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CK-BA10
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このところ、グングンと売れ行きを伸ばしている家電がある。それは「電気ケトル」だ。ティファール社の製品を中心に、電気ポットの市場を侵食する勢いだ。だが、意外なことに、日本の大手ポットメーカーからは、電気ケトルは商品化されていなかった。
そこに風穴を開けるがごとく、最大手がついに参入した。象印マホービンが、「CK-BA10」を発売するのだ。
なぜこれまで電気ケトルが出なかったのか? そして、象印が作るケトルの特徴とは? CK-BA10からは、変わり続ける「日本の生活スタイル」が見えてくる。
● 日本製電気ケトルがなかった理由は「安全性」問題にあった!!

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象印 商品企画部 西広嗣氏
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「実は、日本のメーカーは、電気ケトルを『出せなかった』んですよ」
象印で電気ポットと電気ケトルの商品企画を担当する、商品企画部の西広嗣さんはそう切り出した。
出せなかった理由とは安全性だ。
電気ケトルは、電気を使ってお湯を沸かす、いわば「やかん」である。お湯を沸かす、という点では電気ポットと同じなのだが、多くの電気ケトルは、電気ポットよりシンプルな作りとなっている。
例えば断熱性。お湯を沸かしたあと、ケトルの内部は当然ながら高温になっている。一般的な電気ケトルは、ポットと違い断熱性を持たないため、お湯が入っている時、外部は高温になる。80℃から90℃になることも珍しくなく、当然、そのまま触ることはできない。

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電気ケトルを日本メーカーから出せなかったのはその安全基準の厳しさにあるという
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また、あくまで「やかん」なので、給湯口には、ふたに類するものがない。ひっくり返せば、そのままお湯が漏れだしてしまう。
「電気ケトルというのは、要は、机の上にガスレンジを置いて、やかんを使っているようなものです。沸かしたてのやかんを机の上に置いている、と思えば、危険だ、ということがおわかりいただけるんじゃないかと思います」
西氏はそう説明する。
海外、特にヨーロッパでは、電気ケトルは広く普及している。当然、ケトルならではの使い勝手や危険性も周知されている。
しかし日本では、ポットが長く使われている。ポットは「保温」という要素があるため、断熱性に優れている。危険な商品は世の中に出すべきではない、という配慮から、JIS規格や国内電機メーカーの業界団体である日本電機工業会(JEMA)では、ポット類に対し、一定の安全基準を設けている。
「ケトルを日本メーカーが作れない」という西氏の言葉は、この安全基準をベースとしたものだ。
沸かしたての状態で機器を触っても一定以上の温度にならず、転倒させても、中の熱湯が漏れ出さないこと。
すなわち、「電気ポットが備える安全性」を持っていることが、「日本メーカーが電気ケトルを作る」条件だったのである。
CK-BA10は、もちろんその条件を満たしている。
西氏は、筆者の目の前でCK-BA10を使ってお湯を沸かし、いきなり勢いよく横倒しにした。一般的なケトルならば、勢いよく沸騰したての熱湯があふれ出すところだが、CK-BA10では漏れてこない。ハンドル以外の部分を持っても、もちろんまったく熱くない。
一般的なケトルの場合、沸騰中は上に熱い蒸気が噴出し、少々危険な印象を持つのだが、CK-BA10の場合、蒸気はうまく逃がされ、危険な印象は持たない。このあたりは、電気ポット的な使い勝手、という感じだ。
「両手で抱えるように持てる、というのは大きいと思います。ハンドルもデザインを工夫し、すべって注ぎ口が下を向かないようにしました。電気ケトルはテーブルの上で使うことが多いですから、安全性にはなおさら気を遣うべきです。我々は今年創業90周年。ポットをずっと作り続けてきました。その成果が出ていると思っていただければ」
実は、消費電力の面でも配慮がなされている。電気ケトルは大電流で一気に加熱し、短時間でお湯を沸かす。だがそれだけに、瞬間的な消費電力が大きい。エアコンなどを使う機会の多い冬場だと、「お湯を沸かしていたらブレーカーが落ちた」といった話も耳にする。「ヨーロッパは日本と違い、供給電圧が220Vですからね。初期に輸入された製品には、日本向けとしては消費電力が大きすぎるものもあったようです。我々の製品はもちろん、日本国内での使用を考えた仕様となっています」
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注ぎ口の上の「PUSH」ボタンを押さないと上ブタが開かない仕組みになっている
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注ぎ口にはロックもかけられるようになっている
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ロックを解除しないとお湯が出ない
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● 縮小しはじめた「ポット市場」。電気ポットでは「お湯が多すぎた」
実際、CK-BA10の構造は、ケトルというよりポット、という感じだ。他社のケトルがプラスチック一枚板の射出成形でシンプルに作られているのに対し、CK-BA10はポットでお馴染みの、ステンレスの容器を使ったもの。ふたも、厳重にパッキングが施されている。「プラスチックの場合、買ってすぐだと『お湯に移ったプラスチック臭が気になる』という方がいます。ですから、ポットと同じようにステンレスを採用しました。他社製品では、内部がプラスチック製で複雑な形状となっており、きれいに掃除するのが難しいものも多いのですが、CK-BA10はシンプルな筒型ですから、簡単に掃除できます」と自信を見せる。
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ステンレスの容器を使った頑丈な本体
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フタ。周りには厳重なパッキンがされている
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だが逆にいえば、「ならポットでいいんじゃないの」と思えるのも事実である。CK-BA10はあくまでケトルであり、ポットのような保温機能は持ち合わせていない。そこまでして「電気ケトル」を商品化する理由は何なのだろうか?
「それは、ポットの市場が年々縮小し、ケトルの市場が伸びているからです」日本国内における、電気ポットの市場は年間400万台程度だ。もともと、アジアでは電気ポットが主流で欧米では電気ケトルが主流、という傾向がある。
しかし西氏によれば、電気ポットの国内市場は「ここ数年、5%刻みで減っている」のだという。2008年には、400万台を切ってしまうのでは、と予想されているほどだ。
これだけ普及したポットが、なぜ売れなくなってきているのか。「理由は生活スタイルの変化にあるんです。ポットを使う、という生活スタイルは、お茶を頻繁に飲む、ということに関係していました。しかし現在は、ペットボトルのお茶が普及しました。しかも、冬でも、冷たいお茶を飲むようになったのです。その結果、お湯の使用量が減ってきています」
特に若年層では、自宅でお茶を入れない人が増えている。お茶の葉がない、という家庭も少なくないのではないだろうか。
ポットの良さは、お湯を一度に大量に沸かして保温しておくことで、いつでも熱いお湯が使えることだ。しかし、そもそも「熱いお湯」が常に必要でないなら、ポットである必然性も少なくなる。ペットボトルのお茶しか飲まないなら、食事時ですらお湯を沸かす必要がないからだ。
また、「保温時」の電力消費を嫌い、こまめにポットの電源を切る人々も出始めている。実際には最新のポットの場合、綿密なソフトウエア制御により、保温時の消費電力は最低限に抑えられているのだが、「そもそも保温がいらない」と考える人も少なくない、ということなのだろう。

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CK-BA10で沸かせるお湯の量は最大1L
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「我々は、ポットで『いかにたくさんのお湯を提供できるか』を競ってきました。大量のお湯をいかに省エネで保温するか、という技術を競ってきたわけです。しかし、お話ししたような市場状況から、はたしてそんなにお湯を使うのか、という疑問が生まれています。これまで、ポットの最小容量といえば、2.2Lだったのですが、私の妻にも『そんなにいらない』と言われてしまいました」
電気ケトルは、このような流れに乗って市場を広げてきた。正確な統計はまだないようだが、日本国内では、少なくとも年間140万台の市場規模があるという。すでに述べたように、日本メーカーはこの市場に入り込めていない。しかも「おそらく、海外のトップメーカーの寡占」(西氏)という状況。CMでもご存じの、あのメーカーが市場を独占しているというわけだ。
象印としては、このまま独走を許すわけにはいかない。

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従来製品よりも容量を小さくした「CD-ZA12」
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そこで昨年秋に商品化したのが、容量を1.2Lと小さくした「CD-ZA12」である。
これは、ポットでありながら、その都度沸かすケトル的な使い方もできるようにした製品で、沸騰後に保温しない「保温オフ」機能も備えている。
この製品は、売れ行きが好調だ。大きすぎる電気ポットより、コンパクトな製品の方が支持されたということだろう。大柄な電気ポットと違い、キッチンからテーブルへの移動も、茶碗やカップへお湯を注ぐのも簡単だからだろう。
そこでCK-BA10では、コンセプトをより突きつめ、完全な「電気ケトル」として商品化したわけである。すなわち電気ケトルの投入は、ポットメーカーである象印にとって、重要な生き残り策であるのだ。
機構だけでなく、デザインにも力を入れた。シャープの「AQUOS」のデザインを手がけたことでも知られる、工業デザイナーの喜多俊之氏にアドバイスを依頼、象印のデザインチームと共同で、使いやすさと美しさの両立を目指したデザインを狙った。
これでいて、「実勢価格では、他社製品と数百円しか変わらない」価格で販売されるのだというから、象印の力の入れようは相当なものだ。「CK-BA10は、ポットメーカーとしてのノウハウが詰まったものです。しかし、ものすごく特別な技術を使っているわけではないので、他社も追従してくるのではないでしょうか」
「重要なのは、『こうすれば日本のメーカーにも作れる』ということを示したことです。そして、他のメーカーに先駆けて作ったことが、シェアに結びつけば、と思います。だから、非常に力を入れて作ったわけです」
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カラーバリエーションは3色用意されている
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コンパクトな本体
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デザインは喜多俊之氏に依頼した
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● 日本茶で活きる「ポット」の利点

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ポットのニーズがなくなった訳ではないと話す西氏
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このように、市場の雰囲気は「電気ケトル」に流れている。だが、「ポットの利点がなくなったわけではない」という。「それは、保温ではなく、特定の温度に調節できることなんです」
電気ケトルは、やかんと同じく「沸騰」させることしかできない。できあがるお湯の温度は、当然100℃に近い。しかし日本茶の場合、おいしく飲むには80℃程度のお湯で入れるのが適している。ケトルでは温度が高すぎるのだ。
「電気ポットは、お茶をいかにおいしく飲んでいただくか、にこだわって作ってきた商品です。コーヒーならいいのですが、お茶ならば、やはりポットの方がいいと思います」と西氏は説明する。
ポットで温度調節ができているのは、制御マイコンを搭載し、こまめな加熱を行なっているからである。CK-BA10の場合、本体構造はポットに似ているが、制御マイコンを搭載していないため、温度調節はできない。「電源プレートと本体をつなぐ接点の仕様上、制御マイコンを組み込むのが難しい」(西氏)ためだ。
また、赤ちゃんのいる家庭でも、ポットは「必需品」だ。ミルクを作る際に、「熱すぎない」お湯が必要だからだ。
「調査によれば、子供が出来たら欲しくなる家電の第1位が電気ポット。すべてが電気ケトルになる、というわけではないでしょう」(西氏)
他方、電気ケトルにとって追い風となっていることがもう1つある。
それが「マイボトル」の流行だ。ペットボトルそのものが与える環境負荷を嫌い、ステンレス製の保冷・保温機能をもったボトルを持ち歩く人々が増えている。象印は昨年春以降、マイボトルにお茶を入れて持ち歩く「ロックDEお茶!」「どこでもカフェ」といった活動を続けている。西氏を含め、象印の社員は、みなマイボトルを常に持ち歩いて仕事をしている。
コーヒーやお茶を自分で入れるには、短時間でお湯が沸く電気ケトルが有効だ。
「自分で入れたお茶おいしさを、まずはみなさんに知って欲しいんです。そうすれば、電気ケトルや電気ポットの需要は、さらに広がると考えています」と西氏は期待を語る。
コンビニとペットボトル、という生活スタイルは、ポットのニーズを変えた。ポットメーカーである象印は、そこからさらに、「エコ」「味覚」を武器に、生活スタイルの変化を促そうとしている、といえそうだ。
■URL
象印マホービン株式会社
http://www.zojirushi.co.jp/
ニュースリリース
http://www.zojirushi.co.jp/corp/news/2007/071220/CKBA.html
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2008/03/05 00:04
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