そこが知りたい家電の新技術

キッチンウェア・ブランドbodumの今と昔 最終回

~自動化ラインではなく“手作業”を重用する理由とは

ポルトガル・トンデラにある工場。ウッドで囲まれたファサードと鮮やかな赤の壁というコントラストがボダムらしい。11人の事務職が勤務するほか、65人の社員と13人の契約社員が生産現場を受け持つ

 スイスに本社を構えるキッチンウェア・ブランド、bodum(ボダム)についてのレポートをお伝えしている。1回目では、ボダムの社長ヨーガン・ボダム氏に聞いたボダムの歴史について、2回目はヨーガン氏が強いこだわりを見せるデザインについてまとめてきたが、最終回の今回は、ポルトガルにあるボダムの工場を紹介しよう。

 ボタム本社がある美しい湖畔の街、ルツェルンを後にして向かったのは、ポルトガルだ。目的地は、リスボンから北に向かって、クルマで約2時間半ほど走ったトンデラという街。ここにボダムの工場がある。北に向かうといえ、そこは南の国である。沿道には、乾いた岩肌と赤土にところどころ緑が見える広陵とした大地が続く。高速道路を降りると、すぐに工業団地が見えてきた。運転してくれたドライバー氏によれば、ここはEUの補助金を受けてポルトガルの再開発地域に指定されているという。

 角を曲がると、「Bodum」のロゴが見えてきた。いかにも工場という雰囲気がなく、木製のウォールで囲まれた工場に見慣れた赤と白に「Bodum」と書かれた日除けが目に鮮やかだ。顧客や株主、仕入れ先なども見学に来るということもあって、エントランス付近のエリアはスイス・ルツェルンの本社同様、センスのいい白木のオフィス家具で統一されている。エントランスの向かって左にはショールームが併設されており、右手には明るい陽光が差し込むカフェテリアがある。さらに上階の会議室で、工場長を務めるティアゴ・ジル氏にお話をうかがった。

世界55カ国で販売しているフレンチプレスメーカーは全てポルトガル工場製

工場長を務めるティアゴ・ジル氏

 「この工場は1972年にスタートし、元々はトロフィーやカップを作る工場でした。真鍮にメッキをする技術を持っていたことが、ボダムの製品を作ることにつながったのです。1989年にボダムが株式の50%を手に入れて以降、特に品質の工場と生産効率の向上に務めてきました。1992年にすべての株式がボダムの所有になって以降、真鍮に加えて、鉄のプレス技術も導入し、その結果としてビジネスが拡大していきました。

 2000年には現在の場所に移転し、その際にEU基準に則ったメッキのラインを新設しました。揮発性の物質や溶剤の問題、そして排水処理などすべてEUの基準をクリアしています。使用した水のうち、80%はリサイクル可能です。同時に、真鍮の製造を中止し、鉄の加工に絞り、生産能力の向上をはかりました。が、すでに生産能力が追いつかなくなってきています。2014年には、この工場に隣接して拡張する予定です」

ガラスと金属フレームを組み合わせたフレンチプレスコーヒーメーカー

 現在、この工場の中は5つのラインに大きくわかれている。最も大きなエリアを占める「ライン19」では、同社を代表するガラスと金属のフレームを組み合わせたフレンチプレスコーヒーメーカーなどが生産されている。驚くことに、世界55カ国で販売しているフレンチプレスメーカーは全て、このポルトガルの工場で生産されているという。

 「プラスティックス」ラインでは、「ケニヤ」や「ビーン」といったプラスチックを多用したモデルが組み立てられる。そして、「ミックス」ラインは、その名の通り、新型「シャンボード」や「アイリーン」などの金属とプラスティックスが混在する。

プラスチックとガラスを組み合わせた「ケニヤ」
「ビーン」もプラスチックを使っている
金属をプラスチックを使った「アイリーン」
こちらは「シャンボード」というモデル

15年以上働いている人が90%以上

ポルトガル工場のフロアを俯瞰する。手前にあるのが、部品の生産ライン。左側に素材や出荷用の箱などのストックが置かれる

 実際に、工場の中を見学させてもらった。ちょうど今、中国からラインを移管すると同時に、2014年に新設される工場への移管も計画している段階にあるため、「工場内が雑然としている」とジルさんはいうが、限られたスペースで多品種・少量生産を行なう工場としては、整然としている部類に入るだろう。

 特にクオリティの維持には心を砕いている。マネージメント・クラスはもちろん、生産計画、クオリティ・コントロールの3段階で個々のパーツにあわせた管理をしているという。加えて、工場のラインで働く人も年間16~30時間を品質管理を学ぶプログラムに参加している。また、この工場で働く人のうち、実に90%以上が15年以上働いているスキルの高いワーカーだ。多品種生産ゆえに、一概に生産能力をはかることは難しいが、シャンポールであれば2シフトで7,000個、プラスティックス製品は9,000個(2シフト)の生産が可能だ。

 「単に工場管理の基準を守るだけではなく、近隣の環境に溶け込むことを重視しています。ここで働く人はもちろん、クライアント、サプライヤー、自治体からの評判にも気を配っています。当然、ここで従業員が働きやすい環境を整えることも重視しています。スキルを持つ従業員を安定的に育てて、長く働いてもらうために職場環境を整えています。この地域の中では時給や給料の設定が高いのはいうまでもありませんが、保険の整備やクリスマスプレゼントを充実させるなど、気持ちよく働ける環境を大切にしています」

 生活用品を作る企業だけあって、しっかりと対応している印象だ。と、書くといかにも企業らしい配慮に思えるが、スイス本社で見た光景やヨーガン・ボダム氏の話から、それらの配慮をごく自然にしているように思える。

自動化したラインよりも、人間のチームプレーを重用

 そろそろ、実際のラインを見てみよう。現在、この工場ではプレスやメッキなどの得意分野を生かし、プラスチックやガラスはここから5kmほど離れた別の工場で生産されたものを使っている。はじめに見たのは、「Fimec」ラインだ。鉄板から円形の部品を打ち出し、縁を加工し、洗浄して、研磨を行なう。

プレス加工されたあと、絞りを付けて立体的に成型されたフタの部品。これから、ソーキング、超音波洗浄などを経て、メッキ加工が施される
フレンチプレスの側面に使われる金属のプレートをプレスする。マニュアル操作が多いため、手が挟まれるような事故を避けるためにセンサーがあるなど、予防安全装置が充実している
こちらは、フレンチプレスの外装に使われる部品の成型の自動ライン
フレンチプレスの外装に使う金属製パーツの曲げ加工
一枚の平たい鉄板から、型抜きされて、曲げ加工を経て製品らしい形になっていく
プレスや成型の加工が終わった部品はラックにかけられてメッキを待つ

 一方で、グルグルと巻かれた鉄の棒の端を切り、両端を加工するとロッドになる。グラスをはめ込む部分は、エッジを磨いて、プレス成型でカーブをつける。紅茶ポット用の部品は、さらに溶接の工程が加わる。

金属の棒を適正な長さに切り、両端を加工して、ロッドに成型する
フレンチプレスの部品。このあと、フィルターやロッドと組み合われれる
メッシュとロッドが組み合わせれた状態。フレンチプレスの部品として見慣れた形だ

 ここまでの工程を経て、製品を思い浮かべられる形になったが、最後にメッキをかけなければ製品として成り立たない。メッキ用のラックに並べて、ようやくメッキかと思いきや、まだ下処理工程がある。汚れを落とす特殊な石けんで洗うソーキングのあと、水でフラッシングを行なって、さらに超音波で念入りに洗浄する。薬品で表面処理することで、表面を荒らして目に見えない小さな穴を作り、メッキを定着しやすくなる。メッキの工程では、1.5μmという薄いニッケルの皮膜を2層かけてやることで、緻密で丈夫な膜が鉄の表面を守り、サビを防ぐ。

巨大なプールで何層もの加工を行なう
メッキに使うニッケル。鉄の表面にミクロン単位の薄膜を形成すると、薄くても緻密で硬く、内部の鉄を空気から守ってサビを防ぐ
ニッケルのプール。どぎつい色をしている

 アッセンブリの工程をひと目見た瞬間、あまりにも自動化されていないことに驚いた。だが、ジルさんの説明を受けて、実際のラインを見て、その理由に納得した。例えば、ロッド、フィルター、丸い蓋などの部品をまとめる工程において、一部自動化して2人のオペレーターがつくラインと、5~6人ほどでチームを組んだラインを比べてみると、多品種・少量ロット生産ゆえに仕掛り変更や治具などを交換する手間を考えると、人間がチームを組んだほうが早いのだ。

 同様に、ガラスのカップ部分にプラスチックや金属製のカバーを取り付け、組み立てられたフィルター類などをアッセンブリして、説明書などを同封する工程も、かなりの部分が人の手に頼っている。

フレンチプレスのメッシュを抑える部品の周囲にコイルを巻く作業。こちらは手作業の様子
フレンチプレスのメッシュを抑える部品の周囲にコイルを巻く作業。こちらは自動化ライン
ケニアのフタの部分に取っ手をつける作業

 最後に、規定の数を箱に詰めて出荷される。出荷される予定の製品が並ぶエリアには、一部の部品も並んでいた。この工場の得意分野であるプレスとメッキの技術を使って、フィルターなどの金属部品を生産し、ここからポーランド工場に発送しているのだ。

フレンチプレスの最終組立工程。ガラス部品は高価なこともあって、機械任せにせずに手作業で行なわれている
箱詰めされて、出荷を待つ
国や地域ごとに在庫が分けられている

ラインナップの多様化には、熟練のチームワークで対応

 「実はこの3カ月で製品の種類は、200品種も増えています。デザイン性を保ちながら、生産しやすくする改良などもしていると同時に、品種変えに対応しやすいフレキシブルなラインを設計することも重要です。一部自動化されたラインでは比較的数をまとめて作る品種を流し、熟練した人たちのチームワークで品種替えの多い生産に対応するのが、ボダムの現在のラインナップにあった生産の仕方なのです」

 ボダムの工場は、日本の家電メーカーのような整然と同じものが大量に生産される工場とはかなり違う。一般的な効率を追求した工場と比べたら、生産性を追求した工場とはいえない。しかし、顧客の細やかな好みに対応し、都度、デザインとエンジニアが設計を起こすボダムの製品開発を行なうことを特徴とするスイス本社を見たあとだけに、デザイン性を重視して、多品種かつ少数ロットでの生産をフレキシブルに行なうボダムの生産方式に、是がないとは思えない。

 もちろん、効率を追求することにも是はあるが、それは「作りやすい製品」を大量に作ることにつながりかねない。一方、ボダムの製品は、顧客のライフスタイルや使い方、デザインの好みにあった提案をする「ユーザー志向の製品」である。どちらの方向性も、もの作りにおいて重要だが、ひとつの方向性だけが正しいとは限らない。むしろ、今の時代にあえてボダムのような製造方式を採る企業が評価されることで、製造業にも、効率だけを追求するのではなく、多様な可能性があるように思えた。

その1/その2/ その3

川端 由美