老師オグチの家電カンフー

第21回

サポセンと千尋のTEL隠し

カンフーには広く「訓練を積み重ねる」といった意味があります。「老師オグチの家電カンフー」は、ライターの小口覺が家電をネタに、角度を変えてさらに突き詰めて考えてみるコーナーです

 お客様は神様です。最近はクレーマーやトンデモ客が目立ってきたため、このフレーズも否定的に扱われることが増えましたが、神様にもいろいろいるのです。メーカーのサポートセンター(サポセン)は、そんな神様との窓口で、日々相談や文句が持ち込まれています。普通は問題を解決する側が神様なのですが、ビジネスの世界ではお金を出す側が神様として扱われます。

 このところ、PCや家電が立て続けに壊れ、サポセンを利用する機会が多かったのですが、ふと、映画「千と千尋の神隠し」は、サポセンの世界を舞台にしたと言っても通用するんじゃないかと思いました。止まらなくなった妄想をご紹介しましょう。

<ストーリー>
 両親を豚に変えられた少女、千尋は八百万の神様がやってくる湯屋(サポセン)で働くことになります。湯屋へつながる橋は、電話やインターネットの回線で、ここを通じて神様達がやってきます。そのシステムを縁の下で支えているのは、釜爺というエンジニアです。最初は電話だけだったサポートに、Webやメールが追加され、湯屋は増築が繰り返されたような作りになっています。

 湯屋の経営者、湯婆婆は、千尋の名を「千」に改めます。サポセンのスタッフはフルネームを名乗ることは少なく、基本的には「田中」「荻野」というように名字だけでお客様とやりとりします。必要以上のパーソナリティは、この仕事に必要ないということでしょう。仕事現場では無駄口を叩くことも禁じられています。

 そもそも、千尋という名前自体、「千の神様(顧客)が尋ねる」と、サポセンの仕事を暗示しています。

 千尋が出会う、魔法を使う謎の少年はハクという名ですが、これはハックから名付けられています。サポセンにも技術的な知識を持ち、影でサポートを支援するハッカーが存在しているのです。

生身の人間でありながら顔の見えないサポセンスタッフに萌える人もいるのかも。いずれAIに置き換わるのかもしれません

 神様もいろいろですが、たまにヤバイのが現れます。

 カオナシです。親切にすると勘違いするストーカーであり、金を払う客の立場でわがままを言い、サポセンの機能を阻害します。こうした神様に関わらないようにする見極めこそが、サポセンにとっての課題です。

 まずは、本当の神様(顧客)か否かを、保証書の有無や、シリアル番号の入力で切り分けていきます。さらに、問題が複雑なパソコンなどIT機器メーカーで顕著ですが、サポートの電話番号は隠されています。とくにWebサイトでは、「よくある質問」や問い合わせフォームによって、電話によるやりとりを極力回避するようになっています。電話によるやりとりは時間がかかりすぎるためです。

生活家電は基本電話対応してくれるが、メーカーによってはWebでも修理依頼などが申し込める

 サポートする側にとって、主題歌のタイトル「いつも何度でも」電話をかけてくるような客は、迷惑この上ないでしょう。ひとりの神様として言わせてもらえば、電話の方が伝えやすい相談もあるので、TEL隠しはなるべくやめてほしいのですけどね。

 さて、一見困った神様でも、正しく対処することで会社に利益をもたらす場合もあります。映画では、全身がドロドロで、悪臭を放つクサレ神が出て来ます。千尋がクサレ神に刺さったトゲ(障害)を見つけ、それを引き抜くと、砂金を生み出す神様の姿に変わります。サポセンに寄せられる苦情や相談の中には、製品をよりよく改善するなど、会社に利益をもたらすヒントがある。マーケティングで言うCS(顧客満足)のストーリーなのです。

 あとは、でっかい赤ん坊「坊」は、ちょっと困った新製品だとか、こじつけネタは他にもあるのですが、そろそろまとめましょう。

 甘ったれだった千尋は、仕事や試練を通じて成長し、豚と両親を見極める能力を獲得します。持ち込まれた問題の本質を判断できる、並みのスタッフを超えた能力を備えて、湯屋(サポセン)を卒業、人間の世界に戻っていくのです。サポセンのスタッフに幸あれ。

某PCメーカーのチャットによるサポート。電話のようにつながらないことがなく、画面のスクリーンショットなど添付ファイルを送れるのは便利

小口 覺

雑誌、Webメディア、単行本の企画・執筆、マンガ原作、企業サイトのコンテンツ制作を手がけるライター。日経MJの発表した「2016年上期ヒット商品番付」では、命名した「ドヤ家電(自慢したくなる家電)」が前頭に選定された。

Webページ「有限会社ヌル/小口覺事務所」
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