゃう冷凍」や「ビタミン増量野菜室」など、ほかにはない発想で新機能を続々搭載している三菱の冷蔵庫。そして、9月末から販売が始まった新モデルでは、『「瞬」冷凍』という、またもやこれまでにない新機能が搭載され話題となっている。この「瞬」冷凍とはいったいどういったものなのか、またさまざまな新機能はどういった発想で生まれているのか、話を聞いた。
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「瞬」冷凍機能が搭載されている三菱電機の冷蔵庫「MR-G52N」
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断面図
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大容量が近年の特徴
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操作パネル部分。外観が木目調のモデルもある
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大容量の冷凍室
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「動くん棚」は他のメーカーにはない発想だった
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● 「過冷却」状態を作り出し、一気に氷核をつくる
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三菱電機 平岡利枝氏
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「『瞬』冷凍」では、過冷却と呼ばれる現象を利用して、食品の内側から外側まで、微粒子凍結させることにより、食品の鮮度を保っている。過冷却という言葉は、普段、なじみがないが、いったいこれは、どういう技術なのだろうか。
「業界では冷凍が注目されていて、冷凍室の能力が高まり容量も増えました。では、容量の次は何だろうと考えたところ、やっぱりおいしく冷凍したいという要求が増えてくると考えました。従来までは、よりよい冷凍を実現するには、とにかく低温の冷気をあてるという考え方が主流でした。しかし、低温の冷気を作るには大型で強力なコンプレッサーが必要になり、電気代も高くなってしまいますので、家庭用の冷蔵庫で実現するのは難しいですし、エコロジーという観点からも逆行してしまいます。そこで、発想を転換してブレークスルーを実現できないか、という観点から『過冷却』という現象が目にとまって、本格的に家庭用の冷蔵庫に取り入れる研究が始まりました」
「過冷却」とは一体何なのか。過冷却とは、物体の温度が凍結点より低くなっているにも関わらず凍結していない状態のことを指す。例えば、温度がマイナス5℃になっているにも関わらず、水のままで氷になっていない状態がそれに相当する。温度が凍結点よりも低いのに凍らないというのは少々理解しにくいかもしれない。実は物体が凍る場合、温度が凍結点よりも低くなるということは絶対条件だが、その時に物体のどこかに氷核(氷のたね)ができなければ、温度が凍結点より低くなっても安定した液体の状態が保たれる。つまり、氷核ができないように物体を冷却すれば、過冷却状態になるのである。
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近年の冷蔵庫の需要
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三菱電機の冷蔵庫の開発コンセプト
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2008年度の三菱冷蔵庫の最大の目玉となる「瞬」冷凍
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そして、過冷却状態の物体では、ひとたび、どこかに氷核ができれば、そこから全体が一気に凍結し始める。テレビなどで、ボトルから注いだ液体が、注いだ先から凍っていく様子が紹介されることがあるが、それが過冷却状態の物体が凍結し始める現象である。しかも、その場合の氷の結晶が微細になるという特徴もある。
一般的な冷凍室で物体を凍らせる場合、物体表面から内部に向かって針状の大きな氷の結晶ができていく。その針状の氷の結晶によって食品の細胞が破壊されてしまう。冷凍した肉を解凍すると、ドリップと呼ばれる液体が流れ出したり、冷凍した野菜を解凍するとベチャッと潰れたようになるということがあると思うが、それは氷の結晶によって細胞が破壊されることによって生じる。
それに対し過冷却状態から凍らせると、氷の結晶が非常に微細となるため、氷の結晶によって細胞が破壊されるということが非常に少なくなる。これによって、これまでの冷凍による様々な弊害が解消され、食品をこれまで以上においしく冷凍できるだけでなく、これまで冷凍に不向きだった食材も冷凍保存できるようになった。これが、新たに実現された『「瞬」冷凍』の正体である。
ただ、家庭用冷蔵庫で過冷却状態を作り出すというのは、かなり難しいことではないのか。筆者もそうだったが、おそらくそう考える人はかなり多いように思う。しかし実際には、想像していたほど難しいことではなかったそうである。
もともと、過冷却を実現する機器は、業務用として以前より存在している。ただ、その業務用機器は、非常に大がかりな装置となっていて、とても家庭用の冷蔵庫に取り入れられるようなものではなかったそうだ。また、かなり大がかりな装置を使って実現しているという部分の先入観から、「過冷却はそう簡単に実現できるものではない、と思いこんでしまっていた」(平岡氏)こともあったそうだ。しかし、「“物が凍る”というのはどういうことなのか、ということを素直に調べていくと、意外に過冷却は起きやすい、そして温度をきちんとコントロールすると、水だけでなくどんなものでも起きる、ということがわかってきました」と平岡氏。そして、そのカギとなるのが、冷気と温度のコントロールだ。
● 気流制御板と赤外線センサーで庫内の温度をコントロールし過冷却を実現
一般的に冷凍室は、庫内にマイナス20℃以下の冷気を吹き出して氷点下の温度を保っている。
三菱の冷蔵庫では、「切れちゃう冷凍」と名付けられた、マイナス7℃ほどの温度で物体を冷凍する専用の部屋が用意されているが、そこでも冷気の吹き出し口からはマイナス20℃ほどの冷気が吹き出されているそうだ。ただ、「マイナス20℃以下の冷気が直接凍らせる物に当たってしまうと、風のあたる部分に氷核ができてしまい、過冷却状態が起きなくなってしまう」(平岡氏)そうだ。過冷却状態を実現するには、氷核ができないように物体全体を均一かつしずかに冷却していき、氷核ができない安定状態を保ったまま凍結点以下の温度に引き込んでやる必要がある。
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庫内に設置された「瞬」冷凍アイ
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「最初、「瞬」冷凍ルーム内の温度をコントロールし、中に入れた食品の表面が凍らない状態をキープしつつ、食品内部まで冷やしていきます。この時に、冷気が直接食品にあたると表面から凍り始めてしまいますが、気流制御板で食品に直接冷気があたらないようにして表面が凍るのを防いでいます。その後、徐々に温度を下げていって静かに過冷却状態に引き込んでいきますが、そのタイミングを瞬冷凍アイを使って制御しています」と平岡氏。
「瞬」冷凍ルームでは、気流が直接食品に当たらないように気流制御板を取り付けて冷風の気流を制御するとともに、庫内に入れた食品の温度を検知する赤外線センサー「瞬」冷凍アイを搭載し、温度を監視しつつ庫内の温度を細かく調節することで、安定して過冷却状態を実現できるようになっているのである。
ちなみに、「瞬」冷凍アイは、三菱のエアコンに搭載されている「ムーブアイ」を応用したものだそうだ。ムーブアイでは、赤外線センサーで床の温度や人のいる場所を検知し、気流を制御している。この技術があったからこそ、瞬冷凍アイの実現も可能だったという。
また、「切れちゃう冷凍」でマイナス7℃の部屋が実現されていたという点も追い風になったそうだ。平岡氏は、「マイナス20℃や30℃の環境だけでは、気流制御だけで過冷却状態を実現するのは難しいと思っています。切れちゃう冷凍のマイナス7℃という温度を持っていたことと、エアコンで制御技術を得ていたこと、そしてマイナス60℃だけが冷凍じゃないという発想の転換、それらがうまくつながって実現できたのです」と語っていたが、既存の技術をベースとして、それらを組み合わせるだけで実現されているという点には、素直に驚いた。
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気流で庫内の温度をコントロールしている
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瞬冷凍アイが食品の温度と空気の温度を感知する
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ただ、瞬冷凍アイは赤外線センサーなので、温度を測定できるのは食品表面のみで、食品内部の温度までは測定できない。しかし、食品表面と内部の温度差が高いと、それが原因で氷核ができてしまう。つまり、食品内部の温度も考慮して冷却していかなければ、過冷却状態は実現できないことになる。
この点については、「何度も実験を繰り返すことで、食品表面の温度から内部の温度を推測している」(平岡氏)そうだ。それを聞いて筆者は、推測では全食品に対応するのは難しいのではないのか、と感じたのだが、平岡氏は次のように答えてくれた。
「実際にはそこまでシビアに制御しなくてもいいんです。というよりも、シビアに制御しなくても(過冷却が)起きなきゃだめなんです。ご家庭の冷蔵庫は、比較的ラフに扱われることが多いですし。逆に言うと、それだけ過冷却は起きやすかったということでもあるんです。もちろん、今までと比べるとかなりシビアな制御をやっています」(平岡氏)
つまり、「過冷却=難しい」という考え方自体が間違っているというわけだ。平岡氏は10年ほど前から過冷却について興味があったそうだが、その時点では、業務用の世界でお金のかかることだ、と考えていたそうだ。しかし、“凍る”ということを見つめ直し、さらに実験を重ねる上でその考えが間違っていたことがわかったそうだ。固定概念を打ち破り発想を転換するということがいかに大事なことなのか、この話を聞いて強く感じた。
● 過冷却から冷凍への移行は温度変化で実現
「瞬」冷凍は、過冷却状態を維持するものではなく、過冷却を経て食品を凍らせるものだ。つまり、過冷却状態から冷凍状態へと移行する場面が、あるタイミングで発生することになる。
水を過冷却した場合、外からビンを叩くといった刺激を与えると一気に凍る。また、過冷却の水を注いでも同様に凍る。とはいえ、「瞬」冷凍ルームの中で食品にそのような刺激を与えることは難しい。そこで「瞬」冷凍では、庫内の温度を変化させて過冷却状態から冷凍状態に移行させているそうだ。具体的には、食品が比較的深い過冷却状態になった段階で庫内の温度を下げ、その温度変化によって過冷却状態を解除しているわけだ。
ただ、ここで気になるのが、食品を深い過冷却状態に引き込んでいる途中に刺激が加わると、その時点で一気に凍ってしまうのではないのか、という点だ。例えば、過冷却中に冷蔵庫の扉を開け閉めした場合の衝撃などだ。しかし平岡氏いわく、その程度の刺激では過冷却状態が解除されることはないそうだ。
「確かに、液体ではほんの少しの刺激で過冷却状態が解除されることがあります。しかし、肉などの食材では、扉の開け閉めぐらいの刺激では過冷却状態は解除されないのです。例えば、ある食品を『瞬』冷凍している時に、その下にある食材を使いたいと思っても、その食材を取り出す程度の刺激で過冷却状態が解除されるようでは不便ですよね。『瞬』冷凍中は冷蔵庫に触るな、というわけにもいきません。実際に、実験でも扉の開け閉めや他の食材を取り出すといった程度では過冷却状態が解除されないことを確認しています」と、平岡氏。つまり、食品では、低い温度まで深く過冷却状態を引き込んだ上で温度変化を加えなければ、過冷却状態が解除されない場合が多いのだそうだ。だからこそ、比較的ラフに扱われる家庭用の冷蔵庫でも実現できたというわけだ。
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冷凍に不向きだった食品も「瞬」冷凍なら冷凍前の食感も維持できる
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ご飯の冷凍にも向いている
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冷凍する機会が多い肉も解凍時の肉汁流出を抑える
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ちなみに、「瞬」冷凍で冷凍させた食材は、そのまま「瞬」冷凍ルームに入れておいてもいいし、通常の冷凍室に移動させて保存しても問題ないそうだ。一度冷凍されてしまえば、通常の冷凍室に移動させても性質が変化することはないそうである。
● 新しい発想は、とにかく考え尽くすことから始まる
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とにかく考え尽くすことが重要だと語る平岡氏
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三菱の冷蔵庫は、今回の「瞬」冷凍だけでなく、切れちゃう冷凍や、LEDを搭載して野菜のビタミンを増やす「ビタミン増量野菜室」など、他社にはない独自の発想での新機能が次々に搭載されている。
なぜこのような新しい発想が生まれてくるのか。この点について平岡氏は「考えるしかないと思います」と答えてくれた。「“考えてももうないよ”というのは、考え尽くしてないんだと思います」(平岡氏)とは非常に耳の痛い言葉だが、新しい発想による新機能が実現される裏には、それだけの苦労が伴っているということだ。
また、平岡氏は、「ビタミンを増やすなんて無理だ、過冷却なんて家庭用にできるわけがない、などのやらない言いわけなんて簡単なんですよ。そこから先に行かないと何も出てこないんです」とも語っていた。つまり、考えるだけでなく、そこから行動に移すということも重要というわけだ。今回の過冷却に関しても、過冷却を取り入れようと考えて行動に移し、その過程で物体が凍るということを基礎から見つめ直すことで、大がかりな装置を使わずとも比較的簡単に実現できるということがわかったそうだ。実際に様々な新機能が実現されていくのを目の当たりにしていることを考えると、この言葉にも強い説得力を感じた。
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マイナス60℃での冷凍と比較しても引けをとらない新機能だ
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もちろん、機能ありきで開発されているわけではない。新しい技術が開発されたとしても、それがユーザーの利益につながらなければ取り入れる意味がない。今回の過冷却についても、「当初は、過冷却から凍結状態に移行する時に、本当に微細な氷結晶だけになるのか、途中から氷結晶が肥大化しないのか半信半疑でしたので、そこは一番に評価しました。そして、マイナス60℃とも戦わせました。その上で、過冷却の価値(効果)がどの程度のものであるのかを検証したうえで実現しています」と平岡氏は語る。
ボトルの水を注ぐと、その水がどんどん凍ってタワーになる。過冷却状態でどういった現象が起こるのかを見せる例として、よく取り上げられる。確かにこの例は、マジックのようで楽しいし、目を引くものだ。しかし、しっかりとした検証による裏付けによって、マイナス60℃での冷凍と比較しても、十分ユーザーの利益につながる価値があると確認されているからこそ、新機能として実現されているのである。
これ以上の進化は望めないだろうと思われている分野でも、まだまだできることはたくさん眠っている。平岡氏は、すでにもう次のネタを温め、実現に向けて開発を進めているのだろう。今後、三菱の冷蔵庫にどのような新機能が盛り込まれていくことになるのか、とても楽しみだ。
■URL
三菱電機株式会社
http://www.mitsubishielectric.co.jp/
三菱電機 冷蔵庫製品情報
http://www.mitsubishielectric.co.jp/home/reizouko/
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