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象印マホービン「RIZO」
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炊飯器やポット、コーヒーメーカーなど、キッチンで日常的に利用する調理家電製品では、どうしても機能面が重視される傾向にある。
だが、調理家電製品の“いかにも”なデザインに不満を持っているユーザーもかなり多い。そういった声に応えるように、デザイン重視の製品、いわゆる「デザイン家電」と呼ばれる製品も数多く登場してきている。特に、有名デザイナーとのコラボレーションによる独創的なデザインを採用する調理家電製品は人気が高い。
2007年2月から販売が開始された象印マホービンの炊飯器「RIZO」も、有名デザイナーとのコラボレーションによって生まれた調理家電製品だ。だがこの製品、炊飯器でありながら、日本市場ではなく海外市場をメインターゲットとしたユニークな製品となっている。なぜ今、海外市場をターゲットとする炊飯器を投入することになったのか、その開発経緯などを伺った。
● 海外におけるZUTTOシリーズの好評価とデザイナーの提案がRIZO登場のきっかけ
象印マホービン(以下象印)は、これまでにもデザイン性重視の製品を多数送り出してきた。中には、ピエール・カルダンやマリオ・ベリーニ、ジウジ・アロー、森正洋といった国内外の著名デザイナーとのコラボレーション、またイタリアのキッチン雑貨ブランド「guzzini」とのコラボレーションによる独創的なデザインの製品もある。「デザイン家電ブーム」以前から、継続的にデザインに取り組んできた。
そういった象印のデザイン性重視の調理家電製品として、近年、成果を上げたのが「ZUTTO」シリーズだ。ZUTTOシリーズはインテリアデザイナーの富士貴子氏と、デザイナーの柴田文江氏とのコラボレーションによる製品群だ。そのシンプルかつ独創的なデザインは、これまでの調理家電製品のイメージから大きくかけ離れていることもあり、話題を集めた。
このZUTTOシリーズは、当初は日本のみで販売されていたが、デザインへの評価が高く、海外にも展開した。「日本発のデザインという点も含めて、米文化というものに海外の方が興味を持たれているということに、ZUTTOシリーズを通して手応えを感じていました」と象印マホービン デザイン室サブマネージャーである月田基義氏は語る。ZUTTOシリーズが海外で受け入れられたことは、RIZOの誕生に、なくてはならない布石だった。
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「ZUTTO」シリーズ。当初は日本のみで販売される予定だったが、デザインへの評価が高く、海外にも展開された
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象印マホービン デザイン室サブマネージャー 月田基義氏
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ただ、具体的に、どうすれば海外の人に炊飯器を買ってもらえるのか。皆目、見当が付かなかった。そういったときに、ある提案が飛び込んできた。インダストリアルデザイナーの喜多俊之氏である。
喜多氏は、日本とイタリアを拠点として活躍しているデザイナーだが、イタリアでの寿司を中心とした日本食ブームを見て、イタリアでも“家庭で簡単に寿司が作れる”という炊飯器を発売すれば売れるのではないか、と市場ニーズを捉えていた。そして喜多氏は、交友のあった象印の社長である市川典男氏にその話を提案。これが、RIZOの開発へとつながっていく。
「我々は、ヨーロッパでも炊飯ジャーを販売していますが、アジア系の方々には買っていただけるのですが、現地の方に買っていただくには大きな壁がありました」と月田氏。当然、米が主食ではないヨーロッパでは炊飯器の需要は大きくないだろう。
しかし、ヨーロッパでも象印ブランドを広めていきたい。そういった中で、昨今の日本食ブームに加え、ZUTTOシリーズの成功があった。そして、インダストリアルデザイナーである喜多俊之氏からの提案が後押しする形で、RIZOの開発が始まった。
● 海外市場向けとして機能を洗い出した、海外向けスタンダードモデル
RIZOは、デザイナーの提案をきっかけとして生まれた製品とはいえ、デザインありきで開発されたわけではない。
「今までの日本で販売していた炊飯ジャーの概念は取っ払って、世界に出していく炊飯ジャーとして必要な機能を洗い出してゼロからまとめていきました。世界に通じるスタンダードの機能やデザインを持つ商品を作りたかったのです」と月田氏。
ヨーロッパなどは米が主食ではないため、当然炊飯器の商品性は日本とは大きく異なる。現在日本で販売されている炊飯器は、米が主食であることを前提にした日常の道具だ。しかし欧米では、そのコンセプトは通用しない。パーティで寿司を作りたいときに引っ張り出す、毎日使用しない道具だ。多くの調理家電のうちの1つにすぎない。
そうした位置づけを考えると、高機能化は意味がない。かえって、何をする機械なのかがわからなくなってしまうからだ。まず、機能を絞ることを考えた。
例えば、RIZOには、日本の炊飯器に必ず用意されているタイマー機能がない。当初、象印側ではタイマーを搭載しようと考えていたが、喜多氏がそれを却下した。これは、RIZOが“鍋”と同じようなイメージでデザインされているからだ。
一般的な鍋は、食事をする直前に料理を作るために使われる道具だ。それと同じ考えで、RIZOも食事の時に使う道具であるととらえると、タイマーなど必要ない、というわけだ。
また、日本の炊飯器には、「かため」「やわらかめ」「高速」などさまざまな炊飯モードが用意されている。それに対しRIZOでは炊飯モードは1種類のみ。ボタン1つでごはんが炊けるようになっている。これも、炊飯器という欧米人にとって未知の道具を、まず手にとってもらうための配慮だ。
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操作ボタンは5つのみ。日本で広く利用されている炊飯器のような豊富な機能は搭載されず、基本的な機能のみに絞られている
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日本で販売されるモデルも、海外向けと同じ仕様で、付加機能は搭載されていない
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海外では炊飯器に馴染みがないため、フタを開けるボタンにも「OPEN」と刻印がある
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RIZOの見た目のデザインは、まさしくステンレス製の鍋といった雰囲気で、今までの炊飯器とは全く異なるイメージだ。そして、見た目だけでなく機能面でも鍋として必要な機能に絞り、シンプルにまとめられているわけだ。
だが、シンプルでありながら、“炊飯”という部分に関しては手を抜いていない。
世界各地で食べられている米にはさまざまな種類があり、それぞれの米に合った炊飯方法でなければおいしいごはんはできない。RIZOの開発では、メインターゲットとしたヨーロッパの米を徹底的に調査。現地の米に合うように炊飯プログラムを調整した。
また、海外で配布されるカタログの表紙は、RIZOのまわりに米が敷き詰められたデザインとなっている。さらに、内部には白米の炊きあがった写真とともに、巻き寿司の作り方などRIZOでできる料理の例も示されている。もちろん、本体付属の説明書にも調理ブックが付属し、米料理のレシピが掲載されている。これは、米食文化のない国の人に、この調理器具が米を調理するものであるということをわかりやすく伝えるための配慮だ。
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ステンレス鍋のようなデザイン。パッケージには、米食文化のない欧米人にもよくわかるように、寿司やリゾットなどの料理が記され、RIZOでどういった料理が作れるのか主張している
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イタリアの見本市で配布されたパンフレット。RIZO本体のまわりに米を敷きつめ、米を調理する調理器具であることをアピール
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ところで、RIZOにはごはんを炊く機能だけでなく、調理機能もいくつか盛り込まれている。その1つが「蒸し」機能。象印のアメリカの販売拠点からの要望として、ヘルシー志向を背景に蒸し機能が盛り込めないか、というものがあったそうだ。そのことを喜多氏に伝えたところ、ヨーロッパでも蒸し機能の需要があるということがわかり、盛り込まれることになった。
また、「リゾット」機能も特徴の1つだ。RIZOにフライパンで炒めた米とブイヨンを入れてボタンを押すだけで簡単にリゾットが作れるというものだ。この機能が盛り込まれたのは、喜多氏がイタリアでも活躍しているということも要因の1つだと思われるが、どうやら最近のイタリアでは、家庭でリゾットを作るということが減ってきているそうで、簡単にリゾットが作れるという部分にかなり興味が持たれているそうである。
実際、2006年1月にイタリアのマチェフ国際見本市で展示した時には、寿司やリゾットが作れる調理器具として、来場者の注目を浴びたそうだ。見本市での展示は、イタリアやアメリカ、台湾など各地で行なわれたが、そこでの反応からも、RIZOによる炊飯器の海外展開に手応えを感じ取ったそうだ。
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RIZOには蒸し機能も搭載。蒸し板のデザインも喜多俊之氏が行なった
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パンフレット内部には、白米が炊けている写真に加え、寿司の作り方などが記されている
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本体付属の調理マニュアルにも、寿司などの作り方が書かれている。これは海外向けも同じ内容だ
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内釜の刻印。白米の炊飯用の目盛り以外に、寿司用の米を炊く場合の目盛りやリゾット、蒸し物用の目盛りが用意されている
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日本向けの内釜も、海外向けと同じ刻印が用意されている
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● デザインのこだわりは細部にわたる
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取っ手がなく、丸い鍋のようなデザインが非常に斬新だ。本体デザインは工業デザイナーの喜多俊之氏が担当。ボディカラーの白は米の白をイメージしている
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RIZOの最大の特徴となるのが、これが炊飯器だとは簡単に想像できないようなデザインだろう。喜多氏が仕上げたデザインを見て、月田氏は驚きを隠せなかったという。
調理鍋に米粒状の足が付いたデザインは、これまでの炊飯器のイメージとは全く異なるものだ。従来の炊飯器を欧米風にアレンジしたものではないことをすぐに感じ取ったという。
ヨーロッパの家庭のキッチンに日本の炊飯器が置かれていると、周囲にとけ込めずに、悪い意味で目立つ存在になるだろう。しかしRIZOであれば、周囲の鍋と同じような雰囲気で、おそらく浮くといったことはないはずだ。
RIZOは、ステンレス仕様に加え、白と黄色のボディカラーが用意されている。ステンレスは、まさに鍋をイメージしたもので、イタリアのキッチンでステンレス製の鍋が広く使われていることから採用された。また白は、“米”の色をイメージしたもの、そして黄色は、リゾットで利用されるサフランの色をイメージしたものだそうだ。特に黄色のボディカラーは、「リゾットという発想がなければ出てこないカラーリング」と月田氏も指摘している通り、RIZOのコンセプトが生んだデザインといっても良いだろう。
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炊飯器としては珍しい黄色のモデル。リゾットでよく利用されるサフランをイメージして採用されたそうだ
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ステンレスタイプは、ヨーロッパで広く利用されているステンレス製の鍋をイメージしたもの。ヨーロッパのキッチンにもすっきり馴染むデザインだ
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デザイン面でのこだわりは、本体やカラーリングだけでなく、付属品にも及んでいる。RIZOは本体以外にしゃもじ、しゃもじ立て、蒸し板が付属しているが、それらも全て喜多氏によってデザインされている。しゃもじ立ては本体に取り付けるタイプではなく独立しており、使いやすく、おしゃれなものとなっている。またしゃもじのサイズも、内釜のサイズに合わせて日本のものに比べひと回り小さくなっているそうだ。
ただ、デザインの話をしているときに、月田氏はこうもコメントした。「この製品は、新たな需要創造のため、海外のニーズを捉えた商品であり、地に足の付いたスタンダードな炊飯ジャーを作ったつもりです。これを“デザイン家電”とは呼んで欲しくない」。
デザイン家電と呼ばれるものの中には、高名なデザイナーの名前を使った、外見にだけこだわった製品も存在している。確かにRIZOも、喜多氏という高名なデザイナーがデザインを手がけている。しかし、RIZOにとってその奇抜なデザインは、炊飯ジャーという道具がまだ浸透していない海外で、“炊飯機”という概念を確立するための手段に過ぎないのだ。このコメントから、RIZOに対する強い思い入れと自信がひしひしと伝わってきた。
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しゃもじは本体とは独立したホルダーを利用して置くようになっている
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海外向けの本体には、象印ブランドを海外で浸透させるため「ZOJIRUSHI」ロゴとともに、シンボルマークである象のマークも刻印されている
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日本向けの本体には象のマークは刻印されていない
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● 「炊飯ジャーを通じて日本の文化を発信したい」
社内のみで進めていくプロジェクトと違い、外部のデザイナーとのコラボレーションによって製品を開発していくというのは、さまざまな点で苦労があったはず。そこで、RIZOを開発する上で難しかった点についてお伺いしたところ、苦労する点は多々あったが、実際にはスムーズに開発が進んだそうだ。
「仕事というのは、人と人とのつながりで始まると思うんです。コミュニケーションが取れなければどんな仕事もできません。しかし今回は、喜多先生との間でしっかりコミュニケーションを取りながらやらせていただいたので、目標に向かって進めば良かったですし。そういう意味でも、とてもやりやすかったです」と月田氏。もともと象印には、デザインへの理解が強い社風があり、社長だけでなく社員もデザインに対して強いこだわりがあるそうだ。だからこそ、喜多氏からの提案もスムーズに製品化へとつながったのだろう。
「海外の文化を取り入れるだけでなく、これからは日本の文化である米文化を発信していくという姿勢は大事だと思いますし、これからの日本がやらないといけないことだと思います」(月田氏)。RIZOの世界戦略は、今、始まったばかりである。
■URL
象印マホービン株式会社
http://www.zojirushi.co.jp/
ニュースリリース
http://www.zojirushi.co.jp/corp/news/2006/061025/RIZO.html
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2007/04/12 00:00
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