走りながら充電できる三洋電機の電動アシスト自転車「エナクル」シリーズが注目を集めている。走行中にバッテリーを充電できるのだ。ありそうでなかった、この斬新なシステムについて、開発陣に話を伺った。
● 充電機能の搭載により、振り出しに戻った車体設計
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CY-SR273DB(LS)
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三洋電機は自社の電動アシスト自転車を、人の力と電気の力のハイブリッドという意味で電動ハイブリッド自転車と称している。エナクルという商品名は、「エコロジカル・ノーエグゾースド・アシスト・サイクル」という商品コンセプトから来ている。
三洋電機の自転車というと意外に思う人もいるかも知れないが、実は自転車と同社の関係は深い。創業第一号製品が、自転車の発電ランプだったのである。自転車の発電機やモーターには強い思い入れがあり、現在も重視している商品の1つとされている。
その電動アシスト自転車の弱点が、バッテリー容量だ。モーターやバッテリーを積んだ電動アシスト自転車は、バッテリーが切れた瞬間、「ただの重い自転車」になってしまう。かといって、ただバッテリーを増やせばいいというものではない。重量の問題があるからだ。限られたバッテリー容量で、少しでも走行距離を延ばすには、どうしたらいいのか。そこで出たアイデアが、「走る力を利用して、充電すればいいのでは」というものだった。
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三洋電機 生活家電本部 エナジーアプライアンスビジネスユニット 営業推進部電動自転車課 植村茂弘主任
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しかし、このアイデアは、いきなり壁にぶち当たることになる。これまでの電動アシスト自転車では、モーターをエンジンとしてのみ利用していたが、充電機能を取り込むため、モーターを「発電機」としても機能させなければならなかったからだ。
「モーターをこれまで通り車体の中心に配置し、発電機能を備えるには、車輪の動きを発電回路に伝えるため、チェーンを使わなければなりません。この時点で、モーターのレイアウトを、1から考え直さなければならなくなりました」(三洋電機 生活家電本部 エナジーアプライアンスビジネスユニット 営業推進部電動自転車課 植村茂弘主任)
車輪が回転する力で発電するには、どこにモーターを置けばよいのか。
「車輪の回転で発電し、光る自転車のライトと同じように、車輪の軸に置くことを考えました。後輪には変速ギアなどがあり、実装が難しい。前輪が唯一の選択肢でした」(三洋電機 生活家電本部 エナジーアプライアンスビジネスユニット 電動自転車技術部 電動自転車開発課 田中建明課長)
こうしてエナクルは、モーターで前輪駆動、人力で後輪を駆動させる、2輪駆動の電動アシスト自転車となった。
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前輪に付いたモーター機兼発電機
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カットモデル
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この回路からバッテリーへ電気を送る
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内部のギア
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ユニットの軽量・小型化も課題だった
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前輪に駆動部を移した分、ペダル周りはすっきりとしている
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● ブレーキをかけると発電モードへ
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三洋電機 生活家電本部 エナジーアプライアンスビジネスユニット 電動自転車技術部 電動自転車開発課 田中建明課長
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走行中に発電するとなると、かえって、負荷がかかるような気がするが、どのように制御されているのだろうか。
実は、エナクルではブレーキをかけたときと、余剰な動力エネルギーがある時に充電を行なっている。これは、「標準」「エコ充電」「パワフル」と3種類用意されている走行モードと連動している。
もっとも基本となる充電機構は、制動の際の原則のエネルギーを利用するものだ。信号で止まる時や、下り坂でスピードを緩める場合などで、ブレーキレバーを軽く握ると、モーターが発電機に切り替わる。停止するまでの間の動力エネルギーが、発電機に伝えられ、電力が充電池に蓄えられるというわけだ。制動時のみ発電するため、走行時は負荷がかからず、快適さが損なわれることはない。この充電方法は、すべての走行モードで採用されている。
もう1つの充電方法が、走行スピードが速い場合の余剰エネルギーを使って発電するモードだ。時速12km以上になった時点で、モーターが発電機に切り替わる。12km以上になったら、発電のため若干の抵抗がかかるはずだが、実際に乗ってみると、さほど抵抗は感じず、一般の走行には全く問題ないレベルだった。「エコ充電モード」選択時にこの方法で充電される。
エコ充電モードの場合は、充電モードに入る前の電気アシストの段階でも、人の力1に対してモーターの力を0.4に絞り、走行距離を延ばす工夫がされている。消費を抑え、余剰エネルギーで発電という、高いエネルギー効率が特徴だ。
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電動アシスト自転車の定義
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モーターを発電機としても使い、ブレーキ制動時や余剰エネルギーを使って発電する、これが、エナクルの基本構造だ。
こうした特性から、充電機能が大きな威力を発揮するのは、なだらかな丘陵地の上にある家と最寄り駅を往復する場合だという。最寄の駅までの行きは、なだらかな下り坂が続くのでエコ充電モードを使用。帰りは坂を上るので標準モードないしはパワフルモードにすると、きわめてエネルギー効率の高い走行になる。
このようなシーンでは、充電機能があるのとないのとではエネルギー効率の面で大きな差が生じる。図の例だと、充電機能ありの走行距離には、なしに比べほぼ2倍。もちろん、条件によって充電効果や走行距離は変わってくるが、電動アシスト自転車のターゲットユーザーとなる「丘陵地の郊外住宅地に住む人」にはぴったりの仕様というわけだ。
ちなみにパワフルモードでは、この出力比率を守りつつ、人がペダルを踏む瞬間を検知してアシスト。パワーを感じさせるようなタイミングで出力を制御するモードとなっている。
このタイミングがモーターアシスト制御の大きなポイントで、同社独自のノウハウなのだという。実際に乗った感覚では、標準モードよりパワフルモードの方がモーターの利きが若干早く、結果的にペダルが軽く感じられた。
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バッテリーと付属の充電器
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充電器にはリフレッシュ機能も搭載している
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バッテリーにはニッケル水素電池を20本を使用
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● 普通の自転車に使い勝手を近づけるのに苦心
エナクルで要となるデバイスは、モーターと発電機を兼ねるメインユニットだ。充電機能を追加したがために、多くの課題も抱え込むことになった。
もっとも大きな問題だったのが、自転車をこがずに、引いて歩いた際にモーターから生じる磁石の反動だ。一般的に、自転車が慣性で走る時には、ワンウェイクラッチにより車輪だけが回るような構造を採っている。一方、エナクルでは、このときがまさに充電のチャンスなわけで、ムダに車輪を空回りさせるわけにはいかない。
そこでワンウェイクラッチを取り除いた。当然、車輪と一緒にモーターも空転することになる。モーター内には強力なマグネットを使用している。このため、回転に伴い、磁極とマグネットが、近づいたり離れたりするたびに磁石の反動によって、手にコツコツとした感じ(コギングトルク)が生じてしまうのだ。品質には問題なくとも、感覚的に気持ちの良い物ではない。自転車を手で押して歩いても磁石の反動を感じないレベルにまで減らす必要がある。
そこで考えられたのがモーターの内部形状の工夫だ。モーター内の磁石の配置を、直線にすることで、磁場の変化の度合いをなめらかにして、反動を少なくするように工夫したのだ。
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バッテリーパックはフレームに沿って配置されている
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操作パネル。「標準」「パワフル」「エコ充電」の3種類から走行モードを選べる
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3段の変速機も搭載
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エコ充電モードの動作プログラムの説明。スピードが乗ると、余剰なエネルギーを発電に回す仕組み
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電流を故意にON/OFFして電圧を跳ね上げる仕組みを充電機構に採用した
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モーターの磁石の形状、配置を見直して、自転車を引いて歩く場合の違和感を解消した
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発電したエネルギーをバッテリーに回収する仕組みも、苦労したところだという。エナクルは、バッテリーとしてニッケル水素電池を20本、合計24Vを電源として利用しているが、ブレーキ制動時や、余剰エネルギーだけでは、とても24Vの電池に充電できる電圧にはならないのだ。
どうやってこのギャップを埋めたのか。
通常は発電機が回るたびにU相、V相、W相と回路を切り替えながら充電していくわけだが、ここに電圧を高めるための工夫を施した。
コイルには、電流を流している最中、突然回路を遮断しても電流を流し続けようとする性質がある。この性質を利用すると、入力が少なくても一時的に電圧を上げることが可能になる。エナクルでは故意に電流をON/OFFして、電圧を高め、24Vの電池に充電する仕組みを取り入れた。
もちろん、この機能だけでバッテリー容量をすべて充電できるものではなく「家庭の100V電源での充電が基本」である事実は変わらない。しかし、こうした機構を採用することで、軽く、しかも長時間走行可能になったわけだ。
今後の電動アシスト自転車は、どこへ向かうのだろうか。
「今、バッテリー重量が約1.5kg、モーター重量が約2.3kg、これに回路や配線などをすべて含めて約5kg前後がユニットの重量となります。今後はさらに軽くして走行距離を伸ばしたいと思っています」と植村氏は語る。
電動アシスト自転車は、まだ生まれて間もない製品ジャンルである。今後のさらなる進化に期待したい。
■URL
三洋電機株式会社
http://www.sanyo.co.jp/
製品情報
http://www.e-life-sanyo.com/bicycle/
2006/12/13 00:01
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