大河原克行の「白物家電 業界展望」
シャープが「第3の電話機」とするインテリアホンの勝算とは
シャープが、インテリアホン「JD-7C1CL/CW」を、2009年9月25日に発売。それから約10週間が経過した。
インテリアホンは、その名の通り、固定電話機をリビングのインテリアの1つに位置づけ、従来の無機質な固定電話機とは一線を画す製品として投入したものだ。果たしてその成果はどうなのか。シャープのインテリアホンの取り組みを追ってみた。
シャープ「インテリアホン JD-7C1CL/CW」 | 本体背面。これまでの電話機のイメージとは異なりデザイン性を重視している | 本体側面 |
■使われないが一等地にある固定電話をどうするか
パーソナルソリューション事業推進本部パーソナルソリューション事業部国内営業部・樋口斉部 |
シャープがインテリアホンという新たな領域に目をつけた理由はなんだろうか。パーソナルソリューション事業推進本部パーソナルソリューション事業部国内営業部・樋口斉部長は、「リビングの一等地と呼ばれる場所にはどんな製品が設置されているのか」と問いかけながら、次のように説明する。
「たとえば、薄型テレビは家族全員が視聴しやすい一番いい場所に置かれている。同じように使いやすい場所に設置されているのが固定電話機あるいはFAXである。だが、いまでは家族それぞれが携帯電話を所有し、FAXの利用も、小学生などがいる家庭の学校からの連絡用途以外では、使用回数も減ってきている。それにも関わらずリビングの一等地に置かれ続けている」
実際、シャープ社員やユーザーの声を聞いてみるとその実体が明らかだった。
「FAXを所有しているが、場所を取るため、FAX本体は棚の中にしまっている。子機だけを使っている状況」といった声や、「FAXを設置しているが、使用するのは年に数回。そのたびに使い方がわからず説明書を引っぱり出している」というように、リビングの一等地に置かれている製品とは思えないような扱いになっているのだ。
家庭の“一等地”に設置されていることが多い固定電話機。その場所に適した提案ができないかというのが、インテリアホンの原点だ |
せっかく、一番いい場所に固定電話機が設置されているのであれば、一等地に適した提案ができないかというのがインテリアホンの発想の原点だ。
「全国6,000万台もの固定回線につながる機器は、電話とFAXだけだった。そこに第3の選択肢を用意した」と、樋口部長は語る。
もう1つの理由は、固定電話機を購入しない20代、30代が増加していることだった。
結婚を間近に控えたシャープのある若手技術者は、独身時代に使用していた携帯電話を継続的に利用し、結婚しても固定電話回線を敷かずに、固定電話機を購入する予定がないことを同僚や上司に話した。
その話を聞いた中堅社員は、固定観念を覆された思いだったという。樋口部長も驚いたひとりだ。
「結婚したら固定電話回線を自宅に敷いて、電話機を購入するというのが、これまでの考え方。携帯電話の普及によって、そうした発想が20代、30代の間ではなくなっている」
そこでほかの若手社員にも話を聞いてみた。
するとさらに驚きの結果が出た。多くの若手男性社員、女性社員が、固定電話機はいらないと感じていること、固定電話機を所有していてもほとんど使っていないこと、固定電話機を所有していても買い換えようという気持ちにならないといった声が相次いだのだ。
中堅社員の間からも、家庭での利用実態として、「家の固定電話機が鳴っても子供たちは出ようとしない。固定電話機が鳴るのは親に対する連絡であって、自分宛の要件は自分の携帯電話にかかってくるため」というように、若者の固定電話機の利用離れを裏づけるような話も出てきた。
■出荷台数減少が続くなか、買い換え需要を狙った秘策「フォトフレーム」
実際、固定電話機の出荷台数は年々減少を続けている。
固定電話機の2008年度出荷実績は、400万6,000台。2007年度の出荷実績の452万6,000台と比べ、前年比11%減という大幅なマイナス成長となっているのだ。
パーソナルソリューション事業推進本部NB商品開発部副参事・西宮健司氏 |
だが、固定回線の契約数は、2008年度実績で5,846万回線。2007年度の5,899万回線からは、わずか1%しか減っていないという状況。固定電話機の買い換えに興味を持つ利用者が減っていることの証であり「5年前までは6~7年の買い換えサイクルであったものが、いまでは10年以上に長期化している」(シャープのパーソナルソリューション事業推進本部NB商品開発部副参事・西宮健司氏)という状況につながっている。
量販店店頭においても、固定電話機の展示場所は、売り場の奥の方であり、ほとんど店員が立っていない売り場となっていることからも固定電話機の置かれた立場がわかる。
そして、もう1つ理由をあげるとすれば、固定電話機およびFAXの付加価値が薄れ、低価格化が促進されているという状況もある。メーカーとしてこれを打破する提案も必要だったというわけだ。
シャープが投入したインテリアホンは、固定電話機を、電話がかかってきた時だけ利用するのではなく、さらにリビングに置いてもインテリアとして、常に存在感をもって利用できるようにすることを狙った製品だ。
固定電話機としての基本機能に加えて、親機には7型カラー液晶を採用。写真データを保存したSDメモリーカードやメモリースティックを差し込むと、電話待機時は写真のスライド表示ができ、デジタルフォトフレームとしても使えるようにしたのだ。
「業界の試算では、2009年度のデジタルフォトフレームの市場は約60万台。だが、実際には100万台規模になるだろう。2010年度は150万台、2011年度は200万台の市場規模が想定される」(シャープ・樋口部長)というように、成長領域の需要をも取り込む考えだ。
また、親機に7型の大型液晶を採用したことで、電話やFAXとしての利用の際も利便性を高めることに成功した。
必要なボタンは、すべて液晶画面に表示。液晶にはタッチパネル機能を採用していることから、画面に表示された番号をタッチするだけで電話がかけられる。
また、フォト電話帳機能によって、あらかじめ相手先の電話番号と顔写真を登録すれば、顔写真にタッチするだけで相手に電話がかけられたり、ナンバーディスプレイとの連動によって、かけてきた人の写真を表示するといった使い方もできる。
電話番号選択画面。操作は全てタッチ操作に対応する | 電話着信中の画面。相手の写真を登録しておくと、写真が表示される | 電話帳に相手の写真を登録しておくと、写真から発信者を選ぶこともできる |
「小さな子供でも簡単に電話がかけられるほか、子供が一人で留守番している時に、誰からかかってきたかがかわり、それ以外の電話にはでないといったセキュリティ面での対策にも活用できる」(シャープ・西宮氏)。
さらに親機にダイヤルのボタンを用意しなくていいため、デザインをシンプル化できたというメリットもある。デザイン性に優れたインテリアホンを実現できたのも液晶を採用した点が大きい。
一方で、FAXの利用に関しても利便性が高い。
受信したFAXの内容を液晶画面に表示し、タッチ操作によって、拡大や縮小、スクロールといった操作ができる。
受信したFAX内容を表示した様子 | 操作はタッチ操作で行なう |
7型の液晶には、A4サイズの原稿を約80%の大きさで表示可能であり、また、紙への印字は不要であるため、余計な紙を消費しないというメリットもある。
本体にはプリントアウト機能はついていないが、プリントアウトしたい場合には、SDメモリーカードにデータを保存し、プリンタに差し込んで印刷することができる。また、FAXを送信する際には、IrSS(高速赤外線通信)で取り込んだ写真や、メモリカードのJPEGデータを取り込んで送信する仕組みとなっている。
家庭内にプリンタがないとプリントアウトができない、あるい紙から直接FAX送信できないという欠点はあるが、画面で見るだけで十分というユーザーにはまったく問題がない。
そのほか、お知らせ一覧では、受信したFAXや留守番電話、着信記録などが液晶上に表示され、画面をタッチするだけですぐに確認できるようにし、電話として使用していないときには、デジタルフォトフレームとしての利用だけでなく、時計の表示やカレンダー表示も可能としている。
7型という固定電話機として異例の大型ディスプレイを採用したことで、様々な用途提案が可能になったともいえる。
気に入った写真を表示してデジタルフォトフレームとしても使用できる | カレンダーも表示できる |
「第3の固定電話機としての市場を創出し、買い換えたくなる提案をしていく」(シャープ・樋口部長)というわけだ。
■20代の購入比率が4倍に。新たな市場を開拓
では、発売後の動きはどうだろうか。
シャープによると、購入者の約3割が、デジタルフォトフレーム機能を購入理由にあげており、さらに、本体のシンプルなデザイン、ディスプレイFAX機能、タッチパネル機能に注目が集まっているという。
また、従来の固定電話機ではわずか1.5%だった20代の購入比率が、インテリアホンでは6.1%に拡大。同様に30代の購入比率は8.0%から38.8%に、40代は6.0%から28.6%に拡大。20~40代が購入するという新たな需要を創出することに成功している。
購入者の間からは、電話機のように見えないデザインや、側面や背面にこだわったデザインといった評価だけでなく、実際の操作性が人に優しくできているなどの声があがっている。
さらに販売店からも「新規ジャンル製品として積極的に展開したい」、「低迷する電話機市場を変える商品になる可能性がある」などの声もある。
シャープでは、「インテリアホンは、新たなジャンルの製品、高いデザイン性に共感してもらっている」と判断しており、その点では手応えを感じているようだ。
インテリアホンという新たなジャンルは始まったばかりだ。リビングの一等地を占有する固定電話機の新たな提案に目をつけたシャープは、これをどのような潮流へと発展させることができるのか。今後の動きが注目される。
2009年12月3日 00:00