現在、家電製品において、機能と同等、時にはそれ以上に注目されるのがデザインだ。質の高いデザインは、著名なデザイナーが手がけるいわゆる“デザイン家電”にとどまらず、家電製品一般に求められる要素となってきている。
そこでこのコーナーでは、メーカーの現場で働くデザイナーは何を考え、どのようにして製品に形を与えているのかを不定期連載でお伝えする予定だ。「ここに話を聞いて欲しい」「こういうことを聞いて欲しい」などの声を編集部までぜひお寄せいただきたい。(編集部) |
奇抜さがもてはやされた一時の「デザイン家電」ブームも一段落し、最近では時間が経っても色褪せない、より本質的なデザインへの理解が広まりつつある。
素朴かつ本質的なデザイン――日本には27年間、それにこだわってきたブランドがある。今や「MUJI」の名で、世界中の人々に愛されている「無印良品」だ。
今回、長年にわたり同ブランドのデザインを監督してきた株式会社良品計画 商品本部企画デザイン室長の安井敏氏と同室のデザイナー、桑野陽平氏に「MUJI」デザインの秘密を聞いた。
● 「本質論」のデザイン
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良品計画 商品本部 生活雑貨部 企画デザイン室長 安井 敏氏
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――「無印良品」のモノづくりには、一貫した姿勢のようなものを感じます。これはどこから始まったのでしょう。
安井:「無印良品」は元々、1980年に西友のプライベートブランドとして始まりました。スーパーマーケットが「流通革命」ともてはやされていた後の時代でした。
消費者の中には、この状況をみて、あれだけモノがあるのに、自分が欲しいモノがない、と不思議に思っていた人もいたわけです。
そこで、よくよく、その理由を考えてみると、スーパーというのは、結局のところ、大手ナショナルブランドの主流製品を売りさばく「メーカーの末端」だったんですね。そしてメーカーは消費者ではなく、問屋の側を向き、彼らの意見を聞いてモノをつくっている。
時の経営者は「消費者に近い小売業が先端であるべき」と考えるようになって、当時の業界に対するアンチテーゼとして、無印良品をスタートさせたんです。
――具体的にはどういったコンセプトですか。
安井:家電ではありませんが、うちの姿勢をご説明するのにちょうどいい商品があります。「割れしいたけ」です。料亭で出されるような、高級なしいたけ、たとえば「どんこ」は、普通だと高くて一般の庶民は買えません。ところが、生産農家の現場では、形の一部が欠けていたり、見栄えが悪かったりで売りに出さず、自家消費しているものがたくさんあるんです。
しいたけは、ほとんどの人が刻んで食べているものだし、その形の悪いものを安く提供してもいいのではないかと製品化したのが、この「割れしいたけ」です。包装にしても味に関係ない余計なフィルムなどは極力なくす、しかし、しいたけ自体の品質は高いものを、といった具合に本質論の部分で議論し、商品化しました。本質を大事にする、これがコンセプトですね。
――家電製品についてはいかがですか。
安井:最初は家電をつくろうとしても、無印良品の事業が小さく、金型に投資することができませんでした。「それならば」といろいろなメーカーさんの製品を集めた家電製品を、同じ色で統一して売ることを始めたのです。色を塗るのは最終工程なので金型に関係なくできたんですね。今では多くの量販店が同じことをやっていますが、始めたのは我々でしょう。
メーカーさんだと、自分のところでつくっている製品しか色を揃えられませんが、我々だと足りないものがあれば、ほかのメーカーさんの製品を持ってきて揃えられます。
その配色についても、メーカーさんの製品が目立つ色で個性を主張する中、我々は素材そのまま、といったできるだけ主張しない彩色を好みました。家の中に1つか、2つ目立つ色のものがあってもいいけれど、ほかは主張しなくてもいい、というわけです。
もっとも、最近では深澤直人氏の±0など、従来にないデザインの製品が増えてきていて、我々も新しい家電を模索する必要が出てきています。“赤い無印”はどうか、“黒い無印”はどうか、と考えますが、それをやり出すと、ほかのメーカーと一緒になってしまう。悩みどころです。
● 「家電の場合“原形”は常に変わる」
――創業当時と今とで一番、違うのはどんな部分でしょうか。
安井:当時の無印良品はまだ事業としても小さかったですが、今では年間1,500億円の売上があります。このため、金型に投資して、自ら製品のカタチをつくれるようになりました。
ただ、それによって新しい葛藤も生まれました。他社に作ってもらっていたときは「そんな余計な要素はいらない。抜いて、抜いて」と言えたのが、今度は自らのデザインを客観的に評価して、余計な要素を削っていかなければなりません。
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良品計画 商品本部 生活雑貨部 企画デザイン室 桑野陽平氏
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桑野:我々にとっては「新しいデザインをすること」よりも、「良い品を提供すること」を優先としているので、世の中にすでにいいものがあるなら、それを見つけてきて売ればいい、という考え方なんです。ただ、どうしても世の中にない場合は自らデザインするのです。
安井:つまり、無印良品のデザインというのは、極力、「デザインをしないデザイン」なんです。
――そして、デザインをするときも、余計な要素は加えない本質論的なデザインを重視しているのですね。ただ、こうした本質論的デザインをつづけると、結局は皆、同じ「原形」にたどりついてしまうのでしょうか。また、それが理想なんでしょうか。
安井:そうですね。つきつめていけばみつかる原形は、製品づくりの柱になります。ただし、時代背景が変わることで原形が変わることもありますね。技術の進歩が激しい家電のデザインではなおさらです。例えばヒーター1つにしても、今の時代にニクロム線、ということはないですからね。
桑野:ただ、人がモノと関わっていく中では、時が経っても変わらない人間の行為というものもあります。無印の家電でいえば「しゃもじが置ける炊飯器」がいい例ですが、そうした変わらない人の行為を継承しつつ、世の中のテクノロジーにあわせて進化する、というのが家電のデザインの今後の方向性かな、と思っています。
● 既存商品カテゴリーにとらわれないオーバーゾーニングの強み
――そうした中、「無印良品」の製品の特徴や強みはどんなところなんでしょうか。
安井:既存の枠組みから外れた新しいカテゴリーをつくることを「オーバーゾーニング」といいます。消費者は常に自分の欲しいモノを、生活という「オーバーゾーニング」の発想で捉えます。
我々の強みも、こうした「オーバーゾーニング」の発想ができることではないでしょうか。我々は衣食住、衣料品や食品まで扱っており、これらに横串を刺す形で、寸法や色を揃えたり、といったことができます。例えば人の行為1つをとっても、これまでのメーカーは、「風呂に入る」という行為そのものに対して、何かものをつくっていたのに対して、我々は風呂に入る以前の行為、以後の行為に対して、何か商品を提供できるかもしれない。
もしかしたら、そうした商品は数的にはあまり売れないかも知れないですが、我々は会社の規模的にも、問屋を通さず直営店で商売をしているという点でも、そのあたりの小回りが利くんです。
何兆円の売上があるところと比べれば中小企業に過ぎないけれど、その中に何でもあるというのが無印の強みでしょう。
桑野:そうですね。無印良品の最大の強みは、生活をトータルに提案できる、ということだと思います。靴下から収納用品、最近では家までつくっていますが、そうした中でデザインというのは編集作業に近いものだと思っています。
それはモノ同士の関係を整理する作業や、生活を観察し、その中で潜在的にある「欲しい」を見つけ出す作業です。逆に、当たり前になっているけれど、実は不便なことを見いだしたり、余計なことをそぎ落とすことも含まれています。
次に、「欲しい」を形にするデザインですが、本当に新しい形を生み出すべきなのかどうかということを含め、客観的に判断していきます。世の中には、すでにいいモノもたくさんありますからね。そういう部分で、我々はいわゆるデザイナーではなく、生活をトータルに編集する編集ディレクターのような存在であると認識しています。客観的な視点を持つことがとても重要になります。
また、そのために具体的な試みの1つとして、我々は「オブザベーション」という手法を取り入れています。生活者のリアルな暮らしを観察して、その中から「こういうのがあったらいいよね」というのを探し出す試みです。
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壁掛式CDプレーヤー
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――まず「炊飯器をつくる」といったように、最初に計画ありきではないんですね。
安井:そういうケースもあります。また、メーカーさんからできあがっている製品を商品化しないかと持ち込まれるケースもあります。「Without Thought」(深澤直人氏が主催しているワークショップ)のような場所でおもしろい商品アイディアがでてきて、「無印良品で商品化しないか」という話になることもあります。実際に深澤氏がデザインした「壁掛け式CDプレーヤー」は、そのようにして商品化されました。我々はなにもしていません。
また、無印良品の会議で商品ラインアップを振り返り、「この部分の商品がないよね」というディスカッションから生まれてくる商品もあります。
ただ、我々が「企画デザイン室」の仕事としてやるモノづくりの1つに、この「オブザベーション」があるのです。
――なるほど、この企画デザイン室というのは、どれくらいの規模のものなんですか。また、衣料品から食品まですべての面倒をみているのでしょうか。
安井:いいえ、例えば我々は生活雑貨部の企画デザイン室で、ヘルス&ビューティー、アウトドア、ファニチャー、ファブリック、ハウスウェア、家電、ステーショナリーといった商品を扱っています。これとは別に、ほかの部にも企画室があるわけです。
――デザイナーはどれくらいいるのでしょうか。
桑野:安井室長の下に9名、それからオブザベーションの担当が1名います。それ以外に国内外の外部デザイナーが数名関わっています。
商品点数から考えると、少ない人数でやっていますが、生活を広く捉えるためには、逆にそこが強みであるとも思っています。実際、私も家電とファニチャーを兼任してやっていますが、それにより、常に1つのカテゴリーのことだけを考えると言うことはありません。
● オブザベーションから商品化までの3つのプロセス
――では、その企画デザイン室での、商品の企画から商品化までの流れを教えてください。
安井:我々の本業は小売なので、春夏と秋冬の2大社内展示会があってそこを目標にモノづくりをします。なかなか、商品開発が間に合わなくて、遅れることも多いけれど(笑)、基本は半年単位で動きます。
桑野:その半年の中に、みんなで意見を出しあう、社内では「ファースト」、「セカンド」、「ファイナル」と呼ばれるいわゆる商品検討会が、2カ月おきくらいで行なわれます。そこではアドバイザリーボードの方にも参加してもらいます。みんなの意見を聞いて、どんどん客観的にしていこうという場です。
――それぞれのステージはどのような話し合いをするのでしょうか。
桑野:「ファースト検討会」ではまず、現代の生活には何が必要とされているか、といった大きな方向性を決める話し合いをします。オブザベーションでの発見や、そこから発展したアイディアなどを持ちよって、比較的自由に議論する場です。
――「セカンド検討会」は?
桑野:「ファースト検討会」で、こういう商品が欲しい、という大きなアイディアやコンセプトまでを決めると、その形というのはある程度、見えてきます。セカンド検討会では、発泡スチロールを使って、モックアップを何度も何度も作り直して、それをまず、発表します。実はこれが非常に重要な作業なんです。
――CGとか、スケッチとかで見せることはないんですか。
安井:最初は漫画的なものから始めても、とにかくすぐカタチにしてみることが多いですね。
桑野:立体の強さを信じています。イラストでは伝わらなかったことが、モックアップで伝わったということはよくあります。
――逆にイラストではうまく行きそうだったけれど、形にしたらいまひとつだった、ということはないんですか。
桑野:そこはアイディアの勝負だと思います。はじめのアイディアが強ければ強いほど、形にするときにすんなりと決まることが多いですね。
――それでは「ファイナル」というのは、どういう段階でしょう。
桑野:「ファイナル」とはいっても本当に開発の最終段階ではなく、金型作成に入る前のデザインを最終決定する段階です。ここでは絞り込んだ商品デザイン案をプロのモデル屋さんに依頼し、より最終製品に近い外観で形にしてもらいます。
安井:最終的に金型をつくる前にいくつか修正が入ることがありますが、ここが一番、時間とお金がかかっている工程かもしれません。
――そこから最終的な商品になるのには、さらにどれくらいの時間がかかるんですか。
桑野:ものにもよりますが、約5カ月くらいでしょうか。
安井:もっとも、そのあたりは臨機応変です。我々は小売中心の企業なので、必要とあれば、商品をもっとも効果的なタイミングで販売するために、途中のステップをすべて飛ばして、とんでもないスピードで商品化をすることもあるのです。
● 無印良品に見るデザインの背景
――それでは最後に、「オブザベーション」のプロセスを経て誕生した商品を具体的に紹介していただけますか。
桑野:例えばこちらは「マイナスイオンヘアドライヤー」という商品です。オブザベーションでは、まずこれらが使用される洗面台周りを中心に、観察を始めました。ここでいくつかの細かい発見を重ねるうちに、世の中のドライヤーは「形状が不安定であるためにうまく収納されていない」という共通項に気がつきます。そこから、ノズル周辺を筒型状にすることで、自立させられるというアイディアにつながり、それを素直に形にしていった結果、この商品が生まれました。
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マイナスイオンヘアドライヤー
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吹き出し口をフラットにしている
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立てて収納可能
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一方、こちらは「LEDポリカーボネート懐中電灯」という商品です。懐中電灯というのは、普段はタンスなどの奥にしまわれていて、いざというときに見つからないことが多い。
この商品は普段からもランタンとして使ったり、ベッドサイドで本を読むときの照明にも使うことができ、それでいて懐中電灯としても使えます。
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LEDポリカーボネート懐中電灯
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傘を下にして置くと、ちょっとしたインテリア照明になる
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ポリカーボネート製で、光が透けるのが特徴
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――シンプルできれいな形の商品ですね。
桑野:みんなが思い浮かべる「光のアイコン」を目指しました。懐中電灯をマンガで描こうとすると、円筒形から光が外側に拡がっていく形になると思います。これをそのまま形にしました。この商品でもう1つウリにしている点があります。普通、懐中電灯の光は前方のみを照らす直進的なものですが、この商品では傘が半透明であるためにそこから光が漏れて、足下まで照らし、暗闇での使用時にはより安心感を与えてくれます。
桑野:個人的に思い入れが強いのが、「ジョイントタップ」という商品です。電源タップですが、タップの部分と延長コードの部分が別々になることで、使う電気製品の数にあわせて好きな個口数を選んだり、部屋の大きさにあわせて好きな長さのコードを選んで組み合わせることができます。
これは、SOHO(スモールオフィス/ホームオフィス)でのオブザベーションから出てきたアイディアです。
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ジョイントタップ
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コードとタップがバラ売りされ、自由な組み合わせが可能
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ジョイント部分を誤ってコンセントに直接ささないようにデザインされている
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――今後の無印製品にも期待しています。
桑野:ありがとうございます。これからも、客観性を伴ったデザインを心がけていきたいですね。
■URL
無印良品
http://www.muji.net/
株式会社良品計画
http://ryohin-keikaku.jp/
マイナスイオンヘアドライヤー 製品情報
http://www.muji.net/store/cmdty/detail/4945247036985
壁掛式CDプレーヤー 製品情報
http://www.muji.net/store/cmdty/detail/4547315778829
LEDポリカーボネート懐中電灯 製品情報
http://www.muji.net/store/cmdty/detail/4945247111125
ジョイントタップ 製品情報
http://www.muji.net/store/cmdty/detail/4548076664833
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2007/09/03 00:01
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