そこが知りたい家電の新技術

3Dプリンタの活用で家電開発の時間が大幅に短縮! パナソニックの取り組みを見る

 3Dプリンタと聞いてどんなイメージが浮かぶだろう。筋金入りの文系で、技術にはからっきし弱い筆者の場合、まだまだ実用化は先の未来のツールだとのんびり考えていた。しかし、実際には家電製品の開発現場では3Dプリンタが大いに役立っているのだという。今回は、愛知県・春日井市にあるパナソニック エコシステムズの春日井工場を訪れ、家電開発時の3Dプリンタの活用について聞いた。

 パナソニック エコシステムズの春日井工場は、住宅設備の換気扇や、消臭・除菌効果が期待できるナノイー発生機などを作っている。2007年に建設した新しくてキレイな工場は、環境への負担を減らすような工夫を随所に搭載したエコのモデル工場でもある。ここでは、製品の生産のほか、製品の開発も行なっている。

太陽光発電システムや、地中熱を使用した空調など環境に配慮した設備を備える
工場の外壁には太陽光発電パネルが並ぶ
2007年に建設した新しい工場
エコのモデル工場だけあって、工場内の部品移動になんと電動アシスト自転車を使っていた!
電動アシスト自転車には、モップがくくりつけられていて、工場内を移動するたびに床がきれいになるという工夫も
国内の工場ではめずらしく、多くの部品を内製化し、塗装工程まで用意する

ものづくりの革新を進めるモノづくり企画グループ

モノづくり企画グループ コンカレント開発チーム 主事の山内康介さん

 今回、お話を伺ったのはモノづくり企画グループ コンカレント開発チーム 主事の山内康介さん。コンカレント開発チームと聞いて、どのようなことをする部署なのか伺ったところ、製品の開発段階から、量産段階までをサポートしていく部署だという。

 「開発から量産までの各工程をサポートし、ものづくり革新を起案・推進していく部署です。生産技術や製品企画とは常に密に連絡を取っていますし、生産や成形のやり方や加工についてもよりベターな方法を常に追求しています。例えば、設計チームからこういう製品を作りたいという提案が来た時に、その設計をコンカレント開発チームでシミュレーションして、設計効率をあげたり、試作品を作って、耐熱や強度などが充分かを確認します。検証と解析を重ねていき、量産が決まったら、今度は部品を生産するための金型を作るのも、コンカレント開発チームで行なっています」

春日井工場で生産されている空気清浄機や除湿機など
モノづくり企画グループでは、開発から量産までの各工程をサポートし、ものづくり革新を起案・推進しているという

 では、3Dプリンタは具体的にどの工程で活躍しているのか。

 「リードタイムの短縮に非常に役立っています。3Dプリンタを使ってワーキングモデルを作ることで、性能評価がいち早くできますし、量販店などに製品提案するデザインモデルも3Dプリンタを使って作っています」

 ワーキングモデルとは、実際に動かすことのできるモデルのことで、例えば加湿器であれば、ミストの発生状況や風量などの性能をチェックできるほか、制御がきちんと働いているかもチェックできる。

ワーキングモデルでは、動作や性能など様々なチェックを行なう
デザインモデルは、販売促進や、バイヤーへの説明などで用いる
製品の構造が一目でわかるクリアモデル。これは全て3Dプリンタを使って作ったという
テーブルの上に乗るような小型家電ならば、3Dプリンタで試作機を作ることができる

金型の製作にも3Dプリンタを活用

 「コンカレント開発チームの仕事はそれだけではありません。重要な仕事の1つに金型の製作があります。金型とは、工場で製品を大量生産する時に不可欠なもので、樹脂を流し込み、部品を成形するものです。樹脂が金型の中にすきまなく行き渡るように工夫する必要がありますし、樹脂を素早く冷却させるにはどのような構造にするべきかを考えます。また、金型自体の強度も重要になります」

実際の金型。これに樹脂を流し込んで、家電製品に必要な部品を作る
完成した部品

 金型は従来、鋼材から削りだして複数の工程を経て完成していた。しかし、完成までに時間がかかる、削りだして作るために、材料となる鋼材のロスが多い、などの問題点があったという。

 「そこで、考えたのが金型を3Dプリンタで成形できないかということでした。粉末状の金属を使って、レーザー焼結することを繰り返していくことで、とりあえず形にはなったのですが、金属の層を重ねてつくっていくので、断面がぎざぎざになってしまい、仕上がりの精度が粗くなってしまいました」

工場で使われている金型。ここに樹脂を流し込んで、部品を成形する
従来、金型を作る際は、鋼材から削りだして複数の工程が必要だった。しかし、3Dプリンタを使って金型を作ったところ、断面の仕上がりが粗くなってしまった

 そこから、考えたのが従来の削り出しの技術と、金属粉末をつかった3Dプリンタの工法を組み合わせることだったという。

 「金属粉末を重ねてレーザー焼結したあとに、切削工程をすることで、表面の粗さをとることに成功しました。切削工程と、レーザー焼結を繰り返すことで、表面はなめらかに仕上がり、量産に耐えられる金型を作ることができました」

従来の削り出し技術と3Dプリンタの工法を組み合わせた複合加工により、表面がなめらかな量産金型が完成した
3Dプリンタで金型を作る際に使う、金属粉末
実際に金型を作っているところ。3Dプリンタの台の上に金属粉末を少しづつ重ねていき、レーザー焼結していく
その後に切削加工をする。これを繰り返していく
右が切削加工なしで作った金型、左が切削加工を繰り返して作った金型。表面の仕上がりが全く違う

 この新しい金型加工技術の開発により、金型製作に要する時間は従来の3分の2まで短縮できたという。また、3Dプリンタによる金型加工の利点は、時間短縮だけではない。

 「金型は、流しこんだ樹脂が素早く冷却するように、中に水管という水を通す管を作る必要があります。従来の削りだし工法では、水管の穴をドリルで作っていたので、まっすぐな穴しか作れなかったのですが、3Dプリンタを導入してからは、より複雑で、冷却効果の高い水管を作ることができるようになりました」

中に流し込んだ樹脂を素早く冷却するために、金型には、水を通す水管が必要
3Dプリンタを用いることで、写真のような複雑な形状の水管を通せるようになった

20年前とは全く違うプロセス

 家電製品を大量生産する上で、金型の成形は必要不可欠だが、3Dプリンタを用いて、量産段階まで成功している例は少ないという。

 「一番の強みは連携ですね。特にここは、工場も併設しているので、すぐに試すことができる、あるいは不具合があったらすぐに再調整することができます」

 これらの取り組みは2001年頃から開始し、現在では小型部品だけではなく、大型部品の一部を3Dプリンタで製作し、成形サイクルを短縮しているという。

 「20年前と今では、家電製品ができあがるまでのプロセスは全く変わってきています。いまでは家電開発、生産において3Dプリンタはなくてはならないものになっています。とはいえ、3Dプリンタは決して全自動の製品ではありません。うまく使うためには、コツや技術力が不可欠で、買ってきてすぐに使えるようなものではありません。パナソニック造形用の金属粉の材料開発や工法開発なども併せて進め、何度も試作を繰り返して、やっとここまでの形になりました」

 新しい技術を積極的に取り入れるというのはある意味かけでもあり、パナソニックのような大きな会社でないと、難しい一面がある。技術革新を常に推進するパナソニックの絶え間ない努力が見えた。

阿部 夏子