老師オグチの家電カンフー

ヒット商品を生み出す「意識低い系マーケティング」とは何か?

カンフーには広く「訓練を積み重ねる」といった意味があります。「老師オグチの家電カンフー」は、ライターの小口覺が家電をネタに、角度を変えてさらに突き詰めて考えてみるコーナーです

 ビジネス書っぽいタイトルにしてみました(笑)。

 日本は「ものづくり」が大事だと思われている社会ですが、メーカー含め作り手が陥りやすいのが、"意識高い系"の罠です。単純に良いものを作っている自負ならいいのですが、「この良さがわからないヤツはレベル低い」まで行くとアウトです。

 もちろん、意識高い系のユーザーというのもいて、「所有している俺はレベルが高い」と思っていて需要と供給が成立してはいます。ブランディングとしてはアリな気もしますが、製品を売るためには邪魔になることも多いのです。

 意識高い系のモノは、そもそも大ヒットしません。これはプロダクツに限らず、サービスでも言えるでしょう。たとえば「Evernote」。有名ブロガーなど、ネットでの存在感の高い方達が推奨してきたクラウドサービスで、ロゴをあしらったアイテムが販売されるほどブランドイメージは高かった。

 ですが、意識高い系のユーザーの意見を機能に取り入れすぎた結果、普通の人には使いづらいサービスとなってしまいました。片や、リテラシーの高いネットユーザーには批判されることの多いLINEですが、メッセンジャーとしては完全に定着しています。

 そこで提唱したいのが、意識高い系の罠を回避し、一般への普及の足がかりとなる「意識低い系マーケティング」です。意識高いとか意識低いとか言っていますが、決してバカにしているわけではありません。分析しているだけです。マーケティング用語の「マイルドヤンキー」と同じです。ちなみに、意識低い系は、マイルドヤンキーと重なる部分もありますが、地域性は関係なくマインドのありかたです。

 家電業界は、もともと生活や主婦を対象としていたので、変に意識高くなることは少ないのですが、それでもデザイン家電の一部などには、意識高い系の病が見られます。いいんですよ、商売として成立して満足されているなら。

 意識高い系から意識低い系へと華麗に変身した家電メーカーが、バルミューダです。家電としては、扇風機「GreenFan」や加湿器の「Rain」で頭角を現しましたが、先進的な機能やデザインといった、意識高い系の要素が強かった。小さなメーカーが存在感を示すには、意識高い系要素は重要です。

2万円台の値段も話題となったトースター「BALMUDA The Toaster」は、意識高い(デザイン)と意識低い(味)の両面を追求したことでヒット。高いと注目されて売れるんだから、メーカーとしては最高です

 トースターの「BALMUDA The Toaster」でブレイクするバルミューダですが、食の方面に舵を切ったのが良かった。まぁ、外野から見た結果論ですけど。「食」というのは、鉄板の意識低い系素材です。

バルミューダの発表会にて。「BALMUDA The Toaster」発売以降、売上高が倍増した

 もちろん、バルミューダの社長はそんなこと言っていません。繰り返し、「体験」を重視していると語っています。体験というのは新たに身体と脳で感じることで、思い込みや強い自意識に基づく意識高い系とは反対の概念でしょう。

 とくに飲食は誰もが欠かさず行なう体験であり、意識が高かろうと低かろうと興味があります。興味を刺激してあげると、誰もが買いたくなる。実際、調理家電って盛り上がっているジャンルじゃないですか。

 テレビ業界なんかでも、食い物ネタと下ネタは、誰しも興味がある下世話なネタとして昔から使われてきました。下ネタは時代的に制限が強まっていますが、グルメネタは本当に多い。くだらないと批判されがちなテレビ番組ですが、くだらない=意識低いからこそ、視聴率が取れるわけです。SNSでも「飯テロ画像」とかありますし。

飯テロ写真イメージ。SNSにおいては、意識高い系ばかりでも低い系ばかりでも嫌われるようだ。バランスですね

 これ以外にも、意識低い系ネタはいろいろあるのですが、今回はこのへんで。結論としては、意識の高さと低さを両方コントロールできるメーカーこそが市場を制します。

 その最たるメーカーはAppleでしょう。ネット上などでは、パソコン通信の時代から、その鼻につく態度で嫌われがちだったMacユーザーですが、ジョブズの復帰以降一般人のユーザーを獲得していきます。iPhoneも登場当初は、ITリテラシー高めな人ほど否定的でしたが、今や「iPhoneとスマホって別でしょ」っていうような女子高生含め、意識低い系ユーザーは、ほとんどがiPhoneユーザー。

 「日本で普及したのは0円でばらまいたからだろ」と指摘する方もいるでしょうが、タダとかお金こそが、実に意識低い系に刺さる言葉じゃないですか。皆さんも、意識の低さを馬鹿にせず意識するようにしてくださいね。あー、お金ほしい。

小口 覺

雑誌、Webメディア、単行本の企画・執筆、マンガ原作、企業サイトのコンテンツ制作を手がけるライター。日経MJの発表した「2016年上期ヒット商品番付」では、命名した「ドヤ家電(自慢したくなる家電)」が前頭に選定された。

Webページ「有限会社ヌル/小口覺事務所」
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